VRMMOの魔王討伐中に腹が減ったのでピザを頼んだら、配達員が次元を裂いて世界を救ってしまった件
俺は田中勇気、三十一歳のフリーター。実家暮らしのデブである。
いや、デブって自分で言うのもアレだけど、実際そうなんだから仕方ない。
身長は170センチで体重は90キロ。立派なデブだ。
まあ、たくさん食べるのが好きなんだから当然といえば当然なんだが。
そんな俺が最近ハマっているのが、フルダイブ型VRMMO『エターナル・クエスト・オンライン』、略してEQOだ。
フルダイブってのは、専用のゴーグルを装着すると意識がゲーム世界に完全に没入するタイプのVRMMOのことで、要するに五感全部でゲームを体験できるすごいやつだ。
視覚も聴覚も触覚も全部リアルに表現されてる。
なんとゲーム内では匂いまで再現されていて、最近の技術はここまですごいのか…と感心する。
ただし、そんな神がかっているこのEQQにも一つだけ欠点がある。
ゲーム中は現実の体の感覚も遮断されるんだが、空腹感だけは完全に遮断できないらしい。
噂によると健康のためだという説や、技術の限界などいろいろあるそうだが、俺みたいな食いしん坊には地獄の仕様である。
そして今日、俺はついにEQOのメインストーリーの最終目標である魔王討伐イベントに参加していた。
「よっしゃあ! ついに魔王城まで来たぞ!」
俺の前には、黒い城の奥に鎮座する巨大な玉座がある。
そこに座っているのは、全身から瘴気を放つ魔王ダークロード・ゼファーだ。
身長三メートルはあろうかという巨体に、漆黒のローブ。頭には禍々しい角が生えている。
「よくぞここまで辿り着いた、人間よ」
ドスの効いた声が響く。なかなかかっこいい!やっぱりVRMMOは臨場感が違うなあ。
「くらえ、魔王! 俺の必殺剣!」
俺は愛用の鉄剣を振りかざして突進する。
ちなみに俺のキャラは特に強くない。レベルは平均的だし、装備も普通。
でもこのイベント、実は大人数参加型のイベントで、既に他のプレイヤーたちが魔王のHPを削りまくってくれていたのだ。
俺はその最後の仕上げに参加しているだけである。
「ぐはっ……!貴様…!」
魔王のHPゲージが、俺の一撃でついに残り一割を切った。
「やった! あとちょっとじゃん!」
その時だった。
グゥゥゥゥ……。
俺の腹が、盛大に鳴った。
「あっ……」
まずい。そういえば昼飯食ってない!
メニューバーの時計を見ると午後3時を過ぎていた。そりゃ腹も減るか…
「うっ……お、おなかすいた…」
空腹を意識すると空腹感が一気に押し寄せてくる。
さっきまで戦闘に集中していたから気づかなかったが、もう限界だ。
俺は空腹に弱いデブなのである。
「ちょ、ちょっと待ってくれ魔王!」
「待てと言われても……」
魔王が困惑した顔をしている。
そうだ、確かこのVRゴーグル、装着中でもスマホの操作ができるはずだ。
視界の端に現実世界のスマホ画面を表示できる機能があった。
確か緊急時用の機能だが、今はまさに命が関わる緊急事態である。
俺は素早くメニューを開き、スマホ画面を表示させた。
「あ、あの……人間よ?」
「ちょっと黙ってて! 今すごく腹減ってんの!」
俺は宅配アプリを開いた。
30分以内に配達してくれることで有名な大手チェーン店を選び、宅配メニューを開く。
よし、Lサイズのミックスピザと、ついでにチキンも……いや、ポテトも追加だ。
それからコーラも2リットル。完璧。
注文完了。
配達予定時刻は……25分後。
「よし! 25分待てば飯が来る!」
「いや、貴様待て…」
魔王が真面目な顔で言った。そういえば目の前の飯のことで魔王のことを忘れていた…
「お前、今このゲームの中から現実世界の宅配を注文したのか?」
「そうだけど?」
「そのゴーグル、キリがいいところまでいかないと外せない仕様だろう?」
「あっ……」
その通りだった。
このゴーグル、戦闘中や重要イベント中は安全のため強制的にログアウトできない仕様なのだ。
つまり魔王を倒すまで、俺は現実世界に戻れない。
「あ、あの、魔王さん?ちょっと待っててもらえます?大体…25分くらい」
「いや、無理だろう」
魔王が呆れた顔をしている。
「この戦闘は制限時間があるのだ。あと15分ほどで貴様はタイムアップだ」
「マジで!?」
画面の端を見ると、確かにカウントダウンが表示されている。
残り時間は15分3秒。
どうする。どうすればいい…?
