願いの代償
もし、一つだけ願いが叶うなら代償はなんだろう?
心の深淵にある、形容しがたいモノがある。
『いかなる願望を叶えます。ただ強く願うだけ。この招願叶に!』
このところ、よく目にする広告。場所変わらず、この広告がある。
見た目は、重そうな珠々。デザインも最悪。
「このようなもので、願いが叶うのならば、誰も努力しないよ」
そう言って、美馬遠子はオカルト雑誌を閉じた。
「でも、ここなら、私の望みを叶えてくれそうな気がする」
パソコンの画面には、オカルトショップのページ。
パステルに似た色使いと幾何学模様。
『心の深淵、魂の願いを叶えて差し上げます。―ただし、代償を』
と、書かれている。
オカルトは、不思議。神秘と怪しさがいい。
それ以上のモノに、遠子は惹かれていた。
「オカルトショップ・アナキティドゥス。いいな、行ってみたいな」
パソコン画面を見つめ、深い溜息を吐いた。
第一章 招願叶
静まり返っていた構内に、チャイムが響いた。それと同時に、ざわめき始めた。
学生達が、廊下へと出ていく。それぞれの試験から開放され、これから始まる夏休みについて話しながら歩いていく。
遠子は、その賑やかな一団が去ってから教室を出た。
エアコンが利いていた室内と違い、廊下は暑く開いた窓からは、蒸し暑い風と蝉の声が入っていた。
廊下をはしゃぎながら歩く学生を、尻目に遠子は溜息を吐き、それを避けながら歩いた。
新しい学舎から、古ぼけて歴史を感じさせる旧館へと向かう。
新館には、いくつか学食があるけれど、とにかく昼時は騒がしい。
人が多いところは苦手というより、嫌いだった。
旧館には、学食跡があり、今はフリールームとなっている。そこには、ほとんど誰もいなくて静かだ。
木々に囲まれているため薄暗い。だけど、夏は涼しい。
古くて陰気な雰囲気、考古学部の倉庫があり、発掘された物が収められている。
そのようなことから、学生の間では、旧館の怪談が代々語られていた。
出土品の中には、ミイラや遺骨の類があって、その霊が彷徨っている。どこにでもある話だ。
学術的かつ貴重な出土品は、新館にある空調がコントロールできる部屋に置かれている。
旧館に置かれている物は、それ以外の物。
その為か、何処となくカビ臭い。
遠子は、弁当を食べ終えると、古い分厚い書物を出した。
所々に栞を挟んでいて、そのページをノートに写していく。その書物は、この地方の歴史を綴ったもので、怪異なども綴られていた。それを主に拾っていく。
「やっぱり、ここだったんだ」
遠子の背後で、甲高い声がした。
淡い茶色のウェーブがかかった長髪。一流ブランドの白いワンピース。
白い肌と流行りのメイクの女性。彼女は、旧館の暗い雰囲気とは、かけ離れている。
遠子は、小さく息を吐くと、栞を挟んで書物を閉じた。
「……エリカさん」
遠子が振り返ると、エリカは微笑んで向かいに座った。
「遠子は、いつもここだよね。静かなのは良いけれど、陰気だよ。新館にオープンしたカフェには行かないの?」
言いながら、エリカは、若い女性に人気のファッション雑誌を取り出した。
「ここは、静かだから、落ち着いて本が読めるから」
答えながら、遠子は本とノートを片付けた。
「で、エリカさん、なにかあったの?」
「うん。ちょっと、遠子に相談したいことがあってね」
エリカは、雑誌をめくりながら答えた。
―城田エリカは、大学で有名な存在。大企業の令嬢で、容姿も良い。そして、誰隔てなく接する性格なので、男子学生からは常に注目されていた。
「私に? お友達なら、大勢いるでしょう。私より、そちらに相談すれば良いのに。これから、図書館に行くんだけれど」
困った顔をして、遠子は言った。
「時間はとらせないよ。あのさ、遠子って、こういう物に詳しいんでしょう?」
雑誌を開いて、遠子に見せた。
そのページには、様々な幸運グッズや宝くじが当たるといった代物、恋愛成就のお守りが並んでいた。
人気の女性誌には、似つかわない物が多い。
それを見て、遠子は溜息を吐く。
「エリカさん。このことを聞く為に来たの?」
どれもこれも、どこかで目にした物ばかり。その中のひとつで、目が止まった。
「アナキティドゥスも、あるんだ」
一番小さい写真なのに、惹かれる。一度でいいから、お店に行きたい。そう思っていると
「ねぇ、どれがいい? そのアナキティドゥスって良いの? 運が良くなって願いが叶うような物が欲しいの。こういう物って、本当なのかな。誇大広告だと分かっていても、欲しいの。私って、ぜんぜん運がないから、せめて運が良くなって欲しいのよ」
毛先を指に巻いては、言った。
遠子は、苦笑して
「運を良くしたいの?」
と、問う。
「色々とね。どうかな、効くのかな?」
「効果があるか無いかは、解らないよ」
「でも、すがりたい。私って、不幸だもの。なにかにつけて最悪だから。それを良くしたいのよ」
「私は買ったことないから解らないよ。でも、昔からあるパワーストーンとか社寺の御守があるから、半分は本当なのかもしれない。あと、相性も関係してるよ。合わない物を持つと逆効果だし」
「そうなの? だけど、私、早く幸せになりたいの」
物思いにふけるように呟く。遠子は、内心、溜息を吐き
「どれにするかは、エリカさんの直感で決めると良いよ。だけど、こういう物の背後には、たちの悪い新興宗教がいたりするから、気をつけて」
荷物をまとめながら言う。
「うん。私、なんとしてでも幸せになりたいの。とにかく、一つ一つ試してみるのもいいかもしれない」
雑誌を閉じ、にっこり笑う。
遠子は、そのようなエリカを不思議に思う。
大企業の社長令嬢。容姿も頭も優れている。他人からは、羨ましがられるエリカ。
そんなエリカの悩みってなんだ?
「ねぇ、またストーカー?」
と、問うと、エリカは首を振る。
「それではないし、私を悪く言う人たちのことでもないの。その人たち、私の不幸を知らないから、そうなのよ」
整った顔を曇らせて、繰り返し呟く。
「エリカさん、大変なんだね」
言って、遠子は立ち上がった。
「もう行くの?」
「うん、論文早めに仕上げたいから」
「じゃあ、途中まで一緒に行こうよ。旧館に一人は嫌」
エリカは、雑誌を鞄に入れて立つ。
お昼を過ぎた時間。この部屋には二人だけ。
薄暗い廊下には、足音と蝉の声が響く。窓が無いので、空気が淀んでいる感じがする。淀みは、カビ臭さを思わせる。旧館と新館を繋ぐ廊下まできて、エリカは大きく息を吐いた。
「―やっと普通に呼吸が出来る。やっぱり、旧館って嫌だわ」
と、再び大きく息をした。
新館の廊下を並んで歩いていると、中庭に面した自販機の前で、二人の男子学生がベンチに座って話をしていた。どうやら、一人が身につけている大きな朱珠タイプのブレスレットの話。
「お前さあ、よくそんなダサく悪趣味な物を持てるよなあ。いくら、宝くじが当たったり、彼女が出来る御守だからといっても、俺は嫌だな」
と、相手の手首にある、ソレについて笑う。
「別に気にしないさ。願いが叶うなら。それに知っているか? 今一番人気のアイドル藤田京子だって、コレを持っているんだから。コレに願掛けしたから、売れ出したんだぜ。デザインのダサさなんか、どうでもいいんだ、なんでも叶うっていうんだから。それまでの我慢」
手首を見つめ、彼は真面目な顔で言った。
その会話を遠目に見つめていた遠子は
「招願叶、流行っているけれど、実物があそこまで悪趣味なデザインだとは思わなかった」
と、呟いた。エリカは、興味深けに見つめ
「よく見かけるよね。藤田京子だったけ、叶ったんだよね、アレで。本当に叶うのかなぁ?」
「さあ。私には答えようがないけど」
「―持ってみないと解らないのかも。二人に聞いてくるわ」
一人で頷くと、自販機の前の二人に歩みよる。それに気付いた二人は、会話をやめ、そそっかしく顔を紅くしてエリカを見つめた。
「ねえ、今話していたこと本当なの? それ、願いが叶うっていうアイテムでしょう?」
エリカに問われた二人は、互いを見つめ、招願叶をつけている男子は顔を真っ赤にして、たどたどしい口調で
「は、はい。本当です。アイドル江洲京子も、これで、これを身につけて売れるようになったんです」
と、答えた。
大学の有名人エリカ。まず、話したりすることはないので、男子学生は緊張していた。
「これ、今凄く売れていて。なぜかというと願いが必ず叶うという、凄い物なんです」
ブレスレットをかざし、嬉しそうに語る。
「へぇー、そうなんだ。そんなに凄いのね。―ありがとう、参考にさせてもらうわ」
エリカは、ニッコリと笑い頭を下げると、遠子のもとに戻って来た。
遠子は
「それほどまでに、叶えたいことあるんだ?」
「ええ。私、とにかく幸せになりたいの」
遠子の問に、どこか遠くを見つめ、エリカは同じ言葉を繰り返した。
二人の男子学生は、去っていく遠子とエリカを不思議そうに見つめて
「城田エリカって、良いよなぁ。キレイだし性格も良い。社長令嬢だし。この辺りの大学女子の中で一番人気、憧れるよな」
と、招願叶を触りながら呟き
「うん。―少しだけど、エリカさんと話せた。これも、招願叶のおかげなのかな……」
心ここあらずかのように、言い
「でもどうして、エリカさんは、あの根暗女と一緒にいるんだ。月とスッポンなのに」
と、言った。
「そうか? でも、俺は日本的で良いと思うけど。それより、城田に特定の男がいないってことが不思議だよな。まあ、社長令嬢ともなると親がうるさいのかもな」
