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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
第一章

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11/12

第11話: 魔王のおはよう

◆よしこ視点




 朝、五時半。


 目が覚めた。




 保育園におった頃と同じ時間に体が起きる。40年分の体内時計は異世界に来ても変わらへん。




 ベッドから起きて、顔を洗って、ローブを着る。——相変わらず動きにくいこのローブ。エプロンが恋しいわ。




 さて。




 廊下に出た。


 石造りの長い廊下。松明の灯りがぼんやり揺れとる。




 歩く。




 角を曲がると、見張りの兵士がおった。大きな角が二本生えた、ごつい魔族。こっちに気づいて、体を強張らせとる。




「おはよう(^^)」




「…………は?」




「おはよう。今日もお疲れさん」




「……ま、魔王様……? お、おはようございます……?」




 ぎこちないけど、返してくれた。




「ええ天気になりそうやな。朝ごはんもうすぐやからね」




「は、はぁ……」




 兵士が困惑した顔しとる。まぁそうやろな。先代の魔王は挨拶なんかせんかったらしい。




 でも、挨拶は大事や。


 保育園の最初の仕事は「おはよう」を言うことやった。


 おはよう、って言われたら、「ここにおってええんや」って思える。それだけで一日が変わるねん。




 廊下を歩く。


 次の角にも兵士がおった。




「おはよう(^^)」




「お、おはようございます……!」




 さっきの兵士より返事が早い。この子は三日前から返してくれるようになった。




 次の通路。掃除をしとる魔族がおった。




「おはよう(^^) 掃除ありがとうな。綺麗になっとるわ」




「……え。あ、ありがとうございます……」




 褒められ慣れてへんねんな、みんな。


 先代の魔王は「やって当たり前」やったらしいから。




 でもな。


 「やって当たり前」のことをやっとる人に「ありがとう」って言うのが、一番大事やねん。




 保育園でも掃除のおばちゃんに「ありがとう」って園児が言えるようになるのに、半年かかった。でも一回言えたら、あとは毎日言えるようになる。




 厨房に向かう。


 今日も朝ごはん作らな。パンを焼いて、スープを仕込んで——




「——あ。ヴェルちゃん」




「ヴェルザです。——おはようございます、魔王様」




 ヴェルザが厨房の前に立っとった。背筋がぴしっとしとる。




「朝から立っとったん?」




「……魔王様の安全を確保するのは、四天王筆頭の務めでございます」




「ありがとうな(^^) でもそれより——」




 わては、ちょっと姿勢を正した。




「ヴェルちゃん。ちょっとお願いがあるねんけど」




「ヴェルザです。——何なりと」




「侍女さん、おるやろ? 城に」




「…………侍女、でございますか」




「うん。わたくしの身の回りの世話をしてくれる子。おる?」




 ヴェルザが少し考える顔をした。




「……おります。ティアと申す者が。ただ、先代魔王は侍女を必要とされませんでしたので、実質的には清掃と洗濯を——」




「その子、わたくしの担当にしてくれへん?」




「……かしこまりました。すぐに手配いたします」




「ありがとう(^^) あと、調査隊の件、掃除どこまで進んだ?」




「玄関ホールと大広間は完了いたしました。客間の整備を本日中に——」




「よし。ほなわてはごはん作るわ。掃除組にもパン焼いたるからな」




「…………魔王様。魔王が自ら兵に朝食を、というのは——」




