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モブキャラに転生した元最強の魔法使い、神剣を手に入れ無双する〜気づけば最悪だった前世と真逆の最高ハーレムライフが始まった〜

作者: 玖遠紅音

「はぁ、はぁ……げほっ……」

「さっさと消えろ悪魔の子! お前に売るモノなんかねえよ!!」

「なん、で……ぼく、なにも、わるいこと、してないのに……」

「はっ! 恨むんならそんな見た目に産んだ親を怨むんだな! それか神様にでも祈ってみろよ! 次は幸せな人生を送れますようにってな!」

「ぎゃははははっ!! 悪魔の子に来世なんかあるわけねえだろ!!」

「おっとそれもそうだったな! はははははっっ!!」


 ぼくは生まれながらにして、呪われし悪魔の子として忌み嫌われていた。

 右半身全体に悍ましい模様のようなアザが深く刻まれ、右目だけ結膜と瞳孔が逆で、それ以外にも人間を逸脱した様々な特徴を持っていたことから、生まれてすぐに両親に捨てられたらしい。


 その後、ぼくは魔女様に拾われた。

 魔女様は言った。

 お前は良い実験材料になる。だから大きくなって使えるようになるまで育ててやると。


 でも、魔女様は死んだ。

 ぼくが10歳の時に、干からびるようにして死んだ。

 凄い魔術を使う人だったはずなのに、あっさりと死んだ。

 あとで分かったことだけど、どうやらぼくは生きてるだけで近くの人の魔力を吸い取ってしまう化け物だったらしい。

 あの時は魔女様に罰だと言われて何日もご飯を貰えなくて、お腹が減ったぼくはついつい眠っていた魔女様に触れてしまった。

 何度も触るなと言われていたのは、きっとぼくの変な力のせいだったんだ。

 老いた体を魔力で強引に支えていた魔女様は、ぼくに魔力を吸い尽くされて死んでしまった。


 それからはずっと一人で生きてきた。

 どこへ行っても疎まれ、お金があるのにも関わらずものも売ってもらえない。

 ぼくは体が弱く、力も強くなかったから、いっぱい殴られ、蹴られ、奪われ、そして追い出された。

 いっそ死んでしまおうかなと何度も思った。

 でも、あの時吐き捨てられた言葉が、いつまでも僕の耳から離れなかったんだ。


「神様なら、次はもっと、幸せな人生、送らせてくれるのかな……?」


 あの時、ぼくを蹴った人は言った。神様に祈れと。

 でも、ぼくなんかが祈ったって、きっと神様は気づいてくれない。

 だから、ぼくはその日から、神様を呼び出す方法を考えることにした。


 ♢♢♢

 

 あれから、何十年経っただろうか。

 魔女の家で見つけた奇跡の魔法――神霊召喚を実現するために、ありとあらゆる手を尽くしてきた。

 幸いにして、俺には魔法の才能があった。

 この呪われた体は、徹底的に鍛え上げることで無限にも近しいほどの莫大な魔力を扱うことが出来るようになった。

 弱り切っていつ死んでもおかしくない、やせ細ったボロボロの体を魔術で無理に延命しながらも徹底的に研究を重ね、ついに今日、その最後の魔法を行使するためにある場所を訪れていた。

 

 荒廃した大地。天と地を繋ぐような、ボロボロなくせに圧倒的な存在感を放つ巨大で神秘的な遺跡。

 神去(かむさり)の地と呼称されるこの地は、その名の通り神の恵みを失い、もはや人類が生存できる空間とは言えない場所になっていた。

 だが、この地にはまだ地上にいたころの神々が暮らしていた場所らしい。

 今となっては地上を離れ、天へと昇ってしまった神々だが、この地がその天界と地上を繋げる唯一の場所と成り得るだろうと、長年の研究から俺は確信していた。


 俺はくたびれたの大地に超巨大な魔法陣を描き、柱状の魔導具を指定の場所に設置する。

 そして中央に立ち、膝を付き、右手を魔法陣の中心に添える。

 もう何度失敗したか分からない。だけど今回は絶対に成功するという確信がある。

 否、失敗したらもう次はない。次に失敗したら俺の体は耐えきれず、死んでしまうだろう。

 だから絶対に成功させなければならないのだ。


「神霊召喚――頼む!!」


 ほぼすべての魔力を注ぎ込むことで、魔法陣は蒼く輝き始める。

 七色の柱もそれぞれの色を主張するように激しく光りだし、天に向けて激しい稲妻が()()()()()のが分かった。

 精霊すら寄り付かない虚無の大地で魔力を循環させるのは非常に難しい。

 本来ならば複数人で分担してやるべき作業を、俺はたった一人でこなしていた。


「――っあ!?」


 マズい! 魔法陣が暴走し始めた。

 稲妻の勢いが強すぎる。

 このままでは魔法陣が焼き切れて術式が崩壊する。

 俺は飛びそうな意識を強引に引き留めながら、最後の力を振り絞って修正する。

 そして俺の視界が真っ白に染まっていくと同時に、体が急激に軽くなるのを感じた。


(……どうだ? 成功、したのか……?)


 ああ、意識が遠のいていく。

 ダメだ、体がもたなかったんだ。

 もう、指一本動かせない。


「く、そ……おれの、たった、ひとつの、ゆめ……かなえ、たかったなァ……」


 後悔ばかりが募る。いっそあの時死んでしまったほうが良かったのかもしれない。

 それでも、こんなに辛い人生を送り続けてきたんだ。来世の幸せくらい、保証してほしかった。

 そんな想いを抱きながら、俺は意識を失った。


 ♢♢♢


 ――目覚めよ。

 ――目覚めよ召喚者。


 声が、聞こえる。

 なんだ、死後の世界にでもきたのか?


 ――いい加減起きなさい! いつまで寝てるつもりですか!


「はいぃっ!?」

 

 急に激しい声が叩きつけられたことで、慌てて俺は返事をしてしまった。

 ってあれ、体が変だ。手の感覚も、足の感覚もなく、あれだけ体を蝕んでいた全身の痛みも感じない。

 それどころか、何故か体が浮いているような感覚すらある。

 そして目(?)を開いてみると、そこには煌びやかなドレスのようなものに身を包んだ、長い金髪の女性が立っていた。


「もうっ、勝手に召喚しておきながら、いきなり目の前で死ぬなんて、どんな無礼者ですか!」

「え、えっと、すみません……?」

「まったく、今の地上に()()使()()()()()に至る人間がいること自体驚きでしたが……」


 流れがよく分からないが、こいつは一体誰なんだ?

 って待てよ、さっき召喚って言ってなかったか?

 ってことはもしかして、こいつ、神様!?


「仮にも女神に向かってコイツ呼ばわりとは良い度胸をしていますね。まあ、私は寛大なので許してあげましょう」

「心読めるのかよ! 気持ち悪いな!!」

「ほんっっと無礼ですね! 少しは跪いて敬う姿勢くらい見せたらどうなんです!?」

「跪くって言ったって、どうすりゃいいんだよこんな体で!」

「……そう言えば、アナタ霊魂の姿でしたね。はぁ、仕方がありません」


 不機嫌そうなオーラを隠そうともしない自称女神様。

 ということは俺、本当に神霊召喚に成功したのか。

 魔法使いに、なれたのか。


「――で、早い所願いを言ってください。分かっていると思いますが、神霊召喚の魔法で呼び出された神は、召喚主の願いを1つ叶えないと元の場所に戻れないんです。あぁ、その霊魂の姿は特別サービスですからね! そのまま死なれたら願いを聞くことも出来ずにこっちが困るので!」


