永遠を綴る者
……終焉
派手な服。強い香りを漂わせている厚化粧の女は、遠目に古神社を見つめていた。
「まったく、とんだ手間だよ」
舌打ちをし、吐き捨てるように呟く。
「仕方がないでしょう? あの時、貴女が、あの使い魔の正体を見抜けなかったし、それを逃がしてしまった。それも、今回の件の一因ですよ」
輪が言った。
「それは……ミスだけど。もともとは、あのオヤジのせいだろう? 欲望に支配されたところを漬け込まれた。アイツが、悪い」
負けずと言い返す。
「でも、貴女のアイテムが利用されたのも、また事実」
輪は言う。
「ただの力と財を求めて、狂った者なら捨て置けばいいが……。それが、他人の命を貪ることも黙認は……難しいですね。でも、今回は、龍の肉を口にした者が起こした」
サディアが言った。
闇に沈んでいく森。その鳥居の前には、幾重にも黄色いテープが巻かれている。
その光景を、どこかのテレビ局が映していた。
「はーあ。もう、まったく」
デューマは。苦笑する。
「とりあえず、使い魔の方は始末するよ。―あとは、そっちでやってよ」
わざとらしく、髪の毛を掻き揚げて、デューマは闇の中へ入っていった。
輪とサディアは、宇奈月合い共に、闇の中へ向った。
闇の静寂で、蠢くモノがいた。
「ワレは、カミ。バンブツをシハイするカミ。トワノチカラ、トワノイノチ。ワレはカミをコエルソンザイ」
そのモノは、繰り返し呟いていた。
「下僕、あの男が掻き集めてくれた、ワレの為のニエ。だがタリナイ。忌々しい封印が解けた今、全ての人間はワレのニエ。くく、あの男も愚かだ。小物のくせに、カミになるのはワレなのに。ワレが神なのに。あれば、いい木偶。ニエを集める」
そのモノは、闇の深淵から、彼方に見える光を見つめた。
「もうすぐ、あと少し―現し世にで、イノチを喰らい、今度こそ、神となる」
光に向かい蠢く、その光に向って、手を伸ばした。
「……なりませんよ。あなたには、万物の理より消えてもらいます。ああ、理から外れた存在でしたね」
その手を、光が薙ぎ払った。
「ワレは、神ぞ。なにをする」
そのモノは、人影に向かい叫ぶ。
「いいえ。あなたは、神などではありません。ただの醜悪で愚かでしかない。神とは、光であれ闇であれ絶対的に純粋な存在。欲と地に塗れたあなたは、そうでない」
その言葉に、そのモノは逆情する。
「何を言おうが、叫ぼうと、そのチカラを使おうとしても無駄。ここは、まだ封印結界の中。綻びはあれど、まだ大丈夫。それに、あなたの使い魔も滅んで無へと消えましたよ。だから、あなたも、大人しく滅びなさい。その愚かなる欲望から開放されて」
輪は、言う。
「我が下僕を滅ぼしただと? 我が半身ともされるモノを。龍の肉を喰った我が滅びるわけがない。神たる我に楯突くとは、何者だ?」
そのモノは、牙を向いて叫んだ。
「……私達は、失われし大陸の者。失われし大陸の再生を悲願する者。宿命のもとに、龍と血と魂との契約を交わした者。龍の肉を口にした者は、この星に数人はいる。だが、あなたのように、欲にまみれたモノは、星の意に反する。我々は。あなたの存在を赦すわけにはいかない」
サディアは、そのモノを見つめた。
「―なにを。他にも龍の肉を喰った者がいるのか?」
驚き、問う。
「いますよ。すでに、万の時を越えて存在している者も、ね」
輪が、言った。
その言葉に、そのモノは狼狽えた。
「あなた一人だと、思いましたか?」
輪は、冷たたく一瞥し
「知っていましたか? 龍の肉は、もともと一頭の龍。唯一無二の龍であったということを。そして、龍の肉を食し永遠の存在となっても、龍の骨より造られし剣にて、心臓っを貫き頭を落とし、剣とともに焼き尽くせば、滅ぼせるということを―」
「なにを、そんなでまかせを」
そのモノは、後退る。
「あなたには、完全に滅びていただきますよ。その魂もろとも。王にして神であった龍の意に反するモノよ」