「いまさらやん(^^)」




「…………はい」




 ヴェルザが諦めた顔をした。


 この顔も見慣れてきたなぁ。




 厨房に入る。


 ガルくんがもう来とった。




「おはようございます、よしこさん……!」




「おはよう、ガルくん(^^) 今日のスープ何にする?」




「あの……にんじんと、かぶと……」




「ええな(^^) ほなそれで行こか」




 レオンくんも来た。




「……おはよう」




「おはよう、レオンくん(^^) 今日は自分から言えたな。えらいえらい」




「……べ、別に。習慣になっただけだ。褒めんな」




 リーゼちゃんも来た。


 無言で席につく。——と思ったら。




「……おはよう」




 ——あ。


 この子が、自分から言った。




「おはよう、リーゼちゃん(^^)」




 なんでもないように返す。大げさに褒めたら、この子は引っ込んでしまう。


 でも——わて、今ちょっと泣きそうになった。40年やっとると、この瞬間がどれだけ大きいかわかるねん。




 四人で朝ごはんを作る。


 もう当たり前になった。


 この当たり前が——ほんまにええなぁ。




 ……あ。関西弁がまた漏れとった。


 えーっと。




「わたくしは……ご機嫌麗しゅう……本日も清々しい朝で……」




「魔王様。取り繕わなくてよろしいかと」




「……あ、バレた?(^^)」




「初日からバレております」




 ヴェルザのツッコミが今日も冴えとる。






◆ティア視点




 ヴェルザ様に呼ばれた。




「ティア。新しい魔王様の身の回りの世話を担当せよ」




「……え」




「聞こえなかったか」




「い、いえ……聞こえました。ただ……わ、わたしが、ですか……?」




「お前以外に侍女はおらぬ」




「は、はい……」




 わたしは120年間、この城で侍女をしている。


 掃除と洗濯。それがわたしの仕事。




 先代魔王にお茶を出したことが、二回ある。


 一回目は、お茶が冷めるまで気づかれなかった。


 二回目は、「下がれ」の一言だった。それがわたしに向けられた、唯一の言葉。




 名前を呼ばれたことは——一度もない。




 「侍女」。それがわたしの名前だった。


 120年間、毎朝廊下を拭いた。誰かが「おはよう」と言ってくれるかもしれないと思いながら。一度もなかった。




 新しい魔王様は——変わっている、と聞いている。


 勇者にごはんを出している、と。


 兵士に「おはよう」を言う、と。




 ——そんなことがあるわけない。


 尻尾がきゅっと縮んだ。期待すると、いつもこうなる。




 魔王様の部屋の前に来た。


 扉をノックする。手が震えている。


 尻尾がぴーんと立ってしまう。緊張するといつもこうなる。




「はーい(^^)」




 ……はーい?




 扉が開いた。


 長身の美女。漆黒の髪。深紅の瞳。小さな角が二本。


 ——魔王ヴォルグラーナ様。




 威圧的な外見なのに、笑顔が——




 なんというか——近所のおばちゃんみたいだった。




「あんたがティアちゃん?」




「…………え」




「ヴェルちゃんから聞いたで。お世話してくれるんやろ? ありがとうなぁ(^^)」




 ティア「ちゃん」。


 名前を。


 呼ばれた。




「あ、あの……ティア、です。は、はい……」




 尻尾がパタパタ動いてしまう。やめて。今は動かないで。




「かわいい尻尾やなぁ(^^) ふわふわやん」




「ッ——! す、すみません、勝手に動いて……!」




「なんで謝るん? かわいいもんはかわいいよ(^^)」




 この方は——何を言っているんだろう。


 魔王が侍女の尻尾を「かわいい」と——?




