はじまりの……
五章 はじまり……
「だいぶ日も落ちたし、雲行きも怪しいな」
宿場から宿場、集落から集落へ。旅をしながら、芸を披露することを生業としている一座。
その頭は、鬱蒼とした木々の間から、空を見上げて言った。
「この辺りに、廃寺があるはず。街道の茶屋が言ってたぞ」
団員の一人が言った。
「ああ、あそこに見えているのが、そうだ」
一団を先行していた者が、木々の開けた場所を指した。
「廃寺かー。まあ、野宿よりかは、マシ。雨風を避けれるだけ、いいと思わないと」
と、一座は、その廃寺で休むことにした。
「廃寺というわりには、きれいじゃないか」
中に入り、誰かが言った。
「でも、さ。ここは、曰く付きらしいぞ」
「ああ、噂。数年前に、住職が亡くなってから、守る者も継ぐ者もおらず、廃寺になった。そのあたりに、なにかあるのかもな」
など、街道の噂話で盛り上がる。
いろいろと話しているうちに、夜になり、雨が打ち付け、風も出てくる。
一座は、噂話を話し合う。
「そういえば、この廃寺には、凄いお宝があるって」
「なんだ、それ?」
「いかなる病を治し、不老不死の秘薬だと。ここの住職は、ソレを守っていたとか」
「私、その秘薬について、聞いたことあるよ。以前、芝居小屋で一緒した、語り部のお婆からね。ソレは人魚の肉だよ」
クスッと笑って、月夜野は言った。
「おい、そんなもの食ったら、呪われるぞ」
道具運びの男は、言って、クワバラクワバラと呟いた。
「あら、あるのなら、私、欲しいな」
女形の花雪が、言った。それを聞いた、月夜野は頷く。天若も、相槌を打つ。
「本当に、お前達三人は、変わっているよな。それに、そんなものあったとしも、干からびてるか、腐りきって食えやしねぇよ。今まで、曰く付きを追ってみたものの、何一つ無かったじゃないか。まったく、そんなもんより、銭がいいね」
親方は、ぼやいた。
「ここは、とんでもない山奥。山に囲まれた場所。だから、魚の日干しも塩漬けも無かったじゃないか。こんな場所に、人魚伝説があるとは思えない」
一座の者は、つまらなそうに言った。
「ま。そうせ。この嵐で足止めさ。しばらく時間はありそうだから、この廃寺を調べる時間はあるさ」
威勢の良い声で、月夜野は言った。
翌朝。雨は昨夜から降り続いて、風は木戸を揺らしていた。
月夜野・花雪・天若の三人は、廃寺を探索していた。雨漏り、蜘蛛の巣があっても、手入れうをすれば、立派な寺になりそうだった。
「どうして、こんな寺が棄てられたんだ? 荒らされてもいない」
月夜野は、一部屋一部屋見て回った。
かび臭く埃が堆積しているものの、壊れた場所は殆どない。
寺を散策して本堂に戻ると、一座の男が三人に弾んだ声を掛けた。
「なにか、めぼしいもの、あったか?」
と。
「いいや。ないね」
月夜野は、つまらなそうに答えた。
「それじゃあ、裏にある小さな神社へは?」
嬉しそうに男は言う。
「あの小さな社が、どうかしたの?」
天若が問う。
「あそこ朽果てているけど、社の下に穴蔵―氷室? があったんだ。それでな、その先に道があるんだ。隠し道みたいな。そこに、お宝があるんじゃなかって」
「で、そこに行ってみたのかい?」
月夜野は、ムッとして言う。
「これからさ。灯りを取りに戻ったんだ。どうせ暇だから、これから探ってみようと」
提灯を手にし、男は言った。
「へー。面白そうじゃん。行こう」
三人と男二人は、本堂の裏にある、朽ちた社へ向った。
木造作りの小さな社は、既に原型を留めていなかった。
「寺の方は、手入れの形跡があるのに、こっちはボロボロだな」