片方の男が言った。
「―俺達は、彼氏になれないってことか? でも、俺はこの力を信じている。だから、まず宝くじを当てて、城田エリカを彼女にしたい」
招願叶を擦りながら言う。
「おい、マジなのかよ」
と、ツレの男は苦笑いを浮かべた。
教室棟の昇降口で、エリカと別れた遠子は、別棟にある図書館へ。
図書館の奥、古書などが収められている一角の席で、さきほどの古文書とノートを広げ、まとめていく。
この場所は、滅多に学生は来ない。古本特有の匂いが漂っている、この場所は静かなので、遠子は気に入っていた。
明日から夏休みなので、普段は涼みに来ている学生達も、今日はいない。
「いつも、熱心ですね」
不意に声をかけられて、遠子は驚いて顔を上げた。
窓の外は、いつの間にか夕暮れとなっていた。
「輪教授」
振り返ると、アンティーク風のメガネをかけた、若作りの老紳士が、ニッコリと笑って立っていた。
「もう閉館時間ですよ。―それは、卒論ですか?」
ノートを覗き込んで、にこやかに笑う。
「いえ。半分は趣味です」
遠子が答えると、輪は頷いて向かいに座る。
輪は、六十歳を過ぎているらしいが、三十代の様な格好をしている。
若作りもそうだが、性格も珍妙なところがあって、大学で一番風変わりとして有名。
「この地方の昔話、怪異譚。民俗学や呪術的な話ですか。それを写本しているのですね」
「はい。コピーとかが出来ないので。昔話の中に民俗学との関わりを調べてみようと思いまして。研究というより、オタク的研究ですね」
と、遠子は答えた。
輪は、にこやかに笑って頷く。
「でも、それはただのオカルトオタクではないでしょう? その探究心の先には、もっと違ったモノがあるのでは?」
遠子を見据えるかのように見つめて、言った。
「えっ……」
遠子は、ドキッとして輪をみた。相変わらず、にこやかな笑みを浮かべている。しばらく、その顔を見つめ
「―確かに、そうですね。オカルトオタクといえば解りやすいですけれど。単なるオカルトでなく、人知を超えた存在や理に興味惹かれているからなのかもしれません。ソレらのモノは、きっと、いかなるモノの中で最も純粋なのかもしれない。ソレを、いつか見つけられると、いいなと」
たどたどしく答えて、遠子は俯く。
「ほぉう。なるほど」
輪は、感嘆とも取れる声で言い、頷いた。
そして、真顔になる。
「では、美馬さん。ソレを見つけることが出来たなら、貴女はどうしますか?」
にこやかな笑みではなく、真顔の輪教授を見るのは、初めてかもしれないと、内心思いながら遠子は
「それは、まだ解りません」
と、小さな声で答えた。
そのようなコトを問われても、答えられるワケがない。あまりにも現実的ではないモノ。
厨二病。胸が痛む。
「ふふ。面白いですね。その時のコトを考えるのも悪くは無いはずですよ。あ、そうだ、美馬さん。
オカルトすきならば、ここへ行ってみればいかがです? きっと気にいるとおもいますよ」
輪は胸ポケットから、一枚のカードを取り出し遠子に渡した。
そのカードを見て、遠子は驚き
「アナキティドゥス」
思わず大きな声が出てしまい、ハッして見回したが、すでに人はいない。
「はい、知っていましたか。まあ、そうでしょう。まだ行ったことがないのなら、一度行ってみることを勧めますよ。その辺りのオカルトショップとは次元が違いますから。もしかすると、ナニか見つかるかもしれませんよ」
言って、ニッコリと笑う。
遠子は、カードを見つめる。ホログラムっぽいデザイン。薄いカードなのに、どことなく重みを感じる。
「はい。凄く気になっていましたから」
「尚更ですよ。行けばきっと、一番のお気に入りになるでしょう」
輪は、窓の外を見る。
「すっかり遅くなってしまいました。すみませんね」
言われて、遠子も窓の外を見た。
夕焼けは消え、薄紫色の空になっていた。
「そうですね」
遠子は苦笑いを浮かべて、荷物をまとめた。
「帰りましょう。閉館時間が過ぎてしまいました。―どうも、申し訳ありませんね」
輪は、暇そうにしている司書に頭を下げると、遠子と一緒に図書館を出た。
外へ出ると、むあっとした蒸暑い空気に包まれる。
「では、お気をつけて。良い夏休みを」
図書館を出たところで、輪と別れて、駅へと向かう。
大学から駅へと続く道。どこからかヒグラシの声が聞こえてくる。辺りは少しづつ夕闇に沈んでいく。
駅前に出ると、帰宅を急ぐ雑踏に。
帰宅する人達を狙ってか、チラシを配っている人がいた。
いつもなら受け取らないが、不意に目の前に差し出されたので、反射的に受けっとてしまった。
「招願叶、か」
チラシを見て呟く。
チラシには、招願叶の説明。商品一覧と体験談、そしてイベント案内などが載っていた。
「このようなもので、願いが叶うのならば、誰も努力もしないし悩まない」
悪趣味で、ダサいデザインのアクセサリー。ブレスレットというより、重そうな朱珠。他のアクセサリーも身につけるに耐えない物ばかり。それらを身につけて、ニッコリと笑う、今一番人気のアイドル江洲京子。『私も、コレで願いが叶いました』とコメントを出している。
「本当に、こんな物をかうのかな、エリカさん。胡散臭いし、宗教っぽい。それに嫌な感じしかしない。流行しているから持っている人もいるだろうけれど、なんだか気持ち悪いんだよなぁ。理解できない」
チラシを鞄にしまい、代わりに輪に貰った、アナキティドゥスのカードを取り出した。
神秘的な感じのデザイン。ホログラムなのか光の加減で独特の模様が浮かんでは消える。
どうやら、紹介用のカードのようだ。
見つめているだけで、ドキドキしてしまう。
遠子は溜息を吐き、カードをしまうと歩き始めた。
日が沈みきったこともあって、風は気持ち涼しくなった。途中、コンビニで夕食を買ってから、マンションの部屋へと帰る。部屋は一日閉め切っていたから、暑く空気も淀んでいる。
窓を開くと、アスファルトの匂いと湿った風が入ってきた。窓を開け放ったまま、エアコンを入れると空気が入れ替わるのを感じた。
「遅くなった。まあ、予約しているからいいか」
呟いて、テレビをつける。
「やっぱり、夏といったら、これだよね」
一人暮らしだと、独り言が増える。
心霊特番。ちょうど、スポンサーの入れ替わりが映っていた。そのスポンサーを見た、遠子は驚いた。
「参神同念会って、招願叶の」
貰ったチラシとテレビを交互に見ていると、CMが始まった。
『私、これで願い叶いましたの』
カメラ目線で微笑む江洲京子は、全身に招願叶のアクセサリーをつけている。それを、カメラに向けては、微笑む。どれも悪趣味なデザイン。年配の人ならともかく、若い彼女には似合わない。
成金デザインというのか、上品さは感じられない。
おそらく、なにか呪術的な物なのかもしれない。ビー玉サイズの石や指輪には、なにか文様が刻まれているのが見えた。その文様が、悪趣味さを強調しているように、遠子は感じた。
「せめて、石のサイズを小さくすればいいのに」
遠子は、呟く。
『京子、これに必死になってお願いしたの。憧れのアイドルになれますように。ずっとずっとお願いして、小さな劇場ではなく、夢の大きなステージに立てました。だから、次は皆の夢が叶う番よ』
京子は、うっとしとした目で、並べられている招願叶を見つめた。
「こんなCM流れると、ファンだけでなく買う人増えるんだろうな。それにしても、どこか妙なCMだな。なんだろう?」
首を傾げながら、PCを立ち上げる。
録画していた心霊番組を見ながら、メールをチェックする。
その心霊番組には、江洲京子がゲストで出演している。
「いくら願いが叶ったとはいえ、芸能界って入れ替わるの早いのでは? 永続るのかな」
通信関係登録しているメルマガに混じって、見慣れないアドレスから
【アイドル江洲京子と招願叶】
という差出人不明のメールが届いていた。
少し考えて、そのメールを開いた。
【オカルトを、こよなく愛する方々へ
こんな噂をご存知ですか?
最近、流行している、いかなる願いを叶え幸福になれると謡う招願叶。
皆様は、その力を信じますか?
今、人気絶頂アイドル江洲京子がCMをしている、アレです。
京子は、アレを身につけてから、売れっ子になったそうです。
メディアが、招願叶をここぞとばかり扱うのも、京子のコトや参神同念会の新興宗教が幅を利かせているからだといいます。メディアが取り上げてからは、売上がかなり上がったといいます。
確かに効果はあるようですが……。
何故か、願いが叶った人―大きな願いが叶った人が、しばらくして変死してしまったというコトを知っていましたか?
願いが叶うと死んでしまうセオリーみたいですが、招願叶に関しては、まさにソレなのです。
代償が招願叶にはある。
ソレがどういうコトか、皆様は気をつけてください】
「招願叶で変死? 胡散臭い不気味さだけではなかったの」
メールを見つめ、呟く。遠子は嫌な汗が滲むのを感じた。そして、オカルト仲間が集まるチャットへ向かった。いくつかあるオカルトサイトの中でも、そのチャットには仲の良い人達だけの部屋だ。
遠子のハンドルネームは、ラムー。すでに何人か入っていた。話題は、先程のメールのようだ。
ラムー:こんばんは。お久しぶりです。大学が忙しくて。
ルルイエ:ラムー、お久しぶり。
ラムー:ねえ、皆に聞きたいけれど、招願叶の噂メールは、どう思う?
