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空想の世界へようこそ。

作者: 日下千尋

私と一緒に空想の世界を冒険してみませんか?


第1章、 古本市で見つけた一冊の本


 これは夏休みの出来事でした。

 私は近所の児童公園で毎朝欠かすことのないラジオ体操を近所のお年寄りや小学生たちと一緒にやっていました。

 他の家庭と違い、私の両親は仕事の都合で海外出張が多いため、滅多に家族旅行へ行く機会がありませんでしたので、ラジオ体操だけは毎年皆勤賞でした。

 家に帰っても誰もいないので、食事は自分で作り、テレビを見ながら食べています。

 特に平日の午前中は主婦やお年寄りが好みそうな番組が多かったので、どのチャンネルを回してもつまらないものばかりでした。

 偶然回したチャンネルを見ると、女児向けのアニメが流れていたので、私は「ワイドショーを見るよりマシか。」と言って、アニメを見ながらご飯を食べ始めました。

 食べ終えた後、私は食器を洗って冷凍庫から棒付きアイスを取り出して、アニメの続きを見ながら突っ込みを入れていました。

 夏休みのせいか、正午まで放送されていたので、私は退屈しのぎにしばらく見ていました。

 テレビを見終えたあと、私はコンビニでパンとジュースを買ったその帰り道、掲示板で駅前の古本市のチラシが貼られているのを見かけました。

 私はこのチラシを見た瞬間、すぐ行きたくなったので、日時と場所をスマホのカメラで撮って家に帰りました。

 帰宅後、私はパンを食べながら古本市の日程を見ていたら、<8月16日(日)、正午から18時まで>と書いてありましたので、スマホでスケジュールを確認したら、その日は特に予定がなかったので、行ってみようと思いました。

 

 ここで簡単な自己紹介に入らせて頂きます。

 私は大空夢子、16歳の高校1年生。両親が外資系企業に勤めていて、父さんはニューヨーク、母さんはシカゴに海外出張しています。兄弟や姉妹のいない私は常に1人で家にいる時間が多くなっているので、隣の家に住んでいる保育園からの幼馴染である虹野春子の家で遊んだり、食事や風呂も一緒に済ませることもありました。

 高校生になってから、春子の家で世話になる機会が減り、自宅で食事をすることが多くなってきましたが、それでも時々夕食を頂くことがあります。

 

 夕方、自分の部屋で宿題をやっていたら、幼馴染の虹野春子からスマホにかかってきました。

「もしもし?」

「あ、夢子?今日も1人なんでしょ?」

「うん。」

「ごはん食べた?」

「これからコンビニへ行こうかと思っている。」

「じゃあ、うちに来なよ。母さんが夢子の分まで用意したって言っていたから。」

「ありがとう。今から行くね。」

 スマホの通話を切ったあと、私は春子の家に行って食事をすることにしました。

「こんばんは。」

「いらっしゃい。さ、中に入ってちょうだい。」

 ドアを開けたら、おばさんがにこやかな表情をして私を出迎えてくれました。

 食卓へ向かうと、ご飯とみそ汁、肉じゃがといろんなお刺身の盛り合わせがありました。

「美味しそうですね。」

「夢子ちゃんが来ると思って、たくさん用意しちゃった。」

「ありがとうございます。それと母が海外へ出張する前に食事の材料費を置いて行ってくれたので、受け取って頂きたいのですが・・・。」

 私はお金の入った封筒をおばさんに差し出しました。

「夢子ちゃん、その気持ちだけ受け取っておくね。うちはそこまで貧乏じゃないから。」

「しかし・・・。」

「子供はそこまで気を使わなくてもいいの。」

「でも・・・。」

「さ、さめないうちに食べちゃいましょ。夢子ちゃん、このお金はしまってちょうだい。」

 おばさんは、きつめな顔をして私に断りました。

「わかりました、頂きます。」

 私はお金の入った封筒をテーブルの片隅に置いたあと、椅子に座って食べ始めました。

「美味しいです。」

「よかった。一生懸命作った甲斐があった。」

 おばさんは、うれしそうな顔をしていました。

「ご飯、お代わりする?」

 おばさんは、私の空になった茶碗を見て言ってきました。

「いいえ、お腹いっぱいになりましたので。」

「じゃあ、少しだけ。」

「それでは少しだけ頂きます。」

 おばさんは茶碗にご飯を半分だけ入れて私に差し出したので、残っているマグロのお刺身と肉じゃがを春子と一緒に平らげてしまいました。

「ごちそうさまでした。」

「お粗末様でした。」

 私は台所で春子と一緒に食器を洗って、家に帰ることにしました。

「おばさん、ご飯ごちそうさまでした。」

「いいえ。こんなのでよかったら、また食べに来てね。」

「あ、そうそう。春子、16日って予定どうなっている?」

「16日って、何曜日?」

「日曜日。」

「確か空いているけど、どこか行くの?」

「うん、駅前で古本市があるみたいだから。」

 春子はしばらく考えていました。

「そこって漫画売っているの?」

「わからない。」

「じゃあ、やめようかな。」

「行ってきたら?」

 その時、今まで黙っていたおばさんが口をはさんできました。

「漫画が無ければつまらなさそうだし・・・。」

「高校生になったんだし、漫画以外も読んでみたら?」

「あの、無理強いは出来ませんので、私1人で行ってきます。」

「そう?ごめんね。」

 おばさんは、春子に代わって一言謝りました。

「それでは、おやすみなさい。」

 私は自宅の部屋に戻り、寝ることにしました。


 そして迎えた古本市の当日です。

 私はリボンのついた麦わら帽子を被り、手提げかばんを持って、駅前に向かうバス停へ行こうとした時でした。

 玄関にショルダーバッグを持った春子が立っていました。

 日差しが強かったので、私は幻でも見ているのかと思って、そのまま無視して出かけようとしたら、春子が「これから駅前に行くの?」と声をかけてきました。

「春子、行かないんじゃなかったの?」

「母さんが、うるさく『夢子ちゃんと一緒に出掛けてきなさい』って言うから。」

「そうなんだ。じゃあ、行こうか。」

 私と春子はバスに乗って駅前まで向かいました。

 夏休みの日曜日のせいか、いつもより乗客がたくさんいました。

 みんな、どこへ行くんだろう。私はクーラーの効いた車内でぼんやりと他の乗客の光景を見ていました。

 楽しそうに会話をしている人たち、1人でイヤホンを着けて音楽を聴いている人など様々でした。

「夢子、さっきから何を見ているの?」

「うん、ちょっとね。みんな楽しそうだなと思っていたから。」

「そうなんだ。夢子はどんな本を探すの?」

「私は物語系かな。」

「そうなんだ。私は漫画を探す。それ以外は興味ないから。」

「たまには漫画以外も読もうよ。」

「お母さんみたいなことを言わないでよ。」

 春子の頭の中は漫画で埋め尽くされていたので、私に漫画以外の本を勧められた時には、不満そうな顔をしていました。


 駅前のロータリーに着いて、私と春子は駅から少し離れた空き地にある古本市の会場へ向かいました。

 実際に行ってみると多種多様な本がワゴンや台に並べられていて、私と春子は読みたい本を探し回っていきました。

 白いワゴンの中に入っている本を眺めていたら、茶色い表紙で白い文字で<これは、これは不思議な本です。>と書かれた本を見かけました。

 私は茶色い本を手に取ってページをパラパラとめくってみたら、驚いたことに中身は白紙でした。

「おじさん、この本何も書いていませんよ。」

「俺に聞かれても困るなあ。」

 赤いアロハシャツに黒いサングラスをしたおじさんは、うちわでパタパタとあおぎながら無責任な感じで返事をしていました。

 しかし、一つ気になったのが最初の1ページ目に書かれている<この物語はご自分で書いてください。そして、あなただけのオリジナル物語を楽しんでください。完成したとき、不思議なことが起こります。>と書かれていました。

 私はどうしても気になったので、買うことにしました。

「おじさん、この本っていくらですか?」

 おじさんは茶色の本を手に取り、眺めていました。

「これ、600円。」

「古本にしては高くないですか?少し負けてもらいたいんだけど?」

「じゃあ、400円。これ以上は負けられない。」

「はい、400円。」

 私はおじさんにお金を渡したあと、春子に付き合って文庫本のコーナーに向かいました。

 春子は退屈そうな顔をして文庫本を探していました。

「春子、無理しないで漫画のコーナーに行ってきたら?」

「本当のことを言うと母さんから本代をもらって、それで漫画以外の本を買って見せる約束になっているんだよ。」

「そうなんだ。結構厳しいんだね。それで、何にするの?」

「それなんだけど・・・。」

「ラノベは?」

「ラノベね・・・。うーん。」

「じゃあ、この児童文学書は?」

「古本だし、この2冊読んでみるよ。表紙のイラストも可愛いから。」

 春子は文庫本を2冊買うことにしました。

「本当に大丈夫なの?」

「うん、たまには漫画以外も読もうかなと思っていたところなの。それに実際に読んでみたら、面白いかもしれないし。」

「そうなんだ。そろそろ戻ろうか。」

「そうだね。」

「春子、漫画はいいの?」

「今回はやめておくよ。それより、さっきアイスを売っていたから、食べていかない?」

「そうだね。暑いから食べて帰ろうか。」

 ショッピングセンターの入口にあるアイスクリームの店に向かい、私はバニラアイス、春子はいちごのアイスを食べました。口に入れた瞬間の甘さと冷たさが何とも言えず、天国にいる気分になりました。

 アイスを食べ終えたあと、私と春子はバスに乗って帰ることにしました。


 帰宅後、春子と別れて私は早速物語を書くことにしましたが、それ以前にどんな物語にするか未定でした。

 私はアニメのDVDを見たり、YouTubeの動画を見たりと、ヒントになりそうなものを次から次へと探していきました。

 自分だけの物語って、正直難しい。書き始める前は気楽に考えていたもの、いざ書き始めるとなったら、結構頭を使うものだと実感しました。

 その日は手つかずになってしまい、ベッドに入って寝てしまいました。



第2章、 終わらないページ


 物語を書き始めてから一週間が経ち、ページの半分近く書くことが出来ましたが、どんな内容なのかは、ここでは読者のみなさんに申し上げることができません。

 書いていくうちに手が疲れてしまったので、テレビの電源を入れてアイスを食べながら休憩することにしました。

 チャンネルを回していたら、ちょうど高校野球がやっていたので見ることにしましたが、自分の知らない学校同士の試合でしたので、正直どうでもいいやって思っていました。

 退屈そうに試合を見ていたら、試合がいつの間にか終わってしまい、他のチャンネルを回すことにしましたが、結局どのチャンネルもつまらなかったので、私は部屋に戻り、再び物語の続きを書くことにしました。

