俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。それ以外の願いなら全て叶えるから、何を言われても別れたくはないんだが?
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
まずは私と妻の話をしよう。
妻は元々公爵家の令嬢で、本来少し腕が立つ程度の平民だった私なんかには決して手の届く筈のない女性であった。
そんな私が彼女を妻に娶ることが出来たのは、概ね運が良いことの続く我が人生において、最大級の幸運だったと言えよう。
初めて彼女の姿を認めたのは、私がちょっとした武勲を立てた時に、どうでもいいくだらない勲章を授かるという話で王城に呼ばれた時だ。
貴族のマナーや礼儀なんか当然知らず、私を引き上げてくれた恩義ある侯爵から、付け焼き刃のレッスンを受けて臨んだ当日。
興味津々な瞳でこちらを見ながらも馬鹿にし、見下す貴族達の視線に辟易した私は、叙勲式が始まるギリギリまで裏庭で時間を潰していた。
私が身を隠す巨大な木の下を、何人かの貴族がぺちゃくちゃと耳障りな声で話しながら通り過ぎる中、雑音騒音でしかなかった人々の中で唯一、心地好く感じる声が耳を打った。
「お兄様」
可愛らしい声。まだ幼さの残る、少し背伸びをした声。その声が鼓膜を震わせた時、私は閉じていた瞼を持ち上げた。
惹かれるようにして声のした方を見れば、そこには人間ではなく妖精が佇んでいる。
「……」
あまりに驚き、ずるりと姿勢を崩しそうになったが、その妖精が俺に気付いて姿を消してしまわぬよう、俺は微かな音すらも立てないように必死で気配を消した。
「どうしたの、アルリカ」
「ふふ、今日はお父様におねだりして、この国を守って下さる兵士様や騎士様達の叙勲式を見学しに参りましたの」
「……」
妖精ではなく人間だった、と思いながらも彼女を観察する。
人間であるにも関わらず、彼女の周りだけ、何やらキラキラと輝いている気がした。
「おいブラッド、何処に行ってたんだ?」
「……裏庭の木の上で寝てた」
「え?それって、この国の御神木じゃね?」
彼女が去ってしまってから、私はフワフワした気分で会場に戻った。
それまで私は、自分以外の者を力でねじ伏せるのが好きな、野蛮な人間だった。
だから、戦場は好きだったし戦って金を稼げる兵士はある意味天職だった。
(……そうか、戦うということは、彼女を守ることに繋がるのか)
彼女の周りがいつも綺麗なもので囲まれるように。
傷付かないように。
庇護欲というものが自分にあるとは思わなかった。
彼女は、何者なのだろう?
確か名前は……「アルリカ」。
私がポツリとその妖精の名前を呟けば、耳聡い戦友はニヤリと笑った。
「何だお前、貴族には興味ねー癖に、公爵令嬢の名前だけは知ってるのか」
「公爵令嬢?」
成る程、彼女は公爵令嬢だったのか、と私は納得した。自分とは違って、高貴なオーラを纏っていたのも、妖精のように美しく愛らしいのも、王女のいないこの国では最高位の女性であるからなのか。
俺の惚けた様子に気付いたそいつは、少し気の毒そうな顔を浮かべる。
「まさか、惚れたのか?確かに有名な美女だもんなぁ……。お前も顔だけは良いけど、まぁ、俺達とは生きる世界が違うから諦めな」
「……」
そいつの言葉を聞いて、彼女を自分のモノにしたい、などという欲など湧かなかったことに気付いた。
そもそも、次元が違う。
そこに立ち、息をしているのが不思議に感じるような、自分にはもっと神聖で、不可侵な存在だった。
ともかく彼女を知って、私の戦い方は変わった。
血を流し、流させる戦い方から、極力最小限の血しか流させずに、和平を求めたのだ。
血塗れた大地よりも、血を吸わずに生き生きとした大地の方が彼女に似合う。
人々の悲鳴よりも、人々の笑い声の方が、彼女には相応しい。