サディアは言う。
白い剣が、一閃する。それと同時に、凄まじい絶叫が響き、闇の深淵は激しく揺れた。
「―滅びてしまった。私達の大陸。そこを滅ぼしたのは、あなたの前世。ずっと、追い続けて
いた、憎むべき魂。だから、あの時のように、再び滅ぼされる前に、滅ぼせて良かった」
なんともいえない溜息を吐き、輪は言った。
「だけど、その大陸も大地も、国も民も、今は無い……」
何処からかやって来た、デューマが言った。
「いつか、―この星が滅びる前に、きっと再生してくれるさ」
サディアは、彼方を見つめ呟いた。
「そのためにも、各地にいる同族同志を見つける。龍の肉を口にしなかった同志、その転生を見つけないと、ね。―サディア、解っているの? 早く決めてしまわないと、普通の人間なんて、あっという間だし、別の男と一緒になってしまうわよ」
と、デューマ。
「解っている。想いに変わりはない。だけど、彼女の意志を優先しないと」
淡々と呟く。その言葉に、輪とデューマは首を振って、深い溜息を吐いた。
闇は、不安定に揺れていた。
「ここを閉じて、古神社がある場所もろとも、始末しないといけないわね。―地中深くに、巨大な地下水脈の流れがある」
デューマが言う。
「ああ」
その意を知ってか、サディアは頷いた。
「すべては、流れ行く水で浄化させましょう。瘴気も血も欲も……」
輪が言う。三人は、互いに見つめ合い頷いた。
稀にみる大きな地震が、温泉地を揺らした。
それは、古くから町に暮らす人々にとっても、始めてのことだった。
その地震で、古神社のある森で大規模な地割れがおこり、社が崩れ落ちると同時に、地中より天へと向かい巨大な水柱が吹き上がった。
それは、熱湯だった。その熱水は雨のように北エリアに降り注いだ。
事件の取材に来ていたマスコミ達によって、すぐさま全国に伝えられた。
その水柱が消えた後、そこは森ではなく、大きな熱水の池となっていた。
湯気立ちのぼる古神社池に、映る月をみつめて
「私達は私達で、やっていくわ。不死を終わらせるというのが、その術だけだというのは、嫌だもの」
月夜野は、言った。
「うん。さすがに嫌だわ。辛いことがあるけれど、そのぶん芸に磨きがかかるのかもしれない」
花雪は、ふふと笑う。
「―そうですね。別に勧めれる方法ではありませんから……。それでは、また何処かでお会いしましょう」
サディアは言って、立去る三人を見送った。
「同志として、迎えても良かったのですがね」
輪は、名残惜しそうに言った。
「もし、そうであるならば。また出会えるさ。―それにしても、輪。あんたって、趣味が悪いわねぇ。あんなのが良いなんて」
厭味ったらしく、デューマが言った。
「いけませんか? 貴女も同じでしょう?」
輪が言う。デューマは、鼻で笑い
「じゃ、私は帰るから」
デューマは、姿を消した。
「さてと。片付いたことだし。私は、ゆっくりしてから帰りますから。サディア、早く決めなさいよ」
「解っていますよ。ですが、もう少し見守っても、私は良いと思っています」
月を見つめ、サディアは答えると、その場から立去る。
その後姿を見つめ、輪は
「ようやく再会出来た、魂の伴侶なのに、ね」
呟いて、溜息を吐いた。
ニュースやワイドショーは、連日、地震で出来た温泉池のことを伝えていた。
オカルトサイトでは、一連の事件と心霊スポットの関係で、色々と盛り上がっていて、遠子の記事も、そんなかで、発売された。
豆田は、かなり落ち込んでいたが、それでも心霊スポット特集の放送を決めた。
何度か、解説役を頼まれたが、遠子は人前が苦手だと断った。
社長は、本当に知らなかったと、謝ってくれた。
初仕事を終え、なんとかなったことに、遠子は息を吐いた。
ただ、旅館の中庭でのことが、気になっていた。
サディアは、なにを思って言ったのだろう?
