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転生少女は愛猫と、異世界霊を成仏す  作者: 五菜 みやみ
第一章
9/12

第8話 不解


 

 ぐったりとしていたが、こんな森の中で眠りたくなくて翠を抱きながら立ち上がった。

 正直、これ以上は一歩も歩きたくないくらい疲れていたが、翠も頑張ってくれたのだ。

 小さな生き物にこれ以上の無茶はさせたくなくて、気力でどうにか来た道を歩き出した。

 歩いていると、何か忘れているような気分になった。


「なんだろう? なんだっけ?」

 

 岸辺の方向へ歩いていると、幻影でフィーネが叫んでいた二人の存在を思い出した。


「あーっ! 忘れてた!」


 やばい。これは非常にマズイ。

 もしも私の予想が正しければ、あの存在こそ今すぐに抹殺しなくちゃいけない代物だ。

 翠に謝りながら大きくなってもらうと、風魔法で空を飛び、猛スピードで駆け抜ける。

 向かったのは行こうとしていた場所であり、私が落ちそうになった場所だ。──そう、あの崖だ。

 断崖絶壁の狼が屯していた川辺である。

 着くと魔物周辺に集まっている野ウサギたちが見えて、私は慌てて 「ストォォォプッ……!!」と、大声を出していた。

 そんな叫びにウサギはビクッとして止まり、逃げようと駆けずり回わった。そのせいで仲間と衝突し合い、何匹かが転んでいた。

 翠の背中から飛び降りて、ウサギたちを捕まるように言うと、直ぐに挟み撃ちにしてくれた。

 近くいた個体から捕まえてよく観察すると、口周りに血が付いている子はいなくて異常は見られなかった。

 ギリギリセーフだった。

 あのまま思い出せずにいたらこんな可愛い子たちが魔物になってしまうところだった……。

 

「良かったー!」


 泣きそうになって空を仰ぐと、手に捕まえていたウサギが暴れ出した。


「あぁ、ごめんね。もう良いよ」


 そっと下ろしてあげると、去っていく計五匹の野ウサギたち。

 ウサギたちが見えなくなると、先に魔物になった狼たちを全部消去して、それから餌になっていた物体を見つめた。


「──さて、フィーネを危険に晒した君たちの顔を拝んでやろうか」


 ニヤリと笑って腰ベルトに差した笛を手にする。

 唇に笛口を当てると息を吹き込んだ。

 幻影を見せる緑色の粒子は直ぐに現れた。

 けれど、一向に二人の姿が見えず、首を傾げる。

 なんでだろうと思って不思議に思っていると、にゃぅんと翠が鳴いた。

 翠は上を向いていて、それに倣って私もゴツゴツとした岩肌の岸を見上げた。

 しばらくすると上から落ちて来たのは小太りな男と細身の男だった。

 きっと良い身分だったのだろう。質の良いはずの小洒落た洋服は、枝で引っ掻いたのかボロボロに解れていて、木屑や葉っぱがいっぱいくっついていた。

 見つめていると、兄弟なのか顔立ちがどこか似ていることに気付いた。

 すると、身長の低い男と目が合った。

 二人の遺体の側にいた私は特に粒子が多く、落ちてくる二人とぶつかるかと思った。

 咄嗟に避けようと目を逸らそうとしたが、その前に吸い込まれるように夢の中へと引きずり込まれた。

 身体の一部だけが投げ飛ばされたような感覚がして、ハッと気が付いた時には視界全体を覆う真っ白い空間に佇んでいた。

 ネトの時でも見たように四角い額が流れて来て、映像が映し出されている。

 最初は街の中の通りから始まった。

 西洋を思わせる街並みに目が行くこの視界は低く、一本の通り道を誰かと手を繋いで歩いているようだった。

 前を歩く後ろ姿は大人とは思えず、まだ7歳くらいの令息に見える。

 令息だと分かるのは着ている服だ。

 艶のあるシャツに、貴族らしい蔦がうねったような植物の模様が描かれたベスト姿で、下はズボンと革靴を履いていた。

 どのくらい歩いていたのだろう。二人が着いたのは古ぼけた木造の建築だった。中に入ると、居酒屋のような内装をしている。

 冒険者が集まるような飲食店だろうか、テーブルやカウンター席で屈強な体格をした冒険者らしき男たちが樽ジョッキを片手に話していた。

 ガハハッと笑う楽しげな様子から、ドアから入って来た二人に気付くと、突然現れた子供に顔付きが険しくなり、訝しむように「あぁん?」と言って店内にいた男たちが睨んで来た。

 中には立ち上がって絡んでくる者もいる。

 自分たちの身長よりも倍以上ある男たちを、きっと兄なのだろう、手を繋いでいた男の子が堂々とした態度で言い返し、相手にすることなくキッチンに立つマスターに話しかけていた。

 何かを話すと奥の階段へと向かう。

 錆びれて油の染みついた階段を一段一段慎重に上がって行く視界の主は、視線を大きく揺らしながら登っていた。

 上がり切った2階の踊り場で一休みすると、柵を回って真っ直ぐ伸びた通路を進みだす。

 兄弟が突き当りのドアの前に着くと、ドンドンと扉を叩いた。そして、ドアノブに手を掛けると、部屋の中が映し出される前に映像はパッと切り替わった。

 今度は家の廊下だろうか。

 窓ガラスが等間隔で設計された廊下はとてつもなく長く、貴族らしさが伺えた。

 それに、庭から見た屋敷の外装も立派なものだ。

 この屋敷での映像は次々と流れて、少しずつ視界の高さも大きくなっていた。

 映像の中で数年が経つと、兄弟の顔立ちから幼さが消えて成人した年頃になる。

 ある日、本がびっしりと整理された部屋で、幼い頃からずっと側で見守っていた父親と兄が並んで立つ姿が映った。白髪混じりの父親が抱えていた書類を兄が貰うその景色は、まるで引き継ぎ式みたいだ。

