第一幕「断罪無視」Scene1:ラストステージ
暗転直前の、あの一瞬がいちばん好きだった。
五万人のざわめきが、波のようにうねる。ペンライトの光が客席いっぱいに揺れて、まるで夜空が逆さまになったみたいだ。巨大アリーナの天井に吊られた照明群が、ゆっくりと色を変える。
私はセンターに立っている。
あと一歩で“トップ”と呼ばれる場所。
でも同時に、今日で終わると決まっている場所。
イヤモニ越しに聞こえる自分の呼吸が、やけに近い。
――グループは解散します。
数日前に告げられた事務所の会議室。
内部スキャンダル。信頼崩壊。スポンサー撤退。
私自身は何もしていない。
でも、アイドルは“個人”じゃない。
五人で一つだった。
だから、終わる。
スポットライトが私を貫く。
最後の曲のラストサビ。
振り付けは何百回も繰り返した完璧な軌道を描くのに、胸の奥だけがぐちゃぐちゃだった。
観客の声が押し寄せる。
「アンコール! アンコール!」
その響きが、胸骨を震わせる。
私はマイクを握りしめた。
まだ終わりたくない。
喉の奥で言葉にならない感情が膨らむ。
私の歌、まだ届いてない。
“売れた”とか、“成功した”とか、そんな話じゃない。
もっと奥。
誰かの明日を少しだけ揺らす、あの瞬間。
それを、まだ掴みきれていない。
ステージ袖でメンバーの一人が泣いているのが見えた。
私は笑う。
プロだから。
アイドルだから。
でも、胸の奥では、違う声が叫んでいた。
終わるな。
終わらせるな。
照明が一斉に落ちる。
暗転。
アンコール用の転換時間。
本来なら、ここで衣装チェンジをして再登場するはずだった。
なのに。
無音が長い。
スタッフの慌てた足音も聞こえない。
おかしい。
イヤモニが砂嵐のようなノイズを吐く。
次の瞬間――
ドクン。
自分の心臓の音だけが、異様に大きく響いた。
ドクン。
ドクン。
それはアリーナのサブウーファーよりも重く、深い。
まるで世界全体が心拍しているみたいに。
視界の端から、白が侵食してくる。
スポットライトよりも強い光。
でも眩しくはない。
ただ、すべてを塗りつぶしていく。
ドクン。
まだ終わりたくない。
ドクン。
私の歌、まだ――
白。
音が消える直前、最後に残ったのは歓声ではなく、
自分の鼓動だった。
そして、それも静かに溶けた。




