穢れし土地、呪われしモノ
|四章 諸元
夢を見ている。何故かは、解らないけれど、そう思った。
暗い沼地みたいな闇の中で、繰り返し同じ言葉を呟いているモノがいる。
そのモノの姿など、解らないのに、そのモノが悍ましい姿をしていると感じた。恐怖心と同時に、興味があった。
―大丈夫。これは、夢だから。
夢。そう思うと、そのモノをよく視てみようと、近づいてみる。姿はハッキリしないが、呟いている言葉が聞き取れる。
「――えいえん、ちから……く、った」
そう聞こえる。
「われ、は。―れた、に。―なる。……を、らい」
その呟きには、やらしい含み笑いがあった。
遠子は気になり、さらに近づいてみた。
「くく。われは――ふし。くくく」
微かに耳に入った言葉に、弾かれるように足を止めた。
途端、噎せ返る血と腐臭が沸き上がってきたかと、思うと
「ニエ、を。力を、トワの――もっと、ニエを」
悍ましい声が、響き渡った。
―この気配は、
遠子は、慌てて後退る。思い出したくもない。あの気配と似ていたから。
ただの明晰夢ではない? 罠だったのか……。
なんとも耐え難い圧迫感。左腕の傷痕が、激しく痛んだ。
「もっと、ニエを。我に、ニエを。神である、我に、ニエを」
繰り返される言葉。
あの場所と同じ様な。異質な空間。
遠子は、動けなかった。
―ヤバい。
振り解こうとすれば、するほど焦りとなり、恐怖心は増していく。
退魔法が浮かんだが、ソレを行動に移すコトが出来なかった。
ゆっくりと、そのモノが近づいてくる。
「ニエを」
駄目だと思った瞬間、眩い閃光が走った。
驚き、瞳を閉じて身を縮めた。
「あれは、自らの力に没れ、永遠の力と不死を手にしたモノ。そして、その力に翻弄されていき、ヒトではなくなったモノの末路。血肉と力を欲することだけを、求め続ける狂いしモノ。神ともいえず、ヒトともいえない。然れども、あれは狂いし神とも」
別のモノの声がするが、姿は視えない。
辺りを見回すと、あの禍々しいモノは消えていた。
「―誰?」
声の主を探して、遠子は虚空を見つめた。
すると
「我は、封印の要。あのモノを封じていたモノ。我自身が、封印の要として封じていたが、何者かが、その封印を破ったのだ。故に。あのモノは目覚め、再び、血肉を贄を求め始めた」
姿は視えないが、微かな気配はある。
「それって……」
遠子は、不安になった。
話からすれば。封印は破られている、ということ。だとしたら、あの変死体は。
「我には、もう力は無い。そなたは、力を持っている。なんとかし、あのモノを封じて欲しい」
封印の要なるモノは、言う。
「そのようなことを、言われても」
「そなたもまた、不老不死を求めておるのだろう? ならば、そなたにとっても、あのモノのコトは、放っておけないはずだ」
どうして、、そのようなことを言われるのかと、思ったけれど、反論は出来なかった。
「このままでは、贄―エサになる人間が増えていく。我は、このまま消えていくことになるだろうが、せめてもの間、そなたの持つ水晶の中に宿らせてもらう」
そう言うと、声の主の気配は消える。
遠子は、夢の深淵に、独り立ち尽くしていた。
遠子は、いつもより早くに目が覚めてしまった。
夢、明晰夢にしても、何処か違和感がある。
確かに、水晶・パワーストーンは、幾つか持ち歩いている。
取り出して見てみても、なんの変わりもない。
「ただの夢。本当に、夢だたの」
溜息混じり呟く。
なんだか、夢の光景が異質過ぎたのか、あの臭いが纏わりついている感じがし、身体がダルく感じた。
真理は、まだ熟睡していた。
「―温泉、二十四時間だったよな」
遠子は、そっと部屋をでて、旅館内の温泉へ向った。
夏とあってか、五時前でも明るくなっている。小鳥の囀りが聞こえてくる。
温泉には誰もおらず、貸し切り状態。源泉かけ流しなので、淀みがない。
夢の中の穢れを、洗い流す。
一人、湯に浸かり、見た夢のことを考える。
古神社と、招願叶。
考え過ぎなのか? 夢に出てくるといことは、引っ掛かっているから。
確信が持てるのは、古神社に漂う
モノと、参神同念会本山に漂っていたモノが似ていること。
