ばんかれくいえむ
一気に書き切りました。アホの子主人公?は楽しい!
日が暮れて、烏が鳴いて、さようなら。
私のパーティーには、お荷物がいる。
「カイル、このパーティーを抜けてくれ」
「え……?」
ざまあみろ。
勇者であるノア様と、その幼馴染ってだけで魔王討伐の旅の同行を許されているカイル。二人の会話をドアを隔てて聞きながら、私はそう思った。
そのあとは、言い争う声が聞こえた。カイルが食い下がっているみたいだった。私はノア様を応援した。
「わかったよ! お荷物は今日限りで、勇者パーティーをやめてやる!!」
しばらくすると、荒々しい口調とともにドアがすごい音を立てて開いた。カイルと目が合う。私はにんまりと笑った。
「おめでとうカイル。ようやく、勇者パーティーを辞めさせられたのね! お荷物がいなくなって、私は悲しいわ!」
ちっとも悲しくなんてない! エリートの集まりである勇者パーティーの唯一の落ちこぼれがいなくなって、とってもせいせいしてる。
でも、人として、別れを惜しまないわけにはいかないじゃない?
さあ、カイルはどんな反応をしてくれるのかしら?
「……ああ、俺も残念だよ。お前たちの旅に同行したかったなあ」
そんなことを言って、カイルは大人しく私たちの借りてる宿を出て行った。
「なによ、つまらないやつ!」
追放されたんだから、もっと悲しんだり、怒ったりしなさいよ!
「あの、メイ? どこいくの?」
「尾けるのよ! アイツがみじめったらしく落ちぶれていくサマを見るの!」
「はあ、暗くなる前に帰ってくるんだよ」
カイルが街をとぼとぼと歩いている。勇者パーティーに追放されることは、私が言いふらしておいた。
「よお、カイル! お前、やっとパーティーを追い出されたらしいな!」
「身の丈にあってないパーティーにいるからだよ。まあ、お前を拾ってくれるパーティーなんて、どこにもいないだろうがな!」
がはははは、と笑うモブたち。
そうよ! 私はそれを待ってたのよ!
カイルが一発喰らうのを物陰で見ながら、私はガッツポーズをしていた。
さいっっこう!!!
私は聖女だけど、お酒があったらこの光景を見て一杯やってた。うう、外面を気にしてお酒が飲めないのがつらい。はやく魔王を倒して王様から報奨金をもらって、余生を楽しく過ごしたい。
カイルはだんだんと、人気のないところにやってきた。外はだんだん暗くなってきた。いけない、ノア様に言われた通り、早く帰らなきゃ。
でも、今一番良いところなのよ! モブたちに殴られたカイルが、背中を丸めて絶望しながら歩いてるのよ!
このざまぁタイムは、何人たりとも邪魔させない!
私は、さっきのモブたちが声をかけてくるのを無視して、カイルをさっさか尾けていく。
「ていうか、いつまで歩いてんのアイツ」
衝動的に飛び出したせいか、荷物すら持ってきてないし。私がアイツの荷物持ってきてるし。何も考えてないのかしら?
そんなことを思ってると、不意に、カイルが立ち止まった。
「あーーーー!!!」
「うわったぁ!?」
突然大声を上げ始めたアイツにびっくりして、変な声が出た。ていうか、御近所迷惑だからやめなさい。
「やべっ、ぐふ、ぐふふっ」
うわっ、キモっ。
純粋にキモいんですけど。路地裏で叫んだ後に一人で笑うな。
「やっと追放されたッ!!」
「…………は?」
さっきまで丸まってた背中がしゃんと伸びて、カイルがぴょんぴょん跳ねている。
「頑張った! 頑張ったぜ俺! 回復役とかいう聖女とだだ被りのジョブでの無能アピール! ありがとうメイっ! 有能でいてくれて! おかげで比較対象ができて、俺の無能ムーブが確立されたぜ!」
なんか、感謝されとる。
私は呆気に取られた。
「ったく、ノアのやつも甘々なんだよなー。戦闘開始五分で音を上げるヘタレなんか、捨て置いてくれっての。いやあ、メイ様様だぜ!」
え、なにやってんの、アイツ。
戦闘ではすぐに転んで、みんなに迷惑かけてたじゃない。なに、屋根の上飛んでるの? どこにそんな身体能力隠してたの?
