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断罪無視して世界を揺らす -悪役令嬢は歌いたいだけー  作者: 南蛇井


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エピローグ 選択できる世界

夜。


中央ホールの観客は、まだ帰らずに残っていた。


歓声はない。

アンコールもない。


ただ、人々は静かに空間の余韻の中に座っている。


風が入り込み、カーテンがわずかに揺れる。

どこかで誰かが小さく鼻歌を歌っている。


それぞれが、それぞれのリズムで。


世界同時ライブは終わった。


だが誰も「終わった」とは感じていなかった。


まだ何かが続いている。


舞台の中央に、二人の影が立っていた。


アリア。


そしてリュミエール。


二人の間に楽器はない。

譜面もない。


リュミエールが先に口を開く。


「……予測外でした」


冷静な声だが、その奥にわずかな驚きが残っている。


アリアは笑う。


「革命ってだいたいそうだよ」


リュミエールは小さく息を吐く。


「構造は維持されています」


彼女は空間を見渡す。


「ですが固定されていない」


「共鳴は分散したまま安定している」


「理論としては……美しい」


アリアは首を傾げる。


「それ、褒めてる?」


「はい」


短い答え。


そして少しだけ間が空く。


ホールの中では、人々がまだ静かに呼吸している。


鼓動。


呼吸。


微かな振動。


それらが空間に溶けている。


アリアは舞台の端を見つめながら言う。


「昔はさ」


「世界を揺らしたいって思ってた」


「大きく」


「派手に」


リュミエールは黙って聞く。


アリアは肩をすくめる。


「でも違った」


「世界はもう揺れてた」


「みんなの中で」


リュミエールは少し考えてから言う。


「つまり」


「外部共鳴ではなく、内部共鳴」


アリアは笑う。


「理屈っぽいね」


「あなたほどではありません」


二人は少しだけ笑った。


その沈黙のあと。


リュミエールが静かに言う。


「……歌いますか」


アリアは少し驚く。


「あなたが?」


「理論検証です」


「便利な言い訳だね」


リュミエールは肩をすくめる。


「そうかもしれません」


舞台に静寂が落ちる。


アリアは深く息を吸う。


歌うつもりはなかった。


だが今は違う。


歌える。


歌わなくてもいい。


でも、歌ってもいい。


彼女は目を閉じる。


胸に手を置く。


鼓動。


呼吸。


体の奥の振動。


それに、もう一つの振動が重なる。


リュミエールの呼吸。


二つのリズムが少しだけ近づく。


完全には一致しない。


だが、ずれたまま重なる。


アリアが小さく声を出す。


「んー……」


ハミング。


歌でも旋律でもない。


ただの音。


リュミエールは一瞬だけ迷う。


だが、すぐに続く。


「……ん」


静かな低いハミング。


二つの振動が空間に広がる。


大きくない。


遠くまで届かない。


それでもホールの空気がわずかに揺れる。


観客の誰かが気づく。


一人。


また一人。


人々が自分の胸に手を当てる。


鼓動。


呼吸。


誰かが小さくハミングする。


「んー」


また別の場所で。


「んー……」


巨大な合唱ではない。


指揮者もいない。


メロディもない。


ただ、それぞれの揺れ。


少しずつ重なり、離れ、また重なる。


舞台の上でアリアは目を開く。


ホール全体が静かに揺れている。


音楽というより――


存在の振動。


アリアが小さく言う。


「いいね」


リュミエールが頷く。


「ええ」


そして彼女は続ける。


「これなら」


「誰も支配できません」


アリアは笑う。


「それがいい」


ホールの上のガラス天井。


その向こうに夜空が広がる。


中央塔。


その窓から王レクイエムが遠くの光景を見ている。


ホールの振動。


都市の振動。


世界の振動。


それらは一つにならない。


だが、断絶もしない。


無数の選択が同時に存在する波形。


王は小さく呟く。


「……自由共鳴」


かつて存在しなかった構造。


彼は何もしない。


ただ観測する。


それで十分だった。


ホール。


アリアとリュミエールのハミングはまだ続いている。


二人の声は重ならない。


だが喧嘩もしない。


違う旋律。


違うリズム。


それでも共鳴している。


アリアは空を見上げながら言う。


「ねえ」


「世界ってさ」


リュミエールが見る。


「はい?」


アリアは微笑む。


「やっと選べるようになったね」


リュミエールは少し考える。


そして静かに頷く。


「ええ」


「歌うことも」


「沈黙することも」


「合わせることも」


「ずれることも」


ホールの振動が、ゆっくりと広がる。


世界へ。


海へ。


山へ。


都市へ。


それぞれのリズムで。


最後にアリアが小さく言う。


「好きに揺れて」


その言葉は命令ではない。


ただの提案だった。


そして世界は――


初めて、

“選択できる世界”になった。

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