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「あなた、ディアヌさんよね?」


 その女性の名は、入学前から知っていた。

 国内最上位の貴族、マニュエル公爵家に生まれた唯一の女性であり、とある功績を国から認められ叙爵された準男爵でもある超有名人。


「……レティシア様ですね」


 下級貴族である自分が、入学生代表としてつい先程まで全校生徒の前でスピーチをしていたレティシアに話しかけられるとは思っておらず、困惑を隠せずディアヌは返す。

 レティシアは王族の婚約者という噂もあるし、少しでも嫌われたら大変な相手――そういう認識であった彼女に呼び出されるようなことをした覚えはない。


「私が何か、しましたか……?」


 とは言え自分の存在が彼女の癇に障った可能性は0ではないので、とにかく下手に出ないとまずいということくらいは分かる。

 私を学院に入れるため、ただでさえ少ない資産を切り詰めて入学させてくれた両親のためにも、公爵令嬢に気に入られないことだけは避けなければいけない。――そんな心を一瞬で砕くのは、周囲を見渡して誰も見ていないことを確認したレティシアの動作である。

 両手を擦り合わせ、視線を泳がせながら彼女は言う。


「あ、あの、おおおおお願いがあるんですが」

「……はい?」


 先程までの高圧的な表情とは打って変わって、弱気な村娘のような表情で口調も崩れたレティシアを見て、私は思わず怪訝な反応をしてしまった。

 あ、不敬か? 一瞬そう思うが、それを言えばレティシアの態度が分からなすぎる。事前情報と違いすぎて、どういう反応が正しいのか分からない。


「あなた、先程オリーブさんとお話されてましたわよね?」

「……え、えぇ、席が隣だったので」


 よく見てるな、と感心する。壇上から見えたのかな? 確かに私は入学式の最中、オリーブと名乗った女生徒の隣に座っていたし、下級貴族同士少しだけ話はした。

 それでも、私が同級生のオリーブについて知っていることは殆どない。どうやら男爵家の生まれらしいが、養子として他の男爵家で育ったこと、そこでは貴族令嬢でなく平民のように暮らしていたことは聞いたが、その程度だ。

 ラグランジュ王国に古くから住む貴族の多くは百年以上前に領地を国に返還したらしい。この時代は領地を持たない貴族の方が多く、私の家だってそうだ。

 レティシアのマニュエル家のような広大な領地を誇る公爵家なんて、数えられる程度しか居ない。確か領地の広さは国内で上から3番目とかだっけ? ともかく、貧乏貴族の娘である私からすると、彼女は天上人のような存在である。

 そんな女性が、何故オリーブのことを気に掛けるのか?


「わ、私、あの子のことが気になっていまして……」

「……なら自分から話しかければ良いのではないでしょうか? 少ししか話しておりませんが、悪い子ではないと思いますよ」


 何かしらの理由があってオリーブを調べているのなら、私に質問するのはお門違いだ。私は彼女のクラスメイトではあるけれど、友人ですらなく、今日初めて会ったばかりの他人である。


「そ、それは出来ないのです」

「……何故ですか?」


 不可解なレティシアの反応が気に入らず、目上の相手とは思えない態度を取ってしまった。明らかに不敬だが、あまり気にしてないようなのでまぁこのまま続けよう。


「事情は、言えません」

「……腹違いの妹とか?」

「違います。そういうのじゃありません」

「…………同性愛者(レズビアン)?」

「ちちち違いますっ!!!」


 全力で否定された。あ、いや、別にそうであろうと思ったわけではないけれど、この反応見てるとちょっとガチっぽくて引くわ。何この人? これが、公爵令嬢? 私のイメージする公爵令嬢と随分違うのだけれど……。


「レティシア様、一つだけ聞かせてください。――()()()()()()()()?」

「え? はい、まぁ、そうですが」


 さっぱりとした顔でそう答える令嬢を見て、ようやく理解した。

何だ、やっぱり、公爵令嬢も人の子だ。

 先程、壇上で話していたのは私が見たことのないほど()()()()()()()であった。

 貴族はこうあるべきかという回りくどい話し方に、髪の一本から足先に至るまで整った姿。聞く者を魅了し、無駄話であろうが耳を傾けてしまう美声の持ち主。

 しかしあれは、作られた人格だった。それが分かっただけ、この交流には意味があったと言えるであろう。


「じゃあ、私も崩して良い? 慣れないのよ、貴族らしい喋り方」

「構いませんわ」


 流石に怒られるかと思ったが、全く気にしていない様子だ。

 下々の人間のことなんて気にしてないわけではない。公爵令嬢レティシアも、普通の女の子だったのだ。誰よりも貴族らしくあり続けないといけない公爵令嬢の正体を知って、私は少しだけ優越感を得るのであった。



