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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
第一章

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9/12

第9話: 勇者が帰ってこない

◆グレイヴス大司教視点



 王都ルミエール。聖教会の大聖堂。


 高い天井からステンドグラスの光が降り注ぐ。赤、青、金——聖者たちの物語を描いた色硝子が、謁見の間を冷たく染めていた。



 大司教グレイヴスは玉座に腰掛けたまま、報告書を見下ろす。


 灰色の髪がステンドグラスの光に照らされる。鉄色の瞳が、紙面の文字を追う。



「——三週間」



 低く、冷たい声が響いた。



「勇者パーティが魔王城に到達してから、三週間が経過した。連絡なし。帰還なし」



 周囲に控える聖騎士たちが身じろぎする。


 グレイヴスは視線を上げた。



「諸君は、どう考える」



 沈黙。


 誰も答えない。答えられない。



 ——勇者が、帰ってこない。



 これまでの歴史で何度もあった。勇者が魔王城に到達し、そのまま消息を絶つことは。



 だが。



「レオン、リーゼ、ガルド——三名とも、勇者選定の儀で選ばれた者だった」



 三名。


 歴代でも稀な、複数の選定者を擁するパーティだ。通常は一名で事足りる。教会の儀式において聖なる光を受けた者——それが同時に三名現れたことは、五十年の制度史上なかった。



「それが全滅、か」



 グレイヴスは報告書を机に置いた。


 軽い音が、重く響いた。



 ——五十年前。自分がまだ孤児院にいた頃に、この制度は始まった。


 選ばれなかった自分は教会の道を進み、選ばれた者たちを——送り出す側になった。



 何人送り出した?


 何人が帰ってこなかった?



