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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
第一章

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第2話: 勇者、来る

◆レオン視点




 魔王城の門が、目の前にそびえていた。




「……でかいな」




 俺は剣の柄を握り直した。


 手が震えてる——いや、震えてない。空腹で力が入らないだけだ。そういうことにしておく。




 隣でリーゼが無言で城を見上げている。前髪の隙間から見える目は、いつも通り何も映していないような顔をしている。


 後ろでガルドが小刻みに震えている。こっちは隠す気もないらしい。




「が、ガルド。盾、逆だぞ」




「え……あっ、す、すみません……」




 がちゃがちゃと盾を持ち替える音がする。


 三人。装備はボロボロ。最後にまともな飯を食ったのは三日前。宿代を節約して野宿を続けたせいで、全員ふらふらだ。




 いや——最後にまともな飯って言ったけど、三日前のあれも「まとも」とは言い難い。


 硬くなったパンを三つに割って分けた。あれだけだ。




「……レオン」




「なんだよ」




「……あれ、門」




 リーゼが城門を指さした。




 ——開いてる。




「なんで開いてんだ」




「……わからない。罠かも」




「ガルド、盾構えろ——って、だからそれ裏表が逆だって」




「す、すみませんっ……」




 まあいい。行くしかない。


 俺たちは勇者パーティだ。魔王を倒す。それが任務で、それだけが俺たちの存在意義だ。


 少なくとも、そう言い聞かせてきた。




 門をくぐる。




 中は——暗いかと思ったが、松明が灯っていた。廊下はきれいに掃除されている。


 城の奥から、何かの匂いがした。




「……何の匂いだ?」




「……煮込み料理の匂い。肉と、根菜。……香草も入ってる」




 リーゼの鼻は確かだ。分析魔法の副産物で、匂いから素材まで嗅ぎ分ける。便利なのか不便なのかよくわからない特技だが、野営では毒草を見分けるのに何度も助けられた。


 腹が鳴った。


 ——くそ。今鳴るなよ。




「レオン。お腹、鳴ってる」




「うるせぇっ!」




 ガルドが「ぼ、僕もです……」と小声で言った。農村にいた頃、お母さんが「おなか空いたら言いや」って言ってくれた。あれ以来、誰にも言えなかった言葉を、今、言ってしまった。


