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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
第一章

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第4話: おやつの時間

◆ガルド視点




 魔王城で目覚めて、二日目の朝。




 ベッドがふかふかだった。


 毛布が温かかった。


 枕があった。——枕なんて、初めて使った。




 ここに来るまで、僕たちはずっと野宿だった。


 硬い地面に寝て、マントを毛布にして、背中合わせで寝た。レオンがいつも外側で、僕が真ん中で、リーゼさんが内側。レオンは「見張りだ」と言っていたけど、本当は一番寒い位置を選んでいたのだと思う。




 でもここでは、一人にベッド一つ。


 毛布は二枚。


 朝になると——




「おはよう(^^) よう寝たなぁ」




 魔王さまが、部屋の扉を開けて覗いている。




「顔洗っておいで。朝ごはんできてるで」




 毎朝。


 毎朝、魔王さまが起こしに来てくれる。


 「おはよう」って。




 僕は、誰かに「おはよう」って言われたのは、いつ以来だろう。


 農村にいた頃は——お母さんが言ってくれていた気がする。でも教会に連れていかれてからは、起床は鐘の音だった。




「……おはようございます」




「ええ返事や(^^)」




 えへへ。






◆よしこ視点




 二日目。


 朝ごはんを食べ終わって、午前中の家事をやって、昼ごはんも終わった。




 さて。




「ヴェルザさん」




「はっ」




「おやつの時間作ろう思うんやけど」




「…………おやつ、でございますか」




「うん。午後3時くらいに。ちょっと甘いもん食べて、お茶飲んで、休憩する時間」




 ヴェルザさんの眉がぴくぴくした。最近この人の眉はずっとぴくぴくしとる。




「……魔王軍に、おやつの時間は前例が——」




「ないやろな。作るねん(^^)」




「…………」




「子どもにはおやつが必要なんよ。三食だけやと栄養が足りひん。特にあの三人、痩せすぎやから間食で補わなあかん」




「……魔王様。勇者たちは敵で——」




「敵でも子どもはおやつがいるの。——それに、ヴェルちゃんとこの兵隊さんたちも疲れた顔しとるやろ。甘いもんは疲れに効くで」




 ヴェルザさんが口を開けて、閉じて、もう一回開けて、閉じた。




「……かしこまりました」




 うん。ヴェルザさんの「かしこまりました」、昨日から何回聞いたかな。30回は超えたな。




 厨房に向かった。




 蜂蜜がある。これはええもん見つけた。


 小麦粉もある。バターに近いものもある。卵もある。




 ビスケットを焼こう。


 シンプルなやつ。蜂蜜を少し入れて、ほんのり甘いやつ。保育園で何百回と焼いたレシピや。


 ついでに蜂蜜飴も作ろう。蜂蜜を煮詰めて、固めて、小さく切る。これは大阪のおばちゃんの必需品——飴ちゃんの代わりや。




 かまどに火を入れる。


 生地をこねる。型で抜く。天板に並べる。


 ——この作業が好きなんよなぁ。無心になれる。




 焼き上がり。


 ちょっと形が不揃い。でもそれがええねん。手作りの味や。




 大広間にテーブルを出した。ビスケットを山盛りにした皿と、蜂蜜飴を小さな器に盛って、お茶を淹れた。




「——おやつの時間やで(^^)」






◆ヴェルザ視点




 魔王城に、おやつの時間が導入された。




 正確に言えば、魔王様が大広間のテーブルにビスケットを山盛りにして「食べや(^^)」と宣言なさったのだ。




 勇者パーティの三名が集まった。


 ガルドが真っ先に飛びついた。




「わぁ……ビスケット……!」


 甘い匂い。バターと蜂蜜の匂い。


 ——知ってる。この匂い。


 農村にいた頃、お母さんが、かまどで焼いてくれた。小麦粉を練って、蜂蜜を少し入れて、ちょっと焦げた丸いやつ。名前なんて知らない。でも、「ガルドのおやつ」って呼んでた。