エリキサ:ぶりっこアイドルのやつ。見たよ。あんあダサいのよくつけれるよな。それに、江洲京子って、アイドルって歳でもないだろう。
ムーン:私も思ってた。願いが叶って死ぬより、あのデザインは……。もっと、可愛くすればいいのに。
会話をしていると、ギャラリーが集まってきた。
サディア:お久しぶりですね、ラムー。皆さんも、招願叶の噂、凄いですね。
「あ、サディアさんだ」
遠子は、嬉しそうに呟いた。
ラムー:招願叶の噂メール、叶うと死ぬって本当だと思いますか?
サディア:ああ。アレね。オカルトサイトでも、クローズ的な場所では、囁かれていた話がもとだと思いますよ。
ルルイエ:僕は、本当だと思うよ。
サディア:私も同じです。
ラムー:知人が、どうしても叶えたい願いがあるとかで、招願叶を買って見ると言ってた。噂が本当に本当だったら、ヤバいよね。どうしよう。
エリカの様子が気がかりだった。
天使:えーー私、持っているのに。
その発言後、しばらく会話が途切れた。
天使:どうしたの? 本当にヤバいの?
PC画面には、感情までは表示されない。
ムーン:よくあんな悪趣味なもの買ったんだ。広告とか見るだけで、ダサすぎて吐き気なのに。体験談とか、アホでしょ? そういう商品すべて。
ルルイエ:まだ噂、仮定の話ですけれど。その知人が気がかりですね。気をつけていたほうがいいのかもしれません、もし真実だとしたら……。
サディア:ルルイエの言う通り。そもそも欲が深いというのは、業が深いのと似ていますから。そのようなことを他力本願にすること自体、よろしくありませんから。
―ところで、ラムー、アナキティドゥスへは、もう行きましたか?
遠子は一瞬、ドキッとした。
ラムー:まだ、です。でも近い内に行くつもりです。今日、ゼミの教授からも勧められまして。紹介カードみたいなものを、貰って。だから、物凄く行きたい。
ドキドキしながら、返答を打ち込んだ。
ルルイエ:まだ、行っていなかったんだ。早く行くといいよ、色々と面白いものあるから。
PC画面と、アナキティドゥスのカードを交互に見つめる。
サディア:きっと、ラムーは気に入りますよ。
ラムー:うん。絶対に行く。
遠子は、そう打ち込んで一息。
アナキティドゥスのカードをライトの下で見つめる。
見れば見るほど、不思議なデザインだ。
サディア:ラムー、まだいますか?
通知が来て、ハッとして画面を見る。
ラムー:はい。
思ったより時間が、過ぎていた。
サディア:お友達が、招願叶を買ってしまったら、気をつけて。噂もそうだし、あのような物は、人の心の闇―欲望に反応しますからね。それでは、また。
と、告げて、サディアはログアウトした。
時間も遅く、サディアがログアウトしたので遠子もログアウトした。
アナキティドゥスのサイトへと行く。
【あなたの抱く、いかなる願いを叶えましょう】か。
「アナキティドゥスも、招願叶と同じような系統なのかなぁ。でも、違う感じ。”必ず願いを叶える”
でも、私の願いは絶対的に叶えられない」
遠子は、呟くと深く大きな溜息を吐いて、アナキティドゥスのカードを見つめた。
賑わう大都市。その一角、ビル群に埋もれるようにしてある、小さく古い劇場。
無名の劇団や芸人達が集う場所。その古く狭い控室のひとつ、荷物などで足の踏み場も無い。
「はあぁ。思うと世の中、すっかり変わってしまったよねぇ」
厚化粧の年齢不詳の女は、わざとらしい溜息を吐く。
「そうだね。でも、いつの時代も人間の求めているものは、変わらないっていないよ、女将さん」
まだ幼さの残る少年は相槌を打つ。
「ふふ。バイオテクノロジーとやらで、不老不死の夢など叶えられる。本当に、そんなコト出来るのかしらねぇ」
新聞を手に、女将は嫌味っぽく言う。
新聞には、大手製薬会社が不老が実現出来るという物質を発見したという記事が載っていた。
その記事を、少年に見せて
「天若は、どう思う?」
と、気だるそうに問う。
「さあ。若さや外見をなんとかできても、完璧な不老不死が叶うとは思えないけど」
天若は、記事を読み、鼻で笑った。
「あ~あ。思えば馬鹿なことをしたものだね・あの時、あんなコトしなければ、本当は今頃、別の人生をエンジョイしているのかもしれないのにねぇ」
新聞を投げ、大きな溜息を吐いた。
「女将さん。―それは言わない約束でしょう」
ドアのところで、甘ったるく甲高い声がした。
「鼻雪、戻ったのかい」
振り返り言う。
「ええ」
腰まで伸ばしている黒髪を、掻き揚げながら答える。舞子の様な衣装を纏っているが、違和感があった。
「女将さん、過ぎてしまったことは、どうするコトも出来ないでしょう。まあ、凄く辛いコトや、お互い責め合っていたコトもあったけれど、それなりに楽しいコトもあったじゃない」
花雪は、髪の毛を一束に纏めると部屋の中に座った。
三人座ると、鮨詰。
「そりゃあ、そうだけど」
女将は、つまらなそうに呟く。
「そのうち術が見つかるわ。それまで、楽しみましょうよ」
にっこり笑って、花雪は言った。
「そりゃあ、そうでしょうね。花雪。あんたが一番、嬉しい時代と都市だものね? 女形のアンタにとっては」
言って、女将はペットボトルのコーラを飲み干した。
「だって、花雪は、ナンバーワンを狙っていりんだもんね」
と、言って、天若は笑った。
「あら。まだ、トップになっていなかったんだ?」
嫌味を込めて、女将は言う。
「てへ。ま、もう少しってとこかな」
ぶりっ子口調で言った。
「あーあ。僕は、いつまで経っても、十五歳のまま。せめて、二十歳くらいだったらなぁ」
少し寂しそうに、天若は言う。
「それはそれでいいじゃないの? 永遠の少年じゃない」
女将は、天若の頬を指で突っ突きながら言った。天若は、その手を避けて、頬を膨らませて睨んだ。
女将は、笑う。そして、思い出したように
「あ、そうだ。あんたが、帰ってきたら聞こうと思っていたんだ。ほら、コレ。知っているかい?」
女将は、雑誌のあるページを開いて、花雪に渡した。
「ああ、コレね。最近、凄く流行っているみたいだよ。この前まで、ここに出入りしていた女の子も、色々持っていたけれど、コレを身につけだして、今をトキメク、トップアイドルになっているよ。驚きだよね、あんな子が。そんな力が、あったの? 招願叶」
と、花雪。
「あの京子とかいう、ブリっ子か。どうして、あんなのが売れるのか不思議だったんだけど、なるほどねぇ……。願いが必ず叶うって振り込みも、まんざら嘘では無いってコトかぁ。悪趣味全開なのがアレだけど、独特の力が滲んでいるんだよ……。うーん、私もひとつ」
興味深そうに、見つめる。
「え、女将、なにかあるの?」
驚いたように、天若は問う。
「世界一の、お金持ち。―なんてね、でも、本当の願いなんて叶うワケ無いよ」
明るい口調だけど、表情は笑っていない。
「ま。単に流行っているから欲しい」
じっと、女将は広告を見つめた。
「もー、まったく。女将は、なんでも買い漁るんだから」
苦笑いを浮かべて、花雪は言った。
「いいじゃない、別に。で、さあ。ここでの舞台も終わったことだし。これからどうしようか? もう少しここにいる? それとも、次の土地に行く?」
豪快に笑うと、女将は二人に問う。すると、花雪は、もごもととして
「次の土地に行くのも、いいけれどぉ―」
と、頬を赤らめる。
「なんだい、花雪。良い人出来たのかい?」
女将は茶化した。
「そこまでは、いかないよぉ。私の片思いなのさ。別にいいの。また新しい恋を探すから」
着物の袖で、涙を拭うフリをする。
「へーそうかいー。で、天若は、どうする? 行くなら、何処へ行く?」
嘘泣きをしている花雪を無視して、女将は天若に問う。
「え、えーと……温泉なんかは、どうでしょう?」
言って、天若は雑誌を引張だして、ページを開いた。
「温泉、かぁ……」
「ひなびた温泉。家賃も安いし、長期滞在も出来る。ゆっくりしない?」
と、天若。
「まー。いいいけれど。なにか、面白そうなコトあるの?」
「かなり古い温泉地。歴史もある。そこにある、古い神社が最近心霊スポット的になっているんだって」
「へー。ひなびた温泉地の客寄せで、心霊スポット、ねえ。よくある話」
女将は、その記事を見ながら、一人で呟いていた。
「そういえば、”あの場所”も、近くに小さな温泉があったわよね。その温泉も宿場も、今はダムの底だし。”あの場所”も、すでに無い。時代の流れは、過去を失うばかり……」
と。女将は悲しげに呟いた。
「もう、すでに遠い昔のコト。どうするコトも出来ないよ。たとえ、ダムの水が全てなくなっても、きっと”あの場所は無いわよ。旅を続けていれば、ナニか見つかるかもしれないわ」
花雪は、感情を殺して言うと、そっと女将の肩に手をお置いた。
「ああ。そうだね。悩んでも、どうするコトも出来ないなら、悩むだけ無駄。……それじゃあ、小さな温泉地を巡りながら、その温泉地を目指しますか」
頷いて、女将は言った。
「そうこないと、女将さんらしくない。この先のコト調べるね」
言って、天若はいそいそと部屋を出ていった。
「本当。どこかで、見つかればいいのに」
その姿を見送って、花雪は呟いた。
夏休みに入ってから、遠子は毎日図書館通いをしていた。
論文やレポート以外にも、調べたいコトはたくさんあった。図書館が閉館する時刻となれば、日も沈んでいて暑さもマシになるので、気晴らしに街を歩いていた。
帰宅ラッシュも、一段落した街に、申し訳程度の風が吹く。
そろそろ帰ろうかと、駅に抜ける道にさしかかったとき、ふと足が止まった。
駅前の公園に、エリカの姿を見つけたから。
エリカは、ナンパ男だろうか声をかけてくる男を無視してあるく。
それを見た、遠子は
「エリカさんは、大変だぁ」
と、呟いた。
立ち止まって、エリカを見た。エリカが、ナンパ男を振り切って歩いていく先には、ベンチに座る男がいた。男は、エリカに気づいて立ち上がった。
「なんだ、彼氏と待ち合わせていたのか。エリカさんの願いって、そういうことだったのか」
呟いて、遠子は立ち去ろうとした、その時だった
「どうして?」
エリカの声が響いた。辺りを歩いていた人達が立ち止まり、エリカの方を見た。
「どうして、私じゃあないの? 私は、こんなにも、あなたのことを愛しているのに、どうして!」
エリカの悲痛な叫びが、響く。行き交う人は皆、何だと振り返る。
木の陰で、相手の男の顔や表情までは見えないが、エリカをなんとかなだめようとしているのが分かった。
「あの人より、私の方が貴方のことを愛しているのに」
そう叫んで、エリカは男を突き飛ばして、遠子がいる場所とは反対方向へと走り出した。
二人のやりとりを見ていたのか、辺りからはヒソヒソと話す声が聞こえた。
男前には程遠い男と、誰もが振り返る美人のエリカ。エリカを振った男に対して
「あんな女を振るなんて、いるんだなぁ。すげー」
と話す声は、どこか、わざとらしく大きかった。
エリカを袖にした男は、肩で息を吐くと、辺りの視線を無視して、エリカと別方向へ足早に立ち去って行く。
「エリカさんの悩み、叶えたいことって恋愛成就だったのね」
遠子は興味なさそうに呟いて、駅へと向った。
そのようなコト、一番理解出来ない。 なのに皆、そのようなことで苦悩するんだろう?
