10.魔王『きゅんっ♡』
階段を下ると、おじいさんと少女が椅子に縛りつけられているのが目に入った。
『大丈夫ですか!』
「モホ!?」
やっぱ全員びっくりするんだな。1人もいないのかな、喋れる人。
縄を解いて地上に連れていくと、2人ともとても驚いた表情を見せた。
おじいさんが落ちていたスケッチブックに何か書いている。
『あなたが1人でこれを?』
『はい』
『ということは、あなたが勇者様!』
勇者様ってことはもしかして⋯⋯
『実は50年前に現れた予言師様が「50年後、ビッチョンコ村で用を済ませた勇者がこの村に訪れ、村の危機を救うでしょう」と仰っていたんです』
なんなんだよその予言。おい予言師! お前これ読んでるだろ! 予言がピンポイントすぎるんだよ! 絶対読んでるだろ!
『まさか本当に勇者様が来てくださるとは思ってもいませんでした。ビックリしましたよ。ありがとうございます⋯⋯』
照れるなぁ。
『実はあの、恐縮なのですが⋯⋯』
『なんです?』
なんだろう。
『予言の話をたまに娘に聞かせるといつも「もし来てくれたらあたし、勇者様のお嫁さんになる!」と言っておったんです。もし良かったら娘をもらってくれんかの⋯⋯』
そう書くと村長は隣の少女を見た。
もしかしてその子が娘? 中学生くらいに見えるけど、けっこう可愛いけど、お嫁さんにもらっていいの? あんなことやこんなことしていいの?
『何考えてんの! 最ッ低!』
えっ、今の妄想全部見えてたの?
『うん、映像として全部流れてきた』
言葉だけじゃないのか⋯⋯ごめんなさい⋯⋯
あんなドスケベな妄想を見られてしまったなんて⋯⋯顔から火が出そうだ。
『で、娘はどこですかの?』
村長、何言ってんの? 目腐ってんの?
『隣の子じゃないんですか?』
ビッグマックが聞いた。
『いやいやいや、どう見ても孫でしょ。ワシ76歳ですぞ。この子は孫のマユゲちゃん』
そう⋯⋯だよね。あ、でも!
『さっき娘を貰ってほしいって仰った時にその子のことを見てた気がするんですけど』
先に言われた。さすがビッグマック。
『母親があなたと旅に出ることになったら寂しがるのではないかと思って顔を見たんです』
なんだ。
あーあ、またおばちゃんか。綺麗な人だといいけどなぁ。
『とりあえず娘を探しましょう』
村長がスケッチブックを見せた。そうだな、とりあえず探すか。
部屋を1個1個チェックしていると、さっきのワインの部屋の倍くらいの大きさの部屋を見つけた。そこに村長の娘さんがいた。旦那さんもいた。
「モゴ」
オバタリアンみたいな見た目の村長の娘さんが旦那さんを見て顎でクイッとやって目配せした。ハズレです。
旦那さんがスケッチブックになにか書いている。
『なんか用?』
は? 助けに来てやったんだが?
『助けに来たんじゃろうが!』
村長が怒りの表情で娘にスケッチブックを見せた。
『囚われてたわけじゃないのよ? 教団のみんなは私の美貌にメロメロで、私の言うことはなんでも聞いちゃういい子たちだったのよ? 実際にほら、ダーリンは縛られてないでしょ?』
確かに。
いや、確かにじゃないよ! 村長とお前の娘が地下に幽閉されてたぞ!
ていうか、なんで旦那が代弁してるの? テレパシーでも使えるの?
『どういうことなんじゃ⋯⋯ワシらはどうでもいいということなのか!』
『親父は臭いし、マユゲがいるとダーリンとイチャイチャ出来ないし、このほうが楽だったからねぇ』
こいつ⋯⋯
『あんた最低だよ!』
ビッグマックがキレた。オバタリアンはハッとした顔をしている。
『もしかして勇者様!?』
旦那のそのテレパシーの精度はなんなんだ。なんでオバタリアンは自分で書かないんだ。怠惰がすぎるぞ。
『私をお嫁にもらってくれませんか?』
旦那よ、お前どういう気持ちでそれ書いてるんだ。俺めっちゃ嫌なんだけど、この人。なんでこんなやつに結婚を迫られなきゃならんのだよ。旦那の目の前で不倫しようとするやつなんか嫌に決まってるだろうが。
ドゴーン!
突然の轟音とともに屋敷全体が揺れた。この展開ってもしかして⋯⋯
『村長さん、予言師の人ってあれ以外何か言ってませんでした?』
ビッグマックも同じこと思ってたんだ。
『ああ、「50年後勇者がこの村を救ったあと魔王があなたの娘を攫いに来るでしょう」とも言っておられましたぞ。まさかとは思いますがの』
こいつ、ビッチョンコ村の村長の兄弟か何かか? 同じすぎるだろ。
『まさかじゃないですよ! 今の音、多分魔王ですよ!』
『ええ!?』
村長が驚いている。お前らバカだろ。
『こら、人にバカとか言わないの』
お母さんかよ。
『ビッグマックだよ』
ドガーン!
壁をぶち破って魔王が現れた。今回はスケッチブックを持っている。魔王が持つと小さいな。一生懸命なにやら書いている。
『また会ったな』
あ、普通に挨拶された。
『何しに来たんだ』
ビッグマック、あんまり刺激しないでね? 多分俺なんてひと捻りだろうから。ていうか黙ってふちっこのほうで座ってようよ。
『良い女がいると聞いたんでな』
良い女? マユゲちゃんのことか? いや、予言の話だとこのオバタリアンか! こいつ熟女好きなのか?
『魔王よ、お前は熟女好きなのか!』
ちょっと! 刺激するなって!
『悪いか?』
ほら、怒ってるやん!
『ええやん』
は? どうしたビッグマック? 趣味悪いとか言い出すのかと思ったけど。
『いやそんなこと言うわけないじゃん。女性はいくつになっても女性に見られたいものなの。そんな女性に相性が良いのが熟女好きってわけよ』
そうなの? 全然分からんのだけど。だって俺のかーちゃんくらいの歳だぜ? 無理だろ。
『ええこと言うやん』
お前はもうちょっと魔王っぽい言葉遣いを覚えろよ。
『何勝手に話してんのよ。それはお互いが愛し合ってる場合でしょ? 私は勇者様以外眼中にないの、とっとと帰んなさいよ魔王』
このおばさん無敵か? こいつ5メートルあるんだぞ?
『きゅんっ♡』
おい魔王!
『ますます気に入った』
魔王はおばさんをいとも簡単に捕まえてみせた。
「モゴモゴ! モゴ!」
おばさんが暴れている。そういえばこいつは歯あるんだな。
『さらばだ』
片手におばさんを持っているせいで書きにくかったのか、ギリギリ読めるレベルの汚い字で魔王とさよならした。
旦那以外魔王を止めようとしなかった。それだけ人望がなかったのだ。自業自得である。
それにしても魔王はおばさんハーレムでも作ろうとしているんだろうか。なんだかんだ魔王優しそうだし、あの人たちにとってもいいんじゃないか? ていうかあの2人が解き放たれたら真っ先に俺に被害が及ぶんだよな。
さて、一件落着したし帰るかな!