男Aが言う。
「いかにも、ナニか出そうだな」
男Bが灯りを掲げる。その社の土台には、穴があり、中を照らすと奥へ続く道が見えた。
「いかにも、って感じだ。これが、曰くなのか?」
と、言う。
「なにか、お宝ないかな?」
男Aが言って、中へと入る。
「バチ、当たらないかな」
不安そうに、天若が言った。
「そんなもん、信じていないから」
男Bは、後に続く。
社の下にある穴の中の通路は、大人一人がやっと通れるほど。もともとあった穴なのか、掘ったものなのか、月夜野達には分からなかった。
狭い通路は、緩やかに曲がりくねっていて、進むにつれて足元は水に浸かる。
通路の先に、広くなっている場所が見える。そこで通路は終わり、足元はくるぶしまで浸かる。
「地下水か? やっぱり氷室なのか?」
灯りをかざし見ると、水面に光が揺れる。
「おお、なにかある」
男Aは、そちらへ灯りをかざした。
そこには、小さな祠があり、歩みよると、そこは深くなっていて、水は膝上まであった。
「奥宮ってやつ?」
月夜野は、着物が濡れるのも関わらず、祠に近寄る。
「上の社は、朽ちているのに、こっちはキレイね」
花雪は、祠を見つめる。
「お宝って、御神体か?」
男Bは、祠を覗き込む。石作の祠、その中に小さな箱が置かれていた。
「この中に」
灯りを近づける。
よく見ると、その祠には、龍が幾つも刻まれ、細かい細工が施されていた。
「もしかして、お宝」
男Aも、覗き込む。
「御神体なら、ヤバくない?」
口では、そう言っても、三人も興味津々だった。
「よし、開けてみる」
男Bは、箱を手に取る。
箱は、紐で封印されていた。
「軽い」
男Bは、箱を祠の前の台に置き、紐をほどいた。
五人は、狭いことを気にもせず、箱の中を覗いた。
「なんだい、これ?」
男Aは、眉をひそめた。
灯りで、箱の中を照らす。
「なにかの木彫り?」
天若は、不思議そうに呟く。
箱の中には、拳二つ程の大きさの物が入っていた。
「―魚の彫り物かい。これは、お宝では無いな。それより、この箱の細工がキレイだ。町で売れば、それなりに銭になるだろう」
ど、男A.
「中身はいらない」
男Bは、中身を取り出す。
「いないのなら、私がもらう」
月夜野は言って、ソレを手に取る。
「やっぱ、変わり者だな。月夜野」
と、男B
「ふん。人魚かもしれのに。……まあ、見えないけれど」
「ほんとに、信じてんだ」
男二人は、言って笑った。
「いじゃないか。永遠に若く美しいことは」
花雪は言う。月夜野は、頷く。
「―ねえ。戻らない? ここ、寒いよ」
天若は、震えながら言う。
それも、そうだなと五人は、地上へと戻る。
外へ出ると、穴の底が寒かったというのが、よく解った。
外は、汗ばむほどの暑さ。そして、相変わらず荒れた天気だった。
「へー。キレイじゃない」
月夜野は、箱を見て言った。
箱は、龍を数匹彫り、螺鈿と漆が施されていた。
「へへ。やらんぞ」
と、男B。
「このことは、オレだだけの秘密だぞ」
男Aと男B、三人と顔見合わせて頷くと、何事もなかったように、本堂へ戻った。
本堂では、一座が暇そうにゴロゴロしていた。
月夜野達三人は、本堂から一番離れた部屋で、見つけた魚と思しきモノを見つめていた。
「これ、魚の彫り物にしては、変なカタチだよね」
と、天若。
明るい所で見てみると、鱗があるいがいは、魚には見えないカタチだった。
「誰かが、彫ったものを奉納したとか? まさか、龍の彫り物?」
花雪は、苦笑する。
「こんなヘンテコな龍がいるとは……」
月夜野は言って