たまに占いとかの意見、見解を求められる旅にそう思ってしまう自分がいる。
多分、自分がズレている。
興味があるのは、お呪いや占いが実際に当たったり効果があるかだ。
それだけだ。両思いなど失恋だのには、興味はない。
電車の中でも街の中でも、招願叶をつけている人を見かけるようになった。
そのたびに、その人の抱く、心の奥底の願望が気になってしまう。
ささいな望みから、大きな欲望まで。それを叶えるという代物に頼る。
その心理に興味が湧いてくる。人間の抱く欲望、その根源に。
―噂、本当なのかな。それにしても、どこから出てきたんだろう。
となりに座っている、中年女性の手首には招願叶のブレスレット。それを横目に遠子は、考えた。
―代償が絡む呪いは、存在するけれど。このてのアイテムは、かなりの金額するのに、叶うと死ぬなんて、ね。
例のメールを思い出す。
『招願叶。叶った人は変死する』
遠子は、招願叶をしている人達を見て、溜息は吐いた。
迎える人のいない、部屋に帰り着く。一人暮らしには慣れている。
だけど、ついテレビをつけてしまう。
ノートに纏めながら、何気なくニュースに耳を傾けていたが、ふと手を止めて、テレビを見た。
『最近は、理解しがたい事件が多いですね。これは、関連性のある事なのでしょうか? 今日もまた、変死体が発見されました』
キャスターの言葉に、反応してしまう。
スタジオから、変死体の発見現場へと移る。
どこにでもあるような、古い団地が映っている。話によると、その団地の一室で変死体が発見された。
数日前から異臭がするとで、部屋を訪れたら住人が死んでいたと。
腐敗が激しく、死因は不明。この団地では、時々、独居老人が孤独死しているが、それとは違うらしい。
このような変死は、この団地では三件目だという。
そのどれもが、病死や事故死ではないという。
その中の一人は、最近、宝くじが高額当選したという情報がある。度々、団地の近くでは変質者が目撃されており、その者の犯行なのか、個人的な恨みによるものなのかが、捜査されていると伝えている。
再び、スタジオに戻り
『そう言えば、数ヶ月前にも、バラバラ死体が相次いで発見されているという事件がありましたが、あれも進展はないですね。本当、なにかこう嫌な世の中ですねぇー。次のニュースは……』
遠子は、ふうと息を吐き
「宝くじ当たって、死んだのて、意味ないよな。大金絡みの凶行? あ、もしかして」
はっと、する、遠子は、あの噂を思い出し、とにかく情報などを探そうとPCSを立ち上げた。
「だれか、その辺りの事を知っているのかな?」
いつもなら、誰かがいる時間帯なのに、今日はまだ誰もいなかった。
ラムー:情報求む。このところの変死事件と招願叶の噂に、繋がりがあるのかな? なにか知っている人、いるかな。
書き込みをして暫くすると、ルルイエが入って来た。
ルルイエ:こんばんは、ラムー。そのコトについては、まだ噂の域。でも、変死している人が、招願叶で叶ったたというのは、ある程度は本当。その願いの中身までは、解らないけれどね。で、招願叶は、とある宗教に近い一団が売っているのは知っている?
ラムー:宗教っぽのは、知っているけれど。詳しくは知らない。たしか、参神同念会だったけ?
なんか、神を念じて願いを叶えるとか、チラシに書いていたけれど。なんだか、胡散臭い新興宗教みたいだなあって……。
ルルイエ:ま、限りなく宗教に近い。拝み屋みたいな団体ってことかな。団体と言っても、招願叶買っただけじゃあ物足りないひとが、会長まあ教祖なんだろうけど。そこに行って、祈ってもらうんだ。で、とにかく人も金も集まっているという話。そこにも、妙な話があって、会員という信者が結構な数、行方不明になっているらしい。これも、表に出ていないし、確定ではないので、ネット上にも出ていない。
いつものコトだけれど、サティアとルルイエは、どうして情報を持っているのだろうか。
遠子は、ルルイエの返答を見つめる。
聞いてみようか―
ラムー:ねえ、どうして、そんなに詳しいの?
ルルイエ:―それは秘密です。まあ、僕が、関係の近いところにいりからって、とこ。これ以上は、ネットでは話せないよ。
ラムー:私は、噂の真相と出何処が知りたい。凄く気になっているんだ、無理?
ルルイエ:無理です。
画面を見て、遠子は残念そうに息を吐いた。
ルルイエ:知りたいのなら、アナキティドゥスへ行ってみるよといいよ。そこの店主に直接聞いてみると、いいよ。オカルト系の噂に詳しいから。早く行くといいよ、絶対に気に入るよ。
ルルイエと話していると、サティアが入ってきたので、遠子は嬉しかった。
サディア:こんばんは。ラムー。ルルイエの言う通りですよ。ネット上では、話せないコトですから。そのコトについて、知りたいのであれば、ぜひアナキティドゥスへ、行ってみてください。
いつもと同じ答え。
「アナキティドゥス、行きたいけれど、ここからだと一日かかる。ああ、でも行きたい」
教授に貰ったカードは、いつも目に入るように机の上に置いてある。
それを見つめ、呟く。
そして、ふと
ラムー:どうして、人って、お呪いや願いの叶うというアイテムを求めたりするのかな?
社寺で御守買うようなものなのかな?
ルルイエ:さあ。やっぱり、良くなりたいからでしょうね。今よりも。宝くじとかにしても、当たるかもしれない物を買い求める。人それぞれに、望みがあり、その通りになりたい。
ラムーは、どうなの? なにか叶えたいコトあるのかな?