「……調査隊を派遣する」



「大司教様」



 聖騎士の一人が一歩前に出た。



「調査隊を送ったとて——魔王城は魔族の本拠地。王都から十日の行程、うち三日は荒野です。われらが到達できる保証は」



「ゆえに精鋭を選べ。聖騎士団から十名。街道の警護を含め二十名体制で臨む」



 グレイヴスの声に、感情はない。



「勇者が生きているか。魔王が健在か。それを確認する。——人類の未来のために」



 ——それが秩序だ。



 子どもを送り出し、確認し、次を送る。



 それが、正しい。



「準備を進めよ。五日以内に出発する」



「かしこまりました」



 聖騎士たちが頭を下げる。



 グレイヴスは再び報告書に目を落とした。



 紙面に記された三つの名前。


 レオン。リーゼ。ガルド。



 ——孤児たちだ。


 自分と同じ。



「…………」



 グレイヴスは目を閉じた。


 ステンドグラスの光が、閉じた瞼の裏で揺れる。



 それでも、秩序は守らねばならない。


 それが——自分の務めだ。



 五十年間、そう言い聞かせてきた。


 今日も、明日も。





◆よしこ視点



 魔王城。食堂。


 わては大きな鍋の前に立って、スープをかき混ぜとった。



「ふんふ〜ん(^^)」



 今日は野菜たっぷりのポトフや。


 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、キャベツ——全部この世界にもあってほんま助かる。


 肉も入れた。ガルくんが「僕が切りました」って嬉しそうに持ってきてくれたやつ。



 ええ感じに煮えてきたな。


 あとは塩で味を調えて——



「魔王様」



 ヴェルちゃんの声がした。



「ん? どしたん(^^)」



「恐れながら。報告がございます」



 ヴェルちゃんが部屋の入口に立っとる。


 いつもの硬い表情。



「王都ルミエールから、調査隊が派遣される可能性があるとの報せが」



「調査隊?」



「はい。勇者パーティが帰還しないことを不審に思い、聖教会が動くかと」



「あぁ」



 わてはスープをもう一度かき混ぜた。



「そら、そうやな。普通心配するもんな(^^)」



「魔王様……それは……」



 ヴェルちゃんの声がちょっと困った感じになった。



「魔王様。調査隊が来るということは、戦闘の可能性もあるかと存じます」



「戦闘?」



「はい。魔王城への侵入者ですので、当然——」



「あ、ヴェルちゃん」



「——ヴェルザです」



「お客さん来るなら、掃除せなあかんな(^^)」



「…………は?」



 ヴェルちゃんが固まった。



「だってそうやろ。人が来るのに城が汚かったら失礼やん(^^) 大掃除しよ。玄関ホールから磨いて——」



 ——あ、いかんいかん。



 わては咳払いをした。



「……ふむ。客人を迎える以上、城の威容を示す必要があろう。掃除を命じるぞ」



「…………」



 ヴェルちゃんが無言でわてを見とる。



「……何でもありませんわ」



「魔王様。今、完全に関西弁でございました」



「気のせいや」



「気のせいではございません」



「気のせいやって(^^)」



「…………」



 ヴェルちゃんが深く息を吐いた。



「……それはさておき。魔王様。調査隊は敵でございます。戦闘準備を——」



「敵でもお客さんやで(^^)」



「…………」



 ヴェルちゃんが何か言いたそうな顔をして、それから深く息を吐いた。今日二回目や。



「——かしこまりました。掃除の準備を整えます」



「よろしゅう(^^)」



 わてはスープの味見をした。



 うん。ええ感じや。



 ——お客さん、来るんやったらちゃんとごはん出さなな。


 人数増えるから多めに作っとこ。





◆ヴェルザ視点



 私は廊下を歩きながら、深く息を吐いた。本日三度目の溜息である。



「……何なのだ、この方は……」



 調査隊が来る。


 王都から、聖騎士が来る。



 ——それを「お客さん」と呼び、掃除をすると仰る。



 戦闘準備ではなく。


 迎撃ではなく。



 掃除。



「……もはや驚きもせぬ……」



 先代魔王であれば、調査隊など城に近づく前に殲滅しただろう。


 だがこの魔王は——



 ——掃除をする。



 そして、勇者たちにごはんを食べさせる。



「…………」



 私は足を止めた。



 食堂から、声が聞こえてくる。



「レオンくん、字うまくなったなぁ(^^)」


「……べ、別に……」


「この『ス』の字、ちゃんと書けてるやん。えらいえらい」


「……うるせぁ……」



 ——勇者が、魔王に字を教わっている。



 数日前から始まった「勉強の時間」だ。


 レオンは字が読めないらしい。それを魔王が教えている。



「リーゼちゃん、今日もちゃんと朝ごはん食べたな(^^) 偉いで」


「……問題ない」


「ちゃんと三食食べるの、約束やで(^^)」


「…………わかった」



 ——リーゼが食事を抜かなくなった。



 魔王が毎日、リーゼの前に皿を置き、「ちゃんと食べなさい」と言い続けた結果だ。



「ガルド、このスープすごい美味しいな」


「え、えへへ……僕が作ったんです……」


「まじか。ガルドすげぇ」


「えへへ……」



 ——ガルドが料理を覚えた。



 最初は皿洗いから始まり、今では簡単なスープを作れるようになった。


 よしこ様が「あんたは料理の才能あるで(^^)」と褒めたことで、ガルドは毎日厨房に立っている。



「…………」



 私はしばらく、その声を聞いていた。



 勇者たちの声。


 魔王の声。


 笑い声。



 ——これは、何だ。



 敵のはずだ。


 勇者は魔王を倒すために来たはずだ。



 なのに——



 何かが、胸の奥で引っかかった。


 名前をつけるのはまだ早い。言葉にすれば、認めてしまう。



 ——だが。



 三百年仕えた先代魔王の時には、一度も聞こえなかった音だ。


 この、笑い声というものは。



 私はそっと背を向けた。



「……私もまた、この方に飼い慣らされているのかもしれぬ」



 だが、不思議と——嫌ではなかった。