「まさか、あんな人とはね……」

「え? 誰の話?」

「あ、あぁ、前会った変な人の話よ。それで、何だっけ?」

「そう! ディアヌは居なかったけど、また絡まれたのよ! あの人、私のこといっつも名前で呼んでくれないの!!」


 ところ変わって、昼食の時間である。

 学内にはいくつもレストランや売店があり、生徒は好きな場所で自由に食事をする。

 しかし、やはり生まれつきの身分差というのは大きく、上級貴族の通うレストランで昼食を取れるほどお金はないし、私達のような下級貴族は売店で買ったサンドイッチなどの軽食や持参したお弁当を中庭で食べるくらいだ。


「あー……また何かしたの?」

「してないわよ!! ちょっと畜舎でご飯あげたりブラッシングしてただけで――」


 思わず「そっちじゃないんだけど」と小さな声で呟いたが、荒ぶるオリーブは私の呟きなど聞かずに喋る。

 私はほぼ毎日、昼食の時間はオリーブと一緒だ。下級貴族同士それなりに話が合うというのもあるし、最大手(レティシア)派閥に属さぬ者同士つるまざるを得ないという悲しい事情もある。

 お互いアルバイトがあるので朝夜の食事は別だが、昼食は毎日二人で何かを買って中庭で食べるのが日常になっていた。

 たまに雨が降っていたりで中庭が使えないときは寮まで戻っているが、寮のキッチンを借りて二人で簡単な昼食を作るくらいこともある。


 私は、オリーブのことが嫌いじゃない。けどそれを言えば、オリーブを虐めている公爵令嬢、レティシアのことだって嫌いじゃない。 

 それは公言しないようにしているが、周囲は勝手に仲が悪いと思ってくれているので、別に訂正しようと思わない。彼女の派閥に入っていないのは事実なのだし。


「あ、でもね!?」

「……何?」

「あの人がくれたトウモロコシ、すっっっごい、美味しかったの」

「…………食べたの? それ、家畜用じゃなかったの?」


 噂だけは聞いていた。レティシアがオリーブにトウモロコシを投げつけたことを。

 何してんだあの公爵令嬢と突っ込みたくなったけど、まぁそれは頭の中に留めておいた。え、でも人にトウモロコシ投げつけるって何?

 オリーブは首を横に振って言う。


「私は見慣れてるから、見たら分かるの。動物のご飯に使うトウモロコシはふつう、硬粒種って呼ばれる固い品種なんだけど、あの人が投げてきたのは甘味種、柔らかくて甘くて、人がそのまま食べる用の品種なんだよね」

「……それ、違いが分からなかっただけなんじゃない?」


 オリーブは「そうかなぁ……」なんて言ってるが、いや絶対そうだ。

 たぶんレティシア、家畜用と人用のトウモロコシが別にあるなんて絶対知らない。だって、知っている理由がないもの。公爵令嬢よ?


「これまで食べたどんなトウモロコシよりも甘くて美味しかったのよ」

「そう…………」


 うーん、私の知ってるレティシアなら、どうするか。

 学内に出入りしている商人に、「トウモロコシを頂戴! 出来るだけ高くて美味しい奴! 勿論取り立てのものよ!!」とか言って困らせる姿が目に浮かぶ。

 けどオリーブにとってのレティシアは自分を虐める悪い人で、まさか親切にしてくれてるなんて到底思えない因縁の相手。

 まぁ感情表現がヘッタクソなのは事実だけど、親切か不親切かという話をすると、彼女は感情抜きで言うとありえないほど親切な人間である。


「どこで買ったか、教えて貰えるかな? 今度はディアヌと一緒に食べたいのよ」

「……本人に聞ける?」

「無理ぃ……」


 まぁ、そうだろう。オリーブとレティシアは全く会話が通じないわけではない。だがオリーブのことが好きすぎて本人を前にしたら皮肉と罵倒しかぶつけられないレティシアと、それを受け止め直球を投げ返すしかないオリーブだ。