 それから執務室で書類と向き合う兄。側で見守りサポートをしているらしいこの視界は偶に楽しげに何かを話していた。

 始まった貴族の生活はとても愉快だったのだろう。使用人たちとも仲良く話していた日々が続いていた。なのに、兄弟は欲深さを持っていた。

 家計の横領、路地裏での密輸、人をいたぶる嗜虐心までもあった。

 罪を犯している場面が何度も移し出される。

 何度も何度も、似たようなことが繰り返されて、食べるのが好きな兄は見見うちにどんどん太っていった。

 この弟はコレクターらしい。宝石やら、骨董品やらと色んなものを集めては地下の部屋へと飾っていた。

 どのくらい年月が経ったのだろう。

 幼い頃に訪れていた居酒屋へと兄弟は訪れていた。

 その時になって、ふと気付いた。意外にもあれから一度も居酒屋には足を運んでいなかった。

 階段は小さい頃とは違って段差が低く、視界も激しく揺らぐことはなかった。

 扉の前で兄が蝶ネクタイを締め直す。すると、今回の映像は途切れなかった。

 部屋には誰もおらず、二人はほくそ笑みながらソファに座ってふんぞり返っている。

 相手は遅れているのかと思っていたけれど、以外にも早くドアは開かれて、一人の若い男性が入ってきた。

 顔はぼやけて見えず、それにしては身体は妙にハッキリと映っている。

 まるで顔を知られたくないような感じも思えて来た。

 後からやって来た男性が二枚の紙を取り出すと、何処かの地図と箇条書きに書き留めた文字が書かれていて、それを見て二人は抱き合った。念願のものが手に入った、そう言った雰囲気だ。

 紙を貰い屋敷へ帰ると画面が切り替わり、『夜の馬』のパーティーメンバーと合流していた。

 そして、 大きな蜘蛛が現れて兄弟揃って走り出した。

 森の中を無我夢中で走る二人。景色が物凄い早さで過ぎて行き。そして、茂みから開けた所で光に包まれて、私はバッと現実世界に戻された。

 目が覚めるとふらっと目眩がして倒れそうになるのを柔らかいものが支えてくれた。

 翠だ。いつの間にか私の側に移動してくれていたらしい。

 真っ暗な川沿いで幻想的にも見える緑光はまだ保たれていた。

 弟の幻影はまだ続いているのか、二人の姿を探す。

 すると、荒らされて原形を留めていない黒い物体と重なっていた弟が、のらりと立ち上がり姿を見せた。

 その距離が近くて私はビクリと肩が跳ねた。

 どうやらこの崖から落ちても助かったのは、兄ではなく、弟だったようだ。辛うじて生き残った弟は、岩肌に手を付き、その場に座り込んだ。すると、何かに気付いたように顔を上げて何処か一点を見つめていた。

 私がいない川上の方。もちろんそこには何もない。けれど、生前の弟には見えている何かがそこにいるのだろう。


〈助け……〉 

 

 そう言って手を伸ばした。


「いったい何を見てるのやら……」


 すると、バッと後ろを私を振り向いた。

 ドキッとしたが。私に反応した訳じゃないと思い直すと、溜め息を付いた。

 私も振り向いて見るが何もない。川が流れ、森の切れ目からは星空が見えるだけだ。


〈あ……、な、なぜ……〉


 震えた声に弟を見た。


〈た……、助け……あ、ぁあ! やだ、しにたくなッ──〉


 怯えきった声に揺らぐ瞳孔。

 最後に切羽詰まった奇声を発した時の顔は絶望した表情を見せていた。


「…………」


 項垂れた弟の身体が突然倒れる。それも不自然に。

 動かない所を見るとこと切れたらしい。

 私は目を細めた。

 可笑しな終わり方だ。まるで失神のように亡くなった。

 それに、思い返せば最後の言葉も変だった。

 森の中、獣に襲われて死んだはずなのに、どうして〈なぜ〉が呟かれたのだろう。

 それに何に助けてと手を伸ばしたのは、“人間に”だよね……?


「──まさか、他にもいた? ネロたち以外の人間が?」


 いったい、誰──?


「──あぁ、謎が増えたよ……」


 まぁ、いっか……。

 痕跡が何も無いのだから考えても仕方ない。

 それに、犯人探しが私の仕事ではないのだ。どうだって良いだろう。


「どうやら恐怖だけで、願いも何もなかったようだし、適当に埋めようかな」


 川辺に埋めるのは気が引けて、川を挟んだ向こう側の森の中に入った。

 適当な木の下に穴を作って埋めてあげる。

 それから石碑を立てて印を刻み、墓を立てたのだった。


「あぁぁ、やっと終わったぁー」


 やっと全ての事が片付いて、私は川辺で座り込んでいた。

 途端に喉が渇いて川の水を手酌で掬うと思う存分飲み込んだ。

 疲れきった身体に冷たい水は染み込んでいき、やっと一息つけたことに眠気を感じる。

 すると、側にいた翠は大きな尻尾で軽く私を叩くと、川を飛び超えて森の中に行ってしまった。

 暗闇に消える翠の姿を私は口を開けて見つめる。


「ちょっ!? え、なになに!?」


 戸惑って声を上げると、瞬間、森の中から翠の鳴き声が響いて、私はバッと立ち上がった。



 

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