その問に、遠子は答えられなかった。
サディア:きっと人間だからこそ。深い欲望があり、そのようなアイテムに惹かれてしまうのでしょう。
そして、叶えられるのであれば、他力によって簡単に叶えたいと思うのでしょうね。
サディアの意見に、遠子は胸が傷んだ。
「人間だからこそ。か」
と、呟く。なんだか、たまらなく悲しくなってしまい、思わず両手で顔を覆った。
書き溜めていたレポートを、清書している時だった。メールの着信があった。
見ると、珍しくエリカからだった。大学では話したりはしているが、プライベートではあまりなかった。
メールは写真付きだった。
『あの願いが叶うというアクセサリーを、買ったよ。占い師っていうのかな、買った時、願いがきちんと叶うようにと気を入れて貰ったの。これで、私の不幸も無くなるよね。遠子は、あまり気乗りしなかったよね。胡散臭くても、叶うのなら何でもいいの。願いは必ず叶うって言われたから、これできっとうまくいくわ』
の文とともに、招願叶の写真が添付されていた。
それを見て、遠子は深い溜息を吐いた。数日前に見た、あの光景を思い出す。
男性とのやりとり、どう見ても、あれは三角関係というものだろう。
自分には、理解出来ないコト。
エリカは美人だし性格も良い。言い寄る男は多い。でも、自分が求める人には、きっと決まった人がいて、自分は拒まれた。それは、エリカにとっては不幸なコトなのだろう。
そして、叶えたい願いというのが……。
遠子は、再び息を吐いて
「恋愛に興味は無い。けれど、本当に流行し噂になるほどの力があるのか、叶えるコトが出来るのかは、興味はある」
呟き、オカルト雑誌を開いた。もはや、広告というより招願叶の特集みたいになっている。
「あ、このコトか。参神同念会」
ひとつの記事を見つける。
【―奇跡のアイテム、招願叶。いかなる願望をも叶える。古き秘術を元に造られた大いなるパワーを秘めている。神の会に参する。参神同念会は願いを叶える為に、ひたすら叶うコトを願う会。会長・無命正寿による、人生相談から占い、運気上昇の祈祷、それから生まれた招願叶。参神同念会・会館にて、様々な物を取り揃えている。会長による、人生相談も行っています。
『そなたの、いかなる願いを叶えてしんぜよう。我の定めは、皆の願いを古の秘術を持って、必ずや叶えよう』】
どうみても、良い人間には見えない人相の、無命正寿。その表情からは、胡散臭さを倍増させている。
「どう見ても、胡散臭い。気味が悪い。体験談も、でっちあげっぽいよなぁ。でも、古の秘術が気になるな。呪術を本当に使っているなら、そこには興味はあるけれどね。でも、本当とは限らないけどな。テレビや雑誌に出る霊能者は、全てマガイモノだしなぁ。この会長とやらは、どうだろう」
雑誌の広告を見つめ、呟く。
「でも、あの噂が本当だったら、エリカさん、ヤバいかな。願いが叶ったなら、どうなってしまうんだろう。やっぱり言うべきかな。メールを見つめ遠子は大きな息を吐いた。
点けっぱなしのテレビからは、江洲京子の招願叶CMが流れてくる。
『私これで、憧れのアイドルになれましたの』
今や、テレビ番組でも引っ張りだこ状態の京子。
遠子には、何故、彼女が人気なのかは理解出来ない。
「やっぱり、招願叶の力なのか、それとも別のカラクリがあるのか。どっちにしても、あの会長は、拝金主義なんだろうな」
と、溜息まじりに呟いた。
エリカが、招願叶を買ったというメールから数日。再び、エリカからメールが届いた。
【あのね、少しだけ、私の願いがカタチになったの。あの人を、私から遠ざけていた人がいなくなったの。あの人は、落ち込んでいるけれど。私は、ソレだけでも嬉しい。あとは、あの人と一緒になれればいいの。アクセサリのデザインは良くないけれど、願いが叶うのなら気にしない。やっと、私、幸せになれるよ】
あの人というのは、あの時の男性だろう。
遠子は、返答に困ったすえ
【良かったね】
と、だけ返信した。
困ったのは内容だけでなく、やはり噂。
返信するだけで、疲れる。そんな感じがあった。
時間を見ると、お昼のワイドショー。この時期は、予告にはないけど、真夏の怖い話が流れたりするので、見たりする。テレビをつけると、派手な字幕が目に入った。
ソレを見た、遠子は思わず携帯電話を床に落としてしまった。
《人気絶頂アイドル・江洲京子。死亡》
赤字に黒い縁取りの文字。何処かのマンションが、映っている。そこから、リポーターが伝え始める。
京子は、自宅マンション近くに倒れているところを、通行人によって発見された。状況から、他殺。
通り魔より、ストーカーによる犯行だと推測される。最近は、ストーカーに悩んでいたという。
京子殺害事件は、ゴシップ週刊誌だけでなく、色々な雑誌やメディアで取り上げられていた。
「……まさか、ね」
どうしても、招願叶の噂を重ねてしまう。
エリカに言おうか、でも、本人が幸せになれると言っているのに、水を差すのも悪い気がして、どうしても出来なかった。
江洲京子の事件から、数日。再び、招願叶に関する謎のメールが届いた。
【代償を払ったアイドル?
既にご存知だと思いますが、江洲京子が亡くなりました。彼女が、願欲を招願叶に願い叶いました。そして、その代償であるがごとく、死んでしまったのです。それは、まだ招願叶によるものなのか、捻れた欲望をぶつけた者によるものなのかは、まだハッキリとはしていませんが……。
マスコミ発表はされていませんが、遺体は欠損しているそうです。まあ、犯人が狂ったストーカーなら、やりかねませんが。でも、遺体が欠損しているというのは、招願叶を持っていた者に共通していることだそうです。このところの変死事件に、招願叶が関係している。警察は気付いて、いや解らないコトでしょう。―だから、皆さんも、招願叶に手を出さないことを進言します】
ゾッとする。ただの噂にしては当事者のような実感がある。本当に、エリカに伝えなくていいのか、悩んでしまう。ケータイを手に考えていると、メールが届いた。
オカルト仲間、ルルイエからだった。
今、チャットで、江洲京子の事件について語っているから来ては、というものだった。
遠子は、こんな時間に? と思い、チャットルームへと急いだ。
真夜中近い時間なのに、今日は、いつものメンバーが集まり、盛り上がっていた。
ラムー:お久しぶり。なんだか、凄いことになっているよね。
ルルイエ:そうだね。招願叶の噂、本当だってコト。江洲京子の死は、招願叶によるもの。現実的、警察は、ストーカーによる猟奇的殺人として捜査しているけれど。
ムーン:でも、どうしてそんなものが流行るのかなあ? 願いが叶っても死んだら意味ないし、命という代償をとるのかな?
エリキサ:代償というより、呪いみたいですわ。でも、呪いというより、一連の変死事件すべてそうならば、血肉を貪っているみたいですわ。
マナ:それって、食人鬼みたいじゃん。そもそも、マジックアイテムって、知識と力が必要。それに、人が願いたいパワーが加わって力を発する。でも、それで叶うか叶わないは別の話だし。そもそも、血肉を求める理由は? 会長がナニか企んでいて、招願叶に仕込んでいるってこと?
チャットでは、変死事件と招願叶の噂が議論されている。
また、一人入って来る。
ヘルメス:久しぶりです。やっぱり、招願叶の噂、本当だった。
と、一行
ヘルメス:あのね、天使。彼女、招願叶に願掛けしていたの。私と彼女は、オフでもツレだったの。
サディア:どうかしたのですか?
ヘルメスの言葉が、いつもよりたどたどしく感じる。
ヘルメス:彼女、願いが叶ったって喜んでいたのに。私、彼女が招願叶を買うと言った時も止めたし、買った後も捨てるように言ったけど、噂は噂だからと笑っていたけど、昨日……。
「まじ、で?」
遠子は、息を呑んだ。天使とはオフ会で何度か話したことがある。
ヘルメス:一緒に行った、テーマパークで、アトラクションが事故って。他の人は怪我だけですんだのに、彼女は死んじゃったよ。
そう言えば、そんな事故のニュースがあったな、と思い出す。
ムーン:え、マジで? ワイドショーでやっているの見たけど。天使だったんだ。水上アトラクションで、転覆した後、人がスクリューに巻き込まれて亡くなったっていう、ニュース?
ヘルメス:う、うん。
ルルイエ:そうですか。ヘルメスさんは、大丈夫ですか?
ヘルメス:はい。
サディア:やはり、招願叶。危険な物ですね。まるで、血肉を求めているような。叶えば、まるで命を刈り取る。いまいち、その理由が解りかねますが。
皆は、ヘルメスを励ましている。
遠子は、どうしても、エリカのコトが気がかりだった。思い切って、そのコトを聞いてみた。
ラムー:私の知人も、招願叶を買って、願いが叶いそうなの。やっぱり、止めるべきかな?