「もしかして、人魚」
と、ふふと笑う。
「どうして、人魚?」
天若が問う。
「なんとなく。―女の勘って、ところかな。なんだろう、コレ。なんだかさあ、とても良い香りがするよ。香木なのかな」
ソレを手に取り見つめ、その香りを嗅ぐと、月夜野は懐剣を出した。
「ちょっと、なにするのさ」
驚く、天若。
「いいじゃない。美味しそうだし、食べれるかもよ。三人で分けよう」
天若の制止を振り切って、月夜野は三等分した。
その断面からは、なんともいえない良い香りが広がる。
「軽く炙れば、いけそうだよ。やっぱり、干し肉だよ」
月夜野は、部屋の隅にあった火鉢を引っ張り出し、火を起こした。
「なんだろう。上等なお酒なんかよりも、ずっと良い香りだね。なんの肉なんだろう。まさか、本当に人魚の肉なのかなぁ。こんなもの食べていいのかな」
「珍しい干し肉だと思えば、良いじゃない。これだけ、良い香りなんだもの、構わないさ」
うっとりとして言い、月夜野は、なにかに取り憑かれたように、ソレを食べた。
それに釣られるように、二人も食べた。
三人は、溜息をこぼした。
「こんな美味しいもの、始めて。でも、どうして氷室の中にあったのかな?」
天若が言った。
「そりゃあ、供物か、住職がこっそりと隠しておいて、食べてたんだよ」
と、月夜野。
「そうそう。美味しいだけで、本物の人魚なんかじゃないさ。そんな話しは、たくさんあるけれど、全部作り話だし、人魚の肉って、たんに珍しい干し魚さ」
花雪は言い、最後の一欠片を食べた。
そこまで語り、月夜野は大きく溜息を吐いた。
「なんで、あそこまで誘惑されてたんだろう。今考えると、視えない力が動いていたのかな。あの時は、とても美味しい干し肉だった。別に、腹を下すこともなにもなかった。―だけど」
悲痛な表情を浮かべて、月夜野は話しを続けた。
―ある宿場で、私達一座は戦に巻き込まれたんだ―
どれだけの時間が経ったのだろう。
月夜野は目を覚まし、辺りを見回した。辺りには、仲間や住民の死骸。焼かれた家が見えた。
しばらく呆然としていたが、我にかえり
「花雪、天若」
かすれた声で、何度も呼びかけた。
変だ。自分は、戦に巻き込まれて、刀で斬りつけられたのに。なんともない。
あの時の、痛みと血飛沫の記憶はあるのに。
すると
「なに?」
声とともに、躯のひとつが動いた。月夜野が驚いて、よく見ると、頭をふりながら、花雪と天若が身体を起こしていた。
「あんた達、生きていたのかい」
「え。死んでない? あの世? 思いっ切り斬られたのに。―なんともない?」
花雪は戸惑いながら、自分の身体を確認した。すると、着物の背中が袈裟斬りに、バッサリと切れていた。着物には、おびただしい血痕がある。
天若も、不思議そうにしている。
「どういうこと?」
三人は、辺りを見回す。
周囲は、全てが躯だった。
「もしかして、生きているのは、僕たちだけ……?」
天若は、ボソッと言った。
調べて回ると、生きている者はおらず、躯もすでに腐敗が始まっていた。
その光景と、死臭から逃げるように、三人は、その場を離れた。
辺りは、焼け野原となっていた。
「いったい、どうして?」
月夜野は、何度も呟いた。
「あ……。あの干し肉を、食べたのって、私達だけ」
はっとして、花雪は言った。
「ええ、まさか……あれは?」
震える声で、天若が言う。
「まさか、そんなわけ……本物の人魚だった……」
月夜野は、愕然とした。
ただの昔話。あれも、住職が隠していた干し肉。
「本物の人魚の肉。噂も曰くも、本当だった」
と、花雪は呟いた。