このまま戦闘を続けて魔王を倒せば、ゲームは終わる。
でもその頃にはピザが届いている。
玄関に誰もいなかったら、配達員さんと俺の大事な飯が困る。
いや、待てよ。
母親が家にいれば受け取ってくれるかもしれないか?
あ…でも今日は母親、パート先の忘年会で夕方まで帰ってこないんだった。ちなみに父親は出張中なのでそもそも家にいない。
これは完全に詰んでいる。
「く、くそぉ……!」
俺は魔王に剣を向けたまま、じっと耐えた。
待つしかない。ピザが届くまで、この戦闘を引き延ばすしかない。
「お、おい、人間? なんで攻撃してこない?」
「いいから待ってて! あと23分!」
その時だった。
ピキィィィィン!
大きな音と共に、目の前の空間にヒビが入った。
「な、なんだ!?」
魔王が驚いて立ち上がる。
玉座の真上、天井の辺りから、空間に亀裂が走っていく。
まるでガラスが割れるような音を立てて、次元そのものが裂けていく。
「これは……転移魔法か!?いや、違う!これは……!」
魔王が何かを察したように目を見開いた。
そして次の瞬間。
バリィィィィン!
空間が完全に砕け散り、そこから1人の男が飛び出してきた。
「お待たせしました~ピザの配達です!」
爽やかな笑顔の青年だった。
配達員の緑色の制服を着て、大きな保温バッグを背負っている。
歳は20代半ばくらいだろうか。
「は……?」
俺は呆然とした。
当たり前に魔王も棒立ちで呆然としている。
配達員の青年は、空中に出現した足場……いや、これピザの箱だ。
ピザの箱が空中に浮いていて、それを足場にして青年が立っている。
「田中勇気様のお宅はこちらでよろしいでしょうか!」
「は、はい……そうですけど……」
「ありがとうございます!Lサイズミックスピザ、フライドチキン、フライドポテト、コーラ、以上の4点でお間違いございませんか!」
「あ、はい……」
「かしこまりました! それではお届けに上がります!」
青年がピザの箱の足場から飛び降り、こちらに向かおうとしている。
その瞬間、魔王が反応した。
「待て貴様!誰だか分らぬがここは魔王城だぞ!貴様のような人間が勝手に足を踏み入れれる場所ではない!」
魔王が手を振り上げる。
漆黒のオーラが収束し、巨大な闇の槍が形成される。
「滅びよ!ダークネス・ランス!」
闇の槍が配達員に向かって放たれた。
が。
「失礼します!」
配達員は保温バッグからピザの箱を取り出し、それを慣れた手つきで盾のように構えた。
ガキィィィィン!
闇の槍が、ピザの箱に当たって弾かれ、何事もなかったかのように宙に消えた。
「な、なにっ!?」
魔王が驚愕の声を上げる。
「私どもピザ・ファストは、お客様とのお約束を何よりも大切にしております!いかなる障害があろうとも、商品は30分以内に必ずお届けいたします!」
配達員が力強く宣言した。
そして次の瞬間、配達員の周囲に黄金の光が溢れ出した。
「これは……!?」
異常すぎる光景に困惑していた俺の目の前に、システムメッセージが表示される。
『警告:ゲーム世界に未確認の上位法則が介入しました』
「じょ、上位法則……!?」
魔王が震える声で言った。
「バカな……この世界の魔法体系を超越する存在だと……!?」
「お客様、こちらにサインをお願いできますでしょうか!」
配達員が俺の前に立ち、端末を差し出してきた。
「あ、はい……」
俺は夢遊病者のようにサインをした。VR内でも良かったのだろうか?