本人は、三角関係で悩んでいるみたいだったの。水を差しそうで、なんだか。
ムーン:それは、難しいね。例え、言っても聞き入れないでしょうね。
ラムー:ライバル? の女性から自分の元に来てほしい。相手の女性が消えたから、思いの人が自分のものになってくれると、メールが来てたんだ。
エリキサ:それってさ、邪魔な相手が消えるようにとか、願ったんじゃない? ただ両思いになるだけでなくて。ある意味、呪詛的な感じ。
ラムー:そんな感じは、したけれど。
エリカの心の深い闇を、感じてしまう。
サディア:招願叶をひとつだけでなく、複数持っていて、それぞれ別の願いを掛けていたのなら、考えられなくもないですね。
ラムー:知っているのは、ネックレスとブレスレット。止めた方が良かったのかな」
サディア:駄目でしょう。そこまでして求めているものがあるのなら。言っても、聞く耳は持ちませんよ。その知人は、一つは恋敵、一つは両思い。もしそうなら、お気の毒ですが、彼女は生きていないでしょね。
機械的で無感情な言葉。
遠子は、嫌な気分になってしまった。自分の片思いの為に、恋敵を呪う。ましてや相手は両思い同士。そこに割り込むために。
さらに理解できない。エリカの闇。
サディアの言葉に、返答出来なkった。
ルルイエ:サディアの言うことは、多分、本当だと思うよ。でも、それは、ラムーの責任にはならない。
ヘルメス:私、もし本当に招願叶のせいで、天使が死んじゃったのなら、どうしてそうなってしまったのか、真相探す。
ムーン:気持わかるけど、早まってはいけないよ。
遠子は、ヘルメスの意見に同感だった。
サディア:なんにしても、二人とも気を付けてくださいね。相手は、ヤバい人かもしれませんし。
サディアの発言の後、皆、退出していく。
いつのまにか、遠子と、ルルイエとサディアだけになっていた。
ラムー:変死事件として、警察は犯人を真相を突き止められるのかな? でも、超常的なコトだったら。
ルルイエ:まあ。そのようだけれど。本当に、超常的だとしたら。
サディア:そうですね。いいですか、ラムー。この件は、興味本位で首を突っ込んではいけない。とても危険な感じがします。ご友人の事もあるでしょうけど。
―見透かされている。
遠子は内心思う。
ラムー:はい。気をつけます。
サディア|:では、また。
江洲京子の変死事件は、世間を賑わせている。
なかには、このところ続いている変死事件と同じではないかという考察が、ネットから広がっていた。
だけど、被害者の共通点までは、どこも触れていない。
あくまでも、噂。
また、エリカからメールが届く。
『やっと、やっと、私も幸せになれたよ。彼が、やっと私のもとへ来てくれたよ。私、これから、もっと幸せになるの。デザインや噂なんて関係ないわ。すぐに効果があるものだから。たくさん、持っていれば、もっと効果が大きくなるはずよ。私、やっと幸せを感じられたのだから」
遠子は、頭を抱えた。特別仲が良いわけではない。でも、知らない人ではない。
もう聞き入れてはくれないだろうし、遅いかもしれない。
大きな溜息が出た。
『良かったね。幸せなんだね』
と、差し障りのない言葉を選んで返信した。
誰かを好きになるというのは、頭では理解出来る。でも、心は理解出来ない。
複雑な感情、苦しい溜息が出る。
遠子は、キッチンに向かう。
オカルト仲間の、ハーブオタクから勧められた、ハーブティーを淹れる。
ハーブティー専門店とかにある物と似ているが、少し違う。民俗学の中には、民間療法的なことも含まれてくて。興味があったので、ハーブなども勉強しているが、これは知らなかった。
そもそも、薬だけでなく、振興や呪術にも、ハーブは利用されている。貰ったハーブティーには、こんな説明書が付いていた。
[古代、瞑想前後や呪術的な浄めに使われていたものを、再現しました]
と、他にも効能とか効率的な飲み方が、細かく書かれていた。
「こういうの、すきだな」
少し、気分が落ち着いた気がする。
遠子は、レポートを書く。
たくさんレポートを書いているが、本当にこの道でやっていけるのか不安になる。
大学も行くつもりはなかったが、祖母の勧めで興味のあった、民俗学のある大学に入った。
両親の離婚後は、暫く母方の実家で暮らしていたが、母は再婚と同時に実家を出た。
残されたのは、末っ子の遠子だけ。兄は父と一緒に、姉は自立していた。
その祖母も、高二の冬に他界してしまった。祖母が残してくれていたお金と、父からの仕送りで大学へ。
実家には、たまにしか帰らない。仏壇と墓の手入れに帰るくらい。
それも、今は、お寺に任せている。
だから、いつの間にか一人でいることに慣れていた。
一人でいる方が、気楽。
オカルトも、幼い頃、一人で遊んでいた神社や山の中で、不思議な体験をしたからなのかもしれない。
「どうしよう、このさき」
将来の展望が見えない。
「招願叶か。進路のような現実てきな願いなら、願掛けで解決するのかもしれないけど」
大きく、息を吐く。
「心の深淵にある、願いは絶対に叶えられない」
その言葉は、遠子の口癖だった。
図書館通いは、夏休みの日課となっていた。
早めの昼食を摂ってから、図書館に向かい閉館まで過ごす。
その日も、閉館とともに外へ出る。
夕立が来そうな空模様だったので、急ぎ足で帰路につく。
湿気のある、生暖かい風が吹いていて、遠雷が聞こえる。徐々に雷は近づいて来て、ポツポツと雨粒が落ちる。駅に着いたと同時に、空が目映く光ると大きな雷の音と振動がし、大粒の雨が滝の様に降り始める。駅構内を歩いていると、着信があった。
同じゼミの、知人からだった。その人とは、似た趣味で大学だけでなく、プライベートでも付き合いのある人物だった。
[エリカさんのことだけど、知っている? 彼女、既婚者の男性を好きになって、かなり積極的にアプローチしていたの。まあ、エリカさんの恋のことは別にいいのだけど。どういうワケだか、男性の妻が死んじゃったんだ、ソレが自殺らしいって。変な話、エリカさん、招願叶をたくさん持っているのを見たんだ。あの御洒落なエリカさんが、あんなダサい物を身につけるなんて、ね。それに、招願叶って変な噂があるし。もしかしたら、エリカさんが妻が邪魔だと、呪ったんじゃないかって思ってさ。
遠子は、どう思う?]
遠子は、電車を待つ間、メールの返信を打つ。
「メグはエリカさんのこと、嫌っているのに。どうしたんだろう。変な噂を立てる人ではないのに」
[エリカさんが悩んでいたのは、知っている。幸せになりたいとかで、相談を受けたよ。願いの叶うアイテムを教えてと。私は、辞めたほうがいいと言ったけど、結局、招願叶を買ったんだけど。以前、たまたま、エリカさんが、男の人と何か言っているのを見かけたんだ。相手、奥さんいたんだ。三角関係だと思ってたんだ、私。その後、暫くして、相手の―奥さんか、いなくなって、やっと彼のもとにいけるって、メールが来てた。それが自殺って。なにがあったの?]
送信すると、数分で折り返しメールが来る。
[その死んじゃった奥さんと、私の友達が親友だったの。奥さん、駅のホームから落ちて、入って来た貨物列車に……。事故っていうより、自殺って結論。でも、友達の話だと、奥さんは自殺するようなタイプではないって。エリカさん、結構キツイこと言っていたみたいだけど。呪いとか、そういった。遠子が、エリカさんに気を使っているのは知っているけれど。エリカさん、招願叶で呪いを掛けたんじゃないかって思って]
メールを見て、遠子は息苦しくなる。
たくさんの招願叶。それぞれに願い、もしくは呪いを掛けていたとしたら。
考えていると、激しい雷と振動。それと同時に一瞬停電する。
「願いを叶える力があるのなら、ソレは呪詛を掛けても同じ意味になるのか」
遠子は呟く。
「人間って、やっぱり恐いな」
深い溜息混じりに呟いた。
翌朝。昨日の夕立のお陰なのか、今日は空気が爽やかに感じる。
遠子は、出来上がったレポートを持ち、大学へと向かう。
「美馬さんは、熱心ですね。レポートの感想はまた後日に。ところで、アナキティドゥスへは行かれましたか?」
輪教授は、いつも、穏やかでニッコリとした顔で話す。問われて、遠子は残念そうな表情を浮かべ
「まだ。すごく行きたいのですが、遠いので……、でも、夏休み中には行くつもりです」
と、答える。
すると、輪も残念そうな顔で
「そうですか。でも、必ず行ってみてください。店主に、美馬さんのことを話したら、ぜひお目にかかりたいと、言っていましたから。―ところで、最近、流行している願いが叶うというアイテム・招願叶を知っていますか?」
輪は、机からチラシを出して、渡す。
「はい。なんだか、皆が持っていますよね。アレ。デザインで一目見て、判ります。他にも似たような物があるのに、なんでって思います」
「そうですね。その様なアイテムは、”ずっと昔から”、たくさんあります。時代とか文明とか国に関係なく、願いを叶えるという呪いのアイテム。まあ、社寺の御守とは少し違いますけど。どちらかというと、パワーストーン系ですかね。でも、招願叶は……」
少し複雑そうな表情を浮かべる。その表情を見た遠子は
「教授も、ご存知なのですか? 招願叶に関する噂を」
と、問う。
「ええ。あまり詳しくは知りませんが。なんでも、願いが成就すると死んでしまうと、いう話くらいですけど」
答えた、輪の表情は意味深いものだった。
「そのような感じです。やっぱり何かあるのですか? ただの噂ではなく現実的なモノが。そっち方面では、江洲京子は願いがトップアイドルだったとかで、それが叶ったから死んでしまった。と。呪術的代償って、そのようなモノなのですか? 現実的ではないでしょうが」
「現代の現実的を反映させなければ、色々と、ありえないことではありませんよ。現代知識では、理解出来ないコトもありますし。それに、ただの偶然かもしれませんし。でも、絶対無関係だとも言えません」
何故か、にこやかな表情で答え
「メールが来ました。スパムなのか、学生のイタズラなのかは解りませんが。ね」
その表情に、遠子は内心、ドキッとする。
「それは、招願叶の?」
「ええ。まあ。オカルト関係からホラー、新興宗教系のサイトをネットサーフィンしていますから」
と、答える。
輪教授は、大学でも有名な変わり者。なんとなく、解る気がした。
「どうかしましたか? ところで、招願叶に何か、こだわっているみたいですが、なにかあるのですか? すでに、持っているとか?」
輪は、興味深けに問う。
「いえ、私ではなく、エリカさんです」
遠子が答えると、輪は細い目を丸くして
「城田エリカさん。彼女の様な人でも、招願叶に縋りたい願いがあるとは」
納得できないのか、反芻する。
遠子は、コレまでのことを説明した。
「なるほどねぇ。人の欲望は尽きないし、色濃い沙汰ほど、ドロドロとしたものはありませんから。美しく醜い感情ですね。―美馬さんは、一つだけ願いが叶うとしたら、何を叶えたいですか?
溜息混じりに答え、一呼吸してから、問いかけた。
その問に、遠子は黙ったまま首を振る。
「……そうですか。まぁ、いくら願いが叶うアイテムとはいえ、叶わないコトもありますからね」
輪は、何処か寂しげに言い
「ならば、早く、アナキティドゥスへ行ってみるべきですよ。店主は、貴女を待っていますから。店主は、人生相談もやっています。ただ、気まぐれですけど」
「頑張って、行きます。―では、失礼します」
自宅に帰った遠子は、アナキティドゥスのHPを見つめて、何度も溜息を吐く。
「電車を乗り継いで、三時間はかかる。乗換の時間が長いから、もっとかかる。日帰りは、難しい」
時刻表と路線図、アナキティドゥスのHPを交互に見る。
「アナキティドゥスの近くには、泊まれる場所は無いし」
うーんと、悩んでいると、エリカからメールが来た。
[私の願いは、叶ったけれど。また、ストーカーが現れたよ。せっかくの幸せを邪魔しないで、欲しいわ。ねえ、ストーカーに邪魔されないように、招願叶に願えば良いのかな?]