―信じられなかったよ。
でも、本当だった。ただただ驚くしかなかった。
不老不死って、あっさりなれても、戻れないことに。
幻想だから憧れる。
でも、本当になってしまったら、どうしていいのか解らない。
解らないんだよね、あれからどれくらいの歳月が過ぎたのか……。
月夜野の話しは、舞台よりも、ずっと悲痛さがあった。
伝説と曰くと噂。そして、興味本位で口にしてしまった。
それが、絵空事ではなかった……。
「死ぬに死ねない。愛しい人も知人も、皆歳をとり死んでいく。自分だけが、取り残されてしまい、どれだけ時が経とうとも、あの時の姿のまま」
遠い目をして、月夜野は、厚い雲に覆われてしまった空を見上げた。
「太古の昔から、権力者にしろ呪術者にしろ、不老不死を求めた。でもさ、不老不死が理想で夢のうちなら構わないんだよ。でも、ね。実際に、不老不死になってしまったら、それはきっと苦痛でしかないよ。解る? 遠子ちゃん」
じっと、遠子を見つめ、月夜野は、まるで念を押すように言った。
ぽつり、ぽつりと、雨が降り始める。
その言葉の問いに、遠子は答え方が解らないでいた。
「―雨、降り出したね。もう、のぼせそうだし、上がろうか」
月夜野は言って、立ち上がった。遠子も、湯から出る。
月夜野の話しがショックなのか、湯当たりしたのか、遠子は頭がクラクラしていた、
その夜。遠子は、寝付くことが出来ず、何度も寝返りをしていた。
月夜野の話しが、頭に浮かぶ。彼女の話しが、真だとしたら、彼女たちは不老不死。
不老不死は存在し、不老不死になれるということ。
でも、ソレは良いことなのか、そうでないのか考えると解らなくなった。
考えまいとすればするほど、思いは膨れ上がる。
隣のベッドでは、真理が熟睡していた。遠子は。起き上がって深い溜息を吐いた。
夜中を少し、過ぎていた。降っていた雨はやんで、月が出ていた。
内湯も中庭も、二十四時間なので、中庭を散歩することにした。
中庭には、本館と別館を繋ぐ渡り廊下から出入りすることが、出来る。
さすがに、この時間に散歩している人はいない。
かすかに、ひんやりとした空気が漂っている。自然をそのまま利用して造られたという。
小さな池とか小川はあり、水辺の草の周りには、ホタルが仄かな光を灯していた。
北エリアと違って、ここは心地よい場所だった。
考え込んでいたことが、少し和らぐ感じがして、息を吐いた。
―そういえば、この中庭は、小さな社があったな。
遠子は、中庭の真ん中にある、木々に囲まれているところへ向った。
―なんの社だろう。
近くで見ても、解らない。木々に囲まれた中に、小さな鳥居と社。古いけれど、きちんと信仰され手入れ
もされている。
なんの神様を祀っているのか解らないけれど、その場所が一番空気が良かった。
「この土地の神―産土。ここは、鎮守の森」
背後で、声がした。
振り返ると、常夜灯に浮かぶ人影。
「サディアさん」
遠子は、驚いてしまう。
「―眠れないのですか?」
サディアは、遠子の隣に立つ。
「サディアさんの方こそ、どうしたのですか?」
「お風呂から、戻る途中で。渡り廊下を歩いていたら、姿が見えましてね」
サディアは、答え
「貴女は、この様な場所が本当に好きですね」
言って、微笑んだ。
「まあ、興味といか。心惹かれるのかもしれません。手入れされている、社を見ると、ホッとするのです」
遠子は、社を見つめる。
「ここの土地ってなんだか変。あの古神社があるからなのかな。神社も寺も多いですね。それに、橋を渡った北側は、空気が淀んでいて気持ちが悪いけれど、ここは清浄なのは、鎮守だからなのか」