 あれは言葉のキャッチボールというより、手ごろな石を投げ合っているようなものである。


「あの人の寮、毎日商人が出入りしてるって聞いてるわよ」

「そうなの!?」

「寮の中に使用人の部屋とか個人用のキッチンまであるらしいからね。使用人も普段は学内から出れないから、そうやって食材を調達してるらしいわよ?」

「へぇ……」


 関心するオリーブは、私が何故それを知っているのかを気にしている様子はない。


 レティシアの生活している学生寮は、10部屋程度しかない。しかも半分は空き部屋だ。

最上級寮と称されるあちらの寮は、学院に相当高額な寄付をしないと入れないと聞いている。

 他の寮と異なり男性寮と女性寮が分かれているわけではないのだが、全ての部屋に専用の玄関が存在する。故に、同じ建物といえど、別の部屋の住人に廊下で会うようなことはありえない。

 壁が薄く隣の部屋の話し声が聞こえるような、私やオリーブの住む下級寮とは大違いである。


「使用人かぁ……」

「何、憧れてるの?」

「ううん、アルバイトにどうかなって」

「……そっちね」


 レティシアの使用人は、30歳を過ぎたくらいのメイドが一人だけだったと思う。護衛の男性に会ったこともあるけれど、公爵令嬢という地位から見ると少なすぎる。

 レティシアの寮には使用人専用の寝室があってそこにはベッドが6つもあるし、キッチンも大人数がまとまって調理出来るほど広いものだ。それに自室といっても寝室と書斎、リビングまである3部屋構造で、その他に使用人室とキッチン、なんと浴場まであるのだ。

 私達が借りているような下級寮にも大浴場はあるが、最上級寮に至っては個人用の浴場である。しかもそれなりに広い。


「生活課前の掲示板に、使用人のアルバイト募集もなかった?」


 生徒だって、下級貴族ならばアルバイトくらいはする。下級貴族なんて自分が自由に使えるお金がほとんどないので、仕送りだけじゃ買い物すら出来ない生徒がほとんどだ。

 成績優秀な特待生とかはアルバイトなんてしないでも支援してもらえるらしいけど、私やオリーブはそこまでじゃない。

 オリーブなら特待生も狙える気もするけど、これ以上派閥に目を付けられたくないからか、あまり目立たないようにしているようだ。まぁそれでもレティシアはすぐ見つけるんだけど。


「あるけど、あの人の派閥がほとんどなのよね……」

「あー…………」


 あの人(レティシア)の派閥、――それはこの学院においても最大ともいえる派閥である。

 私達と同級生で同じ日に入学したのだから、彼女だって入学から半年くらいしか経っていない。しかしレティシアは、先輩方の派閥を遥かに超える大派閥を短期間で作り上げた。

 噂で出回る派閥の功績はいくらでもあって、斜陽の研究室に多額の援助をして研究を一気に進めたとか、気に入らない教師を金の力でクビにしたとか、金の力で外部から優秀な教師を呼んだとか、争っていた派閥を金の力で解散させたとか――

 まぁ大体金銭絡みのエピソードだ。逆に言うと、彼女は私達とは違い、自分の意思で自由に使える莫大な資金を持っているということである。それはただの公爵家令嬢でなく、独立した準男爵だからこその資金流用だ。


「でも、派閥の人に直接嫌がらせされてるわけじゃないんでしょ?」


 レティシアがオリーブを虐めている。そんな噂は、学内全ての生徒と教師が知っている。

 やれ服の汚れを注意しただの、やれ貴族としての心構えを説教されただの、やれ普段の生活態度を指摘されただの、やれトウモロコシを投げつけただの――

 そう、その全ては、派閥の女子でなく、主である()()()()()()()()オリーブへ行った言動である。

 皆は、それに気付いているのだろうか?


「うーーん…………それはそうなんだけど……」


 オリーブだって、レティシア派閥の生徒から陰でクスクスと笑われたり、無視をしたりされることはある。

 だが、派閥の者から直接何かを言われたり、何かをされたわけではないはずだ。

 ――だって、レティシアは、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼女は皆に勘違いされないように、派閥の者に言い聞かせている。「私があの子に向ける感情は、私個人のものです。あなた方がそれに従う必要はありません」と。

 そう断言された以上、オリーブのことを個人的に嫌っている女生徒以外は、レティシアを取り巻いていない状態では、オリーブを前にしても普通の女生徒である。

 まぁレティシアとオリーブの関係を考慮しなくとも貴族的な階級の差はあるので、下級貴族である私やオリーブが上級貴族の令嬢達に下に見られるのは当然なのだが。


(むしろ、レティシアが矢面に立つことで回りが言えない空気を作ってる……?)