私の変わりように皆が驚いた。
私への敵対心に燃える者は、「日和った」「怖じ気付いた」とて囃したてたが、そんな者は私の眼中に入って来なかった。
そして私のその変化が功を奏し、気付けば隣国からの侵略を食い止め、そして和平協定を結ぶところまで漕ぎ着けていた。
当時の上司に当たる侯爵は、貴族らしく俺の手柄を横取り──することをせず、いつからか私は国を平和に導いた英雄と呼ばれるようになった。
実際の私は、国の為ではなく、ただあの一度見掛けた公爵令嬢が幸せに生きていく為の土台を作っただけに過ぎないのに。
ともあれ、戦いに明け暮れていた私は、実際平和が訪れたら訪れたで、何を目標にして生きていけば良いのかわからない、という状態に陥っていた。
兵士から騎士となった私は、騎士団を纏める傍ら、とりあえず国王から叙勲した領土を運営していたが、何が正解なのかもわからずにただつまらない雑務をこなしていただけだったと思う。
ただ、面倒な処理をこなさなければならないと考えていただけの領土の叙勲は、それに伴って必然的に伯爵位になるという大きな変化を私にもたらした。
そして、嫌っていた貴族の仲間入りを果たした私は、毎年行われるデビュタントに初めて招待されたのである。
「沢山の未婚の女性が来るから、お前も参加する方が良いだろう。そろそろ嫁を迎えて落ち着け」と侯爵から言われ続けていたが、キーキー煩いだけの女を傍に侍らすのは苦痛で論外だった。
しかも、伯爵となったからには貴族の女性……それも由緒正しい血筋の女性を嫁に迎えないと、伯爵位があるだけの平民と一生言われ続けるというのだから、本当に貴族は面倒臭い。
言いたい奴には言わせておけば良い、と個人的には思うのだが、恩義ある侯爵の手前、そんなことは言わずに大人しくデビュタントの会場に足を向けた。
──人の忠告は、聞くものだ。
私はそこで、一生分の運を使い果たしたと思う。
輝くばかりの美しさ、尊厳あるオーラ、それでいて無邪気に溢れる生き生きとした若さ。
こうであって欲しい、と願った公爵令嬢であるアルリカ嬢が、そこにいたのである。
息をするのも忘れ、食い入るように不躾な視線を送るのは私だけではない。
そして彼女は当然の、デビュタントのドレスで最高の賞を手に入れた。
会場中が注目する中、アルリカ嬢はエスコート役の彼女の兄と、軽やかなステップを披露する。
踊れない私が彼女にダンスを申し込むのは無理な話で、とはいえ他の男性と踊っているのも不愉快な気がし、席を外した。
バルコニーの柱により掛かり、酒を煽りながら自分に問い掛けた。
(……不愉快、とは何と勝手な感情なのだろう)
彼女は自分の恋人でもなんでもない。
力技だけでのし上がった単なる平民あがりのハリボテ貴族と、昔から蝶よ花よと育てられただろう純粋培養の公爵令嬢。
こんな感情、抱くことすら畏れ多くて……許されない。
「ブラッド様」
「……」
彼女の美しい声が、私の名を呼ぶという幻聴まで聞こえるとは、色々重症だなとため息を吐く。
「ブラッド様」
それにしても、やはり心地好い──
「……アルリカ、様?」
私が、目の前に現れた妖精に呆然としながら、その名前を呟いた。
やはり、彼女は妖精だったのだ。
でなければ、私が人間の気配に気付かない訳がない。
「──何故こんなところに?具合でも悪いのですか?」
何故彼女は私の名前を知っているのだろう?こんな都合の良いことがあって良いのだろうか?
そう思いながらも、頬を紅潮させた様子が気になり、中へエスコートしようと彼女に近付く。
ふんわりと、甘い香りが鼻腔を擽った。
どうやら、夢ではないらしい。
「いえ、あの、ブラッド様……」
「はい」
変な汗はかいていないだろうか、自分は臭くないだろうか、着衣は乱れていないだろうか──
顔だけはポーカーフェイスを繕いながら、内心挙動不審になる。
「わ、私と……」
まさか、ダンスのお誘いだろうか!?