「そうですね。―なんでも、北エリアの方が、リゾート開発に向いていたとかで、何年も前から、色々やっているそうです。で、開発反対派の行動虚しく、リゾートホテルが建ってしまったそうですよ」
サディアは、溜息混じりに言った。
「それも、原因の一つ?」
「どうでしょう。反対していた人達のリーダーはね、古神社を管理していた宮司と、両隣の寺の住職だったそうです。古くから、この土地に住んでいる人達の殆どが、反対していた」
サディアは、ちらっと遠子を見る。
「その人達って、殺されたり事故に遭ったりで、亡くなったんだよね」
遠子は、息を飲んで
「それじゃあ、やっぱり、その人達は利権絡みで殺されたってこと? ただの殺人事件で、伝承とは無関係なの?」
と、立て続けに言った。
サディアは苦笑して
「その裏で、古神社に封印されているモノが絡んでいるのは、確かですよ。―それに、招願叶も」
と言って
「すべては、古神社に繋がるのです。参神同念会の無命正寿、招願叶と変死事件は。不老不死を求め、金と力と欲望で、狂ってしまった者に。招願叶は、餌。そして、人間の欲望を集める媒体であったと」
サディアは、淡々と続けた。
「それじゃあ、この前、発見された死体は」
「無命が消えても、招願叶を持っている人はいるでしょう。それは、今となっては餌としての、目印」
答える、サディア。
「でも。無命は」
「そうですね。―そもそも。無命は、古神社に封印されているモノに利用されていた。あの使い魔だったモノは、封印されているモノの下部だった」
サディアは、淡々と語る、
遠子は、真実が視えそうで、少し怖かった。
風が吹いた。
遠子は、月夜野の話しと、古神社の伝承が胸に浮かんだ。
「不老不死……。人魚の肉とか龍の肉とか、本当に存在するのかな?」
震える声で、問う。
サディアは、すぐに答えはせず、じっと遠子を見つめる。
「遠子は、本気で信じてはいなかったのですか?」
長い沈黙の末に、そう問い
「確かにね。それは、まぎれもなく存在していますよ。昔話や物語の中だけでなく、実際にね」
サディアは、まっすぐに遠子を見つめる。
その視線は、遠子の心を疼かせた。
「不老不死と永遠の力。そして、万物の叡智。それを夢見る人間は、それなりにいますが、ソレを現実で悲願する者は稀有。――そうでしょう、遠子」
遠子は、言葉を失った。サディアは、見抜いていたのか、見透かされていたのか。
「……どうして」
ようやく、声を絞り出す。
「始めて、逢った時から。遠子が、そのようなコトを抱いているのが解ったから。―私達は、その様な人間を求めては、見抜いていたから。色々な意味で、貴女に興味があるのですよ」
穏やかな笑みを浮かべ、穏やかな口調で言う。
遠子は、心の深淵が痛むのを感じた。そして、気恥ずかしさがあった。
俯くと、顔が熱くなって涙が滲んでいるのが、わかった。
「―だから、私達は、狂った願望や力で不老不死を求める者を、無命正寿・古神社の主を放っていたり、赦したりすることが、出来ないのです」
その語尾には、強い思いが感じられた。
「それって、招願叶で、不死の為に、人を殺したってこと?」
「それもありますが、ね。―他にも……。それらのコトは、またいつかお話しましょう。古神社の主は、ただ封印するだけでは駄目だったのです。滅ぼしてしまわないといけない。あのモノは、万物の均衡を壊しかねない。……遠子、貴女の探求心も理解できますが、今回は去年のようには、いきませんよ。いいですか、心霊スポットして、あの古神社に関わった者が、二名も亡くなっているのですよ。それに、もしかしたら、もっと増えるかも知れない。だから、無茶をしないでください」