「……あの婆さん、なにか知っている」
遠子は、病院での出来事を思い出し、頷いた。
その日、遠子は真理と別行動をして、件の老婆を訪ねた。
名前は判らない。亡くなったスタッフが入院していた病棟で、老婆の事を聞いてみた。
「ああ。それは、榊のお婆ちゃん、ね」
看護師の話だと、よく、呪いだの祟りだと、叫んでいるそうだ。
病院内だけでなく、この町の有名人でもあると。
「たぶん、認知症だと思うから。言ってることを、当てにしない方がいいですよ」
案内してくれた看護師は、苦笑いを浮かべて言った。
「榊のお婆ちゃん。お婆ちゃんに、お話を聞きたいと、お客さんが来ているよ」
案内されたのは、広めの個室。あの時、叫んでいた老婆と、初老の女性がいた。
「母は、だいぶ認知症hが進んでいて、あの時のことは……」
申し訳なさそうに、娘は言った。
「いえ。でも、あの古神社について、なにがご存知のようで」
と、遠子。老婆は、ベッドに座って、虚空を見つめている。娘は、溜息を吐いて
「母さん。わかる? こちらの方が、古神社の事を聞きたいんだって」
耳元で言う。古神社の名を出した途端、老婆の目に光が戻り、鋭い視線を
遠子に向けた。
「―あの神社、あの土地に立ち入ってはならぬ。手を出してはならぬ」
強気な口調で言う。その視線が、なんだか恐ろしく感じた。
その気迫に、押されながら
「それは、どうしてですか? その話に出ていた、エセ神童とは?」
遠子は尋ねる。
「あの土地には、狂ったモノを封じてる。かつて、人の血肉を喰い漁った、呪われたモノを封じている。神などいない。奉じられた神などいない。狂ったモノを封じた、要となる術者がおった。ソレを、金岡のエセ神童は、力欲しさに、その要を壊したんじゃ」
榊の婆さんが言う事と、書物に書かれていた事が重なる。
気になるのは、”金岡のエセ神童”なるもの。
「アイツが、封印守であった宮司を殺して、封印を破ったんじゃ。狂ったモノは、ソレをいいことに、餌を求めて、魔手を伸ばしている。だから、あの者は死んだのじゃ。狂い呪われしモノの、呪いによって、皆喰われてしまう」
肩で大きく息をし、半ば半狂乱で言う。娘は、なだめるように背を擦る。
その間も、老婆は遠子のことを見つめていた。
「―あまり、本気にしないでください。昔、この辺りの神社を束ねていた巫女だったらしく、よく古神社のことを話していましたよ」
疲れた顔をして、娘は言った。
「いえ。こちらとしても、情報が欲しくて。―金岡のエセ神童って?」
どうしても、その言葉が気になる。
「金岡のエセめ。あやつめ、封印を、不死になるため、封印を」
と、同じ言葉を繰り返す。それ以上、聞き出せない。
「すみません」
再び、謝る娘。
「いえ。参考になります。―できれば、その人のコトを聞きたかったです」
「私は、詳しくは知りません。ただ、この町で金岡姓は珍しいので……。私も又聞きしたことで、不確かな事かもしれませんが、その人、何処かの宗教の教祖になったとか。母は、その人が出ているニュースでも見たのか、その内容が関係しているのか。以来、この状態に……」
娘は、言って、溜息を吐く。
「宗教の教祖?」
「ええ。去年の秋だったと、思いますが」
娘の答えに、遠子は左腕が痛むのを感じた。
娘に礼を言って、病院を出ると、雨が降っていた。
遠子は、鬱陶しい空を見上げて
「宗教の教祖」
と、呟いて、宿へと歩き始めた。
週末だからなのか、それとも事件を伝えるマスコミと、野次馬なのか。静かだった町は、人が増えたからなのか、騒がしくなった。遠子は、少し残念に思った。
心霊スポット、曰く付きの神社。その血生臭い伝承。そこに、人間の様々な思惑が重なったとしたら。
その先が、とても不快で恐ろしかった。
「永遠の力と不死か」
遠子は呟く。何度も、心の深淵で繰り返している。
「―叶わない、望み」
大きな溜息が、こぼれた。
雨が降っているせいか、余計に気分が参ってしまう。
榊婆の話と、伝承。見た夢が、何処かで重なる気がする。
ただの考え過ぎなのか、それとも……。
遠巻きに、マスコミを見つめる。
ただの殺人事件なのか、やはり?