 人間が魔力を用いる一般的な術を魔術と呼び、魔術を扱う人間を魔術師と呼ぶ。

 それに対して、魔法とは現代の人間では再現不可能と言われている、失われし古代の奇跡のことを指す。

 これを行使する者を特に魔法使いと呼ぶ。

 神霊召喚は既存の魔術では絶対に不可能なので、魔法の領域に分類されるわけだ。


 そして、願いか。そんなものとっくに決まっている。


「転生させてくれ。クソみたいな今世とは比べ物にならないくらい、とびっきり幸せな人生が歩める体に」

「……転生、ですか」

「出来るんだろ? 神様なんだから。俺はそのために何十年もずっとずっと研究し続けてきたんだから」

「……ええ、出来ますよ」

「じゃあ頼む! すぐにでもやってくれ!」


 女神は困ったように顎に手を当てたかと思うと、どこからともなく一冊の分厚い本を取り出して、何かを調べ始めた。

 だが、俺は聞き逃さなかったぞ。女神は確かにできると言った。ならばどんな事情があろうとも絶対にやり遂げてもらわなければ困る。

 これだけのために俺は今日まで生きてきたんだから。


「……そうですね。ここがいいでしょう」

「おっ、転生先が決まったのか!」

「ええ、比較的条件が良く、死産に魂を潜り込ませられる体がありました」

「おお!」

「ですが、その、とびっきり幸せになれるかどうかの保証はできません」

「は? なんでだよ!」

「幸せの定義というのは人によって異なり、それを掴めるかどうかもまたその人間次第だからです。恵まれた生まれだとしても、その後の人生が幸せになれるとは限らないでしょう?」

「…………」


 それは確かにそうだ。

 だが、少なくとも恵まれた生まれだとすれば、クソみたいな生まれの俺よりははるかにましな人生を送れる……はずだ。

 って、待てよ? もし仮に転生先で幸せな人生を送れたとして、俺はそれをどうやって知ればいいんだ?

 転生したら前世の記憶なんて残らないし……そうだ!


「だったら俺の記憶と力を維持したまま転生させてくれ。恵まれた生まれに、俺の知識と経験と力があれば自分で幸せな人生を掴むことだってできるはずだ」

「記憶はともかく、力をそのまま引き継ぐのは無理です。転生先の肉体が耐え切れず崩壊してしまいます」

「じゃあ俺の力をアンタに預けて、堪え切れる年齢になったら返してもらうってのはどうだ?」

「――アンタ、神のことを何でもできる便利屋だと思ってない?」

「違うのか?」

「断じて違うわ! いくら神だって全知全能って訳じゃないのっ!! はぁ……なんでこんな面倒なのに呼ばれたの私……まあいいわ。どのような形になるかはまだ未定だけど、何らかの形で叶えてあげる。言っとくけどこれホントに特別なんだからね!」

「さっすが神様! 命懸けで呼んでよかったぜ」

「はぁ……無礼過ぎて一周回ってどうでもよくなってきたわ……」


 もはや威厳を出すのすら面倒になったのか、やけに砕けた口調になった女神。

 大きなため息をついて頭を抱えつつも指すら触れずに本をペラペラとめくると、どこからともなく表れた羽ペンを走らせて何かを書き込んだ。

 そして本を閉じて放り投げると、それはどこかへと消えてしまった。

 そのままこちらに向かってゆっくりと歩いて寄ってくる。

 これまでの経験から少し警戒してしまうが、残念ながらこちらは移動することは出来ない。

 そして細長い手がこちらに伸びてきた。


「では早速転生させるわよ」

「えっ、もう?」

「なに? 霊魂の姿になってしまったというのに、何か未練でもあるっていうの?」

「未練か。前の体には未練しかないが、今は転生が楽しみで仕方ないよ」

「そう。じゃあさっさと終わらせてしまいましょう。私も早く帰りたいの」


 適当な仕事をされないか心配になってくる物言いだが、今はこの女神を信用するしかない。


「ではいってらっしゃい。あなたの人生が、望み通り幸福を掴める素敵なモノでありますように」


 俺の意識は再び闇に包まれた。


 ♢♢♢


 次に目を覚ますと、金髪の若い女性が真上から俺を覗き込んでいた。

 女性というものに疎い俺でもわかるほどの美女だ。

 更にあとから筋肉質な茶髪のイケメンが反対側からこちらを覗き込んできた。

 珍しい奴らだ。俺の顔を見た人間は大抵気味悪がるものだが、不思議なことにこいつらはどこか慈愛に満ちた表情をしながら俺を見ている。


「------」

「------------」

「--------」


 ん、何かしゃべっているが、なんて言っているのか分からねえ。

 神霊召喚の手がかりを集めるためにあらゆる国を巡った俺は、現存する大半の言語を覚えたのだが、もしかしてここは俺が行ったことのない超辺境の国なのか?

 そんなことを考えていると、女性のほうが俺の体を持ち上げて抱きかかえた。

 更にその豊満な胸を露出させて俺の顔を押し付けてきた。

 いきなり何をするんだと思ったが、俺の体は俺の意思に関係なくそれを吸い出し始めた。


(……そうか、俺、転生したんだ)


 ここになってようやく気付いた。

 今の俺の体は赤ん坊。道理で体が思うように動かないわけだ。

 だが、あの女神はどうやらちゃんと仕事をしてくれたらしい。

 幸いなことに生まれてすぐ捨てられることもなく、気味悪がられてもいない。

 これだけでも若干満足しかけている自分の幸福ラインが低すぎて泣けてきた。


「------」

「------------!!」


 相変わらず何言ってるかさっぱり分からないが、言語はゆくゆく覚えていけばいいだろう。

 これでも魔法使いの端くれ。勉強は得意なんだ。


 ♢♢♢


 あれから7年が経ち、俺は7歳の誕生日を迎えた。

 前世でもそうだったが、何かに夢中になっていると時の流れというのは早いものだ。

 ハイハイを卒業し、ある程度自由に動き回れるようになった俺は、両親の目を盗んで本を読み漁ったり使用人たちに怪しまれない程度にいろいろと質問をしてみたりすることでこの世界の情報を少しずつ集めていった。

 言語に関しても、耳に入った言葉を赤ん坊のころから分析し続け、2歳になるころにはほぼ完全に理解できるようになり、3歳になるころにはちゃんと話すことが出来るようになった。

 幸い、前世の俺の忌まわしき右半身や周囲から魔力を奪い取る性質などは一切引き継ぐことなく、ごく普通の人間として生まれ変わることが出来たおかげで両親に追い出されることなく今日まで生きることが出来ている。


 そんな俺の今生の名前は、レオン・アルヴェイン。

 王都近郊に領地を持つアルヴェイン伯爵家の三男に生まれた。

 つまりは貴族の息子ということで、確かに女神の言う通り比較的恵まれた生まれと呼べる転生を果たすことが出来たわけだが、三男坊である俺は家督を継ぐこともなく、特段将来を期待されているわけでもない。

 このまま順当に育てば、王国に仕える騎士か役人になる予定らしい。

 

 まあ正直なところ、俺の目的は幸せなセカンドライフを送ることだけなので、面倒な立場も肩書もいらないんだ。

 貴族故に飢えなどに苦しむこともなく、三兄弟の中で最も自由な生き方が出来る可能性が高いことからある意味最上級の当たりと言える転生だな。

 そして何より、俺が既に今回の転生に満足している最大の理由がある。

 それは――


「やあレオ、ここにいたんだ」

「あっ、ジーク兄さま。もう帰っていたんですね」

「ああ。少し早めに帰ってきたんだ。なんと言っても今日は大事な弟の誕生日なんだからね」

「嬉しいです。ありがとうございます」

「それじゃあ俺は、一度父上のところに挨拶に行くから、またね。あんまり本を読み過ぎると頭が痛くなるから、ほどほどにするんだよ」

「はい!」


 明るい茶髪が特徴的な好青年、ジークフリート・アルヴェインは、俺の8つ上の兄にあたるアルヴェイン公爵家の次男だ。

 その温厚そうな顔立ちに違わず、とっても家族思いで優しく、それでいて優れた槍術の腕を持つ将来有望な戦士でもある。

 現在は王都の学園に寮生活をしながら通っており、今日は特別な日ということで一時的に帰宅してきたようだ。

 年が離れた兄ではあるが、俺のことをとても可愛がってくれているため、俺も困ったことがあれば真っ先に頼りにするようにしている。


「あら。こっちからジークの気配がしたから来てみたのだけど、行き違いになったかしら」

「お母さま。ジーク兄さまならお父さまに挨拶に行っちゃいましたよ」

「あらそうなの。ところでレオはまた難しいご本を読んでいるの?」

「はい。この前読んだ本の続きを見つけたので、読ませていただいてます」

「もしかするとヴァルター以上に賢くなっちゃうのかしら」

「そんな。僕なんてヴァルター兄さまには遠く及びません」

「ふふっ、その年で謙遜なんて、いったいどこで覚えたのかしら。我が子ながら成長の速さに驚いちゃうわ」


 ジーク兄さまの後を追うように現れた白銀の髪を持つ美女、彼女こそが今生の母親であるセラフィーナ・アルヴェインだ。

 子供5人を生んだとは思えないほどの若々しさを持つ彼女だが、俺を見る眼には慈愛が満ちており、間違っても俺を捨てるような人には見えない。

 普段から笑顔を絶やさない人だが、それでいてどこかミステリアスな雰囲気を持つ不思議な人で、やや異常ともいえる速度で成長しているはずの俺にも、どこか余裕がある様子で接してくれる。