ああ、貴族のレッスンで一番に削除した過去の自分を殴り倒したい。
「はい」
「私と、結婚して下さいませ」
「……」
私は、ポーカーフェイス顔をそのままに、台風のような感情が胸の内を暴れまわる中、こくりと頷いた。
──人生、何があるかわからないものだ。
***
あれよあれよと、私達の結婚は進められた。
何故、彼女は私を選んだのだろう?
何故、大事な一人娘が元平民に嫁ぐのを公爵は許すのだろう?
何もわからないまま、時は着実に過ぎてゆく。
「まさか、お前がアルリカ嬢と結婚に漕ぎ着けるとはなぁ」
「俺が一番驚いている」
「お前、そろそろその“俺”って言うの、直した方が良いんじゃね?アルリカ嬢に嫌がられるぞ」
「そうか」
その日から、私の一人称は「俺」から「私」に変わった。
「お前、笑うと凄味増すからさー、にっこりスマイルが出来ないならせめて笑うなよ」
「そうか。ところで、アルリカ嬢は何故私を選んだと思う?」
「お前、それは嫌味か?んー、顔?後は……領土とか?」
「成る程」
「お前、少しは怒れよ……」
戦友と話して、やっとアルリカ嬢が、そして公爵が私を選んだ理由がわかった。
国王から褒章として頂いた領土。
それを、恐らく公爵が欲しがっているに違いない。
自分にはその価値がわからないが、例えば肥沃だったり、開発次第でこれから発展が見込めたり、はたまた掘れば何かしらの宝石でも出てくるのかもしれない。
私は……何と、運が良いことか。
たまたま手に入れた領土のお陰で彼女を手に入れることが出来るなんて。
公爵に領土を譲渡するまで、もしくは自分が暗殺されるまでの間かもしれないが、それでもその間だけは、私が彼女の……アルリカの、夫なのだ。
ようやく私は、彼女との結婚に現実味を感じたのであった。
──とは言うものの、妖精との暮らしに慣れる訳もない。
私は戦友であり部下でもある者達と慣れた王城の廊下を歩きながら、何度も聞かれる新婚生活の話を適当に流していた。
「帰ったら、あのアルリカ嬢が家にいる訳ですよね!?いやー、天国ぅ」
「まぁな」
「でも、俺なら家でも気が休まらねーなぁ」
「確かに。彼女がいると、未だに緊張する」
「っか〜、3年後はアルリカ嬢の前で鼻ほじってんじゃないすか?」
「どうだろうな」
結婚も初夜も済ませ、毎日顔を合わせて何度この胸に抱いても、一向に彼女を前にした時の胸の昂りは収まることはなかった。
……どころか、彼女を手にしてしまった今となっては、本当に嫌われたくなくて、余計緊張する始末だ。
「ああ、俺はお高く止まった貴族の女よりも、何でも気楽に話せるサバサバした性格の騎士団にいるような女達の方が良いっすね」
「そういう考え方もあるな」
確かに、家は寛ぐところであって、緊張する場所ではない。そういう意味で言えば、そいつの言うことも一理あるなと頷く。
頷きながらも、それでも私は、今の自分が幸せの絶頂であると信じて疑わない。
「ドレスを身に纏った令嬢達が、たまに我が家へアルリカとお茶をしに来るのだが……何を話して良いのか、全くわからないから疲れる。そういう意味では、騎士団の女達の方が気楽ではあるな」
アルリカだけならいくらでも愛でられるのに、他のどうでもいい令嬢達も、アルリカの友人というだけで気を遣わなければならない。
アルリカに恥をかかせる訳にはいかないからだ。
とはいえ紳士として振る舞うのは、非常に骨が折れる仕事だった。
一番気をつけているのは、アルリカを前にして、顔がにやけないようにすることだ。
しかしそんな大変さも、彼女を妻に迎えてこそ。
「おかえりなさい」とふんわり笑って言う彼女が自宅にいると思う度、私はいくらでも頑張れる気がした。
***
基本的に、私はアルリカのお願いは何でも叶えてきた。
捨てられないように、必死だった自覚はある。
けれども、彼女に危険が及ぶような場合は別だ。
