初めての火の魔法訓練
誕生日の翌朝、俺は書斎の扉をそっと開けた。
「お前ももう一歳になったんだ。本が好きなら好きに読んでいいぞ。」
昨日、ガルドがそう言っていたのを思い出す。まさか一歳の子供に書斎を開放するとは、随分と大らかなものだ。だが、俺にとっては願ってもない機会だった。
書斎には、壁一面にぎっしりと本が詰まっている。魔法に関する書物だけでなく、歴史書や詩集まで並んでいるようだ。
「今日からは好きなだけ本が読める」
俺の胸は高鳴った。
前世では、研究室にこもりながら何度も文献を読み漁っていた。知識こそが真実を導き出す鍵になると、俺は信じていた。そして、今生でもそれは変わらない。
まだ背の低い俺には、下段の本しか手が届かない。それでも、じっと背表紙を眺めていると、ある一冊の本に目が留まった。
「初級魔法の基礎訓練書」
この世界の魔法の基本を学ぶには最適な書だろう。俺はすぐに本を取り出し、床に座り込んでページをめくる。
本をめくると、最初の章には大きく「魔法とは何か」と書かれていた。
魔法とは、魔力を操作し、特定の現象を引き起こす技術である。
──魔力を操作し、特定の現象を引き起こす技術、か。
この世界では魔法が当たり前のものとして扱われているが、その本質は単なる奇跡や超常現象ではない。ある種の「エネルギー制御技術」として成り立っているのが分かる。
ページをめくると、次に魔力についての説明が続く。
魔力は生命と密接に関わり、自然界のエネルギーを媒介する形で作用する。
なるほど。つまり、魔法は個人の持つ魔力と、環境に存在するエネルギーを利用して発動するものなのか。
これは前世の科学でいう「エネルギー変換」に近い考え方に思える。俺たちが地球で扱っていた物理エネルギー──例えば、熱エネルギーや電気エネルギーも、それ単体では何の意味も持たない。しかし、それを制御し、適切な形で放出することで、火を起こしたり電流を流したりと、様々な技術が成り立っていた。
この世界の魔法も、それと同じ構造を持っているのかもしれない。
さらに読み進めると、初級魔法の目的についての記述があった。
初級魔法の目的は、「魔力を感知し、制御すること」にある。
やはり、いきなり火を出したり雷を落としたりするのではなく、まずは魔力そのものを理解し、操作する技術を身につけることが最優先というわけだ。
これは俺にとって好都合だった。今の俺はまだ魔法を使うことはできないが、魔力を感じることからなら始められる。科学の世界でも、研究の第一歩は「観測」だ。目に見えない力を観測し、その特性を理解し、徐々に制御する方法を見つけていく。それこそが、科学的アプローチの基本。
──ならば、魔法も同じだ。
「やはり魔力を観測し、その性質を解明することができれば、科学的な手法で魔法を扱えるようになるかもしれない……」
魔法とは、単なる奇跡や才能の産物ではない。それは、未知のエネルギーを扱うための技術体系であり、法則が存在するものだ。
「面白くなってきたな。」
俺はさらにページをめくる。
「火の魔法の基礎訓練……?」
そこには、火の魔法を学ぶための初歩的な訓練が書かれていた。魔法を発動させるには、魔力を集中させて熱エネルギーを高める必要があるという。
「……魔力の集中と熱エネルギーの増幅か。」
前世の科学知識と照らし合わせると、それは分子の振動を活性化させる過程と似ている。物質を熱することでエネルギーを得るのは、この世界でも同じなのかもしれない。
もちろん、俺はまだ魔法を使えない。しかし、基礎の訓練ならば試せる可能性がある。
「魔法が使えない今の俺でも、基礎段階なら試せるかもしれない……」
俺は本を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
──やってみる価値はある。
俺の中に、研究者としての好奇心が静かに燃え上がっていくのを感じた。
【火の魔法の基礎訓練】
書斎の床に座り、俺は本の指示通りに訓練を始めることにした。
〈第一段階:魔力を感じる〉
本によると、魔力を扱うためにはまず「自分の魔力を感じ取ること」が必要らしい。呼吸を整え、体内を流れる魔力を意識することが重要だという。
俺は目を閉じ、静かに深呼吸をした。
──魔力……魔力か……。
自分の中を流れる何かを感じ取るように意識を向ける。しかし、最初は何も分からない。俺の身体の中で何かが巡っているという実感はない。
だが、集中を続けるうちに、わずかに指先がじんわりと温かくなる感覚があった。
「……これか?」
それは確かに、血液が流れる温もりとは違った。皮膚のすぐ下で何かが動いているような、そんな感覚だった。
〈第二段階:魔力を流す〉
次は、魔力を意識的に手のひらへ集める訓練だ。
本には「魔力は意識した方向へと流れる」と書かれている。まるで筋肉を動かすように、手のひらに魔力を集めろというのだ。
──イメージするんだ。手のひらに熱が集まるように……。
しかし、思うようにいかない。まるで動かない筋肉を無理に動かそうとする感覚に近い。
「……くそ、意識だけではどうにもならないのか。」
それでも何度も試し続けた。そうしているうちに、ほんのわずかだが、手のひらに微かな熱を感じることができた。
「……これは!」
まだ目に見える変化はない。だが、確かに俺の意識によって魔力が動き始めたのを感じた。
〈第三段階:熱を生み出す〉
そして、最後のステップ。魔力を使って温度を上げる訓練だ。
「炎の始まりは熱……まずは指先を温めることからだ。」
俺は指先に魔力を集中させ、火を灯すイメージを強く思い描いた。
──熱くなれ。もっと熱を……。
だが、何も起こらない。
焦る気持ちを抑え、俺は何度も繰り返した。そして、数回目の試行の後──
指先がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……成功?」
まだ炎は出せていない。しかし、確かに俺の意識によって温度が上がったのは事実だ。
これが、魔法の第一歩なのか。
3. エピローグ:小さな成功と大きな期待
俺はしばらくの間、指先の温もりを感じ続けた。
ほんの小さな変化だった。だが、確かな進歩だった。
「……なるほど。魔法は、意識と集中で徐々に強化されるものらしいな。」
まだ魔法を使えるとは言えない。だが、魔力を感じ取り、わずかでも温度を変えることができた。この手応えは、俺にとって何よりも価値がある。
「次は、もっと明確に火を灯す方法を探してみよう……!」
こうして、俺の魔法研究の第一歩が踏み出された。