 ちなみにヴァルター兄さまというのは、アルヴェイン伯爵家の長男であるヴァルター・アルヴェインのことで、ジーク兄さまとは対照的に冷静沈着で知略に長けた優秀な次期領主候補筆頭である。


「さて、私は準備の続きがあるから行くわね。勉強熱心なのは偉いけれど、疲れないようにほどほどにするのよ」

「あはは。さっきジーク兄さまにも同じこと言われました」

「あらそう。ふふ、それじゃあ夜、楽しみにしているのよ」

「はいっ!」


 そう言って去っていく母の背中を眺めながら、手元の本をぱたりと閉じる。

 こんななんてことのないやり取りでも、気が付けば俺の頬は緩んでいた。

 前世では俺に好意的に話しかけてくれる人などいなかったので、これだけでも十分に幸せを感じてしまうのだ。

 ……いや、一人だけいたか。こんな俺にも分け隔てなく話しかけてきた奇妙なヤツが。

 今になって思えば本当に変なヤツだった。何度俺が追い払っても、キミのことが心配だとか、魔術教えてくれとか抜かして迫ってきたんだからな。


「……いや、よそう」


 やめだやめだ。今の俺は家族に愛されすくすく育つ7歳の少年、レオン・アルヴェインだ。

 くだらない前世のことなど思い出すのはやめよう。それに紐づいて嫌なことを思いだしたら、せっかくの記念日の飯がマズくなる。

 俺は夜までしばらく時間を潰してから、指定された時間に家族の下へと顔を出した。

 そして俺を出迎えたのは、


「レオン! 7歳の誕生日おめでとう!!!」


 兄二人、姉一人、妹一人、そして両親の計6人による祝いの言葉だった。

 普段はあまり大きく感情を動かさないヴァルター兄さまも、優しくも厳しいお父さまも、今日はとても上機嫌だ。

 机の上を見ると、普段はお目にかかれないとても豪華な料理が並んでおり、全員でも食べきれるか分からない大きなケーキも強い存在感を放っている。

 我がアルヴェイン家は中堅貴族で、所謂お金持ちではあるが、普段の食事は比較的質素なものだ。

 父曰く、我らは領民の血税の上で生きている。故に特別な日以外の贅沢は可能な限り避けるべし、とのことで、こう言った日にしかお目にかかれない料理が並んでいるととてもテンションが上がる。


「レオももう7歳かぁ。早いものね」

「うむ。私の弟に相応しい精悍な顔つきになりつつある」

「レオにいさま! はやくたべよーよ!」


 お母さま譲りの美しい銀髪を持つ知的で明るい4つ上の姉、エリシア・アルヴェイン。

 次期領主としてお父様の下で領地運営を学ぶ12歳上の長兄、ヴァルター・アルヴェイン。

 ジーク兄さまよりも明るい髪色を持つ、天真爛漫な1つ下の可愛い妹、フェリシア・アルヴェイン。

 

 皆俺の大切な兄弟だ。

 前世では血の繋がりを持つ人間と接したことがなく、家族を持ったことがない俺にとってはかけがえのない宝物。

 俺が欲しかったものの全てがこの場所に詰まっている。

 願わくば、死ぬまでこの幸せな空間が維持できますように。それが今の俺の夢、願いだ。


 普段は食べられない豪華な食事を楽しみながら、家族全員で盛り上がった後、ある程度場が落ち着いた段階で、父が大きく咳払いをした。

 それにより、場が一瞬静寂に包まれる。

 この時ばかりは元気が有り余っているフェリもじっと口を閉じて父の言葉を待っていた。

 

「さて、我が子、レオン・アルヴェインよ」

「はい、お父さま」

「アルヴェイン家の当主として、無事7歳の誕生日を迎えたお前にこれを贈ろうと思う」


 我が父、ガラハッド・アルヴェイン。

 名君とも呼ばれ、民から慕われる優秀な領主だ。

 彼の手には鞘に納められた、この体にはやや大きい一振りの剣が握られていた。

 お父さまはそれをゆっくりと俺に手渡す。

 前世では体の弱さから全くの無縁だった剣という存在は、この小さな体躯も相まってとても重く感じる。

 だが決して落とすなと父の目が訴えているので、精一杯力を込めて腕に乗せる。

 前世ではまともに持つことすらできなかったが、今はこうして両手でしっかりと握っている。

 こうして剣を渡されたことで、俺もようやくこのアルヴェイン家の一員として認められたような気がして、どこか誇らしい気持ちになった。


「これを渡す意味、お前ならばわかるな」

「はい。アルヴェイン家の子として、民を護るための力を磨くべし、ですよねお父様」

「そうだ。お前は将来騎士になるのか、役人になるのか、はたまた別の道を歩むのかは分からない。だが、貴族の子に生まれた以上、いざというときには民のために前へ出て戦わなければならない。我が一族は、7歳の誕生日を迎えた子には剣を贈り、剣術を教えることを家訓としている。よって翌朝からお前に剣術を教える。良いな」

「はい。分かりました」


 ひと通り言い終えると、お父さまは俺の頭に優しく手を乗せ、ゆっくりと撫でた。


「立派に成長してくれることを期待しているぞ。レオ」

「はい! ありがとうございます!」


 もう既に厳格なアルヴェイン家の当主の影は薄れ、ただただ優しく我が子の将来に期待する一人の父親の姿だけが残っていた。

 それと共に、みんなから大きな拍手が贈られた。

 ああ、前世で大きく開いた心の穴が埋められていくのを感じる。

 幸せだ。この光景が見たくて、この喜びを得たくて、俺は何十年もの間孤独に研究し続けたんだ。

 それが報われていることに大きな達成感を覚えながら、何か言葉に出来ない胸騒ぎを抱えつつも女神へ感謝した。


 だが、この記念日に剣を与えられたことが、後々俺の人生を大きく狂わせることになるとは、今の俺には想像も出来なかった。


 ♢♢♢


 わたしの名前はリュシア。

 アルヴェイン家に仕える侍女のエルフです。

 正確に言えば領主様の奥方であるセラフィーナ様の護衛なのですが、立場上は侍女ということになっているので、セラフィーナ様の身の回りの世話などもさせていただいています。

 そんなわたしには他の侍女にはない特別な役割が与えられています。

 それが、セラフィーナ様のご子息、ご息女の剣の修行を見ることです。


 わたしは、全侍女の中で唯一屋敷内での帯剣を許されており、自分で言うのもなんですが剣術の腕はかなりのものであると自負しています。

 そんな訳でこうして剣の師匠の役割を任されているわけですが、現在は長女のエリシア様、そして一月ほど前に7歳の誕生日を迎え、剣を与えられたばかりの三男レオン様に剣を教えています。


「はぁ、はぁ、ちょ、ちょっと休憩……」

「ダメです。あと17回残っています。きっちりやり切ってから休憩してください。はい、すぐに再開して」

「ひぃ……が、頑張ります……」


 まずは稽古の基本である素振りからやらせていますが、体力がまだついていないレオン様は当然すぐに限界を迎えてしまいます。

 しかしこれが出来なければ次のステップに進むことなど認められないので、わたしは心を鬼にして木剣を振らせます。

 とても辛そうに、ひぃひぃ言いながら木剣を振るっていますが、決して適当に振っているわけではなく、わたしが教えたとおり――にはできていませんが、それに近しい綺麗な形で振ろうと努力しているのが伺えます。


