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8 ナイアルとウルリヒ

 その後、ナイアルは何回かウルリヒを見た。


 毎年恒例の槍試合大会、大観衆の人いきれの中から、市民会館の露台に居るのを何とか判別した。


 定期通商船に乗っかって、マグ・イーレの王子達がティルムンに行くと言うのを野次馬しに行ったら、港湾組合事務所の露台にそれらしき姿を見たように思う。


 新年祝の挨拶は、いつも“紅てがら”の書き入れ時だから行けなかった。



 じゃりじゃり伸びるひげに煩わされるようになり、出会う女の子に内心で星の五段階評価をつけるようになって、月日はどんどん過ぎていく。父について、数か月単位の仕入れ旅行にも何度か行った。


 拡大された兵役義務に伴い召集令状が来て、ナイアルは市民兵、二級騎士になった。




 お役目三年目の夏、配属先の第十三遊撃隊はその日、たまたま運よく休暇となった。


 どうしようもない湿地帯での警護から、一時とき放たれる。


 今年で退役するという隊長じいさん、口数の少なすぎる副長、いまだに話の通じない危なっかしい同期とわかれて、ナイアルは“紅てがら”へ走る。


 四年前に生まれた姪のリリエルを抱っこして、姉と義兄と広げた弁当をぱくつきながら、広場で槍試合見物だ。


 びっくりする程小さな子が、でっかい相手を叩きのめしてとうとう優勝してしまうのを見る。


 表彰の時、ウルリヒがその子と手を繋いで市民会館の露台に出ると、ナイアルは息が出来なくなる。


 子どものもう片方の手はひらひら服を着た娘が――妹姫だ――反対側で繋いでいたのだけど、ナイアルの目はウルリヒに、王に釘付けになっていた。


 隣の子どもとの対比があるのだろうけど、ものすごく背の高い男になっていた。


 濃紺短衣に草色外套、ぴかぴか光る白金髪。



「本年の勝者、テルポシエ市のケリー!!!」



 愉し気な声がぐうんと響く、ナイアルにまで届く、広場は次の瞬間拍手喝采の波に包まれたけれど、ウルリヒの叫びはいつまでもいつまでも、今でも、ナイアルの耳朶に残っている。



「いっぱしの王様になりやがってよ……」



 ぼそりと呟いた。



「ほんとだよ」



 隣を見ると、マリエル姉ちゃんがじわりと涙腺決壊寸前であった。



・ ・ ・ ・ ・



 ウルリヒは、一度だけナイアルを見た。


 イリー暦188年、エノ軍による包囲戦が始まって数か月。


 冬に向けて衝突がどんどん確実になっていく日々、ウルリヒは周囲を取り巻く老騎士連を何度もつついて、積極的に湿地帯の各四壁、防衛戦線の視察に向かった。


 何度も何度も数え直した、ナイアルが義務最終年でいまだに兵役についているのは確かだけれど、二級騎士の名簿は彼の手に入らず、どこの部隊にいるのかわからない。


 だからウルリヒは繰り返し外に出た、現実の戦場へ足を運んだ。



 そうして晩秋のある朝、ようやく見つけた。


 市の東側、第三壁と第二壁の間に整列した第十三遊撃隊に、ナイアルはいた。


 一緒に来ていた近衛騎士達の隙間からどうにか、ウルリヒは目を合わせることが出来た。


 小雨に濡れそぼった、枯草色の外套頭巾を脱いだ四名全員に、頷きかけてゆく。


 ウルリヒよりさらに上背のある隊長、何も考えていないのが明白な表情の長髪男、焼きたてぱんを連想させる巻き毛の青年、――ナイアル。



 なつかしいぎょろ目で、ナイアルはにぃぃっと笑った。


 ごくわずかに頷いたように見えた、その顎先が首に巻いたぼろっちい濃紺覆面布に触れた。


 だからその瞬間に、ウルリヒは力を得た。


 力を得てにっと笑い返した、目を見開いて、強くつよく。





 さあっと去ってゆく王の視察団。小雨は降りやまない。



「配置に戻れ」



 平らかな調子で、隊長ダンが皆に呼びかける。



「いや~、やっぱ緊張しましたよ! 王様ってば、けさは朝ごはんに何を召し上がったのだろうか……。見抜けなかったなぁ」



 巻き毛をわさわさと振って水滴を落としてから、アンリは頭巾をかぶり直す。



「……あの、でっけえやつ」



 ぶるーん、と右手の短槍が回転する。



「王様ですよ、ビセンテさん」


「何、がん飛ばしとんのじゃあ」



 ぶふーん、と鼻息あらく言う同僚の腕を、ナイアルはぽんと叩いた。



「お前にじゃねーよ。さ、行くぞぅ」

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