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6 蜂蜜飴と紅色てがら:縁

 ウラが教室に通い始めて、二年も経っただろうか。



「ほんとに、はねとめ・・・・が上達したねえ」



 時に自分の心に背いてまでも生徒のことをおだてなければいけない、褒めて伸ばす主義のミオコ先生も、心の底からウラのよい所を指摘できるようになって、安堵していた。



「その調子、その調子。なかなか素敵な、どぶろく発注控よ! で次は、ここの所をばしッと男前にね?」



 隣のナイアルを見れば、四十八枚目の赤点疼快復証明書を書き進んでいる。



「ナイアル君は来年の春くらいに、そろそろ初段審査を受けてみてもいいかもね」



・ ・ ・ ・ ・



「ごめんな、今日はだめなんだ」



 いつも通り帰りかけて、ナイアルがウラに言った。



「結婚祝の引き出物に、蜂蜜壺をあと八十個、姉ちゃんと包まなきゃなんねえのよ」


「それ、俺も手伝えない!?」



 騎士ミルーには後で迎えに来てもらうことにして、ウラはナイアルと一緒に、店の台所で作業に取りかかった。


 小さな蜂蜜の壺を桜色の亜麻布で包み上げ、一番上の結び目に月桂樹と甘草をあしらい、さらに壺のくびれた所へ紅色てがらを巻いて結ぶ。



「結び目つくるのは、俺けっこう得意だ」



 試しにやらせると、本当にウラはきれいなてがら蝶々をこしらえた。



「ようしっ、ほんじゃ俺が包んで、月桂樹と甘草を押さえっから……」


「俺がしばって、結んでくっ」


「どんどん結べっっ」



 こんな時に限って、買い物客が途切れずに来るものだから、マリエル姉ちゃんも母ちゃんも店の方を離れられない。


 ナイアルとウラ、流れ作業でぐんぐん包んで結んで、台所の食卓には素敵な引き出物がうず高く積まれてゆく。



「できたッッ」


「終わった、八十個ッッ」



 ずどーんと疲れた、ミルーが迎えに来る時刻すれすれだ。



「うひゃあ、ほんとの本当にありがとうよ、ウラちゃん!」


 マリエル姉ちゃんが、本気で喜んでいる。


「しかも、むちゃくちゃかわいらしく仕上がっているよ!よくやった、二人ともッ」



 卓子の両側でげんなり突っ伏した少年二人の肩を、大きく抱いてからばんばん叩く。



「ナイアルはうちのものだから、使い倒して当然だけど」


「ひでッッ」


「ウラちゃんに、何かお駄賃あげたいよ。甘いものでも、包んだげよう」



 マリエル姉ちゃんは素焼き壺に、蜂蜜飴を詰め込んだ。



「臨時のお仕事の特別報酬だぞよ。持って帰って、おあがり」



 ウラは両手のひらで包んだ壺を見、そしてさっと頬をあかくした。



「……お姉さん、お願いがありますッ」


「何だいね?」


「ここん所で結わえる分、お店のてがらをくださいッッ」



 そうして紅色てがらで飾った飴の壺を、大事そうに隠しぽっけにしまって、ウラはミルーと帰って行った。



「てがら欲しがるとは、ちと驚いたね」


「妹にやるんかな。髪に結わえてやるんじゃねえの?」


「ああ成る程ね、優しい兄ちゃんだね。将来は間違いなしに男前さあ」



・ ・ ・ ・ ・



『将来はまちがいなしに、男前よ! ぶちゃいくちゃんだけど!』


「矛盾してません?」


『心意気がおっとこ前、と言う意味よ。でも不思議よね、同じ顔でもお姉ちゃんはけっこうきれいなのに……。あの子は本当に良い子だわ、毎回かかさずにお供えをしてくれて』



 今日も騎士は“紅てがら”商談室の片隅で、ナイアルがれてくれた香湯こうゆをすすっている。



「そのおかげで、私たちもここでちょっと、ほっこりできますしね」


『ほんとほんと。ね、わたし、ナイアル君にいつかご褒美あげたいの』


「いいんじゃないですか? 何を?」


『うーん、それがわからないの……。何がいいかしらね』


「……見た所、ご家族も本人もとても健康そうだし、お店も順調に繁盛していますね。ナイアル君はもともと頭が良いから、別に追加の必要もないような」


『あっ、お姉ちゃんが来るわ』




「すみません、お構いもしませんで。お香湯のお代わりをどうぞ」


 ととと、と注いでくれた椀の中から湯気が立ち昇る。騎士の横脇、もう一つの椀が空になっているのを見て、若女将マリエルは何も言わず、そちらにも熱いのを注いだ。



「マリエルさん、ちょっとうかがいますが」


「はい?」


「ナイアル君が将来成功するためには、何が必要だと思いますか」



 がこーん、と口を四角く開けたいところをきっちり自制して、マリエルは思案顔をしてみせる。



――かー、何てぇご質問だい、さすが天上びとの騎士さまだよー。



「さて……何ざんしょう……」



 しかし騎士は大まじめな顔なのである。こりゃあ冗談で答えちゃだめだ、きりっと真剣にいこう!



「とにもかくにも、ご縁でござんすね!」


「ご縁、ですか?」



 ミルーは目を丸くした。予想外の答えだったらしい。



「ええ。わたしらあきないやっているものですから、信頼や資本はそりゃ大切です。けどそう言うのは、色んな才覚や技能とおんなしで、努力次第で何とか身に着けたり、なくしても取り返しのつくものだと思うんですよ」


「ふん、ふん」


「けど、ひと様とのご縁というのは、これぱっかしは運にかかってますからねぇ……。あの子がこの先、素敵な皆さんとご縁でつながれて、自分の努力を怠らず、それで幸せに生きてくれればと、わたしは願ってますよ」


「なるほど……、素晴らしい考えですね! ご縁か、思ってもみなかった」


「先々代女将の、受け売りざんすよ、ほほほ。まぁウラちゃんみたいなのがお友達って時点で、もう十分つきの良い子なんでしょうけど」



 マリエルが出て行った後、騎士は横の女と顔を見合わせる。


 かの女はにこっと笑いを弾けさせた。



『さすがお姉ちゃんね、面白いわ! ようし決めた、わたしナイアル君にご縁の強運をあげるの!』


「具体的に言うと?」


『この先の人生、ぶっちぎりのどんぴしゃ頃合で、すてきなお友達や仲間とめぐり会えるように祝福するのよ!』


「ついでに、素敵なお嫁さんと会える運もどうでしょう?」


『……あー……それは……。本人に、努力してもらわなくっちゃいけないわ……』


「……何でそこだけ、突き放しちゃうんです?」



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