『贄を求めている』
その言葉が、何時までも耳に残っていた。
旅館の部屋に戻った、遠子は、驚いてしまった。
「り、輪教授? ―と、えーっと?」
遠子の視線の先には、ソファに座って、お茶を啜っている二人と、写真を並べて説明している、真理がいた。
「やあ。お久しぶり」
ニッコリ笑って、輪が言った。
もう一人は、若い男性で長く伸ばした髪の毛を、一つに纏めている。
「えーと、サディアさん、?」
戸惑いながら、遠子は言った。
「はい。今日は、外出用の姿です」
クスッと、笑う。
「お店の格好のイメージが、あって」
遠子は、ちょっと戸惑った。
化粧と衣装でコスプレの姿と、比べてしまう。
「社長の知人と、アドバイザーの人だって」
と、真理。
「私は個人的に、この土地の伝承に興味がありましてね。まあ。一人で来るよりも、どうせならと、サディアを誘ったのですよ」
輪は、ニコニコ笑って、お茶を啜る。
遠子は、作り笑いを浮かべたまま、立ち尽くしていた。
「出来る範囲で、アドバイスしますよ」
そんな、遠子を見て、サディアはクスッと笑った。
輪とサディアが、社長が遣わしたアドバイザーだとは、思わなかった。
遠子は、内心動揺しながら、これまでの事を説明した。
「新人記者としては、ハードル高めですねぇ」
輪は、遠子が纏めた資料を見て言う。サディアも、資料を見る。
その手が、止まり
「……龍の肉」
と、小さく呟いた。
「知っているのですか? 人魚の肉とは、違うモノですかね?」
遠子は、二人に問う。
「伝説では、人魚の肉が有名ですが、それ以前のモノには、龍の肉もありますよ。ほら、ファンタジー物語に出てくる話で、竜の血を浴びると無敵になるとか。もとは、西洋圏の伝承ですね」
と、サディア。
「人魚の肉は、不老不死だけ。でも、龍の肉は、不老不死に加えて、永遠の力も手に入るとされる。人魚の肉より稀有なモノ。伝承も、殆どありません。―ここに、その伝承が残されているという情報を得ましてね。そのついでに、アドバイザーを引き受けたのですよ」
輪は、ニコニコ笑って言う。
「私も、初耳です。だから、来ました」
サディアは、輪に同調するかのように、言った。
「そういえば、人魚の肉。今日が、最終日だったよね。あの人達の舞台」
真理は、カメラの手入れをしながら言う。遠子は、パンフレットを二人に渡す。
「ほう。舞台芸能ですか。お芝居というより、演舞ですか。温泉で、こういうのも、いいですね。見に行きましょう。テーマも気になります。サディアは、どうします?」
「ええ。気になりますね」
サディアは、パンフレットを見つめた。
「招待されているから、行きます。でも、記事が書けていないのも……」
遠子は、困ってしまう。
「とりあえず遅くてもいい。今、騒いでいる事件が落ち着いてからでいいですから、レポートより、しっかり仕上げてくれと、言っていましたよ。まあ、心霊スポットが、複雑な伝承の上にあるので、どちらを優先するか、もしくは両方とも書くかですね」
輪は、にっこり笑って言った。
不老不死
事件があってか、温泉街に来ている人が増えたからか、温泉舞台は満席。
三芸人の舞台を観て、輪は、サディアに耳打ちする。
「……この人達のこと、どう思います?」
「―そのまま、ですよ。確かに、驚きましたが。これもまた、巡合せかと」
サディアは、淡々と答え
「輪殿も、ただのアドバイザーだけでなく、目的は、古神社に封じられているモノでしょう?