 それが何故なのかは、今はまだ考えないことにした。





◆レオン視点



 夜。


 今日も食卓に五人が揃った。



 よしこの作ったポトフ。ガルドが切った肉。パンは魔王城の厨房で焼いたやつ。



「いただきます(^^)」



 よしこが手を合わせる。


 俺たちも——なんとなく、真似するようになった。



「いただきます」



 スープをすくう。


 湯気が立ち上る。口に運ぶ。



「…………」



 あったかい。



 味も、温度も。



 三週間前——魔王城に来た時、俺たちはボロボロだった。


 最後にまともな飯を食ったのは、荒野を越える前。それから三日間、何も食べられなかった。



 魔王城に着いた時、倒れそうだった。


 リーゼは顔色が悪かったし、ガルドは泣いてた。


 俺も——足が震えてた。認めたくなかったけど。



 ——それが今。



「レオン、おかわりある?」



 リーゼが小さく手を上げた。



「……自分で取れよ」



「……遠い」



「甘えんな」



 そう言いながら、俺はリーゼの皿にスープをよそった。



「……ありがと」



「……べつに」



 隣でガルドが「えへへ……みんなで食べると美味しいです……」と呟いている。



 ヴェルザは黙々とパンを食べている。真面目な顔で。でも二個目に手を伸ばしてる。



 よしこは——



「ふふ(^^) みんなよう食べるなぁ」



 嬉しそうに笑っていた。



「レオンくん、明日も字の勉強しよな(^^)」



「……うるせぇ」



「リーゼちゃん、明日は魔法の本読んでみる? ヴェルちゃんが貸してくれるって」



「ヴェルザです」



「ガルくん、明日は煮込み料理教えたげるわ(^^) 時間かかるけど美味しいで」



「ほ、本当ですか! やります!」



「ヴェルちゃんも手伝ってな(^^)」



「——ヴェルザです。……かしこまりました」



 五人の声が食堂に響く。



 外は暗い。


 でも、ここは明るい。



 暖炉の火。


 壁に掛けた魔法灯の淡い光。


 スープの湯気。



 ——それと。



 誰かと一緒に食べる、温かさ。



「…………」



 俺は黙ってパンを食べた。



 うまい。



 ——こんな場所、初めてだ。



 孤児院にも、ストリートにも、なかった。


 孤児院では、飯の時間は奪い合いだった。遅い奴は食えない。弱い奴はおかずを取られる。


 ストリートでは——飯の時間なんてなかった。食えるときに食う。それだけ。



 勇者になってから、やっと「居場所」ができたと思った。


 でも旅の食事は干し肉とパンの耳で、誰も「いただきます」なんて言わなかった。



 でも——ここでは。



 「いただきます」から始まって、「ごちそうさま」で終わる。


 誰かが「おかわり」って言えば、誰かが注いでやる。


 ガルドが「えへへ」って笑って、リーゼが「……美味しい」って小さく言って、ヴェルザが二個目のパンに手を伸ばす。



 ——本当の居場所は、ここだったのかもしれない。



「レオンくん、どしたん? パン足りひんかった?」



「……いや」



「ほな、おかわりあるで(^^)」



「…………」



「ん?」



「……いや、なんでもねぇ」



 俺は視線を逸らした。



 ——王都から調査隊が来る。



 ヴェルザが昼間、そう言っていた。


 聖騎士団の精鋭。十人。——俺たち三人のガキとは違う、本物の戦力だ。



 調査隊が来たら——



 ——俺たちは、どうなるんだろう。



「レオンくん」



 よしこの声がした。



「お客さん来る前に、部屋の掃除もしとこうな(^^) あんたの部屋、剣置きっぱなしやで」



「……わかったよ」



「えらいえらい(^^)」



 頭を撫でられた。


 ——大きな、温かい手。



「……やめろよ」



「ふふ(^^)」



 よしこは笑っていた。



 ——調査隊が来ても、この人は変わらないんだろう。



 掃除をして、ごはんを作って、「いらっしゃい(^^)」って言うんだろう。



 それが——



 ——怖いような、安心するような。



「さ、ごちそうさまの前にデザートあるで(^^) リンゴのコンポートや」



「デザート!」



 ガルドが目を輝かせた。



 リーゼも小さく「……楽しみ」と呟いた。



 ヴェルザは「甘味ですか」と小声で言っている。



 俺も——



「……まぁ、食うけど」



「はいはい(^^)」



 五人でデザートを食べた。



 外では、王都が調査隊の準備を進めている。


 魔王城に、聖騎士がやってくる。



 ——でも今夜は。



 ここで、みんなと一緒にリンゴを食べる。



 それだけでいい。



 それだけで——



 ——十分だ。




最後まで読んでいただきありがとうございました。


第9話は「平和な日常に忍び寄る不穏」の回です。


王都では大司教グレイヴスが「勇者が帰ってこない」と調査隊を派遣します。冷徹で厳格な大人の世界。秩序と政治の論理。ステンドグラスの冷たい光。——一方、魔王城ではよしこが「お客さん来るなら掃除せな(^^)」。暖炉の火と、スープの湯気。温度差がすごい。この対比構造が、この作品の核です。


レオンは字を覚え始めました。リーゼはちゃんと三食食べるようになりました。ガルドは料理ができるようになりました。三週間で、三人とも変わりました。——そしてその変化に、本人たちも気づき始めています。「ここが居場所かもしれない」と。


レオンの食卓の回想が好きです。孤児院では奪い合い。ストリートでは食事の時間すらない。旅では干し肉とパンの耳。——そんな少年が初めて「いただきます」と「ごちそうさま」のある食卓を知った。それだけで、もう泣ける。


でも、調査隊が来る。外の世界が、この平和を壊しに来る。


次回、第10話「ここが、おうち」で第1アークが完結します。レオン、リーゼ、ガルドの三人が、それぞれ「帰りたくない」と気づく瞬間を描きます。そしてよしこが微笑んで言います——「ほなここがおうちやな(^^)」。


泣かせにいきます。ハンカチの準備をお願いします。


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