 レオン様は他のご兄弟と比べて優れている点が二つあります。

 それは異常なまでの吸収の速さと、忍耐力です。

 他のご兄弟はわたしがキツく言っても最初の方は座り込んでしまう人ばかりでしたが、レオン様はやれと言ったら絶対に最後までやり切ります。

 それは素振り以外でも同じで、後で倒れて意識を失うとしても絶対に途中で諦めることはしません。


「99……100……はぁっ、はぁっ、お、終わったぁ……」

「お疲れ様です。お水、飲みますか?」

「いただきます……」


 休憩を挟みつつ素振り100回を3セット。

 しっかりとやり切ったレオン様はその場に倒れるように座り込みます。

 そしてよく冷えた水を飲んで、まるで生き返ったかのような表情を浮かべると、ゆっくりと立ち上がりました。


「リュシア先生。次は何をやればよいでしょうか?」

「もう休憩は大丈夫なんですか?」

「ほんとはもう少し休みたいところですけど、そうすると後が嫌になっちゃうので……」


 そう言って照れくさそうに頭を掻く彼の姿を見て、本当に7歳なのか疑わしくなってしまうほど出来た子だと改めて思いました。

 思えば彼は暇さえあれば屋敷の書庫へと足を運び、その年齢の子供なら見向きもしないであろう本を引っ張り出しては、日が暮れるまで夢中になって読んでいましたね。

 その時の集中力はすさまじく、セラフィーナ様に頼まれて呼びに行った際もこちらに一切気づかず、気配を殺していないにも拘らず、すぐ近くに寄って声をかけたら飛び上がる勢いで驚いていたほどです。

 

 元からそう言った才能がある子なのでしょう。

 身体能力や技術は後からいくらでも身に付きますが、その精神力と集中力は得難い才能です。

 しかも観察眼も優れていて、わたしが何度か手本を見せただけで教えていないこともなんとなく理解している様子でした。

 結局今日もわたしが用意したメニューを全てこなしてしまいました。

 その様子はもはや――ずっと昔からそれが当たり前であるかのように見えるほどです。

 つい先日剣を握ったばかりだというのに、何が彼をそこまで突き動かすのか。もしかすると彼にはわたしとは違った何かが見えているのかもしれません。


「では今日はこれで終わりです。湯の準備が出来ているので、落ち着いたら入ってください」

「あ、ありがとうございました……げほっ、げほっ……」


 全てを使い切ったのか、床に仰向けに倒れて苦しそうに声を絞り出すレオン様。

 あまりに彼が頑張るので、ついついハードなメニューを組んでしまっていますが、やはり途中で音を上げるような真似はしないので、わたしとしてもとてもやりがいがあり楽しいです。

 

「ふふっ、今日も頑張っているわね。レオン」

「あっ、お母さま!」

「セラフィーナ様!」

「リュシアもお疲れ様。いつも私の子供たちの面倒を見てくれてありがとう。感謝してるわ」

「いえ! 大事なお子様をお任せいただいてこちらこそありがとうございます」


 わたしの最も大切なお方、セラフィーナ様。

 お年を召してなお美しさを保ち、母となられてからは慈愛の女神にも例えられるほどの魅力を増した彼女に仕えられていることはわたしの誇りです。

 エルフ故に共に老いてゆけぬことは心苦しいですが、セラフィーナ様ある限りお傍に置いていただけるように努力は欠かせません。


「――っ!」


 直後、わたしは何かの気配を感じて振り返ります。

 するとそこにはにゃーと無邪気に鳴く猫の姿がありました。

 セラフィーナ様のお近くだと些細な気配にまで敏感になってしまっていけませんね。

 しかし何があるか分からないので、主を護るために常に気を張っておくのが従者としての務め。

 この癖を治す気はもちろんありません。


「ねえ、レオン。お風呂から上がったらお茶にしましょう。リュシアも一緒にね」

「はい! すぐ入ってきます!」

「えっ、わ、わたしもですか……?」

「あたりまえじゃない。あなたもわたしの大切な家族なんだから。ね」

「そんな恐れ多い……」


 セラフィーナ様はとてもお優しい。

 それはどこにも行く当てがなかったわたしなんかを拾ってくださったあの日から変わらない。

 わたしを救ってくださったあの日から、わたしの命はこのお方に預けたのです。

 もしセラフィーナ様を害する人間がいたとしたら、たとえそれが親しい人間であろうと――セラフィーナ様にとって大切な人間であろうと、わたしは斬ります。

 その後にわたしがセラフィーナ様に恨まれ、殺されたとしても構いません。

 わたしはセラフィーナ様の剣。あなたを護るためならばいくらでも手を汚しましょう。

 元より薄汚れた罪人であるわたしに、躊躇する理由などないのだから。

 この誇りがある限り、わたしは決して負けることはありません。

 

 そしてレオン様がお風呂へと向かった直後、セラフィーナ様がわたしのもとへと寄ってきてこう呟かれました。


「――レオンの様子はどう?」

「えっ? はい。とても優秀な子だと思います。このまま鍛錬を続ければ相当な腕になるかと」

「そう……ふふっ、あなたもそう思う?」

「ええ。まだ7歳ながら将来がおそろー―いえ、失礼いたしました。楽しみだなと」

「言葉を選ぶ必要はないわ。あの子はきっと大きく化ける。それもきっと世界に大きな影響を与えるほどに、ね。私の直感がそう告げてるの」

「それは――」

「それじゃあ、お茶の準備をするから付いてきてくれる?」

「は、はい! すぐ支度をします!」


 セラフィーナ様の直感はよく当たる。恐ろしいほどに。

 きっとそれは何らかの根拠があっての発言なのでしょうが、わたし程度ではその真意を測りかねます。

 しかし、願わくばレオン様には強くなっていただきたいですね。

 いつかはわたしと互角以上に戦えるほどに――世界最強格の剣士になれるほどに。



 師としてそう願わずにはいられません。

 そんな気持ちを抱きながら、どこか上機嫌なセラフィーナ様の後を追っていきます。

 

 ♢♢♢


 リュシア先生の下で剣を学び始めてもう3年が経った。

 前世は魔法使いの領域に達した魔術師だったにも拘らず、気づけば俺は魔術なんて放り出してすっかり剣の道に夢中になっていた。

 剣術は面白い。未だ幼く未熟な体だが、前世のボロボロの体に比べるとまるで羽のように軽く、俺の意思に従って自由自在に動くことに感動すら覚える。

 ちなみにこの世界にも魔術が存在するらしいのだが、どうやら今生の俺には魔術の才能が全くないらしいので早々に諦めた。

 魔術なんて飽きるほど行使したし、とっくの昔に極めているからもう十分に満足している。別に惜しくなんかない。

 それよりも今は、新たに授かったこの剣の才能を磨くことの方が重要だ。


「はぁっ!!」

「甘いですよ!」


 俺は今、リュシア先生と一対一の試合をしている。

 もちろん真剣ではなく、修行用の木剣ではあるが、リュシア先生レベルになると一発受けただけで尋常ではない痛みに襲われるので、出来ることなら一度も攻撃を受けたくない。

 まあ過去に言葉通りの死ぬほどの痛みを散々味わってきた俺にとってはそこまで恐れるほどではないんだがな。

 苦痛に対する耐性ならこの世界でも最高レベルだと自負している。自分で言ってて悲しくなるがな。


「隙あり!」

「っぐ!!」


 俺の腹めがけて鋭い一閃が奔る。

 俺は慌てて木剣を滑り込ませて直撃を避けるが、そんな甘い受けでは勢いを殺すことなどできず、俺の体は大きく横へと吹っ飛ばされてしまう。

 このままでは地面に激突だ。受け身を取るか。それとも転がって距離を取るか。

 いや、どちらもリュシア先生には読まれているだろう。

 ならば俺が向くべきは下でも後ろでもなく前!