と、問う。
「確かに。研究対象だけでなく、本来の目的ですね。これは偶然なのかもしれないけれど。―よれより、サディア。貴方の方こそ、早く見極めをつけた方が、いいのではありませんか?」
輪は、含み笑みで、サディアを見た。サディアは、視線を外して
「解っていますよ。そのつもりですから」
小さな溜息を吐いた。
「そうですよ。時間は短く、限りがありますから。また、逃してしまわないように。―それより、彼等はどうします?」
舞台を見つめ、輪は言った。
「大丈夫でしょう。しばらく様子を見て考えます。彼等が、私達のコトに気付けば、話をしやすい。この舞台の物語は、紛れもなく、彼等の物語ですから」
答えて、サディアは舞台を見つめた。
「……同志を探しつづけても、見つけることは出来ないでいた。どれだけの、歳月が流れたか」
サディアは、呟く
「ただ、一人。もしくは、もう一人。その二人を」
と。
舞台が終わった後、遠子達と三芸人で、細やかな打ち上げをした。
その後、サディアと輪は、遠子に内緒で、三芸人と密談をする。
「お疲れのところ、呼び出したりして、申し訳ありません」
怪訝そうな顔をしている三芸人に、輪は、丁重に言った。
「実は、貴方がの芝居内容について、お聞きしたいことがありまして……」
「なに? 人魚伝説のこと?」
不機嫌そうに、月夜野は言った。
「はい。あの物語は、貴方がた自身の事でしょう? 違いますか?」
輪は、穏やかな笑みを浮かべて問う。
三芸人は、顔を見合わせる。
「空想の話ではありません。貴方がたは、人魚の肉を―いえ、龍の肉を食べてしまったのでしょう? 微かに、その気配を感じます。それに、貴方がたにも、私達の事が解るはず」
サディアが言う。三芸人は、二人を見つめて、不思議そうな顔をして
「あ……。何故?」
月夜野は、狼狽する。何故か、涙が出る。
「私達も、また、龍の肉を口にした者だから。でも、それは宿命に従ったから……」
輪の顔から、笑みが消える。
辺りは、カエルの声が無数に響く。風もなく、細い雨が降っていた。
長い沈黙。そして、月夜野は溜息を吐いて、
「まさか、あれが、本物の人魚の肉だとは、思いもよらなかったわ。人魚伝説のある土地だった。あの社の地下に、奉納されていたものが……ただの干し肉ではなく、本物だったとは、ね」
吐き捨てるように、言う。
「あの山にあった、廃神社。曰く付きだった。でも、本当に存在してるとは……。ただの昔話で、干し肉も、ただの供物だと」
花雪は、溜息混じりに言う。
「ねえ。龍の肉ってなに? 人魚の肉とは、違うの?」
黙っていた、天若が言った。
「はい。その廃神社に奉納―封印されていたのは、龍の肉だったのでしょう。龍の肉は、不老不死だけでなく、永遠の力を手に入れることが出来る。貴方達は、そうとは知らなかったし、力を欲してはいなかったでようから。効果は、人魚の肉と同樣だった」
輪は、淡々と説明する。
「あの山にあった、龍の肉の肉は最後の肉でした。まあ、済んでしまったことは、どうすることも出来ませんが」
と、サディア。
「その口ぶりだと、あんた達も、不老不死ってやつ?」
花雪が問う。
「似ていますが、少し違います」
「―なら、不老不死を解く術を、知っているかい?」
月夜野は、せがむように問う。
「……無いに、等しいです、ね」
サディアと顔を見合わせる、輪。
三芸人は、落胆の息を吐き、首を振った。
「やっぱり、無理なんだね」
天若は、複雑な笑みを浮かべる。
「申し訳ありませんね。力になれなくて。それより、貴方達は、どうして、この土地へと来たのです?」
輪が問う。
「あてのない人生だからな。気ままに全国を、芝居しながら巡っている。ここへ来たのは、話題の心霊スポットだからと……似ていたんだ、あの場所に」
月夜野は答えて、空を見上げた。
「―そうですか。どうも、お手数をおかけしましたね。また、お話を聞かせてもらいたいです」
輪は、ニッコリと笑う。
「ああ。それより、この話は、遠子ちゃんには、黙っててくれよ。あのこ、なんだか不安定なんだよね。なんて、言えばいいのかは……」
「はい。解っていますよ」
輪は、答えた。
立去る三芸人を見送り
「―これもまた、ひとつの縁。古神社の主と、あの社、そして共に龍の肉を口にした者達か。龍の肉のせいなのか、美馬遠子のコトを見抜いているみたいですね。それより、サディア。その気があるのならば、余計な気遣いなどしないで、早めに手を打つべきですよ」
サディアの肩を叩き、輪は言った。
「そう何度も、言われなくても、解っていますよ。でも、なにより本人の魂を尊重するべきす」
サディアは答えて、深い溜息を吐いた。
魔手
梅雨の合間の晴れ。青空が見えているぶん、暑い。
