事の始まり
このお話は
『ぼっちポチ 第3話 ポチ、小学生(女子)にナンパされる』
以降にリンクしております。
https://ncode.syosetu.com/n4431ho/3/
合わせてご一読いただければ幸いです<m(__)m>
イラストはこのお話の主人公の稲城陽葵ちゃんです。
「ではお父様に『お手紙拝読いたしました。いただいたメールアドレスへリモートでの家庭訪問の候補日時をお知らせします』と、お伝えくださいね」
そうおっしゃりながら花井先生はご自分のサラサラの明るめの色の髪を少しばかり掻き上げてると、優しい花の香りがしたのでした。
「ああ、優しい香り、金色のヘアピンも髪の色に合ってとってもお似合いだわ」
陽葵が憧れを含んだ目で先生のお顔を見ますと、先生は眼鏡の奥から優しい眼差しをお向けになり
「お母様がお亡くなりになって、稲城さんは何かと心細い事もあるでしょうけど……一人で抱え込まないで先生にも相談してくださいね」とおっしゃいました。
がらんとしたお家に一人で居る事にも、もうすっかり慣れてしまったと思っていた陽葵でしたが、先生のお言葉に涙がひとすじ零れましたら、先生はご自分のハンカチでその涙を押さえて頭を撫でて下さいました。
それからひと月くらい経った頃でしょうか。児童クラブから帰ってまいりました陽葵がお家に入ると、まるでお母様がいらした時みたいに家の中がほんのりと暖かいのです。どうやらテレワークをなさっていたお父様が入れ違いでお出掛けになった様です。
「パパ、晩ごはんどうするのかしら」
帰りがけにスーパーで買った食材の入ったエコバックをキッチンの床に置き、ふとシンクを見てみますと珍しく片付けられています。なぜそうだと分かりますのはスポンジの置き方が陽葵とは違うからなのです。
「いつもこのように片付けてくれたらゴキブリも寄って来ないし助かるのになあ」
こんな風に思いながら手を洗おうと洗面所へ入りましたらバスルームの戸が半ば開いておりボディソープの香りがいたします。
「パパ、お風呂に入ったんだ」
軽くため息をつきながら洗面台を見ますと
一本の明るめの色の長い髪がふわりと宙に浮くように縁にくっついています。
「えっ?! この髪!!……」
そして床には鈍色に光る金色のヘアピンが1本……
陽葵は何だか怖くなって、ティッシュペーパーを抜き取るとそれらを包んでゴミ箱へ捨ててしまいました。
こんなことがあって程なくして、花井先生がお家にいらっしゃいました。
陽葵にお料理を教えて下さると言うのです。
「家庭科は5年生でまだ先です。けれども陽葵ちゃんが台所に立つ事があるのなら、包丁やガスコンロを安全に使えるようにしなければいけません」
先生は努めて学校と同じ様に接してくださいますが、“陽葵ちゃん”と呼んでいただけたのがとても嬉しく、陽葵は一所懸命に努めました。
「よくできました。」と褒めていただき、お父様と三人、食卓を囲んだのですが、陽葵の心の内にモクモクと黒い雲のような物が立ち込めてきたのです。 その一番中心でこだましているのは亡くなったお母様が病床で何度となく話していた言葉で……
お父様が何かすると相手の女の人は死んでしまうそうです。お母様が亡くなるのもそのせいだと言うのです。
陽葵は髪の毛とヘアピンをティッシュペーパーに包んで捨ててしまったあの時の言い知れぬ恐怖を思い出してしまいました。そう、あの時、お父様のお部屋からも同じようなティッシュペーパーの……鼻を突くようなにおいのお花がいくつも出て来たのです。
「ゴミ袋はムダにしてはいけません」とお母様から教えられていたけれど、その日のゴミ袋は自分がしてしまったいけない事、触れてしまったいけない物を覆い隠したくて二重にしました。 そして今も自分の心を二重にして、先生とお父様にニッコリと笑い掛けるのでした。
その次の年、まだ桜が咲く前に花井先生は学校をお辞めになる事になりました。なんでも結婚のご予定が早まったとの事です。
クラスで行ったお別れ会の席でおませな女子生徒が「先生は赤ちゃんがお出来になったのですか?」と尋ねましたら、先生は「ふふふ」とお笑いになりました。
けれども陽葵には眼鏡を鏡にして一切の表情を見せてはくださいませんでした。
そして陽葵は4年生になりました。お父様は相変らず帰宅が遅く、テレワークも陽葵が学校へ行っている間だけで夜にはお出かけになりました。
「今日もパパは『外で済ます』言ってたから……お惣菜でいいよね!」
せっかく覚えた料理も花井先生を思い出して何だか辛くなり、殆ど作っていません。クックパッドを先生にして新たなレパートリーに挑戦してみようかとも思いますが、独りでは量が多過ぎるのです。 広いダイニングテーブルにお皿を並べてみても、食は却って細るのです。
なので、陽葵はリビングのガラスの座卓に買って来たスーパーの唐揚げを広げます。
「うん、やっぱりここのスーパーのお惣菜 美味しい!!」
そのスーパーはお母様がまだ元気だった頃、よく一緒に行った場所の一つです。
でもお惣菜の味を知ったのはお母様が亡くなってから……
「やっぱり 誰かと一緒にご飯を作って食べてみたい。花井先生の時は、うまくできなかったけれど、それはきっとパパ任せだったからだ。私がしてみたいと願う事は自分からやらないとかなわないんだ!!」
『女性に声をかける方法』というキーワードでインターネットを検索してみましたら『多くの女性に声をかけることが恋愛の近道』と書かれていました。
「私の願いはきっと恋愛に近い事だから、この方法を試してみよう。恐れていては何もできない。きれいな器だって元は泥をこね、うわぐすりをかけて作り上げるのだから。まずは形の定まらない泥の中に手を入れなければ始まらない!!」
陽葵は心の中で自分にこう言い聞かせてランドセルを背負い直し、ショッピングバスケットを手に持ちます。
「後は今夜の食材を投入して右から三番目のお姉さんのレジに並ぼう!!」
こうして陽葵の“ナンパ”は始まったのでした。
今回は語り口を工夫してみました。
色々試行錯誤中です(^^;)
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