「ありがとうございます!こちらが商品になります!それではまた当店をご利用ください!」
配達員がピザの箱を俺に手渡そうとした、その時。
「待て待て待て!ふざけるな!」
我慢できなくなったであろう魔王が叫んだ。
いや、そりゃそうだよな、ツッコミたくなるわ…なんて俺も考えていた。
「ここは貴様のような一般人が来る場所ではない!とっとと帰れ!」
そういいながら魔王が再び攻撃魔法を放とうとする。
が、配達員は笑顔で言った。
「申し訳ございません。お客様の受け取りを妨害する行為は、配達妨害と見なされます」
瞬間、配達員の手に持っていたピザの箱が、眩い光を放った。
「な、なんだこれは……!」
その直後、魔王の体が、光に包まれて動かなくなった。
『配達妨害を検知 配達規約第七条に基づき、妨害者を強制排除』
システムメッセージが表示される。
「ちょ、ちょっと待て!俺は魔王だぞ!この世界のラスボスで、最強の存在だぞ!」
「はい、こちらお客様のLサイズミックスピザです!アツアツですのでお気をつけください!」
その瞬間、信じられないと思うのだが……配達員が、ピザの箱を魔王の顔面に向かって投げつけた。
バァァァン!
ピザの箱が魔王の顔面に直撃する。
「ぐはぁっ!?」
魔王が吹き飛んだ。
いや、吹き飛んだというレベルじゃない。
魔王城の壁を突き破り、さらにその先の山まで吹き飛んでいった。
目の前には大きな穴が魔王が吹き飛ばされた山まで繋がっている。
ドガァァァァン!
遠くで爆発音が響く。
『魔王ダークロード・ゼファーを撃破しました』
『イベント「魔王討伐」達成。報酬を獲得しました』
システムメッセージが次々と表示される。
「え……魔王倒しちゃったんだが…」
そんな困惑どころの話じゃなくて固まっている俺に、配達員はピザの箱とチキンなどが入った袋を手渡し、相変わらず爽やかな笑顔で言った。
「本日はピザ・ファストをご利用いただき、ありがとうございました!またのご注文をお待ちしております!」
そう言うと、配達員は再び空間を切り裂いて、(??)元の世界へと帰っていった。
後には、ピザの箱を持って立ち尽くす俺だけが残された。
「……なにが起きたんだ?」
一旦、俺は震える手でピザの箱を開けた。
中には、湯気を立てる美味しそうなミックスピザが入っている。
チーズがとろとろで、具材もたっぷり。めちゃくちゃうまそうだ。
グゥゥゥゥ……。
腹が鳴った。
「ま、まあいいか。とりあえず食おう」
俺はゲームの中で、現実世界のピザを食べ始めた。
うまい。めちゃくちゃうまい。
そして不思議なことに、ゲーム内でもちゃんと味がする。これってゲーム内でもアイテムになってるんだな…
VRMMOの五感再現機能のおかげだろうか。いや、でもこれ現実のピザだから味がするのも当たり前なのか?
