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パーティが終わり自室に戻ると、着替えもせず学習机に隠していたノートを取り出し開く。
混ヴの攻略対象は、大きく分けると3種類に分類される。
1つ目が、ルヴォア魔法学院の関係者。最も有名な看板キャラクター・ジルを始め、生徒だけでなく教師や使用人を網羅する最大手派閥。
彼らのほとんどは第一部――メインストーリーにおける作中時間3年間で攻略出来る対象であり、サービス開始当初から実装されていたキャラクター達だ。
2つ目が、二部組と言われるキャラクター。サービス開始から3周年の節目に実装された、多くはメインストーリー第二部によって攻略可能になったキャラクター達。
ルヴォア魔法学院の生徒だけでなく、騎士学校の生徒や、これまではサブキャラとして作中に名前が挙がっている程度だったキャラクター達も攻略出来るようになった。
そして3つ目が、その他、前二つに分類されない攻略対象だ。
ここに含まれるのは第一部と第二部とは別のタイミングで攻略可能になったキャラクター達であり、主にイベントストーリーや他作品とのコラボイベント、コミカライズオリジナルキャラクターの逆輸入がここに分類される。
「狙うは――2と3!」
レティシアが活用出来る人脈。そして、混ヴの廃プレイヤーの知識を活動出来るのは、これから入学する魔法学院の関係者――――ではない。
だって、魔法学院の関係者というのは根本的に、オリーブが攻略する対象だ。
主人公のしたことが分かっていても、私に同じことが出来るわけではない。私は男性の庇護欲をそそるタイプでないし、天然キャラでもない。下級貴族でもないし、精霊に愛されているわけでもない。オリーブちゃんと同じことをするのは不可能だ。
放っておけば勝手にオリーブちゃんに惚れるチョロインならぬチョロメンが多いけど、彼らをオリーブちゃん以外の女が落とすのは難しい。特にジルとかね、レティシアの記憶では相当仲良くしているようだけど、完全に親友ポジションだ。男と女とかじゃないんだよね扱いが。
「オリーブちゃんは誰ルートに入る? それによってストーリーは大分変わるけど、普通に進めば学院の生徒になるはず……」
混ヴのメインストーリー第一部の舞台となるルヴォア魔法学院は全寮制であり、貴族であろうと集団生活を強いられる。イベントで学院の外に出ることも出来るが、基本的には学院内で3年間過ごすことになる。
そうなれば、第二部を意識して改変しようとしない限り、オリーブちゃんが惚れた腫れたをする相手は第一部、魔法学院の生徒である確率が一番高い。
「あとは、オリーブちゃんが転生者の可能性だけど……」
悪役令嬢転生ものの定番、主人公に転生した性格の悪い日本人も居るパターンだ。
ただし、それなら私が絶対に見分けられる自信がある。私はオリーブちゃんがいつどのようなハプニングを起こすのか全部覚えているのだから。ふふふ、オタク舐めんなよ。
「それに、中に別の人が入ってたら、推せるか分かんないのよね」
大問題は、それだ。混ヴで最も好きなキャラが男性の攻略対象でない以上、見知らぬ他人が操作していると考えると幾ら何でも推せない。オリーブちゃんはオリーブちゃんだから推せるのだ。あのワケの分からない選択肢を選べるオリーブちゃんだから推せるの!!
ただまぁ、そのパターンは実際のオリーブちゃんを見てからしか判断出来ないので、頭の片隅に置いておく程度に留めておこう。
問題は、オリーブちゃんが誰を攻略するかである。
「打倒なのはジル、次点でシャルルかな」
シャルルは、1年目には登場しない後輩キャラクターである。
ザ・好青年のジルと違い、やさぐれた不良王子キャラ。彼はジルの一つ下の弟だ。王族ではあるが妾の子であり、王位継承権は低い。シャルルルートはエンディングが数パターンあり、ジルを蹴落として国王になるエンドと、王家を出てオリーブと二人で別の国に移住するエンド、そして最後は――
「心中エンド…………」
混ヴのシナリオはシャルルのライターに影響されていると言われているほど、メリーバッドエンドの使い方が上手いライターなのだ。
というか、混ヴ=メリバを決定づけたのはシャルルの存在が大きい。だって国王エンドって描写されてないだけで確実にエンディング直前にジル暗殺されてるし、移住エンドはクラスメイトの大多数が死んでるっぽいし、心中エンドなんてジル以外の王族全員死ぬ。
これでハッピーエンドと言い張れるシナリオライターはとんでもねえと話題になり、まだユーザーが混ヴに慣れていないサービス開始当初はかなり叩かれたものだ。
「……普通にやったらジルかシャルルに落ちるわよね」
言ってしまうと、この二人は何かをしなくても勝手にオリーブちゃんに惚れる。
第一部を通常プレイしていればどんな流れからでもルートに入れる相手であり、意識して落とさないと攻略出来ない他のキャラクターと違って、彼らを尊重する選択肢を選んでるだけで勝手にルートに入るのだ。親愛度調整とか必要ないし、特殊イベントも一切起こさないで良い。
ルートに入ってからはエンディング分岐で多少意識することになるが、なんとなく選択肢を選んでるだけで全エンディングが見れるくらいの低難易度だ。
「となると、問題は一つ」
この二人のルートにおいて、外部の人間が関与する場所はない。
何せ、この二人は勝手に惚れるからだ。オリーブの親友、ディアヌの出番もほとんどないし、他キャラクターとの交友すら一切関係なくルートに入る。
そうなると――
「私が関与出来る余地が、ほとんどない……?」
むしろ、私が関与することで予想外の方向に進む可能性がある。