 この学院では、派閥の規模を考慮しなくともレティシアより偉い生徒などほとんど居ない。

 先輩を含めれば公爵家の子息は何人も居るし、国内でマニュエル家より立場が上の家柄の生徒だって、既に家督を継いで爵位を名乗る生徒だって居る。だがしかし、生徒の中で独立貴族として叙爵されているのは僅か3名で、そのうち1人は王族である。

 王族に男児として生まれた者は、必ず独立貴族として叙爵されるのがこの国の常である。同級生のジルも、ジル・ラグラール伯爵としての地位も持っている。しかし、王族がもう一つの身分を使うのは、王位を継がなかった時だけだ。


 そうなると、ジルとレティシアを除いて叙爵されている独立貴族はあと一人。

 2年生のマルスリーヌ先輩だが、彼女はそもそも元が貴族ではない。叙爵されたことで貴族となった、元平民なのだ。

 そんな事情がある先輩なので、独立貴族と言えどあまり貴族らしくはないと噂されており、普段は研究室に籠っていて、情報が回ってくることはほとんどない。


(だからレティシアが付け上がるのよね……)


 一応、教師の中には独立貴族であったり、貴族家の家督を継いだ人も多いが、その誰もが学院に多額の寄付をしているレティシアには強く出られない。貴族として偉かろうが学院に雇われ働いている以上、お金をくれる人は自分より上なのだ。残念なり社会人。


「とりあえず、良い条件のアルバイトがあったら応募だけしてみたら? それで合わなかったら断れば良いのよ」

「……うん、今度見てみるね」


 乗り気ではなさそうだが、なんとなく大丈夫そうだな、とは思ってる。だって、本気でオリーブを嫌ってる人間がそこまで多いとは思えないのだ。

 彼女は世間知らずではあるが、決して悪人ではない。それどころか、巷では聖女なんて呼ばれているほどの良心の持ち主である。

 まぁ聖女伝説はどれも彼女が平民を相手にした偉業が元となってるから、学院の貴族家子息にとっては何でもないのだが、それはそうとして彼女は多数の人間に好かれている。大前提からして、嫌われるような性格はしていないのだ。――レティシアと違って。


「そういえば、ジル殿下とはどうなの? 前、デート誘われてたじゃない。今朝もオリーブを追いかけて行ったって聞いてるけど、何か話した?」

「え? あ、えーと……」


 ジルという名を出した瞬間、オリーブの頬が少しだけ赤らんだ。

 まぁ、殿下はカッコいいし、誰にでも優しい。

 国内最高位の王族でありながらレティシアのような毒気は一切なく、その美貌と美声で、落ちない女は居ないとされている。ただし特定の相手は作らないようにしているようだし、レティシアの幼馴染なこともあって、自分から近づきに行ける女子生徒は、元から家同士の繋がりがあるような高位貴族の子息だけなのだが。


(まぁ、当のレティシアは興味ないみたいだけど……)


 可哀想なりジル殿下。たぶんあの人、レティシアのこと結構好きなのよね。彼の目を見れば分かる。

 時折ぼうっとレティシアのことを眺めていたりするし、他人の前でもレティシアと話す時だけ口調が緩むのは信頼の証であろう。

 婚約者という噂も全力で否定したりせず笑顔で流してしまうのは、まんざらでもないと思ってるからだ。

 残念ながらレティシアはオリーブのことしか見てないし婚約者でもないけれど、心なしかレティシアはジルとオリーブをくっつけようとしている気はしてる。


「あ、あのね、今日は一緒に畜舎に行ってくれたの」

「…………へぇ」


 思わず生返事を返しちゃった。

 え? 正真正銘の王族、それも第一王子を畜舎に? なに、馬鹿なのこの子?