事件の野次馬か、週末なのか、人がまた増えていた。
「普段も、このくらい、お客さんが来てくれれば、いいのに」
シーツ交換に来た、中居が言った。
「でも、私は、人が少ない方が静かで好きです」
遠子は、相槌を打った。
中居と話していると、突如、けたたましいサイレン音が響いた。
旅館は、大通りから中に入った場所にあるため、車は見えなかったが、サイレン音は一台だけでなく、複数台で幾重にも響いている。
「―またなにか、あったのかな。このところ、パトカーとか救急車が多いよ」
中居は、そのような話が好きなのか、話を始める。
「数年前は、小さなパトカー一台が巡回していただけなのに。二年前に、古神社の宮司さんが死んじゃって。その後すぐに、両隣のお寺の住職さんも、事故や病死で……殺されたという噂も、流れてさ。それから、だよ。古神社にナニか出ると言われるようになったのは。で、心霊スポットじゃないかと騒がれるようになったの。古神社は、地元では曰くつきの悪い場所として、有名だったからねぇ」
と、ベラベラと喋る。心霊スポットの取材で来たと話してから、色々と話してくれる。長々と話し込んでいたので、上司の中居が来て注意されて、彼女は照れ笑いをして、仕事に戻っていった。
「―どう思う?」
真理に問う。
「うーん。オカルトよりも、サスペンス劇場みたい」
と、言って、ムフフと笑う。
「ドラマにするなら、やっぱり、温泉リゾート開発の利権、ドロドロとした金欲からの……」
真理は、一人で頷く。
「それよりさ、さっきのパトカー、気にならない?」
出かける用意をしながら、遠子が言うと、真理はサスペンスの話をやめて、いつものカメラを手にした。
「それは行かないと、現場どこだろう?」
いそいそと、準備をした。
旅館を出て、大通りに出ると、そこで外湯に行っていた、輪とすれ違った。
「おや、二人して、お出かけでうすか?」
いつもの穏やかな口調で、言った。
「さっき行った、パトカーを追っているんです」
真理が答えた。
「好奇心旺盛ですね。パトカーなら、北エリアに行きましたよ。その何処かは、判りませんが。古神社は封鎖されていますし。なんか別の事件かもしれませんね」
輪は、ニッコリと笑っていたが、その口調は冷めていた。
「それじゃあ、ちょっと行ってみます」
真理は言うと、駆け出した。
遠子は、輪に一礼すると、真理の後を追った。
北エリア、古神社の近くに行くのには抵抗があった。あの忌わしい空気に。でも、それよりも、好奇心の方が勝っていた。
橋を渡ると、やはり空気は変わり、纏わりつくように重くなる。すでに、道の先にある古神社の前には、パトカーとマスコミの車が停まっていた。加えて、野次馬で人垣が出来ていた。
マスコミ各社は、中継していた。カメラは、規制線ギリギリで撮影していた。
「どうしたんだろう。また、死体でも見つかったのかな」
遠子は、人垣を籐巻きに呟いた。
「ちょっと、人が多いな。これじゃあ、入れない」
真理は、人垣の隙間を探す。その人垣の中に、心霊番組のスタッフを見つけて、声をかけた。
「なにがあったのか、知りませんか?」
真理が問う。
そのスタッフは、青ざめて震えていた。その目には、涙が浮かんだ。
「――珠王さん。姿が見えないから、ずっと探していて……そうしたら、さっき、古神社に、彼女らしい人が倒れているって」
と、涙が落ちていく。
「えっ?」
遠子は、その答えに思わず息を飲んだ。
「まさか、マジで?」
真理が問うと、彼はガタガタと震えて頷く。
「うそ。でも、ここ、立入禁止だし。見張りの警官をいる。古神社は、正面からしか入れないし。どうして?」
と、遠子。
「わからない。昨日の、昼食簿から姿が見えなくなって。あの人、ワガママだから。ドタキャンして帰ったのかと。でも、荷物は全部残っていて……」
彼の声は、震えていた。
「もしかしたら、と思ってADが、ここへ来て、見張りの警官に聞いてみたけど、そんな人見ていないと。でも、余談で、『黒い熊のような、大きな影が境内をウロウロしていた。それは、現れたり消えたりして、気持ちの悪い臭いがした。心霊スポットだからかな?』と」
青ざめて涙を流す彼は、まるで死人みたいだった。
「で、その死体が?」
「はい。現場を見回ていた刑事が……」
と、答えて、彼は、その場に座り込んで、震えていた。
珠王華礼が死んだ。しかも、発見された場所は、封鎖され立入禁止の古神社の境内。
遠子は、震え続けているスタッフを見つめ考え込む。
「もしそうなら、なにかトリックがあるはずよ」
真理は、瞳を輝かせる。
―トリック? 黒い影って、それって、あの時のヤツ? それとも、古神社に封じられているモノ?
