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転生少女は愛猫と、異世界霊を成仏す  作者: 五菜 みやみ
第一章
4/12

第3話 魔物


 

「…………」


 息をするのも忘れた頃、隠れていたものが一陣の風となって、静寂を切り裂き姿を現した。


「ッ……!!」


 草むらから飛び出して来たのは飢餓状態に陥った獣で。崖下にいる狼と全く同じだった。

 私を目掛けて襲ってくる狼の行く手を、翠が一つ鳴いて威嚇するが、それでも立ち止まろうとしない狼に翠は怒りで身体を震わせた。

 すると、白い毛が仄かに光を放ち輝き出し、同時に手足や身体がガッツリした体格に変わっていく。その姿はやがて大きな猫と化した。

 狼よりも更に巨体化した愛猫の変化に言葉を失う私を放って、翠は狼に対して牙を向く。

 それでも速度を落とさず襲って来ると、狼は一躍し高く跳んだ。空中で爪を立て涎で濡れた口を大きく開いた。

 すると、翠の太く長く白い尻尾がバシッと狼を叩き飛ばし、何本の木を倒しながら遠くへと勢い良く吹っ飛んで行く。


「…………」


 急な展開に私は何て口にしたら良いのか分からなくなって、その場にへたり込み息を吐く。けれど、事態はそう簡単に収まってくれなった。

 圧勝とも思えた戦況は、逆に事を大きくしてしまったらしい。

 崖下から地鳴りにも似た低い鳴き声が響き渡り、森を揺るがす。

 しかも、私たちの存在に気づいたのは狼ではない。

 暗闇から黒い影がゆらりと動き、この場に逃げて来た原因が姿を現した。

 ただでさえ混乱状態だと言うのに、次から次へと問題が障子て、思考回路が崩壊して行く。

 意識を失ってないだけでも褒めて欲しいくらいだ。

 こんなのどうしろって言うのよ……。

 目の前には数体の亡霊が、後ろには気味の悪い狼がいる状況に考えがまとまらずにいると、翠が「シャァァ!!」とまた威嚇の声をあげて私を振り向く。

 顔を背後に寄せると、ぐいっと服が引っ張られて脇辺りが締め付けられた。手足から地面の冷たいが感じなくなり宙吊りになったことに、やっと咥えられていることを知る。

 何が起こるのか分からずドキドキしていると、次の翠の行動に私は絶叫を大空へと響かせた。なんと、翠は崖を急降下したのだ。

 狼が落ちて来る私と翠を仕留めようと真下に集まると、今度は絶壁を蹴ったのだろう、ダンッと音ともに空へと跳躍した。

 獣の集団よりも遙か先に着地すると、数メートルの川を軽々と飛び越えて茂みへと入って行く。

 ぶわっと風を感じ、ぐわんと身体が空を舞い、ふらふらと揺れならが景色が変わって行くことに、考えるのを放棄したくなった。

 やっと解放された頃には、また良く分からない森の中で、大きな木の下の凹み近くに落とされた。


「…………はぁぁ。もぉぉ、過労死するよぉぉ……」


 ここまで連れて来たのは翠であって、私は一歩も動いてないのだが、一日に色んなことがあり過ぎて疲労感が半端ない程襲っていた。

 泣くのを通り越して、永眠と云う現実逃避をしたくなる。もちろん、折角翠と生き返ったのだからそんなことはしないが……。そのくらい心が消耗していた。


「……翠、怪我はない?」


 私の回りをぐるぐると周っている翠に話し掛けると、大きな顔を近づけて来てスリスリと擦り付ける。

 身体が大きくなっても毛は柔らかく、肌触りは気持ち良いみたいだ。

 きっと第一に大きさを変えられることにツッコミを入れた方が良いのかも知れないが、前世とは全く異なる世界観に生まれ変わっている状態なのだから、ありのまま受け入れるしかないだろう。

 ──そう。ありまま。神様に言われたことも、どうしようも出来ない確定事項であって。時既に遅し、後の祭りの運命なのだ。


「翠、もう少しこのままでいて」


 猫好きのリフレッシュ方法は決まっている。

 このフワフワした存在にしがみつき、胴体にボフンとすることだ。

 幸い、巨体化している翠の横顔でも、私の顔は十分埋り、顔を埋めながら両手を伸ばして撫でた。

 はぁ……、気持ちぃ。

 心行くまで堪能していると、頭の中はスッキリしていて、大分リラックス出来た。

 翠は一歩離れると仄白い光を放って、身体を小さくする。まさに変幻自在だ。

 木の下の凹みに入ってから小さくなった翠を膝に乗せると、翠は束の間休息を取るため丸くなる。


「さて、これからどうしようかな……」


 翠の身体を撫でながら本を捲ると、目次が一頁目に出てきた。

 開いた時は見たこのない文字に見えたが、瞬きをしたら読める文字に変わっていた。

 その目次に書かれた項目から打開策に使えそうな頁へと捲ると生き物のことが記載されていた。

 なんとなく予想はしていたが、黒い陽炎に包まれた動物は魔物と言われるらしい。

 この世界では神話の時代から伝染した異国の呪い、『黒瘡炎禍(こくそうえんか)』と言う呪術があり。それを受けた動物や人間が魔力の暴走を起し、理性をなくして生き物を襲う“魔物”となるらしい。人間の場合は“魔人”と呼ぶらしく、魔力で破壊行動を起こすみたいだ。