「で、何したの?」

「ブラッシングしてるとこ見て貰って、あと一緒に水替えしたり……」

「したり?」

「…………それだけです」

「…………そう」


 いや、レティシアもそうだけど、この子も不器用すぎるでしょ。折角レティシアが居ない、それどころか他の女生徒の目の届かないところで殿下と二人きりになって、やることが動物の世話だけって。もしかして馬鹿なの? 押し倒すくらいしなさいよ。レティシアならするわよ。


「今度デートで農場行くとか言わないでよね」

「言わないよ!?」

「なら良いけど……今度の休みでしょ? ちゃんと予定は立てた?」

「え? 予定?」

「デートのスケジュールよ。殿下が街のこと知ってるわけないでしょ。あの人正真正銘の王族よ? 自分で街に出たことあると思う?」

「……あっ」


 オリーブは今更気付いたかのような表情で、目を大きく開ける。

 馬鹿だなーやっぱ。気さくに話しかけてくれるから、殿下を普通の男子生徒と同じように思っちゃってる? それも、下級貴族の感覚で。

 彼は王族。それも、王位継承権トップの第一王子だ。一人で街を歩いた経験などあるはずがない。大量の護衛に付き人を連れて視察をしたことくらいはあるだろうが、ぶらぶらと買い物をしたり、ふらっと入ったお店で食事をするような経験があるはずもない。


「ど、どうしよう!?」

「アンタは変に着飾るより、普段から行くようなところを案内するのが良いと思うわよ。下手になれないことしたらボロが出るだろうし」

「ぼ、ボロって……」

「だって王族よ? あっちに合わせたお店なんて私達が行けるはずないでしょ。だから逆に、こっちに合わせて貰うの。それで向こうが嫌がったら、その程度の男だったってことよ」

「…………うーん」


 奥手なんだよなぁ、この子。レティシアと話す時だけは直情的だし強気なんだけど、そうでないときはうじうじと悩みまくるし、すぐに物事を決めようとしない。

 大事な時は決めるっぽいけど、まだ異性との交遊には慣れていない様子だ。私が恥ずかしくなっちゃうくらい狼狽するから、可愛いとは思うんだけど。あ、この照れ顔良いな、撮っとこ。


(私もレティシアに毒されてるわね……)


 複製魔法をこっそり使用して盗撮をしながらそんなことを考えてしまうが、私はレティシアと違って同性愛者(レズビアン)ではない。いやレティシア本人から()()と聞いたわけではないが、レティシアがオリーブに向ける感情はどう考えても友情とかの情ではない。大分狂った性質(タイプ)の愛情だ。


「子羊のお宿亭は、どうかな?」

「えーと……どこ?」

「あの、先月くらいに一緒に行ったところよ。子羊にフォークが刺さった看板の――」

「……あぁ、あそこね」


 私はオリーブほど街の隅々を熟知しているわけではないので、店名を言われても咄嗟に浮かばない。

 けれどその店はなんとなく覚えている。「悪趣味な看板ね」なんて突っ込みを入れた記憶はあるし、出てきた料理はどれも安価な割に美味しかった。

 つまり平民に人気な大衆食堂だ。とても貴族が寄り付かないような。


「まぁ…………ギリギリセーフってとこかしら」

「……ギリギリ?」

「あのあたり、あんまり治安良くないでしょ。殿下にはちゃんと平民らしい服装を、……って無理か。そんな服持ってるわけないわよね」

「そう……?」


 むしろ、制服以外で貴族らしい服を一着も持っていないオリーブがおかしい。

 いくら下級貴族といえど貴族として生きてきた以上、私だってドレスの一着や二着持ち込んでいるし、普段は着ないが上級貴族御用達のお店で買った私服も持っている。

 そのくらいないと、貴族社会で生きていけないからだ。

 私は複製魔法遣いとして貴族から仕事を受けているし、情報屋としてとある裏コミュニティにも所属している。そのコミュニティは貴族や上級商人といったお金持ちしか所属出来ないので、見合った服装が必要なのだ。


「……私がスケジュール立てるわ」

「よ、よろしくお願いします」


 自分が考え無しだったことに少しだけ心当たりがあったのか、ペコリと頭を下げるオリーブ。うーん、もう一枚撮っとこ。

 なんとしてでも畜舎に行けないルートを考えなければならないので、必死に頭を回転させプランディングをする。

 というか、依頼主からのオフショット希望があるから、事前に行動ルートを把握しておきたいのよね。そうすれば待ち伏せも出来るし、思わぬ写真も撮れるかもしれない。

 ふふふ、いくらふんだくれるかな? 前払いでかなり貰ってるけど、いい写真が取れれば追加でボーナスが貰えるのだ。全く、どこかの変人様々である。

 写真映えしそうな場所をいくつかリストアップし、それとなく提案するのであった。

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