3.じじいの家のにおい
ああ⋯⋯餅がない世界なんて⋯⋯こんな世界要らねぇよ⋯⋯生きてらんねぇよ⋯⋯
『ねぇミッチョンコ』
なんだ餅。
『ビッグマックだよ』
なんだビッグマック。
『ボクが存在してるんだし、この世に餅がないってことはないんじゃないかな』
確かに! ハンバーガーはないかもしれないけど、餅は探せばあるのかもしれない! この頭の良さは敵になると怖いけど、味方だと頼もしいな!
『これからどうする? とりあえずこの世界を回ってみる? 多分ボクたちは元の世界には戻れないと思うから、この世界で生きていくしかないよね』
そうだな、完全に死んだもんな。
この平凡なおじさんと話してるのもそろそろ飽きたし、出発しようか。
『おじさん、いろいろありがとう! じゃあねー!』
「モゴモゴー!」
おじさんは手を振って見送ってくれた。
前の話までは敬語で喋ってたのに、いきなりタメ口になるからびっくりしたよ、ビッグマック。
『もう2度と会わないだろうし、最後くらいタメ口でいいかなって思って』
こいつ、腹にけっこう黒いものを持ってるな。
おじさんと別れた俺はとりあえず適当な方向に向かった。今の時間も分からないが、太陽がある方に歩いていく。
『なんも見えないね。人もいないね。村あるのかなぁ』
「モゴッ⋯⋯」
そうだ、喋れないんだった。心で思うことしか出来ないんだった。
あのおじさんの話の通りなら他にも何かしらが喉に詰まった人がいるはずだから、気長に探そうよ。そこに餅もあればいいけどなぁ。
『君の頭は餅のことばっかだね』
そうだな、生前も餅のことしか考えてなかったからなぁ。テストも解答欄に「餅」って書いてたせいで毎回0点だったし、告白してくれた女子にも「餅」って言って断っちゃったし、餅が好きすぎて周りを振り回しちゃってたなぁ。1回死んでみてようやく分かったよ。
でもなぁ、こんなに近くに餅があるのに食べられないなんて、つらすぎるよなぁ。
『まさに絵に描いた餅だね』
その通り。
それから数時間歩いた。時計がないので正確な時間は分からないが、けっこう歩いたと思う。
『暇だね。しりとりする?』
いいね、じゃあ俺からで「餅」ね!
『ちんちん』
終わった。こいつがやろうって言ったんだよな。誘っといて2手目で終わらすなんてことあるか? どこかおかしいんじゃないか? 頭のネジが外れてるに違いない。
ていうか、こいつ頭ないよな。どの器官で物事を考えてるんだろうか。そもそも器官なんてないか。
『うるさいな、その話はこの前しただろ? 君に意思が宿ってる理由を説明出来るのかって』
そりゃ脳みそがあるからでしょ。餅もハンバーガーも脳みそなんてないんだから、考えられる頭があるのはやっぱりおかしいよ。
『それが間違ってるんだよ。脳みそがないと思考出来ないっていうのは人間が勝手に決めつけたことじゃないか。宇宙は広いんだよ。脳みそ以外の器官で思考してる生き物もきっといるはずさ』
でもハンバーガーも餅も地球の食べ物じゃん。少なくとも地球ではありえない話だろ。
『地球? なにそれ、星の名前?』
えっ。こいつ地球出身じゃないの? ビッグマックってあのビッグマックじゃないの? だとしたら他の星の人間(?)にパクられたってこと?
『じょーだんじょーだん。すぐ本気にするんだから君は〜』
ビッグマックりした。間違えた、ビックリした。地球出身じゃないから脳みそ以外で思考出来るって考えになったのかと思ったよ。
そんな会話をしているうちに、村に着いた。
あんじゃん、村。普通にあんじゃん。
村と呼ぶのを躊躇うほどの豪邸が1つある。村長の家かもしれないな。行ってみよう。
「モゴモゴモゴモゴ!」
「モゴモゴゴゴゴゴ!」
村長の家の前まで来たところで、門番に止められてしまった。槍を持った2人組だ。
『怪しいものじゃないよ、中に入れてくれないか』
「!?」
「モゴッ!?」
2人はビッグマックの言葉を聞くと槍を置き、俺たちに向かって跪いた。どうやら中に入れてくれるようだ。
2人は立ち上がり、中まで案内してくれた。
扉を開けて中に入ると、おじいさんの家! という感じのにおいがした。
「モゴゴゴーーー!?」
奥に座っていた髭モジャの老人がこちらを見て叫んだ。
「⋯⋯モ」
と思ったら落ち着いたようだ。恐らく俺の後ろにいる2人の門番を見て俺が侵入者ではないことを理解したのだろう。
老人はスケッチブックを取り出し、何か書き始めた。
『あなたが勇者様ですか!』
そう書かれたスケッチブックを私に見せた。
『どういうことですか?』
ビッグマックの声を聞いた老人は驚きを隠せない様子だった。恐らく彼も何十年と人の声を聞いていなかったのだろう。ビッグマックの声って言っても俺の声なんだけどな。
『50年前にこの村に現れた予言師が、「50年後に声を出すことの出来る者が村を訪れる。それが勇者だ」という予言を残していったんです! あなたが勇者様なのですね!』
老人は興奮した様子でまた書き始めた。
『まさか本物の勇者様にお会いすることが出来るとは! なんと光栄なことでしょう!』
さっぱり分からないが、やはり俺は特別な人間なのだろう。
『いや、ミッチョンコは普通の人間だと思うよ。ボクが特殊なだけで』
確かに。ビッグマックのお陰で勇者扱いだ。
それにしても、あのおじさんはこの世界には魔王なんていないって言ってたけど、嘘だったんだな。この老人は勇者である俺を50年も待ってたんだもんな。いいよ、世界救ってやろうじゃないの。
『で、勇者として何をすればいいですか? 』
『いや、予言師が勇者が現れるって言っただけで、特に何をするとかはないです。ただ勇者が来るよ、珍しい人が来るよっていう予言ですね。まさか本当に来るとは思っていなかったので興奮してしまいました』
なんそれ。魔王いないのかよ。魔王いないのに勇者って名乗っていいのか?
特に魔王を倒す訳ではないにしろ、俺と出会えたことがよほど嬉しかったようで、今日はこの豪邸に泊めてもらうことになった。