遠子は
[それは、警察に相談しないと」
[相談したよ。でも、きちんとしてくれるかは、不安。だって、ずーっと付き纏っている気配がするの。プロのストーカー。うちのセキュリティも仕事してくれないし。みんな、無能なのよ」
返信が来る。遠子は、なんだか嫌なモノを感じた。エリカは、他人を悪く言ったり蔑むことは口にしない。したことを聞いたことがなかったから。
[なんだか、大変そうだね。気をつけてね]
返信すると、なんだか疲れた。
「まさか、ね」
思い過ごし。そう自分に言い聞かせる。
自分が知らなかった、エリカの一面だと。
いつものチャットルームには、珍しく誰もいなかったので、遠子は溜まっている本を読む。
学生向けのマンションでは、本を集めると狭くなる。
ベッドで横になり、読んでいるうちに、遠子は眠ってしまった。
翌朝、遠子は携帯電話の着信音で、目を覚ました。
出ると、友人の春菜からだった。
「と、遠子」
まだ、ぼやける頭で
「あ、おはよ」
と、言ったが、春菜は、早口で
「た、た大変、エリカが、エリカが」
繰り返す。遠子は、やっとハッキリした頭で
「エリカさん、どうしたの?」
昨日の、メールを思い出す。
「エリカ、死んじゃった」
春菜は、泣いていた。
「え、どういうこと? 昨日の夜、メールしたばっかり―。なにがあったの?」
招願叶が、頭を掠める。
「う、うう。私も友人から、聞いたのだけど。今日の朝、早く、駅前公園で倒れているのを、犬の散歩の人が見つけたんだって、信じられない、よ」
その声から、動揺が伝わる。
―今日の朝?
遠子は、時計を見た。時間は昼過ぎ。時計を見つめていると
「ちょっと、遠子、聞こえている?」
「う、うん、驚いて」
―エリカさんと、春菜が仲が良かったの?
「遠子、出てこれる? 会って、話したいことがあるの」
「いいけれど、待ち合わせは?」
「駅前公園の近くにある、カフェ。私、これから向かうから」
と、電話を切る。
まさかのことに、遠子は動揺する。あのメールから、数時間しか経っていない。あのメールが、最後?
本当に?
招願叶の噂が関係してるのか?
遠子の心の中に、今まで感じたことのないモノが湧き出していた。
春菜との待ち合わせ場所へ、遠子は急いで出かけた。
駅前公園は、大学への近見。小さな公園だけど、色々とあるので、時間つぶしの場所として、皆利用している。カフェは、その公園が見渡せる場所にある。
エリカのメールの文面。ストーカーに怯えていたということ。
そして、渦中に招願叶があるとしたら?
願いが叶って嬉しそうにしていた。だけど、噂が本当だとしたら、願いが叶う=死んでしまう。
遠子は、電車の窓から風景を見つめて、考え込んだ。
駅の外に出ると、公園の入口には、黄色のテープが張ってあり、警官が立っていた。公園の中にも、数人の警官が動いていた。それを遠巻きに見ている野次馬。
すでに、春菜は待ち合わせの場所に来ていた。
「ごめん。呼び出したりして」
一番奥の席に、春菜は座っていた。
「いや、いいよ。春菜って、エリカさんと仲が良かったの?」
向かいに座り、遠子は言う。
「お茶する程度。エリカ、一見、友達が多そうだけど、実は少ないんだよ。で、エリカとは昨日、たまたまデパートで会ったの。その時に、さ。彼とようやく両思いになれたって、嬉しそうに話してたんだ」
春菜は、複雑な表情を浮かべる。
遠子の頭の中には、招願叶が浮かんでいた。
「そう言えば、エリカさん。また、ストーカーに付き纏わえているって。メールが来ていたんだ。犯人は、そのストーカーとか?」
遠子は、招願叶のことを打ち消そうとする。
「さあ。まだ、犯人の情報は。うーん、ここからの話は、遠子にしか出来ないことなんだけれど」
「エリカは、妻帯者を好きになってしまって。かなり、奥さんに対してキツイことを言ってたとか。それに、裏で手を回したとかって噂もあるの。それで、奥さんは……」
春菜は声を潜めた。
「自殺。それで、奥さんの祟りだったりして」
と、言った。
遠子は、お茶を吹きそなる。
「ど、どうして、そう思うの?」
「なんとなく。一番幸せな時に、復習って結構あるじゃん。ふと、そう思ったんだけど。エリカって、男子からは、憧れてきに好かれていたけど、女子からは嫌煙されていたんだ。皆、表面上は仲良くしていたけどね。表面上は仲良く見えても、陰では色々言われてたよ。嫌いな人は、とことん嫌ってたから。まあ、お嬢様だったからなのか、そんなことは気にせずって、そこがまた嫌われてた原因。私は、そんなこと気にせず仲良くしてたけど」
溜息混じりに言い、春菜はコーヒーを啜った。
「そうなんだ。皆、仲良さそうだったのに。エリカさん、不幸だから幸せになりたいって、口癖だった。それで、願いが叶うアイテムを、知らないかなって、聞かれたよ。私は、その様なものは信じていないから、エリカさんには直感で決めればとは、アドバイスしたけれど。よりによって、招願叶を買うなって。しかも、たくさん」
遠子は、言う。
「ああ。死んだ、江洲京子がCMしていた、アレ」
と、春菜。
「でも、エリカが、よくあんなダサい物に縋ってまで、幸せになりたいとか、ちょっと理解出来ないかも。好きになるのは仕方がない。でも、よりによって、妻帯者を、ね」
春菜は、深い溜息を吐いた。
「―エリカ。凄く嬉しそうだったのに。幸せになれたって。ところで、変な噂を聞いたんだけど。招願叶で願いが叶うと死ぬという、噂。遠子、詳しくない?」
その言葉に、遠子はコップを落としそうになる。
「し、知ってるけれど。何処で聞いたの?」
春菜は、同じゼミだといえ、特別、オカルトに詳しくは無いし興味も無いはず。
思っている以上に、広がっているのかな、と、遠子は思った。
「その噂を信じるのなら、エリカの死は、そのせいだと思っている?」
その問に、遠子は頷いた。
「ふーん、やっぱりね」
意味ありげに、笑う。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「エリカの死は、共通の知人から聞いた。その知人の友人は、警察筋から聞いたの。たまたま、エリカに電話した時、その時すでに、エリカは死んでいて、警察は現場検証していた。刑事が出てたの。
それとは別に、私がエリカに会った時、エリカに黒い影が付き纏っていたのを見たの。私、時々、そういうモノを見るから。凄く気になってしまったんだけど、どうすることも出来ないし……。その黒い影が関係しているのかなって。―こんな話は、遠子か兄にしか出来ない」
言って、大きな溜息を吐いた。
「それって、幽霊だったの?」
「さあ、そこまでは。嫌な黒い影ってことくらいにしか」
「春菜のお兄さん、確か、翔さん?」
春菜は、頷いた。
「お兄さんも、オカルトオタクだっけ? そうは、見えなかったけど」
遠子は、昔を、思い出す。
「うん。普段は隠している。多分、オカルトサイトやオフ会で、会っていると思うよ? 気づかなかった?」
と、春菜。
「え、誰だろう。気付かなかった」
遠子は、思い出そうとする。もともと、人見知りな上、他人の顔を覚えるのが苦手なので、顔と名前が一致しない。
「ネット上では、ルルイエと名乗っていたけど」
くすっと、笑って言った。
「え? ルルイエさん……。が、翔兄ちゃん?」
遠子は驚いて、春菜を見た。
「うん。部屋にオフ会の写真が、あった。遠子も写ってたから。それに、兄さんも、遠子の事話してたから。でも、気付いてくれなかったって、言ってた」
「ルルイエさん、が、翔兄ちゃん。どうりで、色々と……。でも、どうして、ヴィジュアル系入ってるんだ?」
ああ。と、いう顔をして、遠子は言った。
「さあ。別に、構わないし、自由だと思うけど、時代遅れなんだよねぇ」
春菜は、困った笑みを浮かべて言った。
「話戻すけれど、エリカさんの死因とか真相とか、どうなるんだろう」
「昨日の今日だから、ね。科捜研の調べは、これからだろう。でも、もし祟りだの呪いだので、死んじゃったんだと言っても、警察は取り合わない。例え、その様な力が働いたとしても」
「だよね。なにか、判ったら、教えてよ」
「うん。連続変死事件と、絡んでいるかくらいしか、聞き出せないけれど」
春菜が、答えた時だった。春菜の携帯電話が鳴った。メールだったのか、しばらく画面を見つめ。
「これから、友人がエリカの家に行くって、さ。遠子、一緒に行く?」
春菜が問う。
遠子は、首を振って
「エリカさんとは、そこまでの付き合いでは無いし。落ち着いたら、また」
と、言った。
「気まずいかな?」
「うん。両親には会ったことないし。いきなり行っても」
「そうだね」
春菜は、メールを返信しながら言った。
「なにか、判ったら教えて」
店を出ながら、言った。
「うん。―マスゴミ、また増えてるね」
春菜は、駅前から公園周辺に集まってきている、カメラを構えている人々や、テレビ局の車を見て言った。
「やっぱり、繋がっているのかな。一連の変死事件と招願叶」
遠子は、公園の方を見て言った。
駅で、春菜と別れて、自宅へと帰る。