 集中して書いていくうちに時間の流れを忘れてしまったので、時計を見たら夕方6時を回っていたので、一度終わりにしました。

 机の上にある小さくなった消しゴムを眺めていたら、「今日はたくさん使ったんだな」と一人でつぶやいてしまいました。

 消しゴムを買うついでにコンビニで弁当を買おうとしたら、ちょうど玄関で春子に会いました。

「夢子、これからどこへ行くの?」

「コンビニで消しゴムを買うついでに弁当も買おうかなと思っていた。」

「だったら、うちで食べればいいじゃん。母さんが夢子の分まで用意してあるって言っていたよ。」

「じゃあ、ご馳走になるね。」

 その日も春子の家でご飯をご馳走になることにしました。

 食卓には夏らしくそうめんと太巻きが、おいしそうに並べられていました。

「美味しそうですね。」

「よかったら、たくさん食べてちょうだいね。」

「それでは、頂きます。」

 私はさっそくそうめんに箸を伸ばし、食べ始めていきました。

「美味しいです。」

「実はこのそうめん、スーパーの安物なの。」

「それでも美味しいです。」

「それより、物語って進んでいるの?」

 おばさんは例の茶色い本のことを持ち掛けてきました。

「物語と言いますと?」

「春子から聞いたけど、先日駅前の古本市で買った茶色い表紙で中のページが真っ白の本。」

「その本でしたら、順調に進んでいます。」

「どんな物語を書いているの?おばさんにだけこっそり教えてくれる?」

「すみません、出来上がるまで秘密にしておこうって思っているのです。」

「そうなんだね。出来上がったら、おばさんに読ませてね。」

「是非読んで頂きたいと思っています。」


 食事を終えて、私は春子と一緒に食器を洗うことにしましたが、洗っている最中でも春子は私の物語について聞き出しました。

「ねえ、いつ頃終わるの?」

「まだ分からない。」

「出来上がったら、教えてくれる?」

「うん。」

「本当に!?約束だよ。」

 私は春子の前で無責任な返事をしてしまいました。

「ところで、古本市で買った文庫本って読んでいるの?」

「あれ、読み始めると止まらなくなっちゃうんだよね。」

「そうなんだ。どっちを読んでいるの?」

「ラノベの方かな。内容は濃いけど、結構面白くてはまっちゃった。」

「読み終わったら、感想聞かせてね。」

 食器を洗い終えて、私は1人でコンビニまで向かいました。


 夜のコンビニへの道は暗いせいか、昼間よりも長く感じました。

 引き返して明日にするべきか、それともそのまま行くべきか迷っていました。

 私が電灯の下で迷っていたら、後ろから肩をポンと叩いてきた人がいたので、そっと振り向いてみたら春子が立っていました。

「やあ!」

 春子はとぼけた顔をして声をかけました。

「春子、なんでここにいるの?」

「私も母さんにジュースを買ってくるように言われたから。」

「そうなんだ。ところで夢子は電灯の下で何をやっていたの?」

「夜、コンビニ行くのって、ちょっと怖いから引き上げるかどうか迷っていたの。」

「じゃあ、私と一緒にいこ。」

 私は春子と一緒に手をつないで夜のコンビへと向かいました。

「手をつなぐのって、保育園以来だね。」

 春子は少し照れながら私に言ってきました。

「そうだね。保育園の時はどこへ行くにも手をつなぐのが当たり前だったのが、学校へ行くようになってからしなくなったよね。」

「また手をつなぐ?」

「春子さえよければ。」

「知っている人に見られたら、恥ずかしいからやっぱ遠慮するよ。」

 コンビニへ着いて、私は消しゴム、春子は1.5リットルのジュースを買って家に帰る途中でした。

 春子はふと何かを思い出したかのように小学校2年生の時の遠足の話を持ち掛けてきました。

「夢子、覚えてる?小学校2年生の時、同じクラスだった草野綾子さん。」

「知ってるよ。3年生の夏に親の都合で熊本に引っ越したんでしょ?その子がどうかしたの?」

「遠足の帰りなんだけど、先生が例のように『家に帰るまでが遠足だよ。』って言って、解散した直後なんだけど、その綾子が帰り道に児童公園に立ち寄って、蛇に左の手首を噛まれて救急車に運ばれたんだよ。」

「私、遠足の次の日から綾子がなんで学校に来なくなったのか、ずーっと不思議に思っていたの。」

「先生から聞かなかった?」

「うん。」

「結構噂になっていたよ。」

「クラスで騒いでいたのは覚えていたけど、その理由までは把握していなかった。」

「毒が回っていたから病院で1日入院して、そのあと3日くらい家で休んでいたの。」

「そうだったんだね。何で蛇に噛まれたの?」

「私もそこまでは分からない。手首だからしっぽか胴体をつかんで噛まれたんじゃないの?」

「とにかく蛇を見かけたら、気をつけようね。」

「うん。」


 家に戻り、私は再び物語の続きを書き始めました。

 しかし、いくら書いても白紙のページの終わりが見えてきません。

 それどころか、ページが次から次へと増えていくような感じがして仕方がありませんでした。

 試しに一番最後のページをめくってみましたが、やはり最後は茶色の表紙になっていました。

 かなりのページ数を書いたはずなのに、なぜか終わりが見えてこないので、不思議としか言いようがありませんでした。

 時計を見たら夜の11時近くになっていたので、いくら夏休みと言えども遅いと感じたので、寝ることにしました。


 次の日も朝からラジオ体操と食事を済ませて物語の続きを書き始めましたが、いくら書き続けてもページが終わる気配などまったくありませんでした。

 昼近くになり、いい加減書き疲れて、私は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して一休みをしていた時、玄関のドアチャイムが鳴ったので、ドアをそーっと開けてみたら春子が立っていました。

「来たよー、上がるねー。」

 春子はそのまま靴を脱いで私の部屋に向かいました。

「そういえば、物語は進んでいるの?」

「それが、いくら書いてもページの終わりに辿り着かないの。」

「ちょっと見せてくれる?」

「いいけど、中は見ないでよ。」

「大丈夫、読まないから。」

 春子は本全体を大きな目で、ページをパラパラとめくりながら眺めていきました。

「特に変わったところはないよ。」

「そう?」

「疑うなら自分で見てみたら?」

 私も春子と同じように本を念入りに調べてみましたが、特に変わったことはありませんでした。

 しかし春子は何か違和感を覚えたかのように、私の本を取り上げて再び眺め始めました。

「ねえ、気になったけど、この本って古本市で買った時よりも厚みがあるように思えるけど・・・。」

「そう?」

 私は春子に言われるままに本を眺めていましたら、確かに厚みがあるように感じました。

 どこまで続くのか分からない、謎の白紙の本を見ながらページを終わらせるヒントを探していきました。

「夢子、私思ったんだけど、もしかしたらお話の最後に『終わり』とか『The End』って書けばページが終わりになるんじゃない?」

「確かにその可能性も高いよね。」

 私は春子に言われたようにお話の最後に「終わり」と書きました。すると、白紙のページがなくなり、本が完結しました。

「出来上がった。」

「お疲れ。じゃあ、私に読ませて。」

「いいよ。」

 春子は私が書いた本を取り上げて、最初の1ページ目をめくった瞬間、大きな出来事が発生しました。部屋の中全体に太陽のように大きく強い光が包みこむような感じで出てきたので、まぶしさのあまり、しばらく目をつむってしまいました。

 光がやみ、春子は再び読み始めようとした瞬間でした。

「夢子、本知らない?」

「本って、茶色い本?」

「そうだよ。」

「知らないよ。だって、春子が持っていたじゃん。」

 私と春子は机の下やベッドの中など部屋中、本を探していましたが、どこにも見つかりませんでした。

「やっぱ、明日にするよ。見つかったら読ませてよ。」

「うん、ごめんね。」

「じゃあ、帰るね。」

「うん。」

「あ、そうそう。今日も夕食うちで食べるんでしょ?」

「今夜はコンビニにするよ。」

「ま、そう言わずに。母さんには夢子の分も用意するように言っておくから。」

「いつも悪いね。」

 玄関を出た瞬間でした。いつもと違う風景に私と春子は思わず大声を出したくなるような事態になりました。

 それはいつもの家の前の通りではなく、辺り一面が青々とした草原になっていて、これから二人で果てしない冒険が始まろうとしたのです。



第3章、 海岸の少女


 私と春子は辺り一面の青々と生い茂った草原を見て驚いてしまい、玄関に戻ろうとしましたが、すでに家が魔法のように消えてしまいました。

 どうなっているのか、私は冷静になって考えてみました。

 もしかしたら、これって私が書いた物語の世界かもしれない。

「春子、落ち着いて聞いてほしいんだけど、今私たちがいる世界は茶色の本の中なの。」

「マジ!?」

「さっき、茶色の本のページをめくったでしょ?」

「うん。」

「その時出た強い光に包まれた瞬間に、私たちは茶色い本の中に入ってしまったんだよ。」

「じゃあ、部屋で本が無くなったのは、私たちが家ごと本の中に入ったってこと?」

「たぶん、そういうことになると思う。とにかく、ここにいても始まらないから歩こうよ。」

「そうだね。そういえば、この物語の最後ってどうなるの?」

「忘れた。」

「ちょっと、無責任なことを言わないでよ。自分で書いたんでしょ?」

「だって、本当に忘れたんだもん。」

 春子は少しいらだった感じで私に不満をぶつけてきました。

 この永遠に続く生い茂った草原の中を出口に向かって歩いていると、時折吹いてくる生暖かい風が肌を直撃してきます。

 それでも草をかき分けて歩いていきましたが、四方八方が草原になっていたので、自分がどの方角に向かって歩いているのか分かりませんでした。

 歩き始めてから10分くらい経ったことです。後ろから「ブーン」と大きな羽音を立てた黒くて細長い蟲の集団が飛んできました。

 見たことのない蟲だと思って眺めていたら、私と春子の頭をつつき始めました。

「痛い!春子、気を付けて。この蟲、私たちの頭をつつくよ。」

「わかった。」

「草の中に隠れた方が安全かもしれないよ。」

 私と春子は茂みの中に隠れて蟲がいなくなるのを待ちました。

 蟲はしばらく草原の上空を旋回していましたが、あきらめたのか、いなくなってしまいました。

 再び私たちは青々とした草原の中を歩いたら、今度は波の音が静かに聞こえてきました。

 「近くに海がある。」そう思って草をかき分けて、出口へと向かいました。

 