と言い、遠子の肩をポンと叩き
「それじゃあ、おやすみなさい」
と、言い残して、サディアは立ち去った。
遠子は、立ち尽くして、去っていくサディアを見つめていた。
ほとんど眠れず、遠子は朝を迎えた。
サディアの言葉の意味や、月夜野の話のことをずっと考えていたから。
眠れなく、結局、取材メモや資料をレポートとして纏めていた。
「うわ。徹夜したの? 頑張っているね」
起きてきた真理は、机にかじりついて遠子を見て、驚いた。
「まあ。一度、纏めたものをFAXしてと、言われたから」
遠子は答えて、伸びをした。
真理は、カーテンを開く。
窓の外は、キレイに晴れて眩しい日差しが、差し込んできた。
だけど、遠子の心の中は、すっきりとしないままだった。
今年の梅雨は、雨が少ない。それでも、空は曇りが続いていた。窓を開けると、爽やかな風が入ってくるけれど、温泉臭は仕方がない。
「あまり根を詰めると、バテちゃうよ? 朝御飯に行こう。今日は、天気がいいから、この旅館周りを巡ってみない? 私、別口で写してまわるからさ」
着替えを済ませて、真理が言った。遠子は、ふうと息を吐いて立ち上がった。
皆で朝食を囲んでいても、遠子は考えていた。
―古神社の主と、不老不死。変死事件と招願叶と無命正寿。封じるだけでなく、滅ぼさないといけないモノ。無命は、古神社の主に利用されていた。あの使い魔は。ソイツのモノ。
考えていると、腕が痛む。
「遠子。どうしたの、ボーッとしてさ。初仕事を頑張り過ぎて、頭が、ビジーで休止状態になったの?」
箸を持ったまま、一点を見つめる遠子に真理が言った。
「あー、うん。色々と、こんがらがっちゃって」
遠子は、お茶を一口飲んで、答えた。
「―また、無謀なコトを考えていたのでは、ないでしょうね。私は、釘を指しましたよ?」
と、サディア。それに対し、遠子は俯いて首を振った。
「そうですか? 気を付けてくださいよ。この土地は、色々ありますから」
念を押すように、サディアは言った。
「まあ。それはいいでしょう。昼には、デューマも着くことですし。きちんと、落とし前をつけてもらいましょう」
輪は、ニッコリ笑って言った。
「デューマさんと、知り合いなの?」
驚いた真理が、問う。
「知っているの?」
「うん。心霊写真ばかり撮れて困ってた時、デューマの店を紹介してもらったの。そこで、写り込まないようなカメラを特注で作ってもらったの。まあ、完全じゃあないけれど、それでもマシになったよ。遠子も、行ったことあるの?」
「一度だけね」
答えて、遠おう子は内心、溜息を吐いた。
あの時、聖血晶石を貰っていなかったらと思うと、ゾッとする。
招願叶と、この土地・古神社が繋がっていること。これは、視えないナニかの縁とサイクルなのか。そして、その―。
オカルトオタクのレベルを超えてしまっている。
―そこにあるのは、おぞましい現実。だけど……。
「あーあ。すっごく、煮詰まっているよ」
真理は、俯いている遠子の顔を覗き込んだ。
その時、遠子の携帯電話が鳴った。遠子は、我に返り、電話に出た。
電話は、豆田からだった。その声は、力も張りも無く
「―昨日、またうちのスタッフが」
聞いて、遠子は言葉を失う。
「それに、古神社を見回っていた警官も一人、亡くなった」
ボソボソと豆田は言う。遠子は、血の気が引いていくのを感じた。
「なあ、オレら、ヤバくない? あの古神社に関わった人、死んでいってる。君達は、どうするんだ?
