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転生少女は愛猫と、異世界霊を成仏す  作者: 五菜 みやみ
第一章
6/12

第5話 幻影


 

 緑光が完全に姿を形造るとそれは動き出た。

 髪の長い女性が口を開くと離れた場所にいる私の耳にも聞こえるくらいの声が響いた。


〈落ち着いて!

 必ずお護りするのでお二人方は動かないで下さい!〉


 お姉さんが誰も居ない後ろを見る。まるで此処にはもう二人、この場にいたかのような言葉だ。

 他の四人が女性の前に集まると、敵である魔物の蜘蛛を目の前にして剣を構えて対峙していた。

 男たちよりも倍以上の蜘蛛の姿は、頭に目玉が三つあり、胴体は逆立った毛に覆われいて、8本の足先は硬い殻のような性質のもので地面に突き刺さっていた。

 佇む蜘蛛を見てパーティーの中でも一番の年長でリーダー格の男が後ろの仲間たちをチラリと見ると、冷静に指示を出す。


〈俺とユーグで敵を引き付ける! セリグは後ろから足を切り落とせ!〉


〈〈おうっ!〉〉


 隣りにいたユーグと、後ろにいたセリグが返事をして蜘蛛に突っ込んで行くと、蜘蛛の関節部分を狙って切り付け、暴れる脚を剣や盾で弾き返していた。

 セリグは後ろに回ると後ろ足を二本切り落とし、一度離れて次の足を狙っていた。

 スムーズに蜘蛛を弱らせていた冒険者のパーティーは、全員が自信に満ち溢れていた。

 負けることを考えていないようだ。

 セリグが三本目の足を切り落とすことに成功すると、蜘蛛は激痛に身悶えて怒ったように気味の悪い雄叫びを轟かせた。

 甲高いその鳴き声はその場にいたみんなが思わず耳を塞ぐほど大きく響き渡り、その隙を突いて前足でリーダーとユーグの二人を薙ぎ払い、後ろにいたセリグに爪を振り下ろした。

 咄嗟に後ろへと下がって避けたセリグに蜘蛛は追いかけず地面を抉って砂を撒き散らす。

 みんなが距離を取って次の攻撃を模索すると、何かに気付いたように一斉に一点を見つけた。それは蜘蛛も一緒だった。

 その方角には杖を持った女性と短剣を構えていた女性がいて、蜘蛛から視線を外して後ろの森を見つめていた。


「森に何かあるの……?」


 ──違う。もう二人だ……!!