「あのな、ティアちゃん」




「は、はい……」




「もうすぐ朝ごはんやねんけど——」




 ……あ。はい。お持ちするのですね。お部屋に。




「一緒に食べよ(^^)」




「…………え?」




「一緒に。食堂で。みんなで食べるんよ」




「で、ですが……わ、わたしは侍女で……」




「侍女も朝ごはん食べるやろ?」




「い、いえ、その……侍女は皆様のお食事の後に、厨房の残りを……」




「…………」




 魔王様の表情が変わった。


 笑顔のままなのに——目だけが、少し鋭くなった。




「残り物?」




「は、はい……それが通例で……」




「…………」




 沈黙。




 わたし、何か失礼なことを——




「ティアちゃん」




「は、はい……!」




「今日からうちの食卓で一緒に食べよな(^^) 残り物やのうて、ちゃんとしたごはん」




「で、ですが——!」




「命令やったら聞いてくれる?」




「……え」




「ほな魔王命令(^^) ティアちゃんは今日から食卓に座ること。以上」




「…………」




 命令。


 魔王からの、命令。




 120年間で初めての「命令」が——一緒にごはんを食べなさい、だった。




「……は、はい……かしこまり、ました……」




 尻尾が、もう止まらない。


 パタパタパタパタ。




 食堂に着いた。


 大きなテーブル。椅子が並んでいる。




 ——人間の子どもが三人、座っていた。




「あ、新しい人だ……! は、初めまして……えへへ」




 大きな男の子が、緊張した顔で笑った。




「……」




 銀髪の女の子が、静かにこちらを見た。




「……誰だよ」




 赤い髪の男の子が、ぶっきらぼうに言った。




「ティアちゃんや(^^) 今日から一緒にごはん食べるで」




「……また増えんの?」




「増えるんやない。家族が増えるんや(^^)」




「か、家族……!?」




 赤い髪の子が変な声を出した。




 魔王様がわたしの背中をそっと押した。


 食卓の椅子を引いてくれた。




「ほら、座り(^^)」




「……は、はい……」




 座った。


 テーブルの上に——パンと、スープと、焼き魚と、卵焼き。




 全部、温かい。


 全部、今朝作ったもの。


 残り物じゃない。




「いただきます(^^) みんなも、ほら」




「いただきます……!」


「……いただきます」


「べ、別に……いただきます」




 わたしも——




「……い、いただき、ます……」




 スープを一口飲んだ。




 かぶと、にんじん。


 温かい。


 ちゃんと味がする。




「……っ」




 涙が出そうになった。


 やめて。泣かないで。侍女が泣くなんて。




 尻尾がパタパタパタパタ止まらない。




「ティアちゃん、美味しい?(^^)」




「……お、美味しい、です……」




「よかった(^^) ガルくんのスープ、美味しいやろ?」




「ぼ、僕が作ったんです……えへへ」




 大きな男の子が照れている。


 この子が——勇者パーティの?




「……明日も、一緒に食べよな(^^)」




「……は、はい」




 明日も。


 明日も、ここに座っていいんだ。




「ティアちゃん」




「はい……」




「朝ごはんの前に、一つ教えといたるわ」




「……な、何でしょう……」




「この城ではな——朝起きたら『おはよう』って言うんよ(^^)」




「…………」




「明日、言えるかな?」




 尻尾が——もうどうしようもないくらい、パタパタしている。




「……は、はい。——おはよう、ございます」




「ふふ(^^) まだ朝やから、ちょうどええな」




 魔王様が笑った。


 近所のおばちゃんみたいな笑顔で。




 ——120年間、誰にも名前を呼ばれなかった。


 「一緒に食べよう」なんて、言われたことがなかった。




 今日、初めて。




 わたしは——名前のある人になった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第11話、Arc2の開幕です。


「おはよう」って言葉は、たった四文字なのに「あなたがここにいることを認識しています」という意味を持っています。よしこが城中を歩いて「おはよう」を言い続ける。兵士たちが最初は困惑して、少しずつ返せるようになる。それは「見てもらえている」と感じた瞬間です。保育園で毎朝やっていたことと、何も変わらない。


ティアは120年間、名前を呼ばれなかった侍女です。「侍女」が名前だった。そんな子に「ティアちゃん」と呼びかけ、「一緒にごはん食べよ」と言う。よしこにとっては当たり前のことなんです。でもティアにとっては、120年で初めてのこと。尻尾が止まらないのは、嬉しくて嬉しくて、体が正直だから。


Arc2のテーマは「おはようを言い合える場所がある幸せ」です。日常が深まり、四天王が全員登場し、この城がもっともっと温かい場所になっていきます。


ちなみに——ティアの心の中で一瞬だけ出てきた「魔王ヴォルグラーナ」という名前。実はちゃんと設定があります。魔王の座を継ぐ瞬間、玉座の魔法陣が新しい魔王の魂を読み取って、古代魔族語の「真名」を授けるんです。代々の魔王ごとに違う名前がつく。ティアは継承記録で調べていたので、畏敬を込めてこの名前で呼びました。


よしこ本人はこの名前を知りません。教えたとしても「ヴォルグ……ヴォグラ……? あかん舌回らんわ。よしこでええよ(^^)」って言うと思います。先代魔王にも真名があったのですが——それはまた別のお話。あんまり使わない設定ですが、こういう裏設定が物語のどこかで効いてくる……かもしれません。


ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)


次回、第12話「四天王、困惑する」。残り三人の四天王が魔王に会いに来ます。腕相撲、焼き菓子、膝の上——それぞれの「陥落」をお楽しみに。

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