ゼルガの策略——勝利への執念
「——これで終わらせる!!」
叫ぶと同時に、俺の足が地を蹴った。空気が肌を裂くように流れていく。ゼルガの癖、間合い、魔力の使い方……何度も対峙して、目と体で刻んだ情報が、すべて俺の中で繋がった。見えてる。次の動きも、対応の仕方も。
奴の“受け流し”は、確かに厄介だった。あらゆる攻撃を、まるで風が葉をいなすように受け止め、無効化する。
だが、それはきっと——予測できる攻撃だけだ。
「お前の読みなんて、超えてやるよ……!」
俺は拳を構え、魔力を集中。だが、今までのように全身に纏わせはしない。拳を振るう、ほんの一瞬。狙いすました、そのタイミングだけ——。
「ッ……!!」
ゼルガの目が大きく開かれる。気づいたときにはもう遅い。俺の拳が彼の左腹に直撃する。手応えがあった。確かな、重みを感じる衝撃。
「ぐっ……!!」
ゼルガの身体が、ゆっくりとぐらついた。まだ倒れない——なら、倒すだけだ。
全身の筋肉に力を込めて、踏み込む。
「喰らえぇぇぇぇ!!!」
渾身の蹴りを右足へ叩き込んだ。乾いた音が響く。ゼルガの身体が大きくバランスを崩す。右足が……円から出る!
「……勝った!!!」
叫んだ瞬間、勝利の実感が全身を駆け抜けた。喉の奥が焼けるほど乾いていたのに、その一言だけは自然と出た。
だが——。
「——ははっ!」
ゼルガが、笑った。
その声が、背筋を冷やす。
——ズズズッ……!!!
耳の奥で、何かを引きずるような音がした。見ると、ゼルガの右足の下。地面が、張り付いていた。
「……え?」
俺の声が、情けなく震える。
地面ごと……くり抜いてやがる。
「君さ、本当にいい戦いをするね。」
涼しい顔で、ゼルガは言った。右足は、確かに動いている。しかし円の中にある。
「右足が円の外に出たら負け」——あいつは、言葉通りに従っている。だがそのやり方は、まるで子どもが屁理屈をこねてるみたいで……それでも、ルール違反じゃない。
「……ズルすぎるだろ、それ……!」
俺は叫ぶしかなかった。まるで無力な子供みたいに。
ゼルガは楽しげに笑いながら、肩をすくめた。
「ズルくないよ。だって俺、ルール通りじゃん?」
……くそっ、完璧にやられた。
「さて……まだ立てる?」
ゼルガの声が近づく。立ち上がりたかった。這ってでも、もう一度拳を突き出したかった。
だが、全身が鉛のように重く、指一本動かすのも辛い。魔力はとっくに底を突き、足は震え、視界は霞んでいた。
——ドサッ
力が抜け、膝が地をつく。もう、限界だった。
「試合終了! 勝者、ゼルガ!!」
その宣言が、胸に突き刺さった。
視界の端で、誰かが駆け寄ってくる。
「にぃに!!!」
リラの声。震えていた。
遠くに、ガルドの姿も見えた。腕を組み、無言でこちらを見ている。
「よくやったな、ヒカル。」
その一言に、心が少しだけ、救われる。
でも、俺は負けたんだ。
「……くそ……!!」
拳を地面に叩きつける。勝てた。あと一歩だった。でも、あいつの執念と狡猾さが、ほんの一瞬で俺の全てをひっくり返した。
……でも。
それでも。
「……次は、絶対に負けない。」
悔しさと一緒に、心に湧き上がるものがあった。それは、希望だ。まだ、俺は終わってない。
「君さ、めちゃくちゃ面白いね。ねえ、ヒカル。」
ゼルガがしゃがみこみ、笑った。今度は——敵じゃない顔だった。
「……なんだよ……。」
彼は、手を差し出した。
一瞬、迷った。
だが——俺はその手を、しっかりと握り返した。
「……次は、俺が勝つ。」
ゼルガは、にやりと笑う。
「楽しみにしてるよ。」
そうして、第二回目の俺の戦いは終わった。