 中でも厄介なのは、その呪いを受けた人間や動物の血を吸った植物、『紫紺痘草(しこんとうそう)』を間違って食べた場合に、『八渦病(やっかびょう)』を患い同等の症状に至るみたいだった。

 八渦病は動物にとっては魔力暴走で長命になる個体もいるみたいだけれど、“魔人”になる人間は滅多におらず、その前に死に至るのが現実らしい。

 そして一度、呪いを受け、病を患うと正常に戻るのは難しいようだ。

 “黒瘡炎禍”の呪いは霊媒師が使う『浄術』で解呪することが可能で、“八渦病”は軽症の段階で『銀粉草(ぎんこそう)』の薬草を使えば治るらしい。

 けれど、治療が出来ても“浄術”を使える霊媒師は、一族で山に引き篭もり、滅多に下山することはなく。

 治療薬となる“銀粉草”も、生息場所も生産方法も不明で滅多に市場に出て来ることはない。

 そのことから“不治の病”とこの国では称されているみたいだ。


「自分が霊媒師だから呪いはそこまで脅威じゃないとして。

 八渦病……、紫紺痘草か……。私も気を付けないとなぁ」


 でも、魔物と戦うのは平気そうだ。血が顔に掛かったら危険そうだけど……。

 大分この世界の事情が分かって来た。

 取り敢えず呪いやら薬草やらのことは他の場所でも知らべてみよう。

 今は魔物を倒して街へ向かうのが目標だ。

 魔物と戦うには剣がないから、魔法を使うしかない。

 それに、折角魔力のある身体なのだから魔法を使わない手はないだろう。

 この先、何が起こるか分からのだから自分が出来ることは把握しておかないと。


「えっと、私の能力に関するのは……」


 後半部分に存在するプロフィールには「蜜路地 李桜」と書かれていた。

 その下には職業と魔法属性。付属魔法が記載されている。


「職業、霊媒師。魔法師。聖職者」


 ……聖職者と霊媒師って何が違うんだろう?


「魔法属性は、火、水、風、地。闇」


 闇に丸が囲まれてるのは何か意味があるのかな。

 こっち来て直ぐに風魔法が使えたから、記載されてるのは使える属性のはず。

 そうなると、闇魔法が一番強いのかもしれない。


「魔法は神と精霊から与えられしもの。創造により変化し、念願により造られ、詠唱によって力と成す」


 うん、分かりやすい。

 ようはイメージして口にすれば良いのね。

 頷きながらページを捲ると、霊媒師のことについて書かれたのが目に入った。


「霊媒師とは死者の魂を見つめ、声を聞き、願いを聞き届ける者」


 死者の願い……。


「唄で黄泉の路は拓き、印で封じる……」


 印? ──ってなんだろう。

 笛を吹けば浄霊出来るとは言ってたけど、印なんて教えてもらってない。

 

「謎だ……」


 日本の知識だと霊を払うのは、十字とか、五芒星とか?

 他に思い浮かぶ印なんて知らないぞ。

 

「どうしよっかねー」


 翠は多分、何があっても神様から貰った力でどうにか出来るのだろう。

 私もきっと神様から必要な力は貰っているんだろうけど、その扱い方が全然分からない。

 何も教えてくれなかった神様に文句を言いたいが、イライラしていてもしょうがない。


「もう夕方だから今日はもう動くのはまずいかな。でもお腹減ったし、喉渇いた……」


 せめて水だけでも飲みたい。

 

「──よしっ! 暗くなる前にやっつけて、川の水を確保しよう!」


 決意が固まると翠も起きてゆっくり膝から降りた。

 やることを理解しているのか、また身体が大きくなる。


「ありがとう翠。暗くなる前に終わらせようか」


 前世で死に、あんなことを体験したのだ。もうちょっとやそっとでは動じないぞ。


「霊媒師の初仕事! いっちょやってみようか!!」


 伏せてくれた翠の背中に乗ると、落ちないように体勢を低くして毛をぎゅっと掴む。

 翠は一度鳴くと走り出し、直ぐに川に辿り着いた。

 魔物の狼たちは未だにも食事をしていた所に留まっていて。私と翠に気付くと、川沿いまでやって来た。

 水を嫌がっているのか渡ろうとはしない。


「だったら……」


 頭の中で水を持ち上げるイメージをしながら左手を前に突き出す。すると、水面が激しく揺れて波をつくった。


 ──魔法はイメージして。 


  指を広げながら手を上げると、噴水が起きて5本の柱の様に高く伸びる。


「《放射!》」


 ──詠唱する。


 手を一気に下ろす。

 同時に噴水は水蛇のように狼たちを襲い呑み込んだ。

 苦しそうな泣き声を吠えていたが水が引く頃には、狼たちは散乱して倒れていた。

 全滅したのか、じっと見つめて注意深く観察すると、三匹の身体がピクリと動いた。他の残りが動かないのは《放射》で溺死したのだろう。

 私は溜め息をつくと、翠に川を渡ってもらう。

 翠は悠々と川を飛び越えると、生きてる一匹の狼のもとに近づた。

 微かに息をしているだけの狼は苦しそうで、私は首へ目掛けて指を揃えた手を横に振るう。


「──《風切り!》」


 シュッと空気を震わす音が周囲に三度響いた。




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