一応私も聖女だから、屋根の上を飛ぶことはできる。付かず離れずの距離で、アイツの独り言を捕捉する。
「引退フリーライフはどうすっかなー。まずは、マレリの森へ行って、精霊と契約してぇ、あと、ドラゴンも呼び出して馬車代わりにしてぇ」
精霊と契約って、教会に所蔵されてる魔導書にしか書いてないとされてることよ? しかも、場所バレてるし!? あとドラゴンを移動手段扱いするな!
はわわわわ、司祭様、私たちの秘密がバレちゃってます。もうあのバカ、殺っちゃっていいですよね? ていうか、殺ります。
「あと、母さんに恩返ししてぇ」
殺るのはやめといてあげる。
私は教会秘伝の即死呪文をキャンセルした。海よりも心が深いわね、私。
「それにしても……」
この私が、追跡するだけで精一杯だなんて。アイツ、どれだけ……!
「どれだけ、手ェ抜いてたのよ!!」
やっと追いついた。マレリの森で、私はカイルの胸ぐらを掴んでいた。聖女? 神は偽る者を許しません。
「え? お前、わざわざ宿から尾けてきたの? 引くわー」
むかつく!
ゆっさゆっさとカイルの体を揺さぶって、私はこれまでの魔王討伐の旅を思い出していた。
「ウェアウルフに食い殺されそうになった時も、スライムに服溶かされた時も! アンタが本気出してれば、もっとうまく行ったんじゃない!?」
「それは事実」
「殺す! こーろーすー!!」
「まあまあ、落ち着けって」
「おでこに人差し指をつけただけで私の動きを止めるな!」
ぐぬぬぬぬ、前に進めない。謎の強者ムーブに殺意が止まらない。
「アンタ、どうして手を抜いてたのよ!?」
「それはまあアレだ。若気の至りだ」
「若気の至りで死にかけてたの私たちは!?」
「今は血管破裂して死にそうだけどな(笑)」
「即死呪文掛けるわよ」
「俺はカウンターも心得てるんでどうぞ?」
ち、チート……!
黒く笑う姿は正直言って似合ってないけど、あの体捌きに魔導書知識。カイルがただの田舎者じゃないことは私にもわかっていた。
落ち着け私。
「私は聖女なのよ」
「え? こんだけ醜態を晒しといて?」
「ナチュラル煽り野郎と化したコイツでも、人々を苦しめる魔王討伐のためになる」
「……」
「つまり!」
カイルの手を取る。思ったより大きくてゴツゴツしている手になにかキュンときたけど気にしない気にしない。
「何してんの、お前? 痴女?」
「〜〜っ!!」
「Bってとこかな?」
「Cはあるもんっ!!」
お色気作戦しようとしただけだもん! なんでこんなに可愛い私の胸を触っといての感想が「痴女?」なのよ! こいつ頭おかしいよ!
いたたまれなくなって、私は脇目も振らずに走り出した。
「おい、待てっ、そこは……!」
カイルの焦ったような声が聞こえる。ざまぁみろ、それにしても、空ってこんなに……
「ふぇ?」
ころころと、崖を下った石が、暗闇の中でもわかる、底なしの谷に落ちていく。ぶらんとぶら下がった私は、その深さにぞっとした。
「お前、俺の前で落ちんじゃねえよ」
心底面倒くさいって顔をしたカイルが、私の腕をぐいっと引いて、引き上げてくれた。
心臓が、二つの意味でばくばく言っている。
「おい、大丈夫か、アホ聖女」
「ふぇえ、好き」
「は?」
「カイル、好きぃ」
「えぇ……」
こうして、私とカイルのラブラブ旅がスタートしたのです。ごめんねノア様、ノア様より先に、魔王倒しちゃうかも。
今度、私たちの子供に会いに来てね。あ、ついでに子供は二人います。それぞれが両親似。男の子と女の子で、名前は……
げしっ。
「怪文書書くのやめてくれない?」
「怪文書じゃないもん!」
背中を蹴ることないじゃない! 音のわりには痛くなかったけど!
「ノア様にお手紙書いてるの! 急にパーティー抜けちゃったんだもの。心配してるに違いないから、私たちはうまくやってますって報告しておかなきゃ」
「虚偽の報告!」
びりーっ、とカイルがせっかくのお手紙を破いてしまう。ああ、二人の子供の由来とか書いたのに!
「カイルの鬼ーっ、悪魔ーっ、魔王! でも好きぃ」
「お前の情緒大丈夫?」
もちろん大丈夫! こうしてアホの子を演じてるけど、聖女としてカイルを更生させる私のぷろじぇくとは着々と進みつつあるのよ!
そう! 私はひねくれ曲がったカイルを更生して、魔王を倒すための優秀な人材へと育て上げる