自分が操作していない以上、オリーブちゃんには出来るだけ私の認識出来る範囲内で行動をしてもらいたい。予想外の動きを取られるくらいなら、メリバ一直線のルートに入った方がまだマシだ。
つまり、ルートに入ってからが私の本番。
「オリーブちゃんを絶対幸せにして見せる……っ!!」
メリーバッドエンドではない、正真正銘の誰もが認めるハッピーエンドにするのだ。オリーブちゃんには絶対幸せになってもらいたい。だから、私が関与するのはルートに入ってから、エンディング分岐の前。私の知る未来の知識を活かせるタイミングは、最後の最後、ルート突入後のエンディング分岐手前。
その時点でバッドエンド要素を完全に排除し、何があろうとオリーブちゃんには幸せな生涯を送ってもらう作戦。
それに必要なのが――
「悪役令嬢、よね!!」
混ヴには、明確な悪役が存在しない。皆が皆の思惑で動いており、悪意を持って行動するネームドキャラクターが存在しない優しい世界だ。
それが、メリバ乱立の理由でもある。世界の住人が優しすぎるから、破滅に向かうオリーブちゃんを止めることが出来ない。注意することも立ちふさがることも出来ない。目の前の小さな幸せを掴むため、世界が破滅しようと前に進むのを止めない子なのだ。
「魔王化みたいなパロも多いんだよね、オリーブちゃん……」
悪意なく破滅に進むオリーブちゃんは、見ようによっては悪魔である。
そんな主人公に惚れてしまうキャラクターも悪いが、破滅に進むしかないオリーブちゃんを止めることのできないのはもっと悪い。ならば逆に攻略対象全員を支配して幸せな生涯を――といった、一周回ってメリバ回避のような二次創作が結構多いのだ。
特に、その手の二次創作は公式ノベライズで突如出てきたオリジナル設定、ループした世界の記憶が僅かにあるオリーブ、通称オループちゃんの設定に強く影響を受けている。
「この世界の男にオリーブちゃんを止めることは出来ない。なら、モブの私が破滅エンドを回避するしかない」
幸い、どのルートに入ろうがどのような流れでオリーブちゃんがエンディングに向かうかは記憶している。
ただ、ルートによっては誰がどう足掻いてもメリバを回避出来ないこともあるので、なんとかそのルートには入らないようにしたい。いや実質メリバかバッドエンド以外のエンディングがないキャラとかほんとどうなってるの? シャルルとかさぁ。
オリーブちゃんを止めるのは登場人物には期待できない。私のようなモブキャラにしか出来ないことが、絶対ある。
転生してから作った『メリバ回避ノート』に計画を書き連ね、オリーブちゃんの行動予測、そして入学前に出来ることをリストアップしていく。
現状出来る最効率の行動を決め、そして部屋の外で待機していたエマを呼び付けた。
「エマ、文官を一人探して欲しいわ。あと確認だけど、領民の納税は現物だったかしら?」
この世界における文官とは、平たく言えば公務員のようなものだ。試験を突破した者のみがなれる官職のうち、戦闘員でない者を総括して文官と呼ぶ。
領主業務が多岐にわたる貴族家には大勢の文官が働くことも多く、貴族家が市役所のような役割も兼ねているのだ。
「……そうですね、農民からは農作物、兵士からは兵役、その他の領民からは人足または現金を納税として認めています」
私のドレスを剥ぎ取りながら、エマはそう返事する。
お気楽お嬢様が当然訳の分からないことを言いだしても、それを問い詰めたりはしない。うーん、よく出来たメイドだ。
人足とは、つまり労働力のことである。日本で言う派遣労働者のように不特定の労働に就かせ、収入の一定割合を手数料兼税金として公爵家が受け取り、残りを本人の収入とする制度である。家業を持たぬ自由民が多数移民してきた時代に先代の当主が作り上げたシステムで、それによりマニュエル公爵家は相当な収入を得ている。
広大な領地を誇るマニュエル公爵家の領民は凡そ30万人。うち20万人程度は農民、1万人が兵士、残りが商人を含めた自由民である。
この領地では職業選択の自由が認められており、農民として生まれた子が兵士になることも、商人になることも出来る。とは言え、生まれと別業種になるにはそれなりのコネが必要で平民には難しいものだが、不可能ではない。
「そういえば、屋敷で働く文官に一人、農民出身の人が居たわよね?」
「ジュールのことですね。レナルド様の補佐として、領地の管理をしておられます」
「……兄様か」
レナルド兄様は、マニュエル公爵家の長男で、家督を継ぐのが決まっている。
17歳も離れている兄様は兄というより親戚に近く、兄として構って貰った記憶はない。
私が物心付く前に大きな政変があったらしく、そこで恋人を失ったという噂は聞いており、三十路過ぎた今に至るまで新しい恋人も妻も側室も作っていない。
家督を継いでしまえばレナルド兄様がマニュエル公爵となるが、その時点で妻も子も居ないでは公爵家がどうなるか――まぁ、それはお父様達が考えるよね。私に関与出来ることはない。
「……兄様に言ったら貸してもらえると思う?」
「さぁ、どうでしょうね。事情を説明して1日程度なら問題ないとも思いますが」
「直接聞かなきゃ駄目よね……」
「私から言えることではありませんので」
うぅむ、悩ましい。農民出の文官というのはマニュエル公爵家でも大変珍しく、興味がなかったレティシアでも顔を覚えていたほどだ。
職業選択の自由というのは、このように別業種から優れた人材を確保するためにも使える。折角生まれ持って持ち合わせた頭脳を肉体労働なんかに使われたら困るのだ。
「…………直接言うから、空いてる時間あるか聞いてみて。ないなら他の人に聞くから」
「畏まりました」
そう言って頭を下げるエマにどれだけ情報を与えて良いものか、悩むレティシアであった。