「ガルド、お前はいいんだよ。盾持ちは体力使うんだから」


「で、でも、レオンだって……」


「俺は平気だっつの」


 嘘だ。三人の中で一番腹が鳴ったのは俺だ。


 全員空腹だった。敵の城に乗り込んでいるのに、全員の腹が鳴っている。勇者パーティとしてどうなんだ。




 奥の大広間の扉が開いていた。


 剣を構える。ガルドが盾を構える。リーゼが詠唱の準備をする。




 中に——






◆よしこ視点




 来た。




 厨房で仕込みをしていたら、ヴェルザさんが「勇者パーティが城門を通過しました」と報告してきた。


 思ったより早い。昨日「明日か明後日」言うてたのに、もう来た。


 仕込み途中やけど——まず顔を見んと。




 玉座の間に戻って座った。


 ヴェルザさんが「魔王としての威厳を」と言うから、背筋を伸ばして、足を組んで、腕を組んだ。




 ……腕組みって、やったことないからなんか違和感ある。保育園では腕組みしたら子どもが怖がるからやらんかったのよな。




 大広間の扉が開いた。




 三人。




 赤い髪の男の子が先頭。剣を構えとる。目がぎらぎらしとる。


 その横に銀髪の女の子。杖を持って、周囲を警戒しとる。


 後ろにでっかい男の子。盾を構えとる——けど盾が震えとる。




 三人とも——




「…………」




 あかん。


 見た瞬間にわかった。




 服がボロボロ。


 革鎧は継ぎ接ぎだらけ。女の子のローブはサイズが合ってなくてぶかぶか。でっかい子の鎧は中古品で、あちこち錆びとる。


 赤い髪の子——左の頬に古い傷跡。頬がこけてる。


 銀髪の子——顔色が悪い。唇の色が薄い。痩せすぎ。


 でっかい子——体は大きいのに、目がおどおどしとる。肩が内側に丸まっとる。怯えとる。




 三人とも、目の下に隈がある。




 保育士を40年やっとったら、わかるねん。


 この三人は、ちゃんとした大人に面倒を見てもらったことがない子どもや。




 赤い髪の子が叫んだ。




「俺は勇者レオンだ! 魔王、覚悟しろ!」




 声は大きいけど、足元がふらついとる。空腹で。




 構える剣も——あれ、ぴかぴかの新品やなくて、刃こぼれした古い剣や。ちゃんと手入れした跡はある。道具を大事にする子や。




「…………」




 ヴェルザさんがちらっとこっちを見た。


 「どうなさいますか」の目や。




 どうもこうもない。




 わてには、この子らが「敵」には見えへん。


 見えるのは——ごはんを食べていない子ども。ボロボロの服を着た子ども。怯えとる子ども。


 保育園で、虐待の兆候がある子が入園してきた時と、同じ目をしとる。




 立ち上がった。




「あ——」




 あかん、魔王口調。




「——よく来た。勇者たちよ」




 うん。それっぽい。我ながら上出来や。




 レオンくんが剣を突きつけてきた。




「黙れ! 今日こそ魔王を倒す!」




「うんうん。元気やなぁ——」




 あっ。




「——勇ましいことだ」




「な、舐めんじゃねぇ!」




 レオンくんが踏み込んできた。


 剣が振り下ろされる。




「魔王様っ!」




 ヴェルザさんが動こうとしたけど——




 レオンくんの体がぐらっと揺れた。


 膝が折れる。剣がからん、と床に落ちた。




「…………っ」




 崩れ落ちる。膝をついて、肩で息をしとる。




「くそ……力が……」




 立ち上がろうとして——立てない。




「レオン!」




「レオン、しっかり……っ」




 リーゼちゃんとガルくんが駆け寄った。


 リーゼちゃんも走ったらふらついとる。ガルくんがレオンくんの肩を支えた。




 わては三人を見下ろしとる。




 魔王の玉座から。




 ——三日、ごはん食べてへんな。


 膝が折れるのは、低血糖の症状や。保育園でもたまにあった。朝ごはん食べさせてもらえない子。




「ヴェルザさん」




「は」




「……ヴェルザよ」




「はっ」




「この子らの武器、預かっておいて。——危ないから」




「……承知いたしました」




 わてが「危ない」言うたんは、「わてが危ない」やなくて「この子らが怪我するから危ない」や。ふらふらで刃物振り回したらあかん。




 玉座から降りた。


 三人の前にしゃがんだ。




「な、なんだよ……」




 レオンくんが睨んでくる。


 目はぎらぎらしとる。けど、腕が震えとる。




「…………」




 わてはその目をじっと見た。




 保育園で、新しく来た子が、最初に保育士を睨む目と同じや。


 「信用しないぞ」「また裏切るんだろ」「近づくな」——ぜんぶ、怖いから。




「……あんたら、いつからごはん食べてへんの(^^)」




「…………は?」




「あんた頬こけてるやん」




 リーゼちゃんの方を見た。




「そっちの子、顔色悪い。唇の色が薄いのは鉄分が足りてへん」




 ガルくんの方を見た。




「でっかい子。あんた手ぇ震えてるやん。それ空腹やろ」




「え……あ、は、はい……す、すみません……」




「謝らんでええ。お腹が空くのは悪いことちゃう」




 立ち上がった。




「——勇者たちよ」




 魔王口調。背筋伸ばして。威厳。