「うおおぉっ!!!」


 身体を強引に捩じり、着地するタイミングで強引に足を踏み込みスタートダッシュを切る。

 強引にベクトルを変えたことで俺の足には大きく負担がかかるが、貧弱だった前世とは違い鍛え続けている体なので問題ない。


「っ! なるほど!!」


 普段はクールなリュシア先生の口角が僅かに上がる。

 何度も対峙して分かったことだが、この人は恐らく戦闘狂だ。

 例え表情に現れないとしても、戦っている時は明かに楽しそうな雰囲気を纏っている。

 そして同時に強烈に()()()()()ことも分かった。

 この人は滅茶苦茶強い。前世でも腕に覚えがある剣士とやらが何度か俺を殺しに来たことがあったが、そいつらと比べても遜色ないほどの強敵と言える。

 だからこそ、自分と同格の、自分が全力を出せる相手がなかなか見つからないのだろう。

 かつての俺が――魔王とまで呼ばれるほど魔術を極めた俺がそうだったように。


「狙いは良かったです。ですが、まだ甘い」


 追撃に来たリュシア先生に対する、反撃の一撃。

 それはあっさりと彼女の細い体をすり抜けた。

 気づけば彼女の剣は俺の頭上にあり、直後、凄まじい衝撃が俺の頭を襲った。

 彼女の剣閃はまるで光の如く、俺の視認できない速度で叩きつけられる。


「ふぎゃっ!!」


 ついつい情けない声を出してしまいながら、俺の体は地に叩きつけられた。

 俺もそれなりに強くなったはずなんだが、まだまだ遠く及ばないようだ。

 ズキズキする頭を撫でながら、俺はふらふらと立ち上がり彼女に一礼した。


「ありがとうございました。今日もダメでした」

「いえ、日々上達しているのを感じます。あと数年もすればどうなるか分かりませんね」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


 こうして素直に褒められるとやはり気分がいい。

 前世では一応師匠的な立ち位置だった魔女には一度も褒められたことなんてなかったからな。

 改めて考えると前世の俺って頑張ってたよな、と自画自賛してしまう。

 あんな劣悪な環境の中でも魔法使いの領域に至るまで努力してこれたのだから。

 逆に考えればこの最高の環境の中なら前世以上の高みを目指せるかもしれない。

 そう思うと自然とやる気が出てくるものだ。

 一応はごくごく普通の平和的生活を送れればそれで満足ではあるのだが、それはそれとして何か死ぬまでの目標と言うか生きがいというのは持っておいた方がいいと俺は思う。

 その方がきっと人生を楽しめる。


「レオ兄さま!」

「フェリ。そっちはもう終わったの?」

「うん! レオ兄さま、あそぼ!」

「えっと、リュシア先生」

「今日の鍛錬は終わりなので大丈夫ですよ。楽しんできてください」

「わーい!」

「分かりました。それじゃ行こうか、フェリ」


 一つ下の可愛い妹、フェリシア・アルヴェイン。

 年相応に幼さが目立つが、素直で明るくて近くにいると元気を分けてもらえるような、例えるなら太陽のような子だ。

 兄さまたちも姉さまもフェリを可愛がっているが、年が近いこともあって特に俺によく懐いてくれる。

 彼女も俺と同じく7歳の時から剣を学んでいるが、どうやら彼女には魔術の才があるらしく、教育方針はそちらを伸ばす方に比重を置いているらしい。

 ちなみにエリシア姉さまは2年前から王都の学園に通い始めてしまったので、共に剣を学ぶ仲間はフェリしかいない。


「さあフェリ、今日は何して遊ぼうか」

「今日も魔術教えて! フェリが知らないすっごい魔術!」

「うーん……」


 少し前にフェリが一人で魔術を練習している時に、あまりにもどかしかったのでついつい助言をしてしまって以降、魔術を教えるようにせがまれるようになってしまった。

 どうやらこの世界でも前世と魔術の仕組みは変わらないらしく、例えば風を自らの”眼”として操り、広範囲を感知する『風神の眼(テンペスト・オルクス)』という上級魔術があるのだが、フェリはたったの3日で習得してしまった。

 それが彼女にとってとても感動的だったらしく、せがまれるがままにいろいろ教えていたらついつい俺もヒートアップしてしまい、まだ彼女の師が教えていないことまで吹き込んでしまっているのが現状だ。

 そろそろバレて何か言われるんじゃないかとビクビクしている訳だが、フェリにキラキラした眼で頼まれるとどうしても断れない。


「そうだな……今日はこれにしようか」

「わくわく!」


 前世で極めた魔術の知識がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 正直許されるのであれば、このフェリを世界最強の魔術師に育ててあげたいくらいだ。

 俺には魔術を極めるしか道がなかったから仕方なくやってきたけれど、彼女は純粋に魔術を楽しんでいるから、俺の知っていることは何でも教えてあげたくなる。

 誰にも負けないくらい強くなれば、誰かに命を脅かされる心配もなくなる。

 前世の俺の寿命が尽きかけたころには、こいつには手を出さないほうが良いという悪名ばかり広がったおかげでついに誰からも襲われなくなっていたしな。

 あの時には既に肉体のほぼすべてが死んでいて、少し突けば俺なんて簡単に殺せる奴がごろごろいたはずなのに、だ。


 まあこの平和な世界でフェリの命が脅かされるようなことは無いと信じたいが、力はあるに越したことは無い。

 一応はほどほどに、やり過ぎない程度に彼女を少しずつ育てていこう。

 それをこの素晴らしいセカンドライフの第二の楽しみとするんだ。

 

 ♢♢♢

 

 あれからさらに2年経った。

 12歳になった俺は、いよいよ人生の大事な分岐点の一つに立つことになる。

 それがまもなく行われる【武具顕現の儀】だ。


 【武具顕現の儀】とは、その名の通り自身に最適な武具をこの世に顕現させる儀式のことであり、一生に一度だけ行うことが出来る。

 基本的には教会に所定の金額を収めることで受けることが出来、この国では王族・貴族の子供は12歳になったらこれを受けるのが一般的となっている。

 神から授かる特別な武器ということもあり、その性能は往々にして高く、基本的には手に入れた武具の使い手となることが推奨される訳だが、せっかくここまで剣術を磨いてきたのだから、俺は是非とも剣を授かりたいと思っている。

 ただし、誰もがこの武具顕現の儀を成功させることが出来るわけではなく、全く素質がない者が行っても武具は手に入らないらしい。

 貴族としては、ここで大当たりを引ければ自らの家の地位を高められるかもしれない重要なイベントであるので、それを理解している子供は皆真剣な表情をして今か今かと待っている。


「どうか、どうかどうか! 神様! いい武器をお与えください!!」


 お、始まったか。

 早速どこかの貴族の子供が、魔法陣に自らの血を垂らして祈りを捧げた。

 すると魔法陣が淡く光りだし、グルグルと勢いよく回転し始める。

 しばらくして天井から真っ白な光が差し込むと、ゆっくりと焦げた茶色がベースの大斧が降りてきた。

 少年は驚きつつもその斧を重そうに抱え、倒れないように踏ん張りながら、隣に立つ司祭の言葉を待った。


「――武具の名はガイア・イーター。ランクはAのようですね」

「や、やった! やったぞぉぉ!!」


 明らかにその少年の体躯に合っていない武器ではあるが、Aランクの当たりだったようだ。

 武具顕現の儀で顕現する武器には、その武器が持つポテンシャルを測定し、低い方からE,D,C,B,A,Sのランクが定められる。

 顕現武具は基本的には最初に示されたランクのままなので、この儀式で最も重要視される要素となる。

 最もあくまでランクで示されるのはポテンシャルなので、それを最大限引き出せるかは当人の鍛錬次第なのだが。


 そして次々と貴族の子供たちが武具顕現に挑んでいく。

 中には武具を得ることが出来ずに泣きながら去っていく者もいたが、こればかりは運なので仕方がないだろう。

 さて、俺にはいったいどんな武具が与えられるんだろうか。

 ちなみに武器ではなく武具なのは、稀に防具やアクセサリーなど、武器以外のものを得る者がいるためだ。

 邪魔にならないならそれでもいいのかもしれないが、一般的には武器であることの方が好ましいとされるので、手に入れられるなら武器が欲しい所だ。


 まあ、今生の俺は、何ら特別な資質を持たない貴族の三男坊だ。

 順当にいけば何も手に入らないか、良くてBランクの無難な武器が出そうな気がしてならない。

 最悪剣じゃなかったら顕現武器なんて放り出して、普通に剣士として生きたほうが良いかもしれないな。

 俺には剣の才能があるってリュシア先生も言っていたし、そちらを磨いた方が可能性がある気がする。


「――!! 聖剣エクリシオン! ランクは――Sです!」


 会場が一気にざわつきだした。

 どうやら大当たりのSランクの武器を引いた奴が現れたらしい。

 やや遠くてはっきりとは見えないが、黄金のような髪色を持つ端正な顔立ちの少年だ。

 その表情は自信に満ち溢れており、Sランク武器を引いたのは当然と言わんばかりの立ち振る舞いだ。

 

