表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/75

初めての火の魔法訓練

 誕生日の翌朝、俺は書斎の扉をそっと開けた。


 「お前ももう一歳になったんだ。本が好きなら好きに読んでいいぞ。」


 昨日、ガルドがそう言っていたのを思い出す。まさか一歳の子供に書斎を開放するとは、随分と大らかなものだ。だが、俺にとっては願ってもない機会だった。


 書斎には、壁一面にぎっしりと本が詰まっている。魔法に関する書物だけでなく、歴史書や詩集まで並んでいるようだ。


「今日からは好きなだけ本が読める」


 俺の胸は高鳴った。


 前世では、研究室にこもりながら何度も文献を読み漁っていた。知識こそが真実を導き出す鍵になると、俺は信じていた。そして、今生でもそれは変わらない。


 まだ背の低い俺には、下段の本しか手が届かない。それでも、じっと背表紙を眺めていると、ある一冊の本に目が留まった。


 「初級魔法の基礎訓練書」


 この世界の魔法の基本を学ぶには最適な書だろう。俺はすぐに本を取り出し、床に座り込んでページをめくる。


 本をめくると、最初の章には大きく「魔法とは何か」と書かれていた。


 魔法とは、魔力マナを操作し、特定の現象を引き起こす技術である。


 ──魔力を操作し、特定の現象を引き起こす技術、か。


 この世界では魔法が当たり前のものとして扱われているが、その本質は単なる奇跡や超常現象ではない。ある種の「エネルギー制御技術」として成り立っているのが分かる。


 ページをめくると、次に魔力についての説明が続く。


 魔力は生命と密接に関わり、自然界のエネルギーを媒介する形で作用する。


 なるほど。つまり、魔法は個人の持つ魔力と、環境に存在するエネルギーを利用して発動するものなのか。


 これは前世の科学でいう「エネルギー変換」に近い考え方に思える。俺たちが地球で扱っていた物理エネルギー──例えば、熱エネルギーや電気エネルギーも、それ単体では何の意味も持たない。しかし、それを制御し、適切な形で放出することで、火を起こしたり電流を流したりと、様々な技術が成り立っていた。


 この世界の魔法も、それと同じ構造を持っているのかもしれない。


 さらに読み進めると、初級魔法の目的についての記述があった。


 初級魔法の目的は、「魔力を感知し、制御すること」にある。


 やはり、いきなり火を出したり雷を落としたりするのではなく、まずは魔力そのものを理解し、操作する技術を身につけることが最優先というわけだ。


 これは俺にとって好都合だった。今の俺はまだ魔法を使うことはできないが、魔力を感じることからなら始められる。科学の世界でも、研究の第一歩は「観測」だ。目に見えない力を観測し、その特性を理解し、徐々に制御する方法を見つけていく。それこそが、科学的アプローチの基本。


 ──ならば、魔法も同じだ。


 「やはり魔力を観測し、その性質を解明することができれば、科学的な手法で魔法を扱えるようになるかもしれない……」


 魔法とは、単なる奇跡や才能の産物ではない。それは、未知のエネルギーを扱うための技術体系であり、法則が存在するものだ。


 「面白くなってきたな。」


 俺はさらにページをめくる。


 「火の魔法の基礎訓練……?」


 そこには、火の魔法を学ぶための初歩的な訓練が書かれていた。魔法を発動させるには、魔力を集中させて熱エネルギーを高める必要があるという。


 「……魔力の集中と熱エネルギーの増幅か。」


 前世の科学知識と照らし合わせると、それは分子の振動を活性化させる過程と似ている。物質を熱することでエネルギーを得るのは、この世界でも同じなのかもしれない。


 もちろん、俺はまだ魔法を使えない。しかし、基礎の訓練ならば試せる可能性がある。


 「魔法が使えない今の俺でも、基礎段階なら試せるかもしれない……」


 俺は本を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


 ──やってみる価値はある。


 俺の中に、研究者としての好奇心が静かに燃え上がっていくのを感じた。


【火の魔法の基礎訓練】


 書斎の床に座り、俺は本の指示通りに訓練を始めることにした。


 〈第一段階:魔力を感じる〉


 本によると、魔力を扱うためにはまず「自分の魔力を感じ取ること」が必要らしい。呼吸を整え、体内を流れる魔力を意識することが重要だという。


 俺は目を閉じ、静かに深呼吸をした。


 ──魔力……魔力か……。


 自分の中を流れる何かを感じ取るように意識を向ける。しかし、最初は何も分からない。俺の身体の中で何かが巡っているという実感はない。


 だが、集中を続けるうちに、わずかに指先がじんわりと温かくなる感覚があった。


 「……これか?」


 それは確かに、血液が流れる温もりとは違った。皮膚のすぐ下で何かが動いているような、そんな感覚だった。


 〈第二段階:魔力を流す〉


 次は、魔力を意識的に手のひらへ集める訓練だ。


 本には「魔力は意識した方向へと流れる」と書かれている。まるで筋肉を動かすように、手のひらに魔力を集めろというのだ。


 ──イメージするんだ。手のひらに熱が集まるように……。


 しかし、思うようにいかない。まるで動かない筋肉を無理に動かそうとする感覚に近い。


 「……くそ、意識だけではどうにもならないのか。」


 それでも何度も試し続けた。そうしているうちに、ほんのわずかだが、手のひらに微かな熱を感じることができた。


 「……これは!」


 まだ目に見える変化はない。だが、確かに俺の意識によって魔力が動き始めたのを感じた。


 〈第三段階:熱を生み出す〉


 そして、最後のステップ。魔力を使って温度を上げる訓練だ。


 「炎の始まりは熱……まずは指先を温めることからだ。」


 俺は指先に魔力を集中させ、火を灯すイメージを強く思い描いた。


 ──熱くなれ。もっと熱を……。


 だが、何も起こらない。


 焦る気持ちを抑え、俺は何度も繰り返した。そして、数回目の試行の後──


 指先がじんわりと温かくなるのを感じた。


 「……成功?」


 まだ炎は出せていない。しかし、確かに俺の意識によって温度が上がったのは事実だ。


 これが、魔法の第一歩なのか。


3. エピローグ:小さな成功と大きな期待


 俺はしばらくの間、指先の温もりを感じ続けた。


 ほんの小さな変化だった。だが、確かな進歩だった。


 「……なるほど。魔法は、意識と集中で徐々に強化されるものらしいな。」


 まだ魔法を使えるとは言えない。だが、魔力を感じ取り、わずかでも温度を変えることができた。この手応えは、俺にとって何よりも価値がある。


 「次は、もっと明確に火を灯す方法を探してみよう……!」


 こうして、俺の魔法研究の第一歩が踏み出された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