気が重たかった。特別、親しいというワケではなかったけれど、遠子にとっては、数少ない知人。
そういう人が、死んだのは初めてだった。
もし、本当に招願叶が原因で、エリカが死んだとしたなら。
もう少し強く、危険だと告げなかった、自分にも一因があるのだと、悔やんでしまう。
「それにしても、ルルイエさんが、あの翔兄さんだったとは……驚いたな」
遠子は、呟いた。
一息吐いたものの、どっと疲れを感じる。
招願叶のチラシに、体験談を嬉しそうに語る、江洲京子。他の体験者も笑顔だ。
なんだか、虚しさとともに恐ろしさを感じた。
夕方のニュースでは、エリカの事が取り上げられていた。
特別見たいテレビ番組があるわけでもなく、点けっぱなしのテレビ。
心が落ち着くというハーブティーを飲みながら、ぼーっとしていると、緊急特番が始まった。
本来なら、今日は、江洲京子の特番だったらしく、それが、本人の追悼番組に変わったという。
スタジオに造られて祭壇には、ニッコリ笑う江洲京子。その手首や首には、招願叶。
遠子には、京子の顔より、招願叶の方が存在感があり、キラリと光っていた。
人気絶頂のアイドルの、変死事件は様々な憶測が広まっている。
急遽、生放送なのかバタバタしている。
番組には、招願叶の参神同念会の会長、無命正寿が出演していた。
遠子は、ゾッとした。写真はともかく、映像では、その嫌な感じが滲み出て来ていた。
無命は、京子と招願叶について、語り始めた。
「京子さんは、きっと神に愛されていたのでしょう。故に、一番輝いている時に、お召になったのかもしれません。ですが、なにも、あんな事件で命を奪われるとは。私としても、残念です」
丸めているのか剥げているのか、頭にライトが反射している。頭とは反対に、顎には長く蓄えられた髭。
細身の体の割には、大きく見開かれた目。その表情は、何処か病的なものだ。
無命の声を聞いているうちに、遠子は気分が悪くなってきた。
京子の無惨な死には、現実の犯人がいるとして、もともと京子は死する運命だったとでも言いたいのか。
その様な事は関せずと、無命は己の変な解釈とともに、招願叶の話を宣っている。
追悼番組よりも、招願叶と参神同念会の話が中心になっている感じがする。
これじゃあ、説法会。
番組としての企画なのか、無命が勝手をしているのかは、判らないが。
とにかく、見ていると、気分が最悪になったので、遠子は急いでテレビを消して、大きく息を吐いた。
テレビを消すと、部屋は静まり返る。エアコンの風の音が聞こえる。
遠子の住んでいるマンションは、利便も設備も良いのに入居率が少ない。
”いわくつき物件”
あえて、そこを借りたのは、家賃が安いから。
オカルトオタクならではの感性。
「幽霊が出るんじゃんくて、ここは神様の通り道だから。ある意味、曰く付きなのはしかたがない。住むのなら、近所の神社に挨拶に行けば、いいだけ」
遠子は、曰く物件に住んでいることを聞かれる度に、そう答えていた。
静になると、エリカの事を考えてしまう。何度も溜息を吐いて、ハーブティーを啜る。
日課の、オカルト系サイト巡りや、日記と雑記かわりのブログも書く気力も出ず、少し早いけれど、眠ることにした。
蠢くモノ
気がつくと、遠子は、暗く湿り気のある空間に立っていた。異様な臭いと気配が、充満していて吐きそうになる。
「……ぬしさま。贄を、ぬしさまのひがん、ぬしさまの……」
おどろおどろしい声が、深淵から響いてくる。その声は、同じ言葉を繰り返している。ずっしりと重いなにかが、纏わりついて、とても嫌な気分になる。
「夢?」
遠子は、呟き、声の主がいると思われる、闇の中を見つめる。
しかし、姿は見えず、嫌な声だけが響く。
その闇に、眩い閃光が走り、遠子は思わず目を閉じた。
目を開くと、自分の部屋だった。
激しい雷雨。カーテンの隙間から、雷の光が入って来ている。
「―嫌な、夢。明晰夢? 変な感じが残ってる」
体を起こして、呼吸を整える。
なんだか、体が酷くダルく、凄く喉が渇いていた。
冷蔵庫から、冷やしておいたハーブティーを出し、一気飲み干す。
―あれが、夢で良かった。
内心、思う。
そとからは、打ち付ける風雨の音。
時計を見ると、まだ五時前。
早めに寝たから、早く目が覚めたのかな。
ベッドに腰をおろし、窓の外を見つめた。
ふと、携帯を見るとメールが転送されて来ていた。
遠子は、大きく伸びをして、PCを起動させた。
行きつけのサイトを回って、メールを開く。メールは、ルルイエからだった。
[ラムー・美馬遠子様
いつも、チャットで話している、ルルイエです。先程、妹の春菜から、色々と聞きました。エリカさんの事は、残念です。もう解ってはいるのかもしれないけれど、招願叶の噂は本当です。何故かというと、僕自身、ソレを確認したからです。何故かというと、今、僕は、法医学を師事していて、何度も検視に立会ました。僕が師事している方は、変死体専門の法医学者。最近の変死体事件を扱っています。
御遺体の共通点が、招願叶だと気づきました。どの御遺体も、最近、願いが叶ったと嬉しそうにしていた人ばかりだった……。流行りで招願叶を持っていただけの人も、いたでしょう。でも、変死体の共通点をあげろと言ったら、招願叶しかない。それで、ある人と相談の上、あの噂メールを出したのです。
このことは、ある人達と僕、そして、遠子さんの間の秘密にしておいてください。時がくれば、表に出る事かもしれませんし、表には出せないまま終わるかもしれませんが。
それより、アナキティドゥスへはもう行かれましたか? 桃子さんのことを、お待ちしているのことです。それでは、またお会いしましょう。
ルルイエ・桐翔矢]
「ルルイエさんが、おとなしく地味な翔兄さん。小学校以来かぁ、何年ぶり? いや、オフ会では再会してたんだよね。私が気付かなかっただけで。それより、検視官が噂を流して大丈夫なのだろうか? それにしても、皆、どうして、アナキティドゥスを勧めるのだろうか。確かに行きたいけど」
遠子は、アナキティドゥスのHPへと行き、店の地図をプリントアウトする。そして、カレンダーを見て頷いた。
それから遠子は、赤ちゃんの頭ほどある、水晶玉を抱え布で磨く。部屋の棚には、様々な形のパワーストーンが飾ってある。それらを磨いたり、光にかざしたりするのが、ささやかな趣味でもあった。
水晶玉を磨きながら、光にかざしていると、携帯電話が鳴った。
春菜からのメールで、エリカの告別式が三日後にあるから、一緒に参列して欲しいと、いう内容だった。
「盆入の日に、告別式? お別れ会でなく? でも、その日は……」
カレンダーを見つめる。
「帰りは終電になるかも」
エリカの告別式には、遠子が思っていたよりも、たくさんの人が参列していた。春菜とは、少し言葉を交わした。
祭壇は、白一色の花で飾られていた。中央に、エリカの遺影が安置されている。
その遺影を見て、遠子は顔が引き攣るのを感じた。
なんで、招願叶。
幸せそうに微笑むエリカ。最近の写真。手首と首には、招願叶のアクセサリー。
よりによって。遠子は内心、呟く。写真が他になかったのかと。
大企業の娘とあってか、そちらの関係者も多く参列していた。
残忍な事件で、一人娘を失った両親は、放心状態で虚ろな目で祭壇を見つめている。両親に代わり、会場を仕切っているのは、家の者なのか、会場スタッフなのかまでは、遠子に判らない。
そんななか、会場の中からヒソヒソと話す声。
「ストーカーに、つきまとわれていたそうよ」
「フラれた男に、復習されたとか」
「最近、略奪した男がいたそうよ。その相手の女に……」
など、聞き取れただけで、酷い内容のものまで。
故人の前で話すことないのにと。
―エリカさん。本当は、皆に嫌われていたのかな。でも、これは、ただの殺人事件じゃあないかもしれない。招願叶が関係している。アナキティドゥスに行く。皆が勧めるのなら、答えがあるのかもしれない。
告別式が終わり、外へと出ると、刑事らしき人、マスコミがいた。
社長令嬢だからなのか、それとも一連の変死事件を追っているのか。
―招願叶ではなく、ストーカーや怨恨の方が……。
罪悪感なのか、それともエリカの悪い噂の方が原因と、思いたい。
遠子は、エリカの出棺を見つめていた。
駅で時計を見ると、二時を少し過ぎていた。アナキティドゥスの地図と時刻表を見て、頷く。
お盆とあってか、いつもより人が多い。特急電車に乗り、アナキティドゥスを目指す。
ずっと行きたかった。胸がドキドキしているのが、解る。よく、恋焦がれるというけれど、それに近い感情なのかもしれない。
電車を乗り継いで、アナキティドゥスがある町へ。そこから、徒歩で目指す。
太陽は、沈みかけている。少しづつ日が短くなっていた。時刻は午後六時。
歩きながら、皆が勧める理由を考えてみたけれど、オカルトオタクなら、一度は行ってみたら的な理由しか解らない。自分が惹かれる理由も、それなのか? それとも別に理由があるのか?
考えながら歩くが、答えは解らない。
駅前の商店街と住宅地の間、その路地裏にひっそりと、だけど存在感のある店があった。