それに、珠王華礼は、招願叶を持っていなかった? 見つかった死体も、持っていた―
遠子は考え込む。その考えを巡らせると、何故か傷痕が痛みだす。
もともと、空気が悪く嫌な気配がするのに、更にソレが、増している。
嫌な汗が、背筋を伝った。
―ヤバいよ。やっぱり。
心の中で、呟く、
―あの事件。招願叶に掛けられている呪術は、終わっていない。無命は自滅したけれど、あの使い魔が消滅していない、暴走しているとしたら。今も贄を求めているんだ……。
遠子は、アミュレットを握り、人垣の向こうにある、古神社を見つめた。
「もし、死んだのが本当に、珠王だったなら、死因は別にして、番組関係者が二人死んじゃったってことだよね」
ボソッと、真理が言った。
「―そんなこと、言わないでよ。また、死人が出たら……やばいよ」
と、遠子は言葉に詰まった。
「あ、うん。それより、遠子。大丈夫、顔色悪いよ。人混み苦手?」
「苦手。暑さもあるけど。―瘴気が……だめ」
遠子は、汗を拭く。
「旅館に、戻る?」
「大丈夫。図書館に行って、榊の婆さんが言っていたことを、昔の事件を調べないと」
遠子は、蹲っているスタッフに、挨拶をして、その場を離れた。
人混みを離れると、少しだけ気分はマシになった。
「それって、神主さんとかが、殺されたってこと?」
真理の問いに、頷きながら、足早に橋を渡った。
南エリアに戻り、小さな図書館へ向かう。
しかし、その図書館で見つけられたのは、小さな新聞記者だけだった。
【古神社の宮司が死亡。持病の発作で倒れたところを、野生動物に襲われたか】
その記事は三年前で、両隣の寺の住職の死亡記事は、二年前だった。
遠子は、記事のコピーをとる。
「なんだか、やっぱり、サスペンス劇場にある展開みたいだよ」
記事を見つめて、真理は言った。
「真理は、真犯人がいるってこと?」
「うーん。いるとしたら、心霊番組の関係者。あの、お婆さんが叫んでた、”金田の似非神童”って人?」
「似非神童が、生きた生身の人間ならね。その人が、絡んでるのは解らないれど」
遠子は、左腕を擦りながら言った。
「現実的に考えれば、犯人がいる。でも、この土地は変だ。写真の写り方が、異常だよ。こんなこと始めてだよ」
と、真理。
「原因、因果」
遠子は、呟いた。
初対面で、少しだけ言葉を交わした。その相手が、不審死する。
なんともいないモノを、遠子は感じた。
ニュースもワイドショーも、心霊番組関係者が二人死んだという話を、大きく扱っている。
遠子は、旅館の部屋で、情報を纏めていく。
浮かんでは引っ掛かるのは、招願叶。封印されているモノの存在。
金岡の似非神童、宗教の開祖。
―なにか、つながりがある。イメージとしては、点と線。どうすれば、それを明らかに出来るのか。
左腕が痛む。
―教授や、サディアさんは、なにか知っているのかもしれない……。
腕の傷痕は、上腕に一直線に走っている。
亜田医師は、キレイになると言ったが。このところ、傷が腫れている気がする。
遠子は、何度も溜息を吐いた。
その日の夕食は、三芸人と輪とサディアの七人で食べる事になった。
そこでの話題は、朝、遺体で発見された、珠王華礼の事だ。
「珠王ってさ、占いコーナーあがりの、霊能タレントで売っている子だよね?」
と、月夜野。
「私の写真に、それは違うとコメントしてきた事があるよ」
真理は、ちょっと毒づき
「あれ、きっとヤラセ。でも、本当にナニかが現れた。あの場に、出てきたんだ」
真理は、写真を出した。
その写真には、黒い大きな影が写り込んでいた。
「あきらかに、人霊ではありません、ね」
見るなり、サディアが言った。