もう何が何だか分からない。
俺はピザを食べながら、ログアウトボタンを押した。
翌日。
俺は『ピザ・ファスト』の店舗前に立っていた。
昨日ゲームで起こったことが気になって、直接あの配達員に話を聞きに来たのだ。
「あ、昨日のゲームの…田中様!」
店から出てきたのは、あの配達員の青年だった。
「お、おう……昨日はどうも」
「いえいえ、こちらこそ!配達先がゲームの中だったのは初めてでしたが、無事にお届けできてよかったです!」
「あのさ……あれ、どういう仕組みなの?」
俺が尋ねると、青年は首を傾げた。
「どういう、とは?」
「いや、空間を切り裂いてゲームの中に来たじゃん。それで魔王倒したじゃん」
「ああ、それは規約ですよ」
「規約?」
「はい。弊社では『30分以内に必ず配達する』という規約がありまして。
それを守るためなら、どんな場所にでも配達に伺います。異世界だろうが、ゲームの中だろうが」
「そんなバカな……」
「バカじゃないですよ。規約ですから」
青年は真面目な顔で言った。
「それに、配達を妨害する存在は、規約違反として強制排除されます。
あの魔王さんも、配達を妨害しようとしたので排除されました」
「じゃあピザの箱が魔王を吹き飛ばしたのも……」
「規約の力です。配達物は絶対に傷つけてはいけませんから、最強の防御判定がついています。そして配達を妨害する者には、相応のペナルティが課されます」
青年がにっこり笑った。
「ちなみに、田中様は配達員に興味ありませんか?」
「え?」
「実は人手不足でして。VRMMOの世界にも配達できる人材を募集しているんですよ。現状あそこに配達ができるのは僕一人で…田中様、ゲームがお好きなんですよね?」
「ま、まあ……」
「でしたら是非!ゲーム内での配達業務、やってみませんか?
給も悪くないですよ。それに、配達員になればこの規約の力を使えるようになります!」
俺は一瞬考えた。
規約の力。つまり、あの魔王を一撃で倒した力。
それを使えるようになるということは……。
「あの、それって……」
「はい。ゲーム内ではほぼ無敵です」
青年が断言した。
「配達のためなら、どんな敵も倒せます。どんな障害も突破できます。それが規約の力です」
俺の脳裏に、一つのビジョンが浮かんだ。
ゲーム内で配達員として活動する俺。
ピザの箱を盾に、あらゆる敵を蹴散らす俺。
そして何より……定職に就ける俺。
「やります!」
俺は即答していた。
それから一週間後。
俺は『ピザ・ファスト』の配達員として、『エターナル・クエスト・オンライン』の世界を駆け回っていた。
「ピザ・ファストです!注文のピザをお届けに上がりました!」
俺がそう叫ぶと、目の前にいた古代ドラゴンが怯えた表情で道を開けた。
「は、配達員……!すまない、通ってくれ!」
「ありがとうございます!」
俺はドラゴンに礼を言って、目的地へと走る。
背中の保温バッグには、プレイヤーが注文したピザが三枚入っている。
配達制限時間は残り五分。余裕だ。
途中、魔物の群れが襲いかかってきたが、ピザの箱を構えただけで全員逃げ出した。
配達員の力、なかなかに恐るべしだな。
「お届けに上がりました!」
俺は目的地の街に到着し、注文主のプレイヤーにピザを手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
プレイヤーが驚いた顔でピザを受け取る。
「本当にゲーム内に届けてくれるんですね……」
「はい!弊社は規約を守ることが第一ですので!」
俺は笑顔で答えた。
そう、これが俺の新しい仕事だ。
VRMMOの世界でピザを配達する、次元を超えた配達員。
時給は良いし、母親も喜んでくれた。「ようやく定職に就いたのね!」って
しかも走り回るからちょっとずつ痩せていた。俺はあまり気にしていなかったが、まあ健康にもいいらしいし、いいことだらけだ。
そして何より、俺は今、ゲームの中で無双している。
配達のためなら、どんな強敵も口実にして倒せる。
「さて、次の配達は……」
俺はスマホに表示された次の配達先を確認した。
『配達先:魔界最深部・冥王の城』
「うわ、遠いな……」
でも大丈夫。俺にはこの最強の力の規約の力がある。
間を切り裂き、次元を超え、どこにでも届ける。
「よっしゃ、行くか!」
俺は保温バッグを背負い直し、空間に手を突っ込んだ。
ビリビリと次元が裂けていく感触。
この感覚にも、もう慣れた。
俺、田中勇気は今日も元気に、次元を超えてピザを届ける。
30分以内に、必ず。
【完】




