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「あらあらあらあらぁ? どうしてこんなところに子豚ちゃんが居るのかしらぁ?」


 階段の上から高らかに笑う悪女。

 彼女の名はレティシア・マニュエル。

 公爵家令嬢であり、叙爵された準男爵でもある女性だ。

 見るからに高級そうなドレスを身に着け、派手な装飾品で飾り付けられた女性が階段の上から女生徒を見下しているとなれば、好感度が上がる者はほとんど居ないであろう。


「こ、子豚じゃありません! 私の名前は――」

「あら申し訳ありませんわぁ? 先程畜舎で見かけましたから、てっきりそこに住んでるのかと思いまして! うふふふっ!」


 彼女がそう笑うと、周囲に控える令嬢たちも釣られてクスクスと笑う。


 ――どうして公爵令嬢であり準男爵でもあるレティシアが畜舎に向かう少女を見ていたかなんて、疑問に思えど突っ込める者は居ない。


 貴族しか入れぬこの学院には3学年合わせて500名ほどの生徒が通うが、叙爵されている者など片手で数えられる程度しか居ない。高笑うレティシアは、そのうちの一人なのだ。

 それに、叙爵などされていなくとも、国内有数の公爵家令嬢である彼女の立場はこの学院の中でトップクラスである。多額の寄付をして入学した彼女に逆らえる者は教師にすら少なく、上から出れる者など、1年生に1人だけ居る王族くらいのものであろう。

 それに、唯一の格上である王族すら、レティシアの幼馴染と来た。こうなっては、彼女の暴走を止められる者など存在しない。

 敵に回すと最も恐ろしい、味方にするととんでもなく頼もしい――そんな令嬢に庇護を求める者は多い。たとえ性格に難があろうとも、それが貴族の生き方であるからだ。


「あなたが私の手を取っていれば、こんなことになりませんでしたのに」


 小さな声で呟くレティシアは、眼前の女生徒のことを無為に嫌っているわけではない。入学早々に目を付け、彼女を庇護下に入れようとし、断られたという噂がある。

 それが余程癇に障ったのか、それ以来レティシアはその女生徒に小さな嫌がらせを繰り返している。今回のように人目を集めてから貶すのは、毎度のことだ。


「おい、またレティシア様が……」

「あの子も懲りないよなぁ……」


 近くを通りがかった男子生徒は、ボソボソとそんなことを話している。

 どうやら今回は、大名行列のように歩いているレティシアと取り巻きの前を、畜舎から帰ってきたそのままの姿で通りがかったのが原因のようだ。

 まぁ簡単に言うと、臭い。貴族の子息しか通わない学校において、畜舎の管理を行う者は雇われた下級臣民だけであり、まさか貴族令嬢本人が望んで畜舎でアルバイトをするなど普通はありえないが、彼女の場合は違った。

 彼女は貴族家に名を連ねる者であるが妾の子であり、貴族邸とは遠く離れた場所で平民と共に暮らしてきた。お屋敷でお茶会をするような生き方をして来ず、家畜の餌と糞にまみれた生活をしてきた少女なのだ。

 誰に頼まれたわけでもなく自主的にアルバイトをしている彼女は、レティシアや取り巻きの嫌がらせには屈さず生活している。立派な子だと感心する男子は多いが、レティシアが怖くてアプローチを掛けられないでいるらしい。


「ねぇ、子豚ちゃん、お名前は何だったかしら?」

「オリーブです!! オリーブ・ルフェーヴルです!!」

「そうなんですねぇ。ところで子豚ちゃん、本日の夕飯にトウモロコシでもいかがかしら?」


 そう言うと、レティシアはどこからともなく取り出したトウモロコシを、綺麗なフォームでオリーブに投げつけた。

 オリーブは天性の反射神経でキャッチし、「ありがとうございます!!」とキレ気味に返す。

 どうしてあのレティシア様がトウモロコシを持ち歩いていたの? なんて突っ込みを出来る取り巻きは居ないし、あまりの勢いに誰も反応出来なかった。レティシアの奇行に反応出来たのは、トウモロコシを投げつけられたオリーブただ一人である。


「い、今の――」

「あれが噂の時空魔法か……!?」


 取り巻きではない男子達の注目を集め出した。どうやら彼らは、レティシアがトウモロコシを取り出した瞬間を見ていたようだ。

 時空魔法というのは、数万人に一人しか適性がないと言われている魔法属性だ。レティシアはその時空魔法の使い手とされている。

 『空間収納(インベントリ)』と名付けられたその魔法空間にレティシアは様々な物品を収納し、このように何もないところから取り出すのだ。何でそこにトウモロコシなんて入れてたのなんて突っ込みは、したくても誰にも出来ないが。


「ふふっ! 子豚ちゃんには、家畜のご飯がお似合いよねぇ」


 冷静になれば「何言ってんの?」と言いたくなるような状況でも、彼女にそれを言えるのはまぁ――王族くらいだ。


「おいレティシア、そのくらいにしておけ」


 と、騒ぎを聞きつけてやってきたのはまさにその王族。甘いマスクで全ての女性を魅了する、魅惑の王子。ここラグランジュ王国が第一王子、ジル・ラグランジュだ。

 成績優秀品行方正、そしてまだ婚約者も居ないらしい。これでレティシアの幼馴染でなければアプローチを掛ける女子も居るであろうが、残念ながら学院内でレティシアの存在は大きく、遠巻きに見つめられるだけのアイドル的存在だ。