「そう言えばさ。珠王って、いつも色々なアクセサリー身につけているけれど。その中に、去年、流行って一瞬で消えた、願いが叶う朱珠みたいなアクセサリー、招願叶だっけ? あの人、そんな感じのばかり持っていたよ」
思い出すかのように、天若が言った。
「そうそう。あの、ちっぽけな劇場に出入りしていた、江洲京子。あの高望みな子も、一式持っていたな。結局、最後は変な死に方したよね」
月夜野は、小馬鹿にしたように言い
「あんなものに、自分の未来を託すなんて、馬鹿みたい」
と、酒を啜った。
「―招願叶ですか……。ふぅ」
輪は、腕組みをして呟く。
「この町で、発見された死体も、招願叶を身に着けていたって」
遠子は、意見を求めて、輪とサディアを見た。
「その死体、死亡推定時間が判りますか? その死体が、昨年のものだとしたら、ソレも解る気がするのですが」
と、サディア。
「豆田さんの話だと、そのスジからの又聞きなので。ここ数週間以内だと。でも、一部だけ見つかっているので、生死不明。あと、パーツから考えると、十人近い被害者がいると……」
遠子は、メモをもとに話す。ただ一瞬、サディアの表情が動いたのが引っ掛かった。
輪は、黙ったまま頷きながら聞いている。
「でも、あの件は終わったのでは? 無命正寿が死んで」
と、遠子。
「確かに、無命正寿は滅びました。招願叶のブームも消えました。でも、招願叶が消えたわけではありませんし、今も呪いは残っています。―それに、無命正寿は、この土地の生まれであると、耳にしました」
いつもの穏やかな笑みを浮かべている、輪は言って、お茶を啜った。
「そういやぁ、小耳にはさんだんだけど。珠王の死体、社を囲っている檻みたいな柵の中で、見つかったって。なんていうか、まるで供物のように。不思議なのは、どうやって中に入れたのかって。警察は、檻を焼き切って、遺体を出したって……」
花雪は、言う。
「なるほど。ただの殺人事件では、ありませんね。人知を超えた事ですね。特に、現代科学が嫌うこと。だけど、この件に関わる者・警察・マスコミ・野次馬。もしかしたら、障りがあるかもしれませんね」
笑みのまま、輪は言った。
「……これは、社長のミスですよ。ここが、危険な土地だと知らなかったとはいえ。新人に、任せるなんて。……と、いうよりも、メディアが入るところでは、ないですね。私の方から、言っておきますから。美馬さん達、手を引いたほうがいいですよ。あの社の主が、覚醒する前に」
輪は、溜息を吐いて言った。
「私、続けます」
遠子は、間を置くことなく答えた。
「遠子、貴女は、懲りていないのですか? 昨年の事件で、大怪我をしたのでしょう? 伝承が真ならば、今度は、それどころではありませんよ。その想いは、何処から来るのですか?」
サディアは、叱りつけるように言って、肩で溜息を吐いた。
「わからないけれど、私の中のナニかが、そうさせているんです」
遠子は、複雑な笑みを浮かべて答えた。
「そうですね。そのナニかが解った時、道は開けますよ」
ニッコリ笑って、輪は言った。
―ソレが出来るのであれば、悩まないよ。いつか来るのかな、その時。
遠子は、心の中で呟いた。
「そんなに悩まなくても、いつか見つかりますよ。それは、相談に乗りますから。時間がある時でいいので、お店に来てください」
サディアは、穏やかな笑みを浮かべて言う。いつもは、ベールで口元を覆っているので、表情が解らなkったけれど、今は――。
遠子は、その表情に、胸が痛むのを感じた。
「そういば、桐君とは、最近どうなのです?」
唐突に、輪が問う。
遠子は、その問いに、心底焦ってしまった。それが、サディアに伝わったのか、苦笑していた。
「え……。メールくらいかな。翔兄さんは、本格的に法医学の勉強中だし。私は、まだ仕事に慣れていないし」