 導き出した答えを肯定するように二人の女性が叫ぶ。


〈ダメッ!! 待って!〉


 杖を持った女性が蜘蛛が動き出した気配に気付き、意を決したように見えない二人を追いかける。


 〈……ハッ! フィーネ、危ない!〉


 ショートヘアの体育会系の女の子が叫ぶと、杖を持ったロングヘアの女性に大きな陰が重なった。

 そして、私たちと女性の間に空から蜘蛛が落ち来て、女性を隠す。ドスンッと大地が揺らいで、土埃りが舞い上がる。

 着地をした直後、何が起きたのかは分からない。けれど、悲痛な叫びがみんなの身体を強張らせた。

 巨大な蜘蛛はたった五本の脚の力で男性たちの場所から高く跳躍をすると、一瞬で女性の所まで詰めたらしい。

 その後、前足を振り落としたのが後ろから見ていて分かっていた。その直後に、甲高い叫び声が響いたのだ。

 見えなくても悪い想像が浮かび、足が震えて目の前が歪む。


〈ふぃ──、フィーネ……!!〉


 不安気に震えたもう一人の女性が名前を叫ぶ。

 短剣を持っている幼さの残る顔立ちに赤髪のショートヘアの女性が、走り出して蜘蛛の腹部へ飛び上がると頭胸部の方へ駆け出す。

 身軽そうに走る小さな身体は頭の上まで来ると、前の方へ飛び跳ねて短剣を思いっ切り突き刺した。

 刺された蜘蛛がまた声を上げて頭を激しく降る。

 赤髪の女性は短剣を抜くと下へ飛び降りた。短剣を抜かれた蜘蛛は五本の足をバタつかせて暴れ回り、木が薙ぎ倒されている方へと突っ込んで行った。

 倒れた木は途中からくの字に曲がり私の方へと繋がっていて、暴れて身悶えてる蜘蛛が次はどこへ突っ込んで来たのかが一目瞭然だ。

 他にも倒れている木は周辺にあるが、蜘蛛の糸が垂れ下がっているのを見ると、この後の戦闘がどれだけ激しものだったのかを物語っているようだ。

 蜘蛛は苦しそうに藻掻き苦しんでいると、男性たちが赤髪の女性に声を掛けた。


〈ネロ! フィーネは!?〉


〈モートンどうしよう!!〉


 フィーネの上半身を抱き上げたネロがぎゅっと身体を包み込む。


〈フィーネが息してない! 身体が冷めちゃう!!〉


 そんなネロの言葉は、みんなを絶望に陥れていた。

 顔色を真っ青にし、目を開いて俯く男性たちに、ネロは涙を流して何度も名前を呼んでいた。


〈やだッ! フィーネ、目を覚ましてよ!!〉


 『…………』


 その後の展開はあっと言う間だった。

 立ち直った蜘蛛がこっちへ突進して来た。

 もの凄い勢いで近づく蜘蛛に私は動けず息を止めていた。幻影だと云うのを忘れて死に際に立っているのを感じている。

 翠も幻影だったことを忘れていたのかもしれない、けれど動けなくなる私とは違って、その場から高く跳躍して蜘蛛を避ける。 

 視界が揺れる中で我に返って呼吸を整える。翠がいて良かったと思った。お礼のつもりで身体を撫でると嬉しそうに鳴いた。

 その間にもパーティーは襲われていく。

 二人目の犠牲者はユーグだった。 

 突っ込まれた衝撃波で男性たちが暴風に吹っ飛び、背中を木に打ち付けていた。そして、激しく噎せて動けずにいるユーグの目の前に引き返した蜘蛛が現れると、口から半透明なピンク色の体液を吹き掛けられた。

 その体液には溶解の作用でもあるのか、身体に触れた部分からジュワッと燃えた音と煙りが上がり、ユーグの口から断末魔が飛び出した。


〈あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!〉


〈ユーグ……!!〉


 動かなくなったユーグにリーダーのモートンが名前を呼ぶと、蜘蛛が跳ねて今度はモートンに襲いかかる。

 爪が振り下ろされるのを後ろへ跳ねて避けると、二度目の横薙ぎの爪を盾で防ぐ。けれどユーグに掛けた同じ体液が盾に吹き掛けられると、溶解の作用でドロッと溶けて、モートンは慌てて半溶けの盾を投げ捨てる。

 両手で剣を構えてもう一度爪の攻撃を防ぐと、身体の下へと潜り込み剣を振り回す。関節部分から後ろ足を一本切り落した。

 下半身が崩れる前にモートンは下から抜け出すと、蜘蛛は腹部を引きずらながら暴れ回る。

 途中でセリグが狙われ、剣や魔法で防ぎながら糸を避ける。セリグの戦闘を見ていると、後ろからネロが走って来て腹部を切りつけた。


〈死ねぇぇ!!〉


 その応戦に乗っかって、モートンも切り付ける。


〈うおぉぉ!!〉


 蜘蛛は確実に弱っていた。それでもなけなしの力で足をバタつかせて三人の攻撃から逃れた。

 切り付けられた所から血を撒き散らしながら戻って来ると、ネロに向かって突進して来る。ネロは走って逃げるが蜘蛛の方が早かった。

 蜘蛛の激しく動く脚がネロを踏み潰すように襲うと横から入って来た人影がネロを道から投げた。

 蜘蛛の脚が腕を刺し、腹部で轢いて通り過ぎる。

 抉られた土に埋まっていたのは、全身を赤く染めたユーグの姿だった。


〈ゆ、ユーグ……!!〉


〈〈ッ──!!〉〉

 

 暴れた蜘蛛はモートンを襲う。

 身体的なダメージから動きが鈍くなっていたモートンは切り傷を追いながら蜘蛛の爪を防いでいた。

 防戦一方なモートンが苦しそうに息を漏らすと、突然火柱が立ち上がる。

 私は驚いて周囲を見渡すと、火柱はセリグの魔法だったらしい。剣を地面に突き刺していて、そこから地割れが蜘蛛の腹部へと繋がっていた。

 パチパチと蜘蛛の身体は燃えて煙りが立ち上がる。

 動かない蜘蛛を見つめて三人は息を吐き、モートンは溜め息をついて肩を落とす。

 セリグはその場に崩れて、ネロは項垂れて蹲る。

 私はその三人の様子に、これで終わっていたら良かったのにと思わずにはいられなかった。

 そしたら今頃、犠牲となった仲間たちを連れて下山出来ただろう。


 ────でも、現実は違う。


 パチパチと音の中にパリッと殻が割れる音が重なり、腹部が少しずつ破かれて行く。

 その音と気配に、三人も気付いたようだ。

 吃驚したように目を開いて、蜘蛛が脱皮する様子を黙って見つめていた。

 しばらくして割れた腹部から、小さい蜘蛛が現れた。

 焦げ臭い香りが鼻を刺激する。



 

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