その声色からすると、もはやネタになるとかでは、なさそうだ。
「―なにがあろうと、私は、すべてを突き止めます」
一呼吸し、遠子は、そう言い切った。
遠くで、サディアが溜息を吐いた。
豆田が、今までのことを相談したいと言ったので、遠子は、輪とサディアを伴って、豆田一行がとまっているホテルへ向った。
「なんだか、サスペンスとオカルトが一緒になってきたな。これは、燃える」
と、真理。
「―そんなものでは、ありませんよ。これは、殺人とか事故ではありません。古神社に関わった者が、その命を喰われていると、言ってもおかしくありません」
たしなめるように、輪は言う。
「いいですか。遠子、足原さん。先程、渡した石を必ず身につけておいてください。せめてもの、御守ですから」
いつになく、厳しい表情で、サディアは言った。
「聖血晶石?」
深紅にして美しい透明色の小さく丸い石。それを見つめて問う。
「その強化版、といったところです。いいですね、身放せずですよ」
何度も、念を押すサディア。
遠子は、その言葉にぎゅっと唇を噛んだ。
やがて、南北を渡す橋へと来る。
遠子は、橋の手前で足を止めた。
「結界が、まだ保たれているから、南エリアは大丈夫なのです。解るでしょう? 美馬さん。この空気の違いが、そして一段と瘴気が濃くなっているのが」
輪に言われて、遠子は頷く。
「はあ。あの人達は、平気なのかな?」
遠子は、マスコミや野次馬を見た。
「解らない、感じないというのは、それで、それなりでいいのでしょう」
鼻で笑うかのように、輪は言った。
豆田達が滞在しているホテルの前は、マスコミ達で賑わっていた。
そんななか、豆田は疲れ切った顔で、遠子達を迎えた。
どちらかといえば、小太りで血色の良かった豆田は、血の気が失せていて何年も床に伏せていたかのようだった。
「―危険です、ね」
輪とサディアは、耳打ちする。
遠子と真理は、豆田の変わりように言葉を失う。
「なあ、やっぱり、祟りとか呪いなのか? 古神社って、本当にヤバい曰くがあったんだろう? だから、うちのスタッフや珠王さんや警官まで」
張りのあったハイテンションな声に力はなく、小刻みに震えている。
「病院で、ボケた婆さんの言っていたことが、本当だった?」
スタッフもまた同じ。
「それに、古神社で見つけた、バラバラ死体は、それぞれ別人で、皆、招願叶を付けていたんだ。死体の発見のADも、持っていたし。珠王さんも、たくさん持っていた。去年、ブレイクした江洲京子も、持っていたしCMしてた。ネットで流れている噂と関係してんの? ―こわいよ」
嗚咽しながら、女性スタッフは言う。
「なあ、詳しいんだろ? なんとかしてくれよ」
豆田達が、縋り付いてくる。遠子は、どうしていいか解らず、輪とサディアを見た。
輪は、わざとらしい溜息を吐き
「そんなに、恐いのならば、この地をすぐに離れてください。それで、神社でお祓いを受けて、神社に留まるといいですよ。あの、古神社には食人鬼が封印されていますから」
と、言う。
「で、でも仕事が」
と、豆田。
「どうするかは、あなた方次第ですよ。私は、霊能者ではなく学者です。曰くを信じるのなら、手を引いた方が良いでしょうね。―現に、死人がでていますし」
輪は、淡々と言った。
豆田とスタッフは、互いに顔を見合わせるが、気まずい雰囲気が漂う。
長い沈黙の末に、豆田は、大きな溜息を吐いて
「―わかった。やめる。それより、何処の神社へ行けばいいんだ?」
その言葉に、輪は頷くと、自分の知人の神社を教えていた。
豆田達は、その日のうちに引き上げて、輪が紹介した神社へ向った。
「やれやれ。心霊番組は、ほぼヤラセ。だけど、いざ本物に出遭ってしまうと、ああなってしまうのですね。まあ、これ以上、犠牲が増えないうちに、手を打たないと」
輪の言葉に、サディアは頷き
「それで、遠子達は、どうします?」
サディアが問う。
遠子は、答えられなかった。
―見届けたい。
と、は言えなかった。
「仕方ありませんね。―好きにすると、いいですよ」
サディアは、言って溜息を吐いた。