「ふふ、このアレクシス・フォン・ルクスに相応しい、美しい剣だ。さあ共に行こう。今日の日を輝ける我が人生の第一歩とするのだ」


 お前は演者なのかと言わんばかりに決めポーズをばっちり決めた彼は、最初から自分のモノであったかのように聖剣エクリシオンを腰へ納め、後ろへと下がってきた。

 ルクス家は確か公爵家だったな。やはり格式高い家に生まれる子供は相応の資質を秘めているということなのだろうか。

 正直ちょっと羨ましい。あの剣、かなりカッコいいからな。Sランクということは秘めたる力も相当なものなのだろう。

 アレがあれば俺も剣士として高みを目指すことが出来たかもしれないな。

 物語に登場する伝説の勇者のような存在に憧れる気持ちが今なら少し分かる気がする。


 そんなことを思いながら、とうとう俺の番がやってきた。

 魔法陣の前に立ち、差し出された針で指を刺す。

 ちくりとした痛みと共に指から血が流れだし、それを魔法陣へと垂らしていく。

 懐かしいな。こういった儀式魔術もいくつか習得し試してみたことはあるが、こうして他人任せの術式に血を流すのは初めての経験だ。

 まあ、伝統ある儀式だし、変なことにはならないだろう。

 そう思っていたのだが――


「――!!? な、なんだこれは!?」


 司祭が突然慌てだす。一体何があったのかと足元を見てみると、尋常ではない速度で魔法陣が回転しているではないか。

 しかも謎の地震まで発生し、周囲は大混乱に包まれる。

 やがて目の前の空間が歪に歪みだし、雷鳴の轟と共に天から雷の如き光が落ちた。

 そして現れたのは――


「これは……?」

 

 柄の先端と刃の境目の二つに透明な球体が埋め込まれた一振りの剣。

 錆びているようなくすんだ色だが、それはまるで長い年月をかけてこの場所へとたどり着いたかのような歴史を感じる。

 刻み込まれている模様は複雑で教会の壁に掘られているような神聖な模様にすら見えた。

 刃の中心は球体と同じく透明なガラスのようなものがはめ込まれていて、いったいどの属性を持つ武器なのかさっぱり見当がつかない。


「司祭さま。この武器はいったい……?」

「こ、これは――エルヴェリア。ランクは――測定不能!?」

「測定不能!?」


 なんじゃそりゃ。

 ランク測定不能の武器、エルヴェリア。

 一体なんでこんなものが俺の手に?

 まあ剣なのはとても喜ばしい事なのだが、こんなド派手な演出で登場しなくてもいいんだが。

 おかげで目立って仕方がないじゃないか。

 どうやってこの場を乗り切ろうか。そんな事を考えていると、耳を撫でるような女の声が俺の脳内に届いた。


「――聞こえる?」

「?」

「ねえ、聞こえる? 聞こえてるんでしょ?」

「???」

「聞こえてるならさっさと返事しなさいよっ!! こっちは暇じゃないの!!」

「あぁ、この声は――」


 どこかで聞き覚えがある声だと思えば、俺が呼び出して転生をお願いした女神の声じゃないか。

 それを認識すると、俺の視界は一瞬にして真っ白に染まった。

 

 ♢♢♢


 気づけば俺は、あの時見た真っ白に塗りつぶされた異質な空間へと呼び出されていた。

 今の俺の体は恐らく実体ではなく精神体。

 遠隔で意識だけを強引に引きはがして自らの領域に呼びつけたと言ったところか。

 流石は神格。前世の俺でもそう簡単には出来ねえことをあっさりやってのけやがる。


「ふふふ、少しは敬う気になったかしら? 12年も経てば人間は成長するものね」

「無理とは言ってないし、敬いもしねえ。あと毎度のことながら心を勝手に読むな気持ちわりぃ」

「そこは素直に敬っておきなさいよ! ったく、魔法使いってのはどうしてこうひねくれものが多いのかしら」


 わざとらしく大きなため息を吐く女神。

 なんつーか、エリシア姉さまと話しているような気分だな。

 女神のくせにやけに人間臭いのには違和感を覚えるが、まあこの方が話しやすいから俺としては都合がいい。


「で、どうなの? 私がプレゼントした第二の人生、楽しめているのかしら」

「あぁ、それについては感謝してる。最高の転生をありがとう」

「そ。ならいいわ。これから何が起こるか分からないのにたったの12年で最高って言いきるなんてよほど気に入ったのね。ま、その調子なら多少苦労しても大丈夫そうかしら」

「あぁ。苦労には慣れてるから問題ない」


 俺が欲しかったのは何の苦労もない退屈な人生ではない。

 ごくごく普通の、変な体に生まれなければ享受できるはずだった当たり前の人生を送りたかったんだ。

 たとえこれからどんな壁が待ち受けていようが、それを楽しめる土台は既にできている。


「ふん……随分と良い眼をするようになったじゃない。腐った魚のようなあの頃の眼とは大違いよ」

「そりゃどーも。実際に腐った人生だったから当然だろ」

「今生はそうならないようにせいぜい頑張ることね」

「ああ、肝に銘じておくよ」


 言い方には棘があるが、なんだかんだ俺のことを気にかけてくれていたようだ。

 神話に出てくるカミサマはどいつもこいつも頭が固くて融通が利かなそうなイメージだったが、こういう良い奴も存在するんだな。

 まあいい神様を引き当てた俺の神霊召喚の腕が良かったともいえるがな! ははは!


「……言いたいことは色々あるけど、時間があんまりないから今は無視するわ」

「そうだ。なんで急に俺を呼び出したんだ? 今までは一切干渉してこなかったのに」

「忘れたの? アンタとの契約を果たしに来たのよ」

「契約……? あ、もしかして」

「そう。これよ」

 

 気づけば女神の手には一振りの剣が握られていた。

 それは先ほど俺が武具顕現の儀で引き当てたランク測定不能の謎の剣だ。

 

「約束通り、アンタの前世の力を引き継がせてあげる。この神剣エルヴェリアという形でね」

「神剣エルヴェリア。これがソイツの正式名称なのか」

「そうよ。無駄に膨大なアンタの力をその体でも扱えるように、特別に私直々に加工して創り上げた逸品。それがこの剣なの」

「そいつを持ってれば、俺は前世の力をまた発揮できるって訳か?」

「そのまま扱える訳じゃないわ。言っとくけど前世のアンタがアレだけの力を振るえたのは、アンタが特殊な体質だったからよ。今の体で同じことをすればあっという間に体が崩壊するわ」

「それじゃあその剣はどういう役割を果たすんだよ」

「そう焦らないで。順に説明してあげるから」


 そうして女神は自信満々に神剣の性能について語り始めた。


「いい? この素晴らしい神剣エルヴェリアには大きく分けて二つの機能があるの。一つは色の変化による能力の変化よ」

「色?」

「赤ならば火属性、青ならば水属性と言った対応する属性の魔術が扱えるようになる。それに加えて色に応じて持ち主の基礎能力が上がるわ。ただし、特定の色を起動している時は、それ以外の能力が落ちる」

