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4 巣籠と女王蜂

「自分に合ったお手本さえあれば、俺もなかなかいけるってわかった!」



 この日、ミオコ先生にだいぶ褒められたウラは、嬉しそうに言いながらおぶうをすする。



「前はひたすら真似するのが、めんど臭かったんだなあ。これ、なーに? めちゃめちゃうまいんだけど」


「桃の漬物だ。期限が切れて客には売れんから下げたが、こういうのも十分食えるしうまいってこと、おぼえとけよ」


「もったいない精神だね……」



 気品顔で言われると、哲学めいて聞こえる。


 昨日ぱんの残りに、本日は蜂蜜を塗って食べる、ちょうど壺が空になった。



「ここに、おぶうを入れてー」



 ナイアルは蓋をして、じゃかじゃか振った。出て来た白湯はちょっとだけ甘くなる。



「こうすれば、みつばちの一生分をありがたーく食い切れる」



 母ちゃんは酢と油を入れてあえもの用のたれを作るが、ナイアルは甘いままで飲んでしまう方がいいと思っている。


 ふと顔を上げると、ウラの目が点になっている。



「何それ、一生ぶんって」


「みつばちはどんだけ必死に働いても、一生にさじ一杯ぶんの蜜しか集めらんねえって、裏のじいさんが言ってたんだよ。底の残りも無駄にできねって思うだろ」


「じゃなくて、はちみつって花から採ってるんだろ? 何でみつばちが出てくんのさ」



「お前」



 ナイアルはちょっと衝撃を受けた。



「まさかと思うが。蜂さん達がお蜜を集めてくれるということを、知らんのか」



・ ・ ・ ・ ・



 ウラは信じなかった。


 そこでナイアルは“実地”に出ることにする。裏の家に住む隠居じいさんに、屋上の巣籠を見せてもらった。



「めったに刺さない、やさしい種類の子達だけどねー、静かにしててねー」



 じいさんは、広いつばに透けすけの薄布をつけた、妙な帽子をかぶっている。


 同じ薄布の大きな袋を頭からかぶったナイアルとウラに、低い台の上にのせた二つの丸っこい籠を指差してみせた。



「こっから、出て行くんよ」



 お椀を下向きにしたような巣籠には、“玄関口”があけてある。



みちもらう時にしか開けんからね、なかは見せらんないのだけど。女王様ひとりとこどもらがいっぱい居って、はちみちの壁の中で暮らしとんのよ」



 下町調の激しいじいさんは、蜜をみち、と発音する。じいさんの周りを蜂がぶいぶい飛び回った。


 息をひそめて、玄関口を出入りする蜂たちを見ていたウラはやがて、巣籠の横に置かれた香水山薄荷の鉢に気付いた。



「本当だ! 白い花の中で、ごそごそやってから、うちへ帰っていくよ……」


「テルポシエは街なかに花鉢いっぱいあるからね、蜂もよりどりみどりよ。けど市外壁を越えて、ずーっと向こうの湿地帯まで行って、えりかの花蜜を採ってくる子も多いよ」


「……半愛里以上あるよ? おじいさん、どうしてわかる」


「わかるさ、味がするもの。町にえりかはねえからなあ、どうしたって向こうまで行っているのさ」



 ウラはぼうっとしたようだった。



「蜂、すげえ」



・ ・ ・ ・ ・



「蜂、なんでそんなに頑張るんだろう?」



 再び“紅てがら”に戻る路地で、ウラはナイアルに問う。



「おじいさんにみちをたくさんあげるためじゃあ、ないよね?」


「んー、じいさんは確かに雨よけ風よけ鳥よけはしてやるけど……。恩返しとかじゃねえよな。やっぱ女王様のためでねえの」



 そうっと裏玄関をくぐれば、おもての店先ではマリエル姉ちゃんがお客と話している。


 ちょっともめてるようだった、前回買った丁子の香りが違うとかなんとか言われている。



「なんせお天道様のご采配しだいですから……」


「けれど、こちらはお金を払っているのだし。欲しいものと違うのは……」


「そこの所は、本当に仰る通りでございます。これから香辛料をお求めの方には、香りや味を確かめていただいてから、お包みするようにしましょう」


「あ、そうね」



 するっと切り抜けていた。ふたりはととと、と階段を上がる。



「やっぱよう、ひら・・の蜂どもは女王様が色々大変なのを、近くで見て知ってるんでないか」


みちの城ん中で?」


「女王様はたまごをぼこぼこ産んで、みちをどこにしまって誰にどんだけやるかとか采配するんだろ。蛇とかすずめ蜂なんかが来たら、戦争指揮もあるしなぁ。なかなかしんどそうだから、手伝ってやらにゃと思うのかもしれんぞ」


「……わかんないなあ」


「?」


「そもそもそういう風に、たくさんの人にああしろこうしろって、どうやったら指図できるようになるんだろう」


「蜂と人間おんなしに思うなよー。あ、でもうちの姉ちゃんを見ろ、あれぞ“紅てがら”の女王蜂だ」


「お母さんじゃなくて?」



 数年前に祖母が丘の向こうへ行った後、母は女将おかみの座をマリエルに明け渡し、とにかく娘を前面に立たせている。



「母ちゃんはもと女王蜂だ。ばんばん経験つまして、貫禄つけさすために、今は姉ちゃんの補佐しかしない」



 だからこそ皆で若き司令塔のマリエルを支える。小さなことでも、話しまくってわだかまりを作らない。買付旅であまり家にいない父も、母も、ナイアルも、そういう位置づけである。支えられてこそ、良き指揮官となるのだ。



「姉ちゃんも、もちろんそういうのを良くわかってるから、あほなことはしないし言わない。俺も姉ちゃんが苦労してるのは知ってるから、何か危機があったら全力で手伝うぞ」



 この間なんて、香湯材料を取り間違えて出した客を追っかけて、北区の大路を全力疾走した。



「それは、ナイアルにとってお姉さんだからだろ? ああそうか、蜂の女王だって元を言えば皆の母さまなんだから、皆が頑張るのは自然なことなのかな。……じゃあ人間は、どうしてあかの他人の王さま女王さまのために働くんだろう」



 ナイアルにというより、自分自身でぐるぐる考えをめぐらすように、ウラは言う。



「義務だろうが」 


 ナイアルはぷはっ、と笑った。


「けど、そらやっぱり近しい人間の方が、そいつのために真剣になりやすいよな。良い王様は国民と家族関係、友達関係ってよく言うのは、その辺なんでねえの?」



 ウラはなんだか神妙な顔をして、その日は口数すくなに帰っていった。



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