彼女が傷付くのは、自分が捨てられることより辛く、我慢が出来なかった。
「──アルリカ!」
私が自宅の練武場へ向かうと、彼女はへっぴり腰で真剣を握っていた。
屋敷の者が、「急に奥様が剣を習いたいと仰られて、我々には止められず……!」と緊急で知らせに来てくれたのだ。
私は仕事を放り投げ、一目散に屋敷に戻った。
「危ないからやめて下さい」
と私が彼女から剣を取り上げると、アルリカは
「でも……」
と、泣き出しそうな顔をした。
彼女にそんな顔をさせるなんて、不本意だ。
けれども剣は、扱い方によっては彼女の命をいとも容易く葬り去るのだ。
それは、戦場で多くの命を屠ってきた自分が一番よくわかっていた。
「これだけは、譲れません。やめて下さい、アルリカ」
私が真摯に祈りを込めてお願いをすれば、彼女は眉毛を寂しそうに下げたまま、それでも頷いてくれた。
そんなことがありながら、やがて息子が生まれ、娘も生まれた。
公爵から領土を奪われることもなく、妻は美しいまま時は流れて、小さかった子供達がそれぞれの伴侶と手を取り合い独立した時。
私は確かに、油断していた。
「離縁致しましょう」
最愛の妻にそう言われ、私は砂上の城の住人であることを、思い出したのだ。
「──は?今、何と言った?」
いつも通りポーカーフェイスを心掛けるが、それでもいつになく固い声になっていることは気付いていた。
「……ですから、離縁致しましょうと申し上げました」
俯いたアルリカは残酷にも、再び同じ言葉を口にする。
聞き違いではないと、私の心を抉る。
何故、このタイミングで。
何故、今更。
まだ、ここの領土は私の名義なのに。
私が嫌いになったのか。
好きな男でも、出来たのか。
それは誰で、いつ、何処で出会ったのか。
昨日も愛し合ったのに、それは最後の手向けだったのか。
嫌だ、離したくない──
そう思った瞬間、バリン、と手の中のグラスが割れた音がした。
アルリカは驚きに目を見張って顔を上げる。
ああ、まだ私の心配をする程の気持ちは残っているのか。
「ブラッド様っ!!手に血が─」
「大丈夫だ」
「駄目です、手当てが先ですわ」
メイドがテキパキと手を処置している間中、駆け寄ってきたアルリカを抱き締めるのを我慢する。
そして、処置が終わったことを確認したアルリカが自分の席に戻ろうとするのを、業と怪我をした方の手で腕を掴んで妨害した。
優しいアルリカは、私の怪我をした手を振り払うことは、出来ない。
「──私は、極力アルリカの言うことは何でも叶えてきたが、離縁は話が別だ。何故そんなことを言い出したのか、聞いて良いか?」
相手の男を殺したら、アルリカは泣くだろうか?怒るだろうか?
……私から逃れることを諦めてくれないだろうか?
じっとアルリカを見つめながら、そう問い掛けた。
アルリカは、少し緊張したように頬を染めて、「……人払いを」と言った。
やはり、人には聞かせられない理由なのか。
愛人がいるのか。
「ああ」
私は意気消沈しながら使用人全員を下げ、逃げられないようにアルリカを膝の上に乗せた。
アルリカは、意を決したように深呼吸して、話し出した。
「……ブラッド様はお気付きになられていらっしゃらないでしょうが、私には願いを口にすると、それが叶ってしまうという能力がございます」
「そうなのか。……それで?」
それが愛人とどう関係してくるのだろうと、先を促す。
「私が悪いのです。私がブラッド様にあの日、間違えて、結婚をして下さいと願ってしまったから……っっ」
アルリカの、声が震える。
泣かないで欲しいのに。
私と結婚したことを後悔するアルリカを見たくなくて、冷たい声が出た。
「……それが何故、離縁に繋がるんだ?」
「ですから……っ、ブラッド様の意志ではなく、私がブラッド様に呪詛を掛けてしまったが為に、私と結婚することになってしまったのです……」
……?
