魔法の理論解析
指先に小さな火を灯せるようになってから、数日が経った。
しかし、依然として俺の火はマッチ程度のものに過ぎず、持続させることも、燃え広げることもできない。
火花は作れる。しかも3分間持続できるようになった。それなら火を灯し続けることも可能なはずだ。しかし、現実には火は一瞬で消えてしまう。
「火を持続させるためには、より多くの魔力を安定して送り込む必要がある。」
その仮説は明白だったが、俺はその「魔力」がどれほどなのかを理解できずにいた。
魔法というものは曖昧だ。どれだけ魔力を使えば何が起こるのか、具体的な数値が示されることは少ない。しかし、俺は曖昧なまま魔法を使いたくはなかった。
俺は理論を求める人間だ。感覚だけに頼るのではなく、科学的な思考で魔法を解析し、法則を見つけなければならない。
「コーシー。」
意識を集中させ、俺はコーシーへと呼びかけた。
『はい。ヒカル、何か解析が必要ですか?』
「火を灯す魔法に必要な魔力は、火花何秒分の魔力に相当する?」
『仮定:火花1秒の消費魔力を基準値「1」とする。
火を灯す魔法の発動条件は、魔力の集中と熱変換の持続。小さな炎を維持するための基礎計算を実施……』
一瞬の沈黙の後、コーシーが答えを返す。
『推定値:火を灯す魔法には、消費魔力「10」、火花10秒分の魔力が必要です。』
俺はその数字を噛み締めた。
「火花1秒の消費魔力を基準値『1』とするなら、3分は180。」
つまり、俺は 「魔力180」 を扱うことができる。
火を灯す魔法には 「10秒分の魔力」=魔力「10」 が必要とコーシーは言っていた。
「なら、計算上は俺の魔力で火を灯すことができるはずだ……。」
なのに、俺の炎は一瞬で消えてしまう。
「コーシー。なぜ俺は火を維持できない?」
一瞬の沈黙の後、コーシーが答えを返す。
『推測:魔力の出力制御が適切でないためです。』
「出力制御?」
『ヒカルは火花を「瞬間的」に発生させる能力を持っています。しかし、火を灯す魔法には 「安定した魔力の供給」 が必要です。
現状の火花発生は「断続的な爆発」に近い。火を持続させるには、魔力を一定のペースで送り続ける必要があります。』
なるほど……火花は「瞬間的なエネルギー放出」だが、火を灯すには「持続的なエネルギー供給」が必要になるというわけか。
つまり、今の俺は魔力を爆発的に解放することはできても、継続的に送り続けることができていない。
それは、まるでエンジンが点火する瞬間の火花のようなものだ。
点火はできても、燃焼し続けるための燃料供給がない。
「つまり、俺の魔力の使い方は……」
『断続的なパルス制御のようなものです。』
コーシーが続ける。
『火を持続させるためには、魔力を一定のリズムで送り続ける必要があります。
現在の魔力操作は、短いスパンで発火し、それを繰り返しているだけ。
これは火花を発生させるための方法であり、火を持続させるためのものではありません。』
「つまり、俺は魔力を『燃料供給』として使えていない……?」
『その通りです。火を維持するためには、一定量の魔力を安定して送り続ける技術が必要です。』
「魔力の流れを持続させること、それが次の課題だな……。」
俺は魔法の制御について改めて考え直した。
これまでの俺の魔法の使い方は、単発的な爆発によって火花を作る方法だった。
だが、火を持続させるには、魔力を「流れ」として扱う必要がある。
「火の魔法を安定させるには、魔力を水の流れのように送り続けなければならない……?」
『適切な比喩です。魔力を炎に変換する際、途切れることなく流れ続けることで、火を維持できます。』
「でも、どうやって魔力を持続的に流せばいい?」
俺は実験を始めることにした。
1.まず、指先に魔力を集中させる。
2.いつものように火花を生むのではなく、「一定のペース」で魔力を送り続けることを意識する。
3.魔力を押し出すのではなく、「自然な流れ」にする。
息を吸い、吐く。
心臓の鼓動を感じる。
魔力を「波」のように、ゆっくりと送り出していく。
……パチッ!