 そこは誰もいない海岸で、左へ行っても右へ行っても人の気配などまったくありませんでした。

 石の階段をゆっくり下りて誰もいない海岸の景色をゆっくりと眺めていました。

 灰色の空を見上げたら、数羽のカモメが海岸の上をゆっくり飛んでいたので、なんだか寂しさを感じてしまいました。

「どっちへ向かう?」

 春子は私に尋ねました。

「どっちへ向かっても同じような感じがする。」

「確かに。もし行くとしたらどっちにする?」

「正直難しい。」

「だよね。」

 春子は階段の隅にある1本の木の棒を用意して、右手の人差し指を棒の先端に載せました。

「この棒が倒れた方へ歩こう。」

「じゃあ、もし海の方角だったらどうするの?泳ぐの?」

「たぶん、それはないと思う。」

 春子は棒に全神経を集中させて、どっちに倒れるか念じ、指を放しました。

 すると棒は左の方角へと倒れました。

「左へ倒れたから左へ行こ。」

「うん。」

 棒を持ちながら、左の方角へと歩いていきました。

 海岸の砂で足がとられそうになり、思うように前へ進むことが出来ませんでした。

 さらに追い打ちをかけるかのように、海風が横から吹いてきたので、歩きづらいうえに体力まで奪われてしまいました。

「結構しんどいね。」

 春子は疲れ切った顔して私に言ってきました。

「うん、確かに。」

「この辺に自販機ない?」

「わからない。」

 私と春子が休憩をしようとした瞬間、数十メートル先に大きな丸太が見えました。

「春子、あの先に大きな丸太があるから、あそこまで歩こ。」

 私は疲れきった春子の手を引いて、丸太まで向かいました。しかし、そこにはすでに先約がいて、1人の金髪ストレートの女の子が座っていました。

 女の子は私たちと同じくらいの年齢に見えて、物思いにふけった感じで海を眺めていました。

「なあんだ、先約がいるの?」

 春子は少し不満そうな顔をしながら私に言ってきました。

「春子、聞こえたらどうするの?」

「だって・・・。」

「あの、私そろそろ家に帰りますので、ゆっくり休んでください。」

 女の子は私たちの会話が聞こえたのか、立ち上がって譲ってくれました。

「あ、いいの。ゆっくり休んで。」

 私は女の子に座っているよう、言いました。

「まあ、そう言わずに。私はもともと海を見たかっただけだから。お連れの人、随分と疲れているみたいだし、私がいると迷惑みたいだから。」

「そんなことないって。春子、この子に謝りなさい!」

 私は春子に謝るように言いました。

「ごめんなさい・・・。」

 春子はボソっと一言女の子に謝りました。

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったけど、何て言うの?」

「アンジュ。」

「アンジュちゃんね。何歳?」

「16。」

「じゃあ、私たちとタメなんだね。家はこの近くなの?」

「ここから少し離れた場所にある。」

「そうなんだ。」

「よかったら来る?」

 アンジュは私と春子を家に誘いました。

「いいの?」

「うん。」

 私とアンジュがお話をしている時、春子は少し不満そうな顔をして海を見ていました。

「春子、行くよ。」

「・・・・。」

 しかし、返事がありませんでした。

「春子、もしかして私がさっき言ったこと気にしてるの?」

「・・・・」

「もう子供じゃないんだから、行くわよ。」

 春子は不満をためながら、私とアンジュのあとを付いていきました。

「私、やっぱ帰る。」

「春子?」

 私とアンジュは春子のあとを追いかけていきました。

「春子、さっき私が言ったことでへそを曲げているなら謝るよ。でも、春子だって悪いんだよ。それはわかるでしょ?海岸の丸太は春子の指定席じゃないんだから。」

「・・・・。」

 春子は下を向いたまま黙っていました。

「春子が反対の立場になって考えてほしいの。別の人から迷惑そうな顔で『なあんだ、先約がいるのか。』って言われたら、どんな気分を味わう?」

「気分が悪くなる。」

「でしょ?だったら、きちんと謝ろうよ。」

 春子は私に言われるまま、アンジュに謝りました。

「アンジュ、ごめんね。」

「ううん、気にしてないよ。それより2人の名前がまだだったけど・・・。」

「私は大空夢子。」

「私は虹野春子。」

「そうなんだ、よろしくね。」

 春子の顔はまだ不機嫌なままでした。

「二人はどこから来たの?」

「どこって言われても・・・。」

 私は一瞬考えました。バカ正直に答えるべきか。

 しかし、バカ正直に答えても信じてもらえそうもないと判断したので、私は最初のスタート地点の場所である緑色の草原から来たと言いました。

「私たち、この海岸から少し離れた緑色の草原がある場所からきたの。」

「え、そうなの!?よく無事で来られたね。」

「どういうこと?」

「あの草原は『カミキリ蜂』と呼ばれる蟲の縄張りなの。」

「カミキリ蜂?」

「そう。人の髪の毛を見かけては、先端の針でつついてくるの。」

「私怖くなったから、草むらの中に隠れたよ。」

「それなら安全だね。ところで、なんで春子は機嫌が悪いの?私、怒らせることしたかな。」

 アンジュは機嫌の悪い春子を見て、不思議がっていました。

「春子、いい加減機嫌を直しなさい。しまいには怒るわよ!」

「・・・・。」

 私が言っても春子の反応はありませんでしたので、放っておこうと思いました。

「改めて言うけど、あなたたちさえ良かったらでいいんだけど、これからうちに来ない?」

「是非、お邪魔させて頂きます。」

 

 私と春子はアンジュのあとを付いていくかのように、石の階段を上り、海岸を離れて細い木のトンネルの中をゆっくり歩いていきました。

 木のトンネルの出口は西洋風の家が立ち並ぶ静かな住宅街でした。

 道はやがてY字路に差し掛かり、左は上り坂、右は下り坂になっていたので、アンジュは左の上り坂をゆっくりと歩いていきました。

 最初は緩やかな坂道でしたが、歩ていくうちにだんだんきつくなってきて、私も春子も息切れしてしまいました。

「アンジュ、少しだけ休憩にしない?」

「いいけど、疲れたの?」

 アンジュの顔は余裕そのものでした。

「この坂道、あとどれくらい続くの?」

 私はハアハアと息切れをしながらアンジュに聞きました。

「頂上まではもう少しだよ。」

「本当に?」

「うん。」

「でも、傾斜角度かなりありそうだよ。」

「大丈夫よ。そんなにきつくないから。」

 私の中では正直あまり信用できませんでしたが、今ここで疑っても始まらないと思ったので、そのまま歩くことにしました。

 案の定、坂道は長く続いていましたが、傾斜角度はアンジュの言うようにそんなにきつくはありませんでした。

 しばらく歩いていくと頂上に辿り着いて、そこにはベージュ色の屋根の2階建ての小さな家がありました。

「ここが私の家だよ。」

 アンジュは指をさしながら言いました。

「ずいぶんと可愛らしい家だね。一人で住んでいるの?」

「ううん、お母さんと二人きりで。」

「そうなんだ。」

「じゃあ、中へ入って。」

 アンジュは玄関のドアを開けて私たちを家の中に入れました。

 


第4章、 パンケーキと気さくな婆さん


 家の中へ入ってみると、居間の隅には犬や猫などのガラス細工や、青い瞳の女の子の洋人形が小さなガラスのショーケースに飾ってありました。

 私と春子がしばらく眺めていたら、アンジュが台所からコーヒーの入ったティーカップを奥の部屋にある緑色のソファーまで運びました。

「コーヒーを入れたから、飲んでくれる?」

「頂きます。」

 私と春子は緑色のソファーが置いてある奥の部屋へと向かうと、コーヒーの香りが部屋中に優しく包み込むような感じで漂ってきました。

 飲み始めて数分経った時、春子は物足りなさそうな顔をしてアンジュにお菓子の催促をしました。

「ねえ、アンジュ。コーヒーだけだと物足りないから、お菓子を出してくれる?」

「ちょっと春子、自分の家じゃないんだから、食べ物の催促をしないでよ。」

 アンジュは軽く微笑んで台所へ向かい、お皿の上にクッキーを乗せて私たちのところまで運んできました。

「アンジュ、そこまで気を使わなくていいんだよ。」

「ううん、大丈夫だよ。私一人では食べきれないから。」

「そういうことなら、遠慮なしに頂くね。」

「春子、少しは遠慮しなさい。」

 私は遠慮しないで食べている春子に注意をしました。


 コーヒーを飲み終えて、数分した時でした。

 玄関からアンジュのお母さんと思われる人が買い物を袋抱えて入ってきました。

「ただいまー。」

「こんにちは、おじゃましています。」

 私と春子はソファーから立ち上がって挨拶をしました。

「あら、いらっしゃい。アンジュのお友達?」

「はい、先ほど海岸で知り合いました大空夢子です。」

「私は虹野春子です。」

「二人とも、アンジュのことをよろしくね。そういえばごはん食べた?」

「いえ・・・。」

「じゃあ、食べていってよ。」

「それでは、お言葉に甘えて。」

 アンジュのお母さんは、台所へ行って食事の準備を始めました。

「春子、手伝った方がいいんじゃない?」

「そうだね。」

 私と春子は台所へ行って食事の準備を手伝おうとしました。

「よかったら私たちにも手伝わせてください。」

「いけません、お客さんに手伝ってもらうわけには・・・。」

「ただでご馳走になるわけにはいきませんので。」

「あなたたちはお客さんですから、部屋でくつろいでください。」

「ちょうど退屈をしていたところでしたので。」

「それならアンジュの部屋に案内してもらったら?」

 お母さんに言われ、アンジュは私たちを自分の部屋に案内しました。

 部屋に入ってみると、棚には洋人形と本がギッシリ並んでありました。

 そんな時、またしても春子が無神経なことを口に出してきました。

「アンジュ、ゲームないの?」

「ゲーム?」

「うん、テレビゲームとか。」

「ここにはテレビがないんだよね。遊び道具ならトランプがあるよ。」

「私、テレビゲームをやりたかった。」

「ちょっと春子、失礼でしょ。アンジュ、ごめんね。」

 私は春子に注意をしました。

「いいの。本当はもっと気の利いた遊び道具があればいいんだけど、うち貧乏だから。」

「そんなことないよ。せっかくだから3人でトランプしよ。何がいい?」

「じゃあ、ババ抜きをしようか。」

 アンジュはカードを配り始めて、3人でババ抜きを始めました。

 ゲームが終盤になり、春子は私からジョーカーを引いてしまい、私とアンジュにジョーカーを引かせようと必死になりましたが、最後までジョーカーを持っていた春子が負けてしまいました。