「なんだその微妙に使いにくそうな性能は」

「ふふん、そんなこと言ってもいいのかしら。使ってみたら驚くわよ。代償がある代わりに、色によって特化される能力の変化幅は凄まじいんだから」

「つまり戦局に応じて色を使い分けて戦えってことか」

「そう言うことになるわね。その神剣の性能を最大限に引き出せるように存分に研究なさい。アンタ、そういうの好きなんでしょ?」


 ドヤ顔で言い放つ女神。実際その通りなので否定できないのがムカつく。

 確かに何でもできる万能無双というのは、戦闘において面白みに欠ける。

 昔は生きるために仕方なく戦っていたから戦闘を楽しむという感覚がよく分からなかったが、剣士となった今はなんとなく気持ちが分かる気もする。

 前世の戦闘は大体は一方的に叩きのめして殺していたせいで面白みもなんもなかったからな。


「そして二つ目の機能は――いや、ここで全部言うのも面白くないわね」

「え?」

「二つ目の機能は自分で研究して見つけ出しなさい。あと一個目の能力もアンタの体に負担をかけすぎないよう制限がかかってるから、強くなりたいならそっちもしっかり鍛えることね」

「なんだよそれ……まあ別にいいけどさ」

「まあ、きっといざというときに役に立つわ。アンタが本当にヤバい状況になった時に覚醒するかもね、とだけ言っておくわ」

「そう言われたら余計に気になるじゃねえか!」

「せいぜい期待しておきなさい。それじゃ、アンタの意識をあの体に返すわよ。生きてる人間から長時間意識を引っこ抜くのはあんまり良くないから」

「そうだな。まあもうちょっとなら大丈夫そうだが」

「良いからさっさと帰りなさい! 次に会うのは80年後くらいだといいわね! それじゃ!」

「あちょ――」


 有無を言わさず女神は俺に手をかざすと、あっという間に自分の領域から俺を追い出した。

 あんな言い方だが、せいぜい長生きしなさいと言う意味だろうから、やっぱりいい奴なのかもしれない。

 ただ、そう遠くない未来にまた再会することになるだろうなと、何故か俺の直感が強く訴えかけてきているのだが、一旦はそれを無視するとしよう……

 

 ♢♢♢


「――ん」


 次に目を開くと、そこは武具顕現の儀の会場だった。

 俺の手には女神より授けられし神剣、エルヴェリアがあった。

 この体にはやや大きいが、不思議と良く手に馴染む。

 ああ、早くコイツを使ってみたい。いつだってはじめてのものに触れた人間の好奇心は抑えきれるものではないのだ。


 そんなことを思いながら振り返ると、子供たちが若干怯えた様子でこちらの同行を窺っていた。

 待機場所よりもかなり後ろに寄っている上、壁際に張り付いている奴もいるな。

 ああ、思い出した。エルヴェリア(こいつ)を顕現させたときに発生した謎現象のせいか。

 ったく、女神の野郎。くれるなら普通に寄こせよな。この状況どうすりゃいいんだ?


 ――それじゃ面白くないじゃない。遊び心ってものを知らないの?


「あ?」


 どこからか幻聴が聞こえた気がするが、気にするのはやめよう。

 さて、無事目的は達成した訳だが、このまま何も知らないふりして退室してもいいだろうか?

 頭を掻きながらこの状況の打開策を求めて思考を走らせていると、一人の少年が俺の前へと歩いてきた。

 コイツは確か――


「おいお前」

「はい?」

「名前は?」

「え? ああ、レオン・アルヴェインと申します」

「アルヴェイン――伯爵家か。お前の顔、覚えたからな」

「えぇ……?」


 つい先ほど聖剣エクリシオンを手に入れた公爵家の少年、アレクシス・フォン・ルクス。

 彼は苛立ちを隠そうともせず、整った顔を歪ませながらこちらを睨みつけている。

 俺が神剣を顕現させたことが気に入らなかったのだろうか。

 それとも余計な演出のせいで場を乱したことに怒っているのだろうか。


「先ほどの剣――エルヴェリアだったか。ふんっ、あんな派手な顕現を果たしたにもかかわらず、それに似合わぬみすぼらしい色だ。だが、僕の聖剣エクリシオンの顕現より目立ったのは気に食わない」

「そんな事を言われましてもね……」

「本来ならば今すぐ決闘を申し出るところだが、お互い武器を得たばかりの身だ。この状態で戦っても、元来の剣術の才能の差で僕が勝つに決まっている。それでは意味がない」


 おぉ、すげえ自信だ。まあ体つきを見ればそれなりに鍛えているのは分かるが、俺だって負けないくらい鍛えているぞ?

 そんな事を思っていると、アレクシスは思いっきり人差し指をこちらへと突き出した。


「いいか、レオン! 今日からお前を特別に僕のライバルにしてやる。だからその剣を必ずや使いこなし、いつか僕と決闘しろ。完膚なきまでに叩きのめしてやるから、その日までにお前はせいぜい僕の輝ける人生を彩るために相応の実力を身に着けておくんだな!」

「そ、そんな無茶苦茶な……この剣はランク測定不能なんですよ??」

「ふん。どうせ秘めたる力が強すぎて測定できなかったと言ったところだろう。それこそSランク武器であるこの聖剣エクリシオンを超え得るポテンシャルを秘めた、な。気に食わないけどな」

「――!!」


 こいつ、どうやらただのバカという訳ではないらしい。

 エルヴェリアがただのイレギュラーな武器として片付けるのではなく、そのポテンシャルを見抜いたか。

 確かにこれは女神より授かりし神剣。前世の俺の力の結晶なのだ。もちろん弱いわけがない。

 言い方は悪いが、子供ならランク測定不能のよく分からない剣をSランクより上と見ることは無いだろうと思って言ってみたのだが、俺はどうやらこのアレクシスという少年を侮っていたらしい。

 

「だが必ずや証明して見せよう。聖剣エクリシオンを手にした僕の方が()だとな」

「…………」

「ふっ、それじゃあな。また会おう。次は()()でな」


 言うだけ言って、アレクシスは会場を後にしてしまった。

 周りの子供たちはポカンとした顔でこちらを見ていたが、すぐにざわつきだした。

 こちらを見ながら、あれこれ好き放題言っているようだ。

 やれ公爵家に目を付けられたならアイツは終わりだとか、本当にSランクオーバーなのかとか。

 このままでは居心地が悪くて仕方がないので、俺は司祭に軽く頭を下げて彼と同じくこの会場を後にすることにした。


「レオ! おかえり! もう終わったの? さっきすごい地震があったけど大丈夫だった?」

「エリシア姉さま! 一応無事……と言えるかは分からないけど、終わりました」

「そう。なら良かったわ。それで、その剣。顕現で手に入れたのね?」

「えっと、はい。名前はエルヴェリアと言うそうです」

「へぇ……地味だけど美しい剣じゃない」


 部屋の外へ出ると、引率として付いてきてくれていたエリシア姉さまが出迎えてくれた。

 お父さまがわざわざ付き人を用意してくれたというのに、心配だからあたしも付いていくと言ってわざわざこの時のために数日間学園を休んできてくれたらしい。

 端正な顔立ちで気が強そうなイメージを受けるエリシア姉さまだが、中身は兄さまたち同様とても優しいのだ。

 差し出した神剣エルヴェリアをひと通り見終えると、丁寧に俺へと返してくれた。

 そして、中で起きたことをある程度掻い摘んで伝えると、姉さまは少し驚いたような、困ったような表情で首を傾げた。


「ランク測定不能の剣、そしてルクス公爵家のご子息に目を付けられた、ね。まさかそんな事が起きてたなんて」

「えっと、すみません。僕のせいで面倒なことになっちゃって……」

「いいのよ。レオが悪いわけじゃないんだから。でも少し困ったわね。そのアレクシス様は、学園で会おうっておっしゃったのよね?」

「えっと、はい」

「……レオには申し訳ないんだけど、お父様は多分、アレクシス様と同じ――つまりあたし達が通ってる学園にレオを入れる予定は今のところないはずなのよね……」

「あっ、そういう……」


 確かに、次男、長女まではともかく、三男坊まで高額の学費を払ってまで王都最大の学園に通わせる必要性は薄い。

 そうなるとアレクシスとの約束(?)を果たすのは無理ということになるが、果たしてどうしたものか。

 エリシア姉さまは少しの間頭を悩ませていたが、考えるのをやめたのか、俺の頭にポンと手を置いて笑顔でこういった。


「まあいいわ。とりあえず帰ってからお父様に相談しましょ」

「そ、そうですね!」

「ひとまずお疲れ様、レオ。帰りに何か甘いものでも食べていきましょ」

「いいんですか! ありがとうございます!」


 学園に通えないなら通えないで俺としては一向に構わないと思っていたのだが、公爵家に目を付けられるというのがどういう意味を持つのか、この時の俺はまだ理解できていなかった。