どうして、いつも気にかけてくるのだろうか。
考えていると、胸が疼いてしまう。
貰った、聖血晶石は色褪せていた。きっと、力を使ってしまったのだろう。
「古神社、招願叶。龍の肉。まだ、聞かないといけない」
じっと、聖血晶石を見つめる。
「アナキティドゥスへ、行こう」
遠子は、呟き頷いた。
遠子は休みをもらって、久しぶりに、アナキティドゥスへと来た。
独特の香りが漂う、薄暗い店内。
夏休みと、オカルトブームなのか、珍しく数人の客が来ていた。
ただの興味本位の人達、接客をしている、サディア。
今は、話せないと、一旦店を出ようと、扉に手をかける。
「お久しぶりです、遠子」
サディアの方から、声をかけてきた。内心、ドキドキしながら振り返る。
客からの視線が嫌だった。
「こちらこそ、お久しぶりです」
「色々と大変でしたね。でも、よく書けていましたよ」
サディアは、カウンターを指す。そこいは、オカルト雑誌が置いてあった。
「えーと、またあとで来ます」
なんとなく嫌な感じがするので、扉に手をかけた。
「外は暑いですから。奥で、待っていてください」
サディアは、ニッコリ笑って言った。
客は、同じ年か年下の女達。その視線を気にしながら、遠子は店の奥へ向った。
そこで待っていると、店での会話が聞こえて来る。
「誰ですかぁ? 店長さんの知り合い?」
甘ったるい言い方。心底、苦手なタイプ。
「はい。この雑誌のライターさんですよ」
と、サディア。
その後も、会話が聞こえてくるが、そのたびに、胸に不快感があった。
「あれ、来てたの?」
カーテンの奥から、聞き覚えのある甲高い声と香りがした。
視線を上げると、そこには、相変わらず派手な衣装とメイクのデューマがいた。
「―まだ。聞かないと、いけないことがあるので……」
「あんたも、もの好きだね。で、サディアは?」
「お店で、接客しています」
遠子は、答える。そして、溜息が出た。
「ふ~ん」
デューマは、じっと遠子を見つめて、クスッと笑うと、店へと出た。
二人が、なにを話しているかは、わからなかった。それからしばらくして、サディアが
一人で入ってきた。
「お待たせしましたね。―デューマに、怒られてしまいましたよ」
言って、いつもの、ハーブティーを入れた。
「それで、何を聞きたいのですか?」
まっすぐ、遠子を見つめる。見つめると、やっぱり気恥ずかしいと、遠子は思った。
「あの温泉でのこと。龍の肉と不老不死……。そして、地震のこと」
視線を合わすと、恥ずかしいので、俯いたまま、遠子は言った。
「すべては真実ですよ。不老不死の話も。あの古神社は、消滅させました。水は全てを浄めますから。あそこの池は、この先も湧き続けることでしょう。一連の事件は、あの土地から始まりました。封印されながら、招願叶を媒体にし、欲望を叶えようとしたから」
サディアは、ゆっくりと語る。
遠子は、サディアの顔を見た。深い瞳の色に、何故か懐かしさがあった。
「ヤツは、欲に狂い、龍の肉を食べた。だから、狂えるモノになってしまった。それを封じたのは、双子の片割れだった。彼は消える前に、せめてもの力にと、ずっと遠子を守ってくれていたのですよ」
言われて、夢のことを思い出す。
そういえば、いつの間にか、水晶玉は無くなっていた。
どうして、そのことを知っているのか不思議に思った。
それ以上、語ることなく、優しい表情で見つめていた。
「ねえ、サディアさんって、何者なの? ただのオカルトショップの店主では無いでしょう? 霊能者とも占い師とも違うみたいだけど……」
遠子は、恐る恐る問う。心がざわついて、まっすぐサディアを見れなかった。
「―知りたいですか?」
溜息を吐き、言う。気兼ねしていまいそうだったが、頷くと
「そうですね」
と、また溜息。
「私達も、不老不死の端くれ。自らの宿命のもとに……。今は、亡き失われし大陸の民です」
静かに、そしてゆっくりと、サディアは言葉を紡いだ。
―現実のことだろうか?