 もう一試合しようとした時、食事の準備が出来たと知らされたので、食堂へ向かいました。

 テーブルの上にはキノコのスパゲティと野菜サラダが人数分が置いてありました。

 食べ終えたあと、私はこの近くにユースホステルがないか聞いてみました。

「この近くにユースホステルってありますか?」

「ユースホステルね・・・。」

 アンジュのお母さんは少し考えました。

「ねえユースホステルもいいけど、お金がかかるじゃない?よかったら、うちで泊まっていったら?」

「そういうわけにはいきません。」

「ちょうど、2階の奥に来客用として一部屋あけてあるの。そこを使ってくれる?」

「それでは、お言葉に甘えて一晩厄介になります。」

 その日の夜、お風呂に入って二人で来客用の部屋に置いてあるベッドで寝ました。


 翌朝、食事を済ませたあと、コーヒーを飲んで一休みをしていた時に、来た道とは別の方角に道がないかをアンジュのお母さんに聞いてみました。

「実は、この世界を探検してみたいと思っているので、来た道と違うところを歩いてみたいと思っているのです。」

「それなら、この家の裏側に階段があるから、それを下りていくと海岸とは別の場所へ出られるよ。」

「ありがとうございます。」

 私と春子はアンジュのお母さんに挨拶をして階段を下りていきました。

 長い階段を下りていくと昨日とは別の住宅街に出ました。

 早朝のせいか、たまに犬の散歩するおじいさんを見かけるだけで、ほとんど人の気配などがありませんでした。

 少し歩いていくと、杖をついた一人のおばあさんとすれ違い、この街は年寄だけの住んでいる場所なのかと、私は心の中で呟きました。

「あら、珍しい。こんなところで若い女の子とすれ違うなんて。」

 おばあさんは私と春子に声をかけ、杖をつきながら、よたよたと歩いてきました。

「おはようございます、おばあさんは1人なんですか?」

「いいえ、家に使用人が1人いますわよ。」

 おばあさんはニコニコしながら返事をしました。

「そうなんですね。」

「あなたたち、ここで話すのもなんだし、良かったら私の家でお茶を飲みながらお話に付き合ってくれる?」

「せっかくですが、先ほど知人お家で朝食を食べてきたばかりなので。」

「紅茶なら入るでしょ?あと甘いパンケーキもあるの。どう?」

「パンケーキ!?ご馳走になります!」

 春子はパンケーキと聞いて、急にテンションが上がりました。

「春子、少しは遠慮しなさい。」

「いいの、余ったら最後はゴミになるだけだから。」

「それでは、お言葉に甘えてご馳走になります。」

 私と春子はおばあさんと一緒に家へと向かいました。

 

 家は通りから少し離れている場所にあり、見たところ絵本に出てくるような感じの小さな洋館で、門の中へ入ると赤や黄色、ピンクなどの薔薇の花が両サイドに植えられていました。

 おばあさんは玄関のドアを開けて私と春子を中に入れたあと、居間でくつろいでいる使用人を呼びました。

「アーサー、お客様を連れてきたから、紅茶とパンケーキを庭まで運んでくれる?」

「かしこまりました。奥様、お客様は何名ですか?」

「2人です。」

「ただいま、ご用意いたします。」

 奥様?ってことは、もともと旦那さんと一緒に暮らしていたの?私は心の中で考え始めました。

 アーサーっていう使用人も決して若くはなく、見た感じ還暦を迎えたってところでした。

「この家は元々、主人と一緒に暮らしていたの。しかし今から2年前、主人は急に心臓の発作を起こして亡くなって、それ以来私は使用人と2人で暮らすようになったの。」

 おばあさんは、まるで私の心の中を悟ったかのように私に身の上話を持ち掛けてきました。

「そうなんですね。失礼ですが、ご主人は何歳でお亡くなりになったのですか?」

「73よ。さ、暗い話はこの辺にして、お庭に行きましょ。」

 おばあさんは私と春子を庭まで案内しました。

 庭にはいろんな花が植えられていて、まるで昔読んだ童話の「秘密の花園」を思わせるような感じでした。

「素敵なお庭ですね。」

「主人、お花が大好きだったから。」

「そうなんですね。」

「じゃあ、ここに座ってくれる?」

 おばあさんは庭の真ん中にある、白いテーブルと椅子が置いてある場所へ案内した瞬間、体のバランスを崩し、転びそうになったので、私と春子はとっさに支えました。

「大丈夫ですか?」

「いやね、年を取るとなんでもない場所でもつまづくようになっちゃうのよね。」

 おばあさんは苦笑いをしながら言いました。

「けがはないですか?」

「ええ、大丈夫よ。」

 その数分後にはアーサーと呼ばれる使用人が紅茶を運んできました。

「紅茶をお持ちしました。」

「ありがとうございます。」

「ただいま出来たてのパンケーキをご用意しますので、それまで紅茶を召し上がりながらお待ちください。」

 私はアーサーのぎこちない歩き方に少し違和感を覚えました。

「おばあさん、アーサーさんの歩き方なんですけど・・・。」

「彼女は10年前、病気で右足を失って、それ以来義足の生活をするようになったの。」

「そうなんですね。なんか、悪いことを聞いちゃいました。」

「いいのよ。それより、あなたたちはこの辺では見ないけど、どこからきたの?」

「私たちは海岸の外れにある、緑色の草原の方から来ました。」

「緑色の草原って、あそこはカミキリ蜂の縄張りになっているはずよ・・・。よく無事で・・・。」

 おばあさんは、びっくりした表情で反応しました。

「それでしたら、他の人に同じことを言われました。」

「カミキリ蜂は人間の頭を狙うから気を付けた方がいいよ。」

「わかりました、気をつけます。」

「それより、これからどこへ向かうの?」

「まだ分かりません。実は宛てのない旅をしていて、これから別の場所へ向かおうと思っているのです。」

「あなたたちは旅人さんだったのね。」

「はい。」

「引き留めてごめんなさい。でも、せっかくだからパンケーキを食べて行ってくれる?アーサーの作ったパンケーキは最高なの。」

 その時、アーサーがパンケーキを運んできてくれました。

「お待たせしました、パンケーキをご用意しました。それでは、ごゆっくり。」

 アーサーはそう言っていなくなりました。

 厚みのかかったパンケーキの上にはバナナと生クリームがのっかっていました。

「美味しそうですね。」

「ラム酒をかけると、もっと美味しくなるわよ。」

 おばあさんは軽く微笑みながら、私と春子に勧めてきました。

 私と春子はラム酒をパンケーキにかけて食べてみました。 

 すると、不思議なことに病みつきになるような味になったので、ナイフとフォークを進めていきました。

 食べ終えて、残った紅茶で口直しをしたあと、一休みしました。

「ごちそうさまでした。」

「お粗末様です。」

 おばあさんは軽く微笑みながら返事をしました。

「一つ、お伺いしたのですが、この住宅街を抜けた先って何がありますか?」

「貨物列車の廃線跡かな。それ以外は何もなかったはず。」

 おばあさんは、落ち着いた感じで言いました。

「その廃線跡の先って何かありますか?」

「そこまでは分からない。私も年だし、移動できる範囲は廃線跡までだから。」

「そうなんですね。ありがとうございます。それでは私たち、そろそろおいとまさせて頂きます。」

 私と春子が食器を片付けようとした瞬間、おばあさんに「これはアーサーのお仕事だから、あなたたちはやらないでちょうだい。」と止められましたので、私と春子は玄関へ向かいました。

「おばあさん、紅茶とパンケーキ、ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」

「そんなのでよかったら、また食べにおいで。」

「それでは失礼します。」

「気を付けて行くんだよ。」

 おばあさんは、こにやかに手を振りながら見送ってくれました。

 私と春子はそのまま住宅街の中を歩いていきました。



第5章、 廃線跡と仮面をつけた不思議な少女


 住宅街の中を歩いて30分、平らな道から緩やかな下り坂に差し掛かり、正面から生暖かい風が吹てきました。

 おばあさんの言っていた廃線跡とはどのあたりだろうか。私はそんなことを考えながら歩いていくと、またしてもY字路に差し掛かりました。

 おばあさんは、家からすぐに廃線跡に出られると言っていたが、嘘だったのだろうか。

 しかし、あの顔は嘘をついているようには見えませんでした。

 なら考えられるのは、私たちが間違えた。

 それにしてもおかしなことがある。家から一本道だったので、間違える方がおかしい。

 私はY字路の前で、どっちに行くべきかずっと考えました。

 春子は道路に落ちていた木の枝を拾ってきて、例のごとく右手の人差し指で木の枝を立てて倒しました。

 木の枝は左の方角へ倒れたので、春子は左へ向かおうとしました。

「春子、こんないい加減なやり方でいいの?」

「いい加減じゃないよ。木の枝が左を指したから、そっちへ向かおうとしているんだけど。」

 私はこれ以上、何も言わず春子と一緒に歩くことにしました。

 道は次第に細くなっていき、その先にはトンネルがありました。

 トンネルには明かりがなく、出口も見えない状態でしたので、私と春子はスマホのライトを照らしながらゆっくりと歩いていきました。

「夢子、お化け出てこない?」

「知らないわよ。そもそもこっちを選んだのは春子なんだし、少しは責任を感じなさいよ。」

 春子は大のお化け嫌いでした。

 小学校の肝試し大会の時も最初は私にしがみついていたのが、途中で絶叫を上げて走って逃げだす始末となり、中学校の文化祭でもクラスの出し物でお化け屋敷をやると決めだしたとたん、真っ先に1人で猛反対して、私のクラスはアイスクリーム屋をやる始末となりました。

 

 やがてトンネルの出口が見えてきたその先には廃工場が並んでありました。

 その先を歩くと、すでに使われなくなった貨物列車の廃線跡も見えました。

 線路も残っていて、その先を歩くと線路のわきに使われなくなった踏切の遮断棒が何本か置いてありました。

 おばあさんが言っていた「廃線跡」と言うよりかは、まだ現役の貨物列車って感じに思えたので、本当に廃線跡なのかと思わず疑いたくなってしまいました。

 しかし、線路沿いをしばらく歩いていくと、本来続くはずの線路の先には大きな文字で<これより先、通行不可>と書かれた大きな鉄の柵が設置されていて、線路が撤去された跡もありました。