 ♢♢♢


「レオン。今からすぐに家族会議を開く。お前に関する重要な内容だ。皆を集めるから待っていろ」


 翌日。家に帰って早々、お父さまに呼び出された俺は緊急の家族会議が開かれることを告げられた。

 しかも俺に関する重要な内容っていったい何なんだ。

 まあ十中八九武具顕現の儀に関する事なのだろうが、お父さまの顔を見る限りあまり明るい話題には思えない。

 とはいえ出席しないわけにはいかないので、指定の椅子に座って待っていると、現在家にいるお母様、そして兄妹たちが続々と姿を現した。

 今この場にいないのは王都で仕事をしているジーク兄さまだけだ。

 全員が席に着いたのを確認すると、父ガラハッドは真剣な面持ちで家族会議の開催を宣言する。


「さて、今日集まってもらったのは他でもない、我が子、レオンに関する重大な事案が発生した件についてだ」


 その言葉を聞き、皆ごくりと喉を鳴らす。

 お父様は懐から一通の手紙を取り出して、全員に見せた。

 それに対して次期当主、ヴァルター兄さまが問いかけた。


「父上、これは?」

「アストリア王立学園への招待状だ。差出人は――ルクス公爵家」

「なっ!? ルクス公爵家ですって!?」

「内容を簡潔に説明すると、アルヴェイン伯爵家の第四子、レオン・アルヴェインをアストリア王立学園の特待生として招待する。というものになる。何故このようなことになったのか、説明してもらえるか。レオン」

「うっ、それは――」


 アレクシスの野郎、学園でまた会おうってのはこういうことかよっ!!

 普通に考えて伯爵家の三男坊を我が国最高の教育機関アストリア王立学園に通わせるるわけがないから、家の力を使って強引に招待しようって訳かよ。

 確かルクス公爵家は、アストリア王立学園に対して多大なる影響力を持っていたはず。

 実に面倒なことになってしまったが、こういわれては説明しない訳にはいかないので、エリシア姉さまに説明した時同様、俺は武具顕現の儀の場で起きたことを皆に打ち明けた。

 するとお父さまは大きくため息をついて頭を抱えてしまった。


「……お前がよく分からない武器を顕現したことについては一度置いておこう。しかしそのせいでアレクシス殿に目を付けられたのは問題だな」

「ご、ごめんなさい……その、僕のせいで大変なことになっちゃって」

「レオ、お前が気に病むことじゃない。武具顕現の儀でどのような武具を得られるかは誰にも予測できないからな」

「ヴァルター兄さま……」

「そうよ! レオは剣術の才能があるんだから、剣を引き当てた事を喜べばいいのよ」

「ああ。だが、しかしルクス公爵家か……いかがいたしましょう、父上。レオのことを考えるとやはり――」

「どうもこうもない。常識的に考えれば、これはもう受け入れるしかあるまいよ。学費はもちろん、その他費用については一切を当家が負担するとまで書かれているのだ。断ればどのようなことになるか――考えたくもない。とは言え何も策を講じずに受け入れるというのはやはり……」


 本来ならば公爵家が伯爵家の子供、しかも三男に対して高額の学費を援助する出すことなんてありえない。

 もしこの申し出を断れば、我が一族に対して政治的・経済的な圧力がかかる可能性も決して否定できない。

 それだけアレクシスにとって俺という存在は重要なのだろうか。

 まだこの剣が、神剣であることを誰にも明かしていないのに、彼の眼にはいったいこの剣がどう映っていたのだろうか。

 あんな公の場で堂々とライバルにすると宣言するくらいだからな。あの派手な演出を見ただけで判断した訳ではきっとないのだろう。


「あなた。そんなに思い詰める必要はないわ。これはアレクシス様がレオンにお与えくださったチャンスなのですから」

「セラフィーナ。しかし……」

「レオンには他の子にはない、素晴らしい才能が秘められている。アレクシス様はきっとそれを確信してこのような手段を講じられたのでしょう。ならばその背を押してやるのが親の役目ではないでしょうか」

「……だが、それでレオンが厄介ごとに巻き込まれたらどうする。あのルクス公爵家に目を付けられたと聞けば、周囲からの視線も当然厳しいものとなるだろう。万が一のことがあれば――」

「大丈夫よ。レオンはちょっとやそっとの困難じゃ決して折れることなんかない強い子よ。それにいざとなったら助けてくれる二人が近くにいますよ。ねえ、エリシア」

「はい、お母様。レオに変なことをする輩は私が思い知らせます」

「ふふ、頼りになるわ。そしてエリシアに加えてジークフリートもいるんですから、何を心配する必要がありましょう」

「むぅ……」


 お父さまは厳格な人だが、とても子供想いの優しい人だ。

 今後俺を襲うことになるであろうトラブルを懸念して、何とかできないものかと考えているのだろう。


「レオ兄さま、遠くに行っちゃうの?」

「うん、まあ、多分そうなる、かな?」

「……やだっていったら、フェリの傍にいてくれる?」

「うぅん……もちろんって言いたいところだけど、それはやっぱり難しいかな。ごめんね、フェリ」

「……うん」


 隣の席に座るフェリシアが、酷く寂しそうな顔をしながらこっちに訴えかけてきている。

 俺は彼女の頭を軽く撫でてやりながら、恐らく避けられない運命であろうことを伝えた。

 そして静まり返ったこの場を遮るように、俺はゆっくりと立ち上がり、宣告した。


「お父さま。僕をアストリア王立学園に通わせてください」

「――レオン。本当に、大丈夫なのか?」

「はい。お母様の言う通り、きっとこれは僕に与えられたチャンスなんです。だからこそ、僕は必ずやこのチャンスをものにして変えてってくることを約束します。それにジーク兄さま、エリシア姉さまが近くにいるなら不安もありません」

「……そうか」


 俺がそう言い放つと、お父さまは立ち上がり、まっすぐこちらの眼を見た。

 こちらの真意を確かめようとする眼だ。

 今俺が言ったことに偽りがないか、多くの人々を見てきた領主の眼が鋭く俺に突き刺さる。

 だが、俺は決して目を逸らすことなく真向から対峙した。


「――分かった。お前がそこまで言うのならば、私は支持しよう」

「ありがとうございます。お父さま」


 俺自身、神剣エルヴェリアという可能性の塊を磨き上げたいという欲がある。

 そしてそれを成し遂げる場として最適なのがアストリア王立学園と言えるだろう。

 だからこそ、俺は自らの意思でこの招待を受け、学園の地を踏むことを宣言する。

 きっと俺が本気で嫌がれば、お父たちは何とかしてくれるだろう。

 だけどこれは決して受け身ではなく、俺は自分の意思で決めたのだ。

 

 ♢♢♢


「アレクシス坊ちゃま。ご命令通り、アルヴェイン伯爵家に件の話をもちかけました」

「ああ、ありがとう爺や」

「しかしアレクシス坊ちゃまが目をかけたレオン殿はそれほど価値があるお方なのでしょうか。数が限られている”お願い”を行使するほどの……」

「そうだ。あの男――レオンには、それだけの価値がある。アイツは必ずや僕の輝ける人生に不可欠な存在になるだろう」


 ルクス公爵家が所有する広大な屋敷の一角。

 その主であるアレクシス・フォン・ルクスは、優雅にティーカップを置くと、そう言い放った。

 公爵家の三男である彼には、父である現当主に少々無茶な要求を通してもらう”お願い”の権利が与えられている。

 今回レオンを特待生として学園に招待するにあたって、アレクシスは躊躇いなくその”お願い”を行使した。

 本来ならば()()に直接的に影響がないこんな事に使うべきではない、3回限りの権利にも関わらず、だ。


「アレクシス坊ちゃまにそこまで言わしめるに至ったレオン殿。是非一度お目にかかりたいものですな」

「まあそう遠くない未来に会えるだろう。くく、しかし我ながら良い拾い物をしたものだ。兄上たちに自慢してやりたいくらいだ」


 にやりと笑みを浮かべるアレクシスの表情は、おおよそ12歳の少年には似つかわしくない深みがあった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

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