 教会に連れていかれてから、二度と食べられなかった。


「僕、食べていいんですか?」




「もちろんやで(^^)」




「えへへ……えへへ……」




 あの巨体が「えへへ」と言いながらビスケットを頬張る光景は、なかなかに異様だ。




 リーゼが一枚手に取り、端を齧った。


 二秒。


「……バター。蜂蜜。小麦。……卵」


 もう一枚手に取った。




 レオンは腕を組んで壁に寄りかかっていた。




「べ、別に……腹減ってねーし」




 言いながら、ちらちらとビスケットの皿を見ている。




「レオンくんの分もあるで」




「……くんって言うな。誰だよレオンくんって」




「あ。——勇者よ、汝の分もあるぞ」




「急に変えんな! ……ったく」




 レオンが舌打ちしながらビスケットを一枚取った。


 齧った。


 黙った。


 もう一枚取った。




 ……なるほど。彼の「別に」は信用しないほうがよいようだ。




 問題は——




「あの……ヴェルザ殿」




 兵のひとりが、おそるおそる近づいてきた。




「……何だ」




「その……匂いが、ここまで来ておりまして……」




 見れば、大広間の入り口に兵たちが数名、顔を覗かせている。


 全員、ビスケットの匂いに釣られて来たのだ。




「ヴェルちゃん、あの子らも呼んだり(^^)」




「……魔王様。兵にビスケットを配るのは、魔王の威厳に——」




「えー、みんなで食べたほうが美味しいやん」




「…………」




「——配ってやれ、ヴェルザよ」




 魔王口調。もう騙されない。




「……かしこまりました」




 兵たちにビスケットが配られた。


 魔王軍の精鋭たちが、甘い焼き菓子を頬張っている。


 中には尻尾を振っている者までいる。……魔族に尻尾があったのか。




「ヴェルちゃんも食べ(^^)」




「……私は——」




「はい」




 目の前に蜂蜜飴を差し出された。


 小さな、琥珀色の飴。




「この世界に飴ちゃんがないから、蜂蜜で作ってん。はい、どうぞ」




「…………」




 四天王筆頭が、魔王から飴を受け取る。




 口に入れた。




 甘い。


 蜂蜜の、素朴な甘さが口の中にじわっと広がる。




「……美味しゅう——」




 止めた。三日前にも同じことを言った。四天王筆頭として、これ以上は——




「ございます」




 言ってしまった。




 魔王が嬉しそうに笑った。


 またあの——威厳のない笑顔だった。




「えへへ……このビスケット、甘くて……僕、こういうの初めて食べました……よし——魔王さま」




 ガルドが五枚目を食べながら泣いている。


 ——今、「よしこさん」と言いかけなかったか。


 この少年は食べるたびに泣くのか。


 リーゼは黙々と食べ続けている。七枚。そろそろ皿の半分を一人で食べている。


 ——先ほど、一枚目を齧った時。あの無表情の少女が、素材を口の中で分析するように呟いていた。「バター。蜂蜜。小麦。卵」と。分析魔法の癖なのだろうが、あの瞬間だけ、目が少し光っていた。


 レオンは壁に寄りかかったまま「べ、別に」と言いながら四枚目を齧っている。




 大広間には、ビスケットの甘い匂いと、お茶の香りが満ちていた。


 勇者と魔王と魔族の兵が、同じテーブルのビスケットを食べている。




 ——何を見せられているのだろうか。




 三百年仕えてきたが、こんな光景は初めてだ。


 先代魔王は、食事は一人で摂り、酒は冷酒のみ、菓子など見たこともなかった。




 だが。


 周りを見ると、兵たちの顔が——柔らかくなっている。


 勇者の少年たちも、さっきまでのような緊張した顔をしていない。




 ビスケット一枚で、空気が変わった。




 ……ビスケットで空気が変わるなど、軍事書のどこにも書いていない。




「ヴェルちゃん、もう一個いる?」




「……ヴェルザです。——いただきます」





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第4話は「おやつの時間」です。


保育園では午後3時のおやつは当たり前です。手作りビスケットを焼いて、みんなで「いただきます」をして、食べて、「ごちそうさま」をする。よしこはそれを魔王城でもやっているだけなんですが、それが前代未聞の出来事になるのがこの世界のおかしさであり、切なさでもあります。


ヴェルザの「何を見せられているのだろうか」は、彼の代名詞的なモノローグです。300年仕えてきた忠臣が、ビスケットで空気が変わる現場に立ち会っている。「軍事書のどこにも書いていない」——そりゃそうです。でも、よしこの保育日誌には書いてあるんです。「おやつの時間に子どもの表情が一番柔らかくなった」って。


ガルドは食べるたびに泣きます。レオンは食べるたびに「別に」と言います。リーゼは黙って枚数が増えます。三人の「食べ方」がそのまま性格なのが、書いていて楽しかったです。


次回、レオンが逃げます。そしてよしこの「廊下は走らない!」が炸裂します。


ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)

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