 私たちが歩いている側道も今までアスファルトできれいに敷き詰められていたのですが、いつの間にか砂利の道に変わっていました。

 歩き疲れたせいなのか、春子は木にもたれかかり、ぐずってしまいました。

「どうしたの?」

「疲れた。家に帰りたい。」

「『帰りたい』って言われても・・・。」

「この物語を書いたのは夢子なんでしょ?責任をとりなさいよ。」

「責任って言われても・・・。」

「ねえ、最後はどうなるの?教えてよ。」

「前にも言ったけど、完成したのと同時に記憶が全部消されたみたいで・・・。」

「そんなことってあるの?」

「うん。」

「思い出してよ。」

「そう言われても、なかなか思い出せないんだよね。とにかく歩くしかないんだよ。」

「おんぶして。」

「もう高校生なんでしょ?一緒に歩こう。」

 春子はしぶしぶ私と一緒に歩くことにしました。

 砂利の道をしばらく歩いていくと、薄暗い森の中へと入っていき、さらにゆっくり進んで行くとフクロウの鳴き声が聞こえて怖さを増していきました。

「夢子、引き返そうよ。ここ、かなり不気味だよ。」

「引き返してどうするの?家に帰るにはここを歩くしかないんだよ。」

「ここって、お化けが出そうだよ。」

 春子は私の右腕をしがみつきながら、歩こうとしました。

「春子、歩きにくいんだけど・・・。」

「だって、お化け怖いんだもん。」

「そういえば、春子って昔からお化けが苦手だったんだよね。仕方ない、少しだけならおんぶしてあげるから。」

 私は春子をおんぶして歩くことにしました。

 その時です。後ろから人が走ってくる音が聞こえたので、私と春子はとっさに木の陰に隠れて様子を見ることにしました。

 足音はだんだん近づいてきて、私と春子が隠れている場所で止まりました。

「ここに誰か隠れているんでしょ?出てらっしゃい。」

 声からして若い女性って感じでした。

 そーっと木の陰から覗いてみると、マントとフードで全体を覆っていて、顔も容姿も暗くてよく分かりませんでしたが、背丈からして私たちと同じくらいに思えました。

 マント姿の女性は次第にゆっくりと近づいてきたので、私と春子は木の陰からそーっと姿を見せました。

「あの、私たちに何の用ですか?」

「それはこっちが聞きたい。あなたたち、私の縄張りに何の用?」

「私たち廃線跡の側道を歩いていたら、ここに来てしまったのです。これだけはわかってください。私たちは自分の住んでいる街へ帰りたいだけなんです。」

「そう言われてもなあ・・・。」

 マント姿の女性は少し困った感じで返事をしました。

「この森の出口まで案内してもらえればいいのです。」

「今夜は遅いし、私の家で休んでよ。寝場所くらいなら確保できるから。」

「あの、まだ名前を聞いていなかったけど・・・。私は大空夢子。」

「私は虹野春子。」

「私はアケミ。」

 私と春子はアケミと名乗る女の子のあとを付いていきました。

 10分くらい歩くと少し大き目の小屋が見えてきたので、中へ入りました。

 

 アケミは小さなランプを二つともして、部屋の奥でホットミルクを用意して、私たちに差し出しました。

「よかったら飲んで。」

「頂きます。」

 私はホットミルクを一口飲んだあと、間を置いてからアケミが身に着けているマントとお面について聞き出しました。

「あの、失礼を承知したうえで聞かせて頂きます。」

「何?」

「あの普段からマントとお面をつけていらっしゃるのですか?」

「ええ、そうよ。」

「何か理由でもあるのですか?」

「この集落では女性は結婚するまでは自分の姿を男性にさらしてはいけない決まりがあるの。」

「じゃあ、反対にお面とマントを外したら、既婚者とみなされるのですか?」

「そう思われても仕方がないわ。」

「そうなんですね。私たち性別上女だけど、それでも見せられないの?」

 アケミは少し時間を置いて考えました。

「確かにあなたたちは女だし、ましてやここの集落の人間ではないからその必要がなかったわね。」

 アケミはマントのフードを外し、そのあと顔に着けている銀色のお面をゆっくりと外したとたん、茶色のショートヘアに、人形のように可愛い素顔が出てきて、軽くにこやかに微笑みました。

「すごく可愛いです。」

「ありがとう。」

「このお面とマントって簡単に入手できるのですか?」

「着けてみたいの?」

「ちょっとだけ・・・。」

「じゃあ私の着けてみる?」

「いいのですか?」

「いいわよ、着けてあげる。」

 アケミは銀色のお面を私の顔に着けて、そのあとマントで体を覆いました。

「結構視界が悪いのですね。私、もっと見やすいのかと思いました。」

「でも、これに慣れないと外にも歩けないの。」

「そうなんですね。」

 私はお面とマントを外してアケミに着けてあげたあと、今夜私たちが寝る場所を聞きました。

「それで、私たちが今夜寝る場所なんだけど・・・。」

「あ、そうだった。空いている部屋が一つあるから、そこで休んでくれる?あと申し訳ないけど、寝るときはベッドがないから寝袋を使って。」

「わかりました。」

「私もベッドがよかった。」

 春子は不満をこぼしました。

「贅沢を言わない、私たちはただで泊めてもらうんだから、それくらい我慢をする。」

「だって・・・。」

 私は春子のわがままに呆れかえりました。

「あの、あなたたち、お客さんだからベッド使ってもいいわよ。」

「いけません、私たちが寝袋にします。ただで泊めてもらっているので、それくらい当然です。春子のことは気にしないでください。」

「そう?」

「はい!」

「では、そうさせてもらうね。それとも、春子ちゃんが私と一緒にベッドで寝る?」

「甘やかしてはいけません。春子は私と一緒に寝ますので、寝袋を2人分お願いします。」

「じゃあ、あとで寝袋を2人分用意するね。あと、お風呂はどうする?」

「私と春子は、アケミさんのあとに入らせて頂きます。」

「2人はお客さんなんだし、先に入ってくれる?」

「それではお言葉に甘えて。」

 私と春子はアケミに案内されて風呂に入りました。

 中は比較的広く、大人が二人入っても少し余裕って感じでした。

 浴室全体にヒノキの香りが優しく包んでくれて、そのまま癒されていきました。

 風呂からあがったあと、アケミに渡された水色のネグリジェに着替えて案内された客室へ向かいました。

 部屋の中を入ると、大きな壁かけ時計と小さなランプが2つだけ設置されていて、あとは何もありませんでした。

 私と春子はアケミの用意した寝袋に入って、そのまま明かりを消して寝ることにしました。


 次の朝です。

 私と春子はアケミと一緒にパンとコーヒーで朝食を済ませて、出発の準備を始めました。

「昨日は大変お世話になりました。」

「何もしてあげられなくて、ごめんね。」

「そんなことはありません。」

「あなたたち、来た道と別の方角へ向かうなら、この集落を抜けた先に上り階段があるんだけど、それを上ると路面電車の停留所に出られたはず・・・。」

「それに乗れば、元の世界に帰れるのですか?」

「元の世界?」

「私もうまく言えないのですが、私、自分で書いた物語の世界に来てしまったみたいなんです。」

「そうなのね。じゃあ、一応路面電車の乗車券を渡すから、よかったら使ってくれる?」

「ありがとうございます。」

 私と春子は路面電車の乗車券を受け取って出発することにしました。



第6章、 夜の獣の遭遇と路面電車の駅を探して


 アケミの家を出てから数分、私と春子は集落の中をさまよいながら、階段を探すことにしました。

 集落の出口付近を歩いていると、見たことがない野菜や果物や肉などが置いてあり、いろんな店が立ち並んでいる中で、一軒だけ雑貨を扱っている店がありました。

 店の外にはガッチリした体型で、パーマヘアのおばさんが立っていて、入口で目が合うなり、おばさんは私と春子に声をかけてきました。

「そこのお嬢さんたち、どこから見ても未婚者だよね?こっちへいらっしゃい。」

 私と春子はおばさんに言われるまま、店の中へ入っていきました。

「あの、私たちお金を持っていないのですが・・・。」

「お金ならいらないよ。未婚者のあなたたちにはこれが必要だね。」

 おばさんは、私と春子に茶色いフード付きのマントを渡しました。

「あと、この中から好きなお面を選びな。」

 おばさんは不愛想な態度で私と春子に木製の台の上にあるお面の場所まで案内しました。

「私たち、ここの住人ではないのですが・・・。」

「ここの住人でなくても、未婚の女性はこれを着ける掟になっているんだよ。」

「でも、昨日アケミさんから聞いた時には『お客さんだから着ける必要はない』って言われたんだけど・・・。」

「あの小娘はロクなことを教えないんだから。いい?ここの世界にいる以上は未婚の女はお面とマントとフードを被って、自分の姿をさらしていけない約束になっているの。さ、わかったなら早く選んでちょうだい。」

「でも、お金が・・・。」

「お代ならいらないって、さっきから言っているでしょ!」

 私と春子は木製の台の上にある多種多様のお面を選ぶことにしましたが、どれも似たり寄ったりのデザインでしたので、私は口元から牙の生えた吸血鬼タイプの銀色のお面にし、春子は口元が青い魔女風の銀色のお面にしました。

「これにしたのかい?」

 私と春子は黙って首を縦に振りました。

「いい?間違ってもお面とマントだけは外すんじゃないよ!」

「わかりました。」

 私と春子はおばさんにきつい言い方をされたあと、お面とマントを着けてさらにフードを被って店を出ました。

 はじめのうちはうっとうしく感じていたもの、時間が経つにつれて慣れてきたせいか、普通にいられるようになりました。


 店を出て数時間が経ち、私と春子は集落をあとにして草むらの中へ入っていきました。

 草をかき分けていくと、アケミの言っていた上り階段を見つけたので、私と春子はゆっくり階段を上がっていきました。

 頂上へ着くと何もない一本の砂利道がありました。

 高台にいたせいか、時折強く吹てくる風が冷たく感じましたが、お面とマントのおかげで多少は寒さを防ぐことが出来ました。

 私はあまりにも静かすぎることに少し恐怖を覚えていきました。

 これは絶対に何かが起きると思ったからです。

 しばらく歩いていくと、小さな釣り橋が見えました。

 私は一瞬ひるみました。なぜなら、高所恐怖症の私にとってはこれ以上と言ってもないくらいの地獄だったからです。

「どうしたの?」

「ううん、大丈夫だよ。」

「そうか、夢子は高い場所が苦手なんだよね。じゃあ、私が手を引いてあげる。いい?絶対に下を見たらダメだよ。」

 私は春子に手を引かれながらゆっくりと釣り橋を渡っていきましたが、橋の上ではミシミシと言う嫌な音が耳に伝わり、そのうえ足元がグラッと揺れました。

「いい?間違っても下を見たらダメだよ。」

 春子は私に念を押すように何度も同じことを言ってきました。

 それでも下を見ないよう意識し、春子に手を引かれながらゆっくりと歩いていきましたが、出口付近で容赦なく吹てくる風が最高の地獄でした。

 無事渡り切って、さらに先へ進んで行くと私と春子は再び森の中を歩いていきましたが、いつの間にか太陽が沈みかけていきました。

 今夜は野宿かな。私は心の中で呟きながら歩いていきました。

 しばらくすると、森を抜けて石畳が敷き詰められた道に出ました。

 もしかしたら、誰かに会えるかもしれない。そう思って真っ暗な石畳の道をゆっくり歩きましたが、家という家が一軒も見当たらず、人の気配もありませんでした。

 「どこか一か所でもいいから灯りがあれば違うのだけど・・・。」そう呟いてゆっくり歩きながら、暗闇の中の道を10分以上歩いて、明かりのついている家や建物を探すことにしましたが、まったく見つかりませんでした。