答えて、遠子は俯いった。
「最近の若い娘にしては、意外とシャイで奥手だねぇ」
目を丸くして、月夜野は言った。
「そうですよ。この人だって、想う地とがいるのであれば、自分の想いを伝えなければ。―ある程度、定められたコトもあるでしょから……。そのまま、引き下がっていたら、失ってしまうこともありますよ。色々と、ね」
お茶を啜り、輪は言って横目で、サディアを見た。サディアは、それに気付いているのかどうか、軽く咳払いをした。
それを見ていた、月夜野と花雪、真理の三人は、くすくすと笑っていたが、天若は不思議そうにしていた。
夕食後、輪とサディアは、外湯へと出かける。真理は、夜の町を写したいと出かけた。
遠子は、旅館に残り、一人、ゆっくり温泉に浸かることにした。遠子は、ボーッと曇り空にぼやけて浮かんでいる月を見上げていた。
―社長と教授は、古くからの知人と言っているが、どのような知り合いなのだろう? ここへ来ることになったのは、教授は社長のミスだと言っているけれど、本当にそうなのだろうか……。
頭の中で、疑問が渦巻いていた。
それに、翔兄のことを。教授に言わるとは、思いもしなかった。
それを、サディアさんの前で……。
―解らないな。そういうのって。
ナニよりも、どうしても、。心の深淵には叶えられない望みがあるのだろう。
ぼやけている月は、まるで自分の心の中のようだった。
ボーッと、空を見上げていると、威勢のいい声が聞こえた。
その声で、我に返った、遠子は振り返る。そこには、月夜野が立っていた。
「遠子ちゃんも、大変だよね。初仕事で、トラブル続きとは。心霊スポットの取材が、殺人事件の取材なっちゃたね」
隣に座って、月夜野は言った。
「はは。仕方ないです。古神社の伝承で、記事を書きます」
と、遠子。
「なるほど~。オカルト物なら、どちらでもいいのか」
面白そうに、月夜野は言い
「私、そういうの好きよ」
と、付け加え
「で、さあ。遠子、さっきの話、どうなの?」
月夜野は、興味津々の笑みを浮かべて問う。遠子は、その笑みの意味が解らなかった。だから、一生懸命考えたすえ
「翔兄さんは、幼馴染のお兄さん。お兄ちゃんみたいな人。サディアさんは、オカルト好きなら、誰もが憧れる人。それ以上のコトは、よく解らない……。そういうのって、幻想みたいな」
曇っていく空を見上げ、遠子は答えた。
「ふーん。でも、本当はそれだけじゃあ、ないでしょう?」
クスッと笑い、月夜野は言った。遠子は、少し困って溜息を吐いた。
風が出てきたのか、流れる雲が増えていき、月を隠してしまう。
「ねえ、この前、教授とサディアさんと、話していたでしょう?」
話題を変えたくて、遠子は、月夜野に問う。
「ええ。お芝居のコトを……」
「あの、申し訳ないけれど、聞こえて―聞いてしまったの。あの、お話は……。もしかして……」
すると、月夜野は視線を外し
「伝説の物語じゃない」
と、言う。
「でも、人魚とか、龍の肉って」
その言葉に、月夜野は、わずかに反応する。
「もし、私が二十年近く前に、見たお芝居の役者が、貴方方と同一人物なら、ソレは事実でしょう?」
「はあ、まさか、ね」
月夜野は、深い溜息を吐く。
「誰かの記憶に、残ればと思ってたりしたけど。あるんだねぇ」
と、呟き
「あの二人には、なにもかも見透かされ、見抜かれてしまったから。話したけれど……。でも、アンタには、その時のことを話すなと、口止めされたけれど。どうしてかな? ま、真実かどうか信じるのは、遠子ちゃんだから……。いいよ、話してあげる。私達のコトを。お芝居の創まりを」
そう言って、月夜野は、雲の流れる空を見上げると、ゆっくりと語り始めた。