一瞬、火花が弾ける。
しかし、そのまま意識を途切れさせずに魔力を送り続けると──
指先に、小さな炎が生まれた。
「……!」
俺は息を呑む。
しかし、その炎はほんの数秒で消えてしまった。
『成功まであと一歩です。』
コーシーの言葉に、俺は頷く。
俺は、火花と炎の違いを科学的に分析した。
火花は「瞬間的なエネルギー放出」。
これは電気のスパークのようなもので、エネルギーが一瞬で発散される。
しかし、火を持続的に灯すには「エネルギーの持続供給」が必要になる。
俺は、エネルギー供給の問題をどう解決するか考え始めた。
火を持続させるためには、より多くの魔力を安定して供給しなければならない。
では、その魔力はどこから来るのか?
本には「魔力は生命に宿るもの」と書かれていた。しかし、俺の感覚はそれとは異なっていた。
俺は自分の中に蓄積されたエネルギーを使っているわけではない。何かを「引き出し」、それを制御している感覚に近い。
これまで何度も火花を出したが、魔力切れを起こした事はない。
それを確かめるために、俺は試しに魔力を発動させず、「魔力の流れ」だけを観察してみることにした。
目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。
指先に意識を向け、魔力を感じ取る。
──何かが流れている。
それは、俺の体内から湧き上がるものではなく、外部から流れ込んでくるもののように感じた。
「まるで……空気を吸い込むように、周囲から魔力を取り込んでいる?」
俺はさらに魔力の流れを追いかける。
呼吸をするように、魔力は俺の体に入り込み、俺の意識によって動かされ、指先へと送り出されている。そして、それが熱に変わることで、火花が生まれている。
「コーシー、仮説を検証する。俺が使っている魔力は、体内に蓄積されているものではなく、外部から取り込んでいる可能性がある。」
『解析開始……』
再び短い沈黙。
そして──
『仮説に矛盾なし。解析結果:ヒカルの魔力使用時、体内魔力の消費は少なく、外部エネルギーの引き込みが確認される。』
「やはり……!」
魔力とは、体内に蓄えられたエネルギーのみではなく、外部から流れ込むものだった。
つまり、俺たちは生まれつき体内に魔力を持っているだけではなく、もしかすると魔力はどこにでも存在し、魔力を「操る能力」を持っているだけなのかもしれない。
だとすれば、魔法のコントロールの本質は、いかに効率よく外部の魔力を引き込み、それを変換するかにかかっている。
俺は新たな仮説を立てた。
1.魔力は体内に蓄積されるものだけではなく、外部から引き込むもの。
2.魔法の発動は、魔力をどれだけ効率よく吸収し、変換できるかによって決まる。
3.火の魔法を持続させるには、魔力の流れを断たず、一定のペースでエネルギーを供給し続ける必要がある。
この理論が正しければ、魔力をコントロールするための練習方法も変わるはずだ。
俺はただ闇雲に魔力を集めているのではない。
「外部の魔力を、いかに自分のものとして取り込むか」
これが、次の課題となる。
「コーシー、この魔力の流れの制御をさらに効率化する方法を考えたい。何か仮説はあるか?」
『提案:魔力の流れを安定させるために、「リズムを持った呼吸制御」を導入する。』
「……呼吸制御?」
『仮説:魔力の流入は、呼吸と連動している可能性が高い。一定のリズムで呼吸することで、魔力の流れが安定する可能性あり。』
確かに、魔力を感じる際には深い呼吸が必要だった。無意識のうちに、呼吸と魔力の流れが連動しているのかもしれない。
「よし、試してみる価値はあるな。」
俺は改めて深く息を吸い込んだ。
ゆっくりと魔力を取り込み、指先へと送り出す。
その動作を繰り返しながら、次なる目標に向けて準備を進める。
──次のステップは、「火を持続させること」。
魔力の流れを安定させ、一定のリズムで魔力を送り込む。
それができれば、火は消えず、持続するはずだ。
「よし……ここからが本番だ。」
俺の魔法の研究は、さらに深まっていく。