「この石畳どこまで続くの?私、もう疲れた。」

「もう少しだけ、頑張ろう。」

 春子はついに弱音を吐いてしまいました。

 私も正直、疲れがピークに達していたので、そろそろ宿を探したいところでした。

 その時、木の茂みから目が真っ赤に光る獣がやってきました。

 獣は一匹でしたが、低いうなり声をあげながら、ゆっくりと私と春子に近寄ってきました。

 「何、獣?」これは完全にロックオンされた状態でした。逃げても間違いなく捕まるのは確かでした。

 「とにかく逃げよう。」そう思って春子と一緒に走って逃げだしましたが、案の定獣はものすごい勢いで追ってきました。

 暗くてよくわからなかったが、間違いなく犬か狼の部類と言った感じでした。

 どこか避難できる建物があればいいのに。しかし、建物は見当たりませんでした。

 私と春子は息を切らせながら走りましたが、ついに限界が来ちゃいました。

「私、もう限界。」

「頑張って。」

 春子はついに立ち止まって歩き出しました。

「春子、立ち止まったらだめだよ。」

「もう限界だよ。」

 獣はうなり声をあげながら私たちにゆっくり近寄ってきました。

 すでに覚悟を決めたその時、遠くで銃声が聞こえ、獣はびっくりしていなくなり、私と春子がそこから立ち去ろうとした瞬間、人の足音が聞こえてきて私たちに近寄ってきました。

「君たちけがはなかった?」

 まだ20代と思われる若い男性がショットガンを持って、私と春子のところにやってきました。

「はい、ありがとうございます。」

「女の人?」

「はい。事情があって、素顔を見せられません。」

「そうなんだね。今夜はどうするの?」

「とりあえず、宿を探そうと思っています。」

「それなら僕の家に来ない?君たちの素顔を見ないと約束するから。」

 男性は軽くにこやかな顔を見せました。

「それではお言葉に甘えてお世話になります。」


 私と春子は男性の家で一晩泊めてもらうことにしました。

 男性の家は少し大きめなログハウスになっていて、石畳の道から離れた場所にありました。

「君たちの部屋は2階の奥にあるゲストルームを使ってくれる?」

「ありがとうございます。」

「寝るときは鍵をかけてもいいから。」

 私と春子は2階の奥にあるゲストルームへ向かいました。

 中へ入ると大きなベッド2つと小さなテーブルが1つあり、その上にはこの部屋と思われる鍵が置いてありました。

 私と春子はマントとお面を外して、鍵を閉めて部屋を暗くして寝ることにしました。


 翌朝、私と春子はお面とマントをつけて、男性に挨拶をしました。

「おはようございます。」

「おはよう、昨日はよく眠れた?」

「はい、おかげさまで。私たち、これから路面電車の駅に向かいたいのですが、ご存じですか?」

「路面電車の駅ね・・・。」

 男性はあごに手を当てながら少し考えました。

「確か、君たちが歩いた石畳の道の先にあったような気がしたかも・・・。間違っていたらごめんね。」

「いいえ、大丈夫です。路面電車の駅の名前はご存じですか?」

「そこまではわからない。」

「そうですね。ありがとうございます。」

 私と春子は再び石畳の道を歩きながら、路面電車の駅まで向かいました。



第7章、 路面電車に揺られて


 石畳の道を終点まで歩いていくと再びトンネルに差し掛かりました。

 今度のトンネルは比較的短く、すぐに出口が見えてきて、生暖かい風が吹いてきました。

 トンネルを出て少し歩いていくと、野菜を収穫しているおじいさんに会いました。

「こんにちは、この近くに路面電車の駅を探しているのですが・・・。」

「あー?なんだってー?」

「この近くでー、路面電車の駅を探しているんだけどー、知っていますかー?」

 おじいさんは耳が遠いのか、私は何度も聞き返されました。

 私はイライラを我慢して路面電車の駅の場所を聞きました。

「ああ、路面電車ね。それならこの道のつき当りを右に曲がった先にあるよ。」

「ありがとうございます。」

 農村地帯の道をまっすぐ進むとT字路に差し掛かったので、おじいさんに言われたように右に曲がりました。

 緩い坂道を下りていき、左へカーブしながら進んで行きました。

 本当に路面電車の駅に着けるのかと疑いながら歩いていくと、わずかだが潮の香りが漂ってきました。 それに波の音が聞こえる。海だ、そう思って進んで行くと、そこは最初にアンジュと出会った海岸とは別の所でした。

 しかも、その近くには<路面電車乗り場>と書かれたブリキの札もありました。

 駅の名前は<砂浜前>と書かれていて、おばあさんがすでに木製のベンチに腰かけていました。

「こんにちは、今路面電車を待っているのですか?」

「ええ、そうよ。あなたたち、マントとお面をつけているところを見ると、森の外れにある集落から来たんだね。」

「ご存知なんですか?」

「私も若いころはそこに住んでいたんだよ。未婚女性はどんなことがあっても結婚するまで男に素顔をさらしてはいけない理由でお面とマント、フードを被らされていたんだよ。」

「その理由ってなんですか?」

「私もそこまでは分からない。私自身も、その理由を聞かされないままお面とマントを着けられ、あの集落で暮らしていたの。しかし、結婚してこの近くで暮らし始めるようになってからはお面とマントを外すようになったけど、主人は昨年病気で亡くなったの。」

「そうだったのですね。」

 いつの間にかおばあさんの身の上話に付き合わされていました。

「そういえば、この路面電車ってすぐ来るのですか?」

「さあ、私もかれこれ1時間近く待っているんだけど、来ないんだよ。」

「時刻表ってありますか?」

「時刻表?たぶんないと思ったけど・・・。」

 時刻表がないって、どういうこと?私はこのいい加減さにイラッときました。

 とにかく待とう。そう思った瞬間、低いモーター音とともに路面電車がゆっくりとホームに入ってきました。

 私は運転手に乗車券を渡して乗ることにしましたが、どこで降りたらいいか分からないので、終点まで向かうことにしました。


 路面電車はゆっくりと海岸線を走っていきました。

 次の<海岸終点>という駅で旅行カバンを持ったおばあさんが乗ってきました。

 この路面電車の利用客は年寄が多いのかと思えば、2つ先の<農村地帯西>と書かれた駅で灰色のスーツを着た若い男性が2人乗ってきました。<砂浜前>の駅で知り合ったおばあさんは、若い男性と入れ替わるかのように、降りていなくなってしまいました。

 しかし、車内を見渡すとみんな無口でしたので驚きました。

 この路面電車では会話が禁止なのでしょうか。しかし、そんな注意書きがありませんでした。

 私と春子は会話を控えて無口のままでいましたが、何も話さないでいるのがこんなにつらいとは正直思ってもいませんでした。

 終点まで向かうとは言ったもの、車内放送もなかったので、どこまで向かうのかは把握していませんでした。

 どこまでも続く農村地帯を路面電車はゆっくりと走っていきましたが、その農村地帯はおじいさんに道を聞いた場所とは違う場所でした。

 農村地帯を抜けると、やがて市街地に出て最初の駅は<繁華街入口>でした。

 外を見ると真暗でしたが、路面電車は動く気配がありませんでしたので、スマホの時計を見たら、夜の11時を回っていました。

 運転手は特に何も言わず路面電車から降りて近くの宿へ向かい、他の人たちも好き勝手に時間を過ごしていました。

 夜中近くの繁華街なので、誰かがやってくるのではないかと、少し心配し始めていました。

 その「誰か」というのは言うまでもなく、不審な男性の事でした。

 私と春子はマントとお面を付けた状態で眠ることにしました。

 しばらく眠れなかったので、私はそっと路面電車から降りて辺りの様子を見渡すことにしましたが、さすがに明かりのついている店は1軒もなく静まり返っていました。

 あの時運転手のあとを付ていくべきだったか。と内心後悔していました。

 私と春子は路面電車の扉を手で閉め、さらに窓のブラインドを降ろして眠ることにしました。

 初めのうちは恐怖で頭がいっぱいで眠れませんでしたが、いつの間にか深い眠りについてしまいました。

 目が覚め時には朝になっていて、運転手も他の乗客も戻り、ブラインドも上げられていました。

 路面電車は再び発車し、繁華街の中心部へと向かいました。

 窓の景色を見ていると、みんな楽しそうに買い物をしたり、オープンカフェでお茶を飲みながら時間を過ごしている人もいました。

 路面電車は<繁華街西>という駅で止まり、旅行カバンを持ったおばあさんと灰色のスーツ姿の若い男性が降りて、代わりにイヤホンをした白いカジュアルウエアの若い女性が乗ってきました。

 女性はイヤホンの音楽に夢中になっているのか、特に私に話しかけることはありませんでした。

 リズミカルな曲を聴いているのか、女性は右のももに人差し指で数回たたいてリズムに乗っていて、 最後は声を出して歌いだす始末でしたので、いったいどんな曲を聴いているのか気になって仕方がありませんでした。

 女性は途中で歌うのをやめて、ペットボトルの水を取り出し、一口飲んだあと再び歌いだしました。

 運転手は特に注意することもなく、終点に向けて路面電車を走らせていきました。

 路面電車の終点は<草原前>となっていて、私と春子は路面電車を降りて車体の先頭部分を見たら、草の中に覆いかぶさっていたことに少し驚きました。

 イヤホンをした女性はいつの間にかいなくなってしまい、私が草むらの中へ入ろうとした時、春子が私の肩を軽く数回たたきました。

「ねえ、向こうにも道があるよ。」

 春子が指をさした方角には砂利の敷かれた薄暗いトンネルがありました。

「草原の方がいいんじゃない?」

 私は草原の方角へ指をさしました。

「あっちへ行くとカミキリ蜂が飛んでくるんじゃない?」

「確かにそうだけど・・・。」

「じゃあ、トンネルの方へ行こうよ。」

 私と春子はトンネルの方へ向かいました。数分歩いたその出口にはきれいな湖がありました。

「この湖、きれいだよ。」

 春子は驚いた感じで私に言ってきました。

「本当だ。」

 湖はとても澄んでいて、きれいに水が張った状態でした。

 春子はスマホを取り出して何枚か写真を撮りました。

「せっかくだから、写真に写らない?」

 春子はお面とフードを外して私と一緒に写ろうとしました。

「ねえ、夢子もお面とフードを外したら?」

「私は家の近所に着くまで、外さないことにしているから。」

「まあ、いいや。じゃあ一緒に写ろう。」

 春子は私にくっついて、何枚か撮りました。

「ありがとね。」

 春子はそう言ったあと、再びお面をつけてフードを被り、湖をあとにして私と一緒に歩きだしました。

 さらに歩いていくと2回目のトンネルに差し掛かりました。しかし、今度のトンネルは少し長めで出口が見えず、真っ暗な状態でした。

 幽霊嫌いの春子は他に道がないか、あたりをキョロキョロと見渡しましたが、他に道がなかったので来た道を引き返すか、我慢をしてトンネルに入るかの二択しかなかったので少し考えました。仕方がないので春子は我慢をしてトンネルの中へ入ることを選びました。