「待っておれ。すぐに——」




 ……なんて言えばええんやろ。




「——食事を用意させる」




 あかん、「させる」やない。自分で作るんやけど。まぁええわ。




 くるっと振り返って、厨房に向かった。




 仕込みは途中やけど、シチューの材料は切ってある。鍋に水は張ってある。火をつけたらあとは煮込むだけ。


 30分あったらいける。




 歩きながら、ちょっとだけ目頭が熱くなった。




 ——あの子ら、誰もちゃんと面倒見てもらってへんわ。


 装備を見たらわかる。国からもらった武器やない。自分で手入れした中古品や。


 ローブはサイズが合ってない。鎧は錆びとる。


 「勇者」って名前だけ渡して、ろくに面倒も見ずに送り出したんやろ。




 ……ほんまに、もう。




 厨房に着いた。


 かまどに火をつけた。




 泣いてる場合やない。


 まず、ごはんや。






◆レオン視点




 何が起きたのか、わからなかった。




 俺は魔王を倒しに来た。


 剣を振った。


 倒れた——自分が。




 情けない。くそ。最低だ。




 魔王はこっちを見下ろして——殺されると思った。


 だって魔王だ。人類の敵だ。容赦なく俺たちを消し飛ばすはずだ。




 だが魔王は、しゃがんだ。




 近い。顔が近い。


 深紅の目。黒い髪。角。——間違いなく魔王だ。




 なのに。




「……あんたら、いつからごはん食べてへんの(^^)」




 意味がわからなかった。




 俺の頬のこけ具合を見て、リーゼの唇の色を見て、ガルドの手の震えを見て——全部当てた。


 一目で。


 一瞬で。




 怖い目だろうと思った。威圧的な、冷酷な目を。


 違った。


 心配そうな目をしていた。




 それが一番——困った。




 だって。


 そんな目で俺を見たやつ、いないから。


 孤児院にも。ストリートにも。教会にも。


 誰も、俺の頬がこけてることなんか、気にしなかったから。




 魔王は「食事を用意させる」と言って、くるっと背を向けて歩いていった。


 マントの裾を引きずりながら、ちょっと早足で。




 ……逃げたのかと思った。


 違う。あの歩き方は、何かをしに行く時の歩き方だ。




「…………」




 ガルドが呟いた。




「い、いい匂い、してたよね……さっきから……」




「うるせぇ」




「……する。煮込み料理」




 リーゼまで言った。




 くそ。確かに匂いはする。城に入った時からずっとしてた。温かい、肉と野菜の匂い。


 腹が鳴った。また。




 リーゼが小声で言った。


「……あの目。分析じゃない。経験で見てる」


「は?」


「魔法を使わないで、私たちの状態を全部当てた。……あれは、何千人も見てきた人の目」


 リーゼが魔法使いだからわかるのだろう。分析魔法で見るのと、経験で見るのは違う。リーゼは目で見る。あの魔王は——体で知っていた。




 銀髪のヴェルザとかいうやつが、こっちを見ている。


 鋭い金色の目。こっちは正真正銘の「殺せる目」だ。




「……勇者よ」




「なんだよ」




「武器を預かる。魔王様の命だ」




「冗談じゃねぇ! 武器を渡すわけ——」




 リーゼが俺の袖を引いた。




「……レオン。私たち、今戦える状態じゃない」




「…………」




 わかってる。わかってるよ。


 剣も持てないくらい腹が減ってるのに、何が「魔王を倒す」だ。




 俺は——悔しくて、唇を噛んだ。




「……剣は渡さねぇ。でも、鞘に収める」




「……よかろう」




 ヴェルザが一歩引いた。


 やるじゃねぇか、この銀髪。交渉の余地を残してくれた。




 三人で、大広間の床に座った。


 立っていられなかった。




 ガルドが壁にもたれて、もう半分寝かけている。リーゼは膝を抱えて、じっとしている。


 城の奥から、鍋の音がかすかに聞こえる。がたん、ことん。




 誰かが、何かを作っている。




 ——なんなんだよ。


 魔王のくせに。


 俺たちを殺すんじゃなくて、ごはんを作ってんのか。




 意味がわからない。


 でも——あの匂いは、嘘じゃない気がした。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第2話は「出会い」の話です。


短編版では出会い→食事→就寝まで一気に描きましたが、連載版では「出会い」だけで1話使いました。レオンが剣を振って、自分が倒れるシーン——あれが、この3人の「今」を一番端的に表しています。敵を倒すどころか、自分が立っていられない。


よしこは魔王なのに、真っ先に「頬のこけ具合」「唇の色」「手の震え」を見ました。保育士の観察眼は、戦場でも発動します。「この子らは、ちゃんとした大人に面倒を見てもらったことがない」——そう見抜くのに、魔法はいりません。40年の経験があればいい。


レオンの「そんな目で俺を見たやつ、いないから」が、この話で一番大事な一行です。心配そうな目で見られたことがない子ども。それが、どれだけ辛いことか。


次回、よしこのシチューが登場します。

「まずお手て洗おうね」が炸裂します。


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