「あらジル様、ご機嫌うるわしゅう」

「……またやってたのか」

「いえいえ、通りがかった子豚ちゃんに、餌――お食事を差し上げていただけですから」


 取り巻き達がまたクスクスと笑うと、渦中のオリーブは「要件は終わりましたか!?」なんて大きな声を出す。いくら同級生と言えど、ジルと話すレティシアを相手にこのような態度が取れるのはオリーブくらいのものだ。

 「レティシア様が怖くないのか」、――そう聞かれると、オリーブは即答する。「怖いです」と。けれど、彼女はレティシアに何を言われようと生き方を変えず、そして何があろうと態度を改めない。

 無謀だ、無知だ。オリーブを表す言葉は多い。けれど、彼女の芯の強さを知る者は、そんなことを口に出さない。

 身分の低い貧民であろうと対等に接し、あまねく全ての相手に敬意を払う。怪我をした者が居たら癒し、飢えた者が居れば食料を恵む。貴族令嬢でありながら平民の暮らしを理解し、平民の心を知る少女。


 ――巷では、聖女と呼ばれている。


 しかし、聖女も貴族の階級社会には逆らえない。街に出れば味方となる平民が多くとも、貴族子息しか居ないこの学院においては、味方になってくれる者は数少ない。

 皆、レティシアが怖いからだ。次に標的になるのが自分だったらと考えると、誰も彼女の味方になってやれない。けれど完全に孤立しているわけではなく、ごく一部だが、彼女に惹かれ、周囲に集まる生徒も居る。


「お出口は、あちらですわよ?」


 レティシアが手で指し示したのは、学生寮でなく畜舎の方角である。

 再び周囲の取り巻きから小さく笑われた少女は、「失礼いたします!!」と叫んで走って行った。トウモロコシを小脇に抱えたまま、涙をこらえるように、目元を抑えて。


「はぁ……お前も飽きないな」

「目障りですからね、あの子。ほら殿下、可哀想な女の子が泣いていってしまいましたよ? 慰めないで良いんですの?」

「…………分かったよ」


 溜息交じりにそう返すジルは、小走りでオリーブを追いかけていく。


「あらあら殿下ったら」

「お優しいんですのね」


 レティシアの取り巻きに皮肉を言われても、いつもと変わらぬ優しい笑顔を取り巻き達に向けると、皆顔を赤らめ黙ってしまう。人を魅了する外見とは、いついかなる時も有効だ。


「では、(わたくし)は政務がありますので、こちらで失礼しますわ」


 オリーブとジルが見えなくなるまでそちらに視線を向けていたレティシアは、そう言って取り巻きを解散させ、一人で自室のある寮へ向かって歩く。

 金魚のフンのようにしばらく着いてきた取り巻き達も一人、また一人と減っていき、最後には誰も残らなくなった。


 学生寮には等級があり、レティシアと同じ寮に暮らす取り巻きは一人も居ないのだ。

 彼女の暮らす最上級寮も他の寮と同じような外見をしているが、内部構造が大きく異なる。中級寮と比べても、部屋の広さは5倍程度はある。中には使用人室や専用キッチンまで備え付けられており、それはまるで小さなお屋敷だ。


 ――と、あと数歩で扉に辿り着くところで、レティシアの足が止まる。


「ディアヌさん」


 レティシアを追いかけてきたのは、同級生のディアヌという女生徒である。

 彼女は先程虐められていたオリーブの親友であり、レティシアと口論する姿を目撃したことのある者も多い。ならば先程のやり取りを咎めに来たのかと思えば――


「はぁ……またやったの?」


 呆れた顔をしたディアヌが言う。レティシアを相手にそんな砕けた喋り方が出来るのは、ジルだけと言われている――が、実は違う。


「えぇ、あの家畜臭を学内に持ち込むのだけはやめて欲しいのだけれども、言っても聞いてくれないんですよねぇ……」


 先程までの甲高いお嬢様喋りとは似ても似つかぬ低い地声で返すのは、レティシアだ。

 テンプレ的貴族令嬢であるレティシアと委員長気質のディアヌは大変に仲が悪い。学内ではそんな認識をされているが、もし二人しか居ない場所での会話を聞く者が居れば、まさかそうであるとは思わないだろう。親友か何かに思われるに違いない。


「とりあえず報告するから入れて貰える?」

「えぇ、お待ちくださいね」


 ――まるで、ディアヌの方が立場が上であるかのような強い口調。

 しかし、ディアヌはこの学院においては下から数えた方が早い子爵令嬢、それも領地を持たない子爵なので、立場として上どころか、足元にも及ばない、――はずだが。

 レティシアが扉に手を当て魔法鍵を開けると、誰より先にディアヌは部屋に入る。

 家主が許可していない者が部屋に入ると、爆音で警報が鳴り響き排除システムが働くここ最上級寮においてそんな行動をした者が居たら一瞬で追い出されるが、警報は鳴らない。ディアヌはあらかじめ入室を許可されているからだ。


「はぁぁぁぁああああああ!!!」


 扉を後ろ手に閉めた瞬間、レティシアは顔を抑えて崩れ落ちた。


「オリーブちゃん可愛かったのぉおおお!!!!」


 レティシアの叫ぶオリーブとは、当然、彼女が先程まで虐めていた女生徒のことである。

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