 トンネルの中は私たちの足音が反響するほど静かでした。

 スマホのライトを懐中電灯代わりにしたかったのですが、電池の容量が残り半分を切っていたので、スマホを使わず、自分の目だけで歩くことにしました。

 しかし、いくら歩いても出口は見当たりませんでした。

 春子は体を震わせながら、私にしがみついていました。

「春子、おんぶしてあげるから、一度離れてくれる?」

 私は春子を負ぶって、トンネルの出口へと向かいましたが、いまだ出口が見えてきていません。

 数分歩いた先にやっと光が見えてきて、春子は私から降りて出口の先へと走っていきました。

 そこには最初に乗ったのとは別の路面電車が駅に止まっていましたので、私はさっそく乗ろうとしましたが、運転手の姿が見えませんでした。

 近くにいたおじいさんに聞いてみたら、すでに廃線になっていて、ここに飾られていたと言っていました。

 線路を見てみると、踏切から先は撤去されていました。

「おじいさん、この路面電車はいつ頃廃線になったのですか?」

「さあ、わしがこの街に来た時にはこの路面電車はすでに廃線になっていたよ。」

「そうなんですね。」

「ところで、お嬢さんさんたちは何で顔を隠しているんだね?」

「ちょっと事情があって見せられないのです。」

「そっか。事情というのは人それぞれだから、これ以上のことは何も言わないよ。お嬢さんたちは路面電車に乗ろうとしていたが、どこへ行くつもりだったのかね?」

 私は笑われる覚悟で、おじいさんに打ち明けました。

「信じてもらえないかもしれませんが、私たちこの世界の住人ではないのです。」

「というと?」

「今いるこの世界は私が作ったものなんです。」

「いうなれば、お嬢さんは神様ということか?」

「そう思われても仕方がありません。」

 おじいさんは少し間を取ってから返事をしました。

「お嬢さんが作った世界なら、元へ帰れる方法がわかるはずなのでは?」

「それが分からないのです。この物語の世界を書き上げた瞬間、すべての記憶が消されてしまったのです。」

 おじいさんは後ろ髪をかきながら、少し困った表情を見せました。

「困ったものだ。こうなればわしもお手上げだよ。お嬢さん、本当に記憶が消されたのかね?」

「はい。」

 おじいさんは少し考えました。

「あの先へ行くと、緑色の小さな家が見える。そこにわしの弟がいるから、そこへ行けば何か情報が得られるかもしれないよ。」

「あの、途中で曲がったりしませんか?」

「それなら大丈夫だ。一本道になっているし、この辺で緑色の家と言えば、弟の家くらいだろう。」

「ありがとうございます。」

 私と春子はおじいさんにお礼を言って、一本道を歩くことにしました。



第8章、 緑色の家での一夜


 私と春子はおじいさんに言われたように一本道を歩いていきました。

 しかし、いくら歩いても緑色の家は見つかりませんでしたので、本当にこれで合っているのかと正直疑いたくなりました。

「おじいさん、私たちに嘘をついていなかった?」

 春子は私に愚痴をこぼし始めました。

「なんで?」

「だって、いくら歩いても緑色の家なんて見つからないじゃん。」

「確かにそうよね。」

 私も少し歩き過ぎでないかと思っていたら、履いていた靴が傷み始めてきました。

 ちょうどうまい具合に木陰を見つけたので、私と春子は木の下にもたれて休むことにしました。

 靴の裏を見ると、すり減って穴が開いていました。

「どうしよう、穴があいたよ。」

「私もだよ。」

 私と春子は靴の裏を見てぼやいていました。

「帰るまで、これで我慢しよ。」

「うん。」

 私と春子が休んでいたら、一枚の紙飛行機が飛んできました。

「あ、こんなところに紙飛行機が・・・。」

 私が紙飛行機を持って眺めていたら、白いTシャツ姿で、見た目が小学生くらいの1人の少年がやってきました。

「あ、これ君の?」

 少年は黙って首を縦に振ったので、私は紙飛行機を渡しました。

「お姉ちゃんたち、なんでお面とフードで顔を隠しているの?」

「ちょっと事情があって・・・。」

「どんな事情なの?」

「ごめん、うまく言えない・・・。」

「そうなんだ。それよりさっきから見ていたけど、お姉ちゃんたち靴がダメになったの?」

「ちょっとね。」

「僕のおじいちゃん、靴職人だから直せるかどうか聞いてみるよ。」

 これは願ったりかなったりでした。

 私と春子は少年のあとをついていくことにしました。

 

 たどり着いた場所は緑色に塗られた木造の家で、入り口には靴の絵が描かれた少しさびた鉄の看板がありました。

「ただいまー。おじいちゃん、お客さんを連れてきたよ。」

「こんにちは。」

「お客さんとは珍しい。ところで、なんで顔を隠しているんだ?」

「私たち、事情があって顔を見せることが出来ません。」

「お客さんは、面倒な集落から来たのか?」

「面倒な集落と言いますと?」

「未婚女性は誰にも素顔を見せていけない掟があるとか。」

「はい、そこから来ました。」

「なら帰ってくれないか。うちは顔を見せられない客の前ではうまく商売が出来ない。すまないが他を当たってくれないか?」

 おじいさんは、不機嫌な顔で私たちに言いました。

「おじいちゃん、お客さんに失礼だよ。」

 少年はおじいさんに注意をしました。

「どんな事情があるのか知らんが、人に顔を見せない方がもっと失礼だ!」

「おじいちゃん、お姉ちゃんたちの靴を見てよ。」

「こんな人間の靴なんか見る価値もない!」

「あのー、私たち他を当たらせて頂きます。」

「ああ、そうしてくれ。」

「お姉ちゃんたち、ちょっと待って。」

 少年は婦人用の靴を2足奥の棚から取り出して、私たちに渡しました。

「おい、これは店の売り物だ。返せ!」

「お客さんに冷たくする人には商売する資格なんかないよ。」

「孫にはかなわん、わしの負けだ。靴を見てやるから、お嬢さんたちが持っている靴は売り物だから返してくれないか。」

 おじいさんはついに折れてしまい、私たちの靴を見ることにしました。

「ありがとうございます。あの、お値段は・・・。」

「ただで直してやる。その代り条件がある。」

「条件と言いますと?」

「お嬢さんたちが被っているお面とフードを外すことだ。その条件に従えないなら、済まぬが今度こそ他を当たってくれ。」

「わかりました。」

 私と春子はフードを脱ぎ、お面を外しました。

「なかなか、きれいな顔をしているではないか。お面とフードを着けているのがもったいないくらいだ。でも、集落の掟なら仕方がない。お嬢さんたちの顔は見ていなかったことにするよ。」

「ありがとうございます。」

「では靴を脱いでくれないか?」

 おじいさんは、老眼鏡をかけて私と春子の靴を難しい表情を見せながら隅々まで眺めました。

「お嬢さんたち、だいぶ履き込んでいるね。かかともすり減っているし、裏側も穴が開いている。わしにもお手上げだよ。」

「そうなんですね。」

 私ががっかりしたとたん、おじいさんが私たちの前に少年が持ち出した靴を差し出しました。

 私には黒のショートブーツ、春子には茶色のショートブーツを渡しました。

「ちょっと履いてくれないか。」

 私と春子はおじいさんに言われるまま試着をしました。

 おじいさんはつま先を両手の親指で触りながらサイズを確認しましたが、その目つきと触り方は職人そのものでした。

「ちょうどいいサイズだから、お嬢さんたちに差し上げるよ。」

「お金は・・・?」

「いらないよ。失礼な態度をとってしまったお礼だ。」

「ありがとうございます。」

「実は、ここへ来たのはもう一つ目的があるのです。」

「ほう、その目的とは?」

「正直に申し上げます。実は私たち、ここの世界の人間ではないのです。」

「というと?」

「実は私たちの住んでいる街の駅前で古本市が開かれていて、偶然見かけて買った本の中身が真っ白だったので、自分で書き始めたのです。」

「書き上げて完成した物語がこの世界だと言うんだね。」

 おじいさんは付け加えるような感じで言いました。

「そうなんです。完成したとたんに部屋中に大きな光が出て、気がついた時にはこの世界に来てしまったのです。」

「ようするに、お嬢さんたちは元の世界に帰りたいけど、どうやって帰ったらいいか分からなくなったと言いたいんだね?」

「はい。しかし、この物語が出来がったのと同時に私の記憶が消されてしまったので・・・。」

 おじいさんは気難しい表情を見せながら、少し考えました。

「そういえば、この先に緑色の草原がある。それを抜けた先にバス停があるんだけど、そのバスには行き先がないから、自分で行き先を告げたら行ってくれる形になっているんだよ。」

 私はそれを聞いて、帰れる望みが沸いてきました。

「ありがとうございます。」

 私が店を出ようとした瞬間、おじいさんは「待て!」と言って引き留めました。

「どうされたのですか?」

「あのバスは正午に1本しか来ないんだよ。今日はここで泊まって明日バス停に向かいなさい。」

 おじいさんは少し疲れた表情を見せて私に言いました。

「私たち一応、宿を探してそこで一夜を過ごそうと思っていたのです。」

「宿と言っても、この辺にはない。仮にあったとしても、客の対応も出てくる料理もいまいちだ。」

「そうなんですね。」

「わしの家に泊まりなさい。客間も用意してあるから。」

「それではお言葉に甘えて一晩泊めさせていただきます。」


 夕方になっておじいさんは少年と一緒に食事の準備をしていました。

「あの、私たちも手伝います。」

「お嬢さんたちはお客さんだから、部屋でゆっくりしていなさい。」

「でも、ただで泊めさせてもらうわけにはいきませんので・・・。」

「料理が出来上がったら声をかけるから、それまで休んでいなさい。」

 私と春子は慣れないブーツを脱いで客間にあるベッドに腰かけて、このあとのことについて話し合いました。

「おじいさんの話を信じていいと思う?」

「何が?」

「草原の先にあるバス停。なんかガセっぽいって言うか・・・。」

「今疑ってもしょうがないんじゃない?」

「確かにそうだけど、今までの聞いてきた情報って目的地まで結構距離あったじゃん。」

 春子の意見ももっともだった。果たしておじいさんの言葉が吉となるか凶となるか、明日にならないと分かりませんでした。

 