今は、失われた大陸って。その大陸は……。
遠子は、じっと、サディアを見た。
「大陸の名は、ムー」
震える声で、言う。
サディアは、微笑むだけで、答えることはなく
「―私達は、ね。いつの日にか、その大陸が再生したら、その大陸にて文明を引き継ぐ為に、不老不死となった者です。だから、大陸を原初とする魂を探しているのですよ、遠子」
と、言い。今まで見せたことのない表情で、遠子を見つめた。
遠子は、照れ臭くなり、また俯く。
「もし、叶うのであれば、遠子はどうしたいですか?」
―不老不死が、叶う。
「世界中を、調べ尽くしたい」
そう答えるのが、精一杯だった。
「では、不老不死を受け入れますか?」
サディアは、問う。
長い沈黙
「―まだ、わからない」
想いとは裏腹だった。
「今すぐとは言いませんよ。でも、貴女は真実を識った。だから、改めて、答えを聞かせてください」
サディアは、優しい口調で言った。
遠子は、黙ったまま頷くしか出来なかった。
真夏の夕方。暑さは変わらず。吸い込む空気すら熱い。
また、眠れなさそうだな。溜息混じりに、遠子は思った。
街の音楽なのか、店から漏れている音楽なのか、何処か懐かしさのあるメロディが、聞こえていた。
駆けて行く、同じ年頃の女性と、すれ違う。
「―答え、か」
何気なく振り返り、その女性の背を見つめた。
不老不死。尽きることのない命なら、廻ることのない魂。
輪廻から外れたモノ。
自分が、不老不死を求める理由と意味。その答えが、解ったから……。
遠子は、空を見上げた。
飛行機が、夕日を受けて輝きながら、彼方へと向っていた。
不老不死は古代から、人間が抱いている、永遠の望み。
中世の錬金術師から、最新科学医学に至るまで研究され続けている。だけど、その望みが叶った時、人間は心穏やかで、幸せなのだろうか?
消え行く飛行機を見つめた。
『普通に老いて、天寿を全うできるのが、幸せなこと。例え、生きているのが辛くても、生まれ持つ天寿を、生き抜くことが、人間の魂にとって大切なコトなんだよ』
ふと、祖母の言葉が蘇る。
『人間には、生命の限りがある。だから、夢や希望があり、また、その反対もある。そこに意味があるから、生きている人生。永遠に生きられる人生に、意味は無いと思う」
幼い日に見た、三芸人の人魚伝説。
祖母が呟いていた、言葉。
「限りがあるから」
呟くと、何故か涙が溢れ落ちた。
瞳を閉じると、闇の中に幾つもの光が見える。
『私達は、失われた大陸で、文明を再生させるために、不老不死となり、魂の同志を探しているのです』
サディアの言葉が、心の深淵に響いた。
嬉しいという、感情なのかな。
遠子は、心の中で呟いた。
終章 創まりの大陸
白く透明に輝く、天空へと聳える塔。
その塔にある、巨大な書庫。その書庫には、無限に近い書物が納められている。
星の創まりから、幾千の時を記録した文書から、時代の文学までも。
宇宙の起原から、今日までの記録がある。
常春の楽園、創まりの物語。