何を言っているのか、理解出来なかった。
話が飛躍しすぎている。
とにかくわかるのはアルリカが勘違いをしていることだけだ。
あんなにも恋焦がれた女性と結婚した私なのに?
「つまり、アルリカは……私が、自分の意志で君に求婚したのではないと、考えているのか?」
「考えているのではございません。事実なのです」
いや、どう考えても自分の欲求のみで動いたが。
「……では、私が嫌いになったとか、飽きたとかではなく?」
「まさか!ブラッド様は、私がこの人生において、ずっと愛するただ一人のお方ですわ。……二十年も奪ってしまいましたが、愛するからこそ、今こそ自由になって頂きたいのです」
アルリカに愛していると二回も言われ、私は地獄から一気に天国へと引き上げられた。
まだ心臓は動いているが。
ひとまず話は、
「……わかった」
「……っ」
アルリカの瞳が潤み、涙がポロリと溢れた。
泣かないで欲しいのに、私の為に涙を流す君は本当に美しい。
私は勿体なく思いながらも、親指で涙を拭いながら言った。
「私は別れないから、どうしても別れたければ、その呪詛を私に使って別れればいい」
「……え?」
「ほら、言ってご覧」
アルリカの前で自ら禁止していた意地悪な笑みを浮かべてしまい、彼女の戸惑いが伝わってくる。
けれども、悪い笑みをする自分も私の一部で。
彼女ならきっと、私のこうした面も含めて、愛してくれるのではないかと今なら思えた。
「……離縁致しましょう、ブラッド様」
「嫌だ」
即答する。
「……あの?」
「そんな理由なら、断固拒否する。私は……その、初めて会った時から……貴女を……アルリカを、愛しているんだ」
初めて、ベッドの上以外で口にして、猛烈に羞恥心が込み上げてくる。
けれども今、彼女に必要なのはこの言葉以外にないと思った。
自分に必要な言葉も、彼女から言われた「愛している」だったから。
「そ、そんな訳ございません!」
アルリカは、再び涙を流しながら可愛らしく首を振る。
「何故そう思う?」
「だって、話していたではありませんか……」
私の好みの女性は貴族令嬢ではなく女性騎士だと、アルリカは断言する。
いやいやいやいやちょっと待て。
どうしてそうなった?
「言ってない。言う訳がない」
私が好きになった女性は、アルリカただ一人だと言うのに。
「でも、確かに聞きました」
「……もしかして、断片的に聞いた言葉を変に解釈をしていないか?」
「……?」
「だって、そうだろう?アルリカは公爵家の娘で、誰もが心を奪われる美貌の持ち主なんだ。単なる叩き上げで爵位を貰った私とはそもそも雲泥の差で、高嶺の花を手に入れた私はただひたすら嫌われないようにするので精一杯だった」
私は、長年ひたすら隠しに隠していた本音を吐露する。
情けないが、これも私だ。
「……でも、私には笑顔を見せて下さいません」
アルリカは肩を落として私を見上げる。
いや、人の悪い笑みをアルリカに見せるのは大分憚られるんだが、そうか。
ポーカーフェイスを取り繕うのに必死で、彼女の前で笑わない、という事実を客観的に捉えられなかった自分のミスだな、と私は反省した。
「……笑っていい。君の前だと、未だに緊張するんだ。そして、大口を開けて笑えば下品だと感じるかと思った」
「ええっ?」
旦那様の笑顔が見たくて、こっそり何度も仕事場まで見に行ったのに、とアルリカは口を尖らせる。
今すぐ、その唇にキスしたい。
「私が君を愛していることなんて、誰でも知っていると思っていた。当然、君も」
私は苦笑いをしながら、先程下げた使用人達を呼んだ。
これ以上二人きりになるのは危ない。
私は膨れ上がる欲望を抑え込みながら言った。
「さぁ、食事を終わらせてしまおうか。……今日は、君と沢山話すことがありそうだ」
そう言いながら、アルリカとの離縁が流れたことに安堵し、ほんの少し泣きそうになった。
私の幸せな世界は、この愛する妻によって、構築されている。
いつもブクマ、ご評価、大変励みになっております。
また、誤字脱字も助かっております。
数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。