 ドアをノックする音がし、おじいさんが私と春子に食事が出来上がったことを告げてきました。

 食堂へ行くとテーブルの上には野菜の入ったスープに、大きな鶏肉、砂糖をまぶしたパン、野菜サラダが並べられていました。

「美味しそうです。これ、二人で作ったのですか?」

「そうだよ。お口に合うか分からないけど、よかったら食べてくれないか?」

 私と春子は目の前の料理を次々と平らげていき、そのあとにはジュースとアイスクリームも用意されました。

「ごちそうさまでした。どれもみんな美味しかったです。」

「満足してもらえて何よりだよ。お嬢さんたち、お風呂が沸いてあるから入ってくれないか?」

「ありがとうございます。」

 浴室へ行ったら、またしても立派なヒノキ風呂でしたので驚きました。

 浴槽に入っったとたん、ヒノキの香りが広がってきてとても最高でした。

「癒される。お風呂って、なんか久しぶりって感じがする。」

 私は思わず口に出してしまいました。

「確かにそうだよね、アケミさんの家以来だよね。他は寝どまりはさせてくれたけど、お風呂に入ってなかったよね。」

 春子までが本音を出してしまいました。

 浴室から出て、部屋に戻るとベッドにはネグリジェが2人分置いてありました。

「春子、ネグリジェ何色にする?」

「私、どっちでもいい。」

「じゃあ、私黄色にするから、春子は青でいい?」

「いいよ。」

 私と春子はそのままベッドの中で一夜を過ごしました。


 翌朝、私は着替えと朝食を済ませてマントとお面をつけて出発の準備をし、おじいさんと少年に挨拶をしました。

「昨夜は大変お世話になりました。お食事もお風呂も最高でした。」

「いいや、大したもてなしが出来なくて申し訳ないと思っているよ。」

「それでは、私たちはこの辺で失礼させ頂きます。」

「気を付けて帰れよー。」

 私と春子はお辞儀をして家を出たあと、おじいさんと少年は手を振って見送ってくれました。



第9章、 そしてわが家へ

 

 来た時に歩いた一本道を10分以上歩いていきましたが、草原らしきものは見当たりませんでした。

 しかも履きなれないショートブーツだったので、疲れが倍増してきました。

「この道、どこまで続くの?」

 春子は私に言ってきました。

「とにかく、緑の草原を求めて歩いていこう。」

 またしばらく歩いていくと用水路とベンチがありましたので、私と春子はベンチに腰掛けて休むことにしました。

 本当はお面とフードも外したかったのですが、誰かに見られることに抵抗を感じるようになってきたので、外さずにそのままぐったり休んでしまいました。

 隣のベンチを見ると、私と春子とアケミと同じようにフードとお面を着けた女の子が本を読んでいました。

「あの、突然声をかけてごめんなさい。あなたも例の集落から来たの?」

「『あなたも』って言うと、あなたたちも例の集落からきたの?」

「そうなの。実は私たち、この先にある緑色の草原へ向かおうとしているの。」

「え!?あそこへ行くの?やめな。あそこがどんな場所か分かっているの?」

「うん、カミキリ蜂の縄張りなんでしょ?でも、あそこを通らないとバス停に行かれないの。」

「バス停ならこの先の公園を抜けた場所にもあるわよ。」

「そこのバスって何時ごろ発車するの?」

 女の子は手提げバッグから手帳を取り出して、そこから時刻表と腕時計を見ながら確認をしてくれました。

「この先に『自然公園前』と書かれたバス停があるの。あなたたちが乗るバスは12時35分、普通に歩いてもあなたたちの足ならちょうどいいと思うわ。」

「私たち慣れないショートブーツで歩くのに時間がかかりそうなの。」

「それだったら私、近道知っているから一緒に付いてきて。」

 私と春子は女の子についていきましたが、砂利だらけのダートコースをひたすら歩くことになってしまいました。

 最後に草をかき分けたら、一台の小さなバスが止まっていました。

「これがあなたたちの乗るバスだよ。」

「これに乗ればいいんだね。ありがとう。」

 女の子はそのあと何も言わずにいなくなってしまいました。


 私と春子はバスに乗るなり、運転手から紙とペンを受け取り、私たちの住所を書いて運転手に渡したその直後、何も言わずドアを閉めてバスを走らせました。

 砂利道のせいか大きな振動がしばらく続いていましたが、バスはそのあと幹線道路を横切って長いトンネルを走っていきました。

 いろんなことがあったせいか眠くなってしまい、私と春子はそのまま寝てしまいました。

 目が覚めた時にはバスが止まっていたので、私と春子はゆっくり起き上がって窓の景色を眺めてみると、私たちの住んでいる街に着いていました。

 随分長く見ていなかったせいか、窓を見て懐かしく感じてしまいました。

 私と春子は運転手にお礼を言って降りたあと、バスはそのままゆっくり走り去ってしまったので、着けていたお面とマントを外し、家に向かいました。

 

 玄関のドアを開けようとしたら鍵がかかっていたので、私はポケットから鍵を取り出して、自分の部屋へと向かい、手に持っていたお面とマントをクローゼットの中にしまい込みました。

 机の上に目を向けると一冊の茶色の本が置いてあり、私はページをパラパラとめくってみたら、中身は白紙のページに戻っていました。

 冒険が終わると、元の白紙に戻るのかと私は思いました。

 この本のおかげで、散々な目に逢ったと私は後悔していました。

 果たしてこの本をどうするべきか、捨てるか売るか。はたまたは誰かに譲るかを考えていました。

 どのみち私がこの本を持っていても仕方がないと思っていましたので、次の譲り先が決まるまでは私が保管しておくことにしました。

 夕方になって、私は近所のコンビニまで行ってお弁当と抹茶プリンを買って家に帰ろうとした時、玄関の前には春子が立っていました。

「あ、お帰り・・・。ってもしかしてこのビニール、コンビニへ行ってきたの?」

「そうだよ。」

「中身ってもしかして、お弁当?」

「うん。」

「あのさあ、私からの提案なんだけど、このお弁当は明日の朝にして今夜はうちで食べない?お母さんが夢子の分まで用意したんだよ。」

「でも毎回悪いから。」

「悪くないって。このお弁当は台所へ置いて、今夜はうちで食べてよ。」

 私は春子に言われるまま、買ってきたお弁当を自宅の台所に置いて、春子の家で食事を頂くことにしました。


 あれから1週間が経ち、私は残った宿題を終わらせ、毎朝近くの公園でお年寄りや小学生たちと一緒にラジオ体操に参加していました。

 茶色い本ですが、読書好きのクラスメイトに勧めてみましたが、見事に断られてしまいましたので、古本屋さんに売ろうとしましたが、「白紙のページの本を売っても誰も買わないだろう」と言う返事がきたので、仕方なしに自宅で保管することにしました。


 夏休みが終わり、2週間が経った時、学校では文化祭の準備が始まろうとしていました。

 実行委員が黒板の前でクラスの出し物を何にするかみんなに聞いてみたら、劇とか喫茶店などが出てきました。

「私、やってみたい劇があります!」

 春子は真っ先に手を挙げました。

「虹野さん、どうぞ。」

 実行委員の片寄(かたよせ)君が春子を指名しました。

「創作劇なんですが、空想の世界を冒険する話にしたいと思います。」

「面白うそうですね。タイトルは決まっていますか?」

「『空想の世界へようこそ』にしたいと思います。」

「わかりました。」

 女子の内山さんが春子の意見をノートに記録しました。

「他いませんか?なければ終わりにします。」

 その時私はとっさに手を挙げました。

「大空さん、どうぞ。」

「どうせなら、その劇をビデオで上映したいと思います。」

「それでは演劇にするか、ビデオにするか決めたいので、どっちがいいか手を挙げてください。」

 片寄君はみんなに多数決をとりました。その結果ビデオ上映会に決まりました。

 こうして文化祭に向けて、準備が少しずつ始まりました。

 私が台本、春子が監督となり、そのあと助監督やスタッフ、役決めをしていき、本番に向けて準備を進めていきました。

 準備を始めてから1週間が経ち、衣装担当の木下陽子さんが少し困ったっ表情で台本を持って私のところにやってきました。

「夢子、ここにお面とマントを着けるって書いてあるんだけど、どんなのがいい?」

「あ、それならちょうどいい見本があるから明日持ってくるね。」

「ありがとう、助かるわ。」

 翌日には自宅のクローゼットから不思議な本の世界で着けていたお面とマントを、大きめの手提げ袋に入れて木下さんのところへ持って行きました。

「よかったら、参考にしてくれる?」

「ありがとう。ところで、このマントとお面ってこの辺じゃ見ないけど、どこで入手にしたの?」

「あ、これ?母さんが海外出張から戻ってきた時にお土産で買ってきてくれたの。」

「そうなんだ。よかったら写真撮ってもいい?」

「いいよ。」

 木下さんはスマホで何枚かお面とマントの写真を撮って、私に返しました。

「ありがとう。この写真を見ながらうまく作ってみるね。」


 そして迎えた文化祭当日。

 狭い教室で私と春子が体験したお話を基にした短い物語が始まりました。

 衣装やセリフなど多少アレンジされていましたが、私たちが経験した内容がそのまま再現されていたので少し感動しました。

 上映が終わり、見た人の感想は「面白かった」とか「内容がいまいち」、もっとひどいのは「途中で寝た」など様々でした。

 私と春子は休憩に入って中庭に向かい、よそのクラスがやっている屋台でタピオカドリンクを買ってベンチに座りました。

「なんか、私たちが体験したことが幻で終わっちゃいそうだよ。」

 私は秋の青空を見ながらぼやきました。

「そんなことないよ。」

「私たち、これからも一緒にいられるかな。」

「あたり前じゃない。卒業したら一緒の大学へ行こうね。」

「大学は文系に進むけど、春子はどうするの?」

「じゃあ、私も文系にする。」

「私と同じ学部にして後悔しない?」

「うん。」

 私は内心、春子が何も考えずに私と同じ学校へ行くのではないかと不安に感じましたが、私と春子の高校生活はこれからなんだし、それを気にしても始まらないので、私は今を楽しもうと思いました。



 おわり

みなさん、こんにちは。

いつも最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございます。

今回は主人公の女の子が自分で書いた物語の世界を冒険するお話を書かせて頂きました。

大空夢子は古本市で買った白紙だらけの本に自分だけの物語を書き上げ、幼馴染の虹野春子と一緒に冒険することになりました。

これは彼女たちにとって大きな体験だと私は思います。

彼女たちはいろんな場所を冒険していき、いろんな人たちと出会っていきました。


それではみなさんに一つ質問します。

みなさんは過去(幼少期も含む)に冒険または探検したり、あるいは知らない人との出会いの経験はありましたか?

私は知らない人との出会いはありませんでしたが、小学校4年生の時、学校への近道をするために家と家の間を猫のようにブロック塀の上を移動したことがありました。しかし、そのあと近所の人に見つかって叱られてしまいました。


最後になりますが、この物語に関するご意見、ご感想をなんでも結構ですので、お待ちしています。

それでは次の作品で皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

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