村の外「帰路」――リラのために持ち帰る薬草
遺跡の前で、俺は新たな目標を見つけた。
「強くなること」――未知の世界へ踏み込むために。
だが、今はその時ではない。まずは、この旅の目的を果たさなければならない。
「ガルド、薬草は十分?」
俺の問いに、ガルドは頷き、腰に下げた袋を軽く揺らした。
「問題ない。これだけあれば、リラの風邪も治るだろう。」
「よかった……。」
俺は安堵の息をついた。村の外には、まだまだ俺の知らない世界が広がっている。けれど、今はそれよりもリラのことが優先だ。
二人で村への帰路につく。
辺りはすでに夕暮れに染まり始めていた。オレンジ色の光が草原を包み込み、木々の影を長く引き伸ばす。空には、昼間には見えなかった小さな魔力の粒子が漂い始めていた。
「……夜になると、魔力の流れが変わった。」
俺は周囲の魔力の変化を感じ取りながら、ぽつりと呟いた。
「流石だな。夜の魔力は昼よりも流動的になる。それをうまく利用できる者もいるが、反対に、夜の方が活動しやすい魔獣も多い。」
「……!」
俺は自然と周囲を警戒する。
村の外が危険な場所だということは、すでに身をもって知った。昼間の魔物と比べ、夜に現れる魔物はさらに強いのだろう。
「さっさと戻るぞ。」
ガルドが俺を背負いながら歩調を早めた。
村へと向かう道は、行きよりも短く感じられた。村の門が見えてきたとき、俺は無意識に肩の力を抜いた。
ようやく、リラに薬を届けられる。
村の門をくぐると、家の灯りが温かく迎えてくれた。
「エルダ、薬草を持ってきたぞ。」
家に入るなり、ガルドがそう言うと、奥からエルダが顔を出した。
「ありがとう、ガルド。それと、ヒカルも。」
エルダは俺にも優しく微笑んだ。
「リラの様子は?」
「少し熱が下がったけれど、まだぐったりしてるわ。すぐに薬を作るから、待っててちょうだい。」
エルダは手際よく薬草を煎じ始めた。
俺は静かにリラの寝室を覗いた。
そこには、小さな身体を毛布に包まれたリラがいた。ほんの数日前まで元気に庭を駆け回っていたのに、今は弱々しく目を閉じている。
「……。」
俺はふと、村の外での出来事を思い出した。
草原の広がる景色、未知の遺跡、魔物の恐怖、そして……自分の無力さ。
「もっと……。」
俺は拳を握る。
「もっと、強くならなきゃな……。」
魔物がいる世界で、俺はまだ何もできない。
このままでは、村の外で自分の命を守ることもできないかもしれない。
そう考えたとき、エルダの声が聞こえた。
「できたわ。」
振り向くと、エルダが煎じた薬を持って立っていた。
「リラ、起きられる?」
エルダが声をかけると、リラはゆっくりと目を開けた。
「……ママ?」
「ああ、ママよ。いい子ね、これを飲んでちょうだい。」
エルダがスプーンで薬をすくい、リラの口元へ運ぶ。リラは少し苦しそうな顔をしたが、大人しく薬を飲み込んだ。
「いい子ね。きっと、すぐによくなるわ。」
エルダがそう言ってリラの頭を撫でると、リラは小さく頷いた。
そして、彼女はゆっくりと俺の方を見た。
「……お兄ちゃん。」
「ん?」
「……ありがとう。」
か細い声だった。
それでも、その言葉はまっすぐ俺の胸に届いた。
俺は一瞬、言葉を失った。
「……。」
胸が、温かくなる。
俺はただ魔法の研究をしていた。俺はただ、外の世界に興味を持っていた。
でも、こうして誰かのために動くことで、誰かのために役に立てることで、こんなにも温かい気持ちになるとは思わなかった。
「……うん。」
俺はただ、頷いた。
リラは微笑み、再び目を閉じた。
その夜、俺は家の庭で一人、夜空を見上げていた。
今日、初めて村の外に出た。
外の世界は広く、未知に満ちていた。そして、そこには魔獣が潜み、俺が簡単に踏み込める場所ではなかった。
遺跡――ダンジョン――この世界の理を知るためには、力が必要だ。
魔法を極めなければならない。
もっと強くならなければならない。
そして、俺はリラの「ありがとう」を思い出した。
俺は、この世界の謎を解き明かすために生まれ変わった。
だけど、それだけじゃない。
俺には、守るべきものがある。
俺は、自分の力でこの世界を生き抜く。
そう決意し、俺は静かに拳を握った。
夜空に輝く星々が、まるで俺の決意を見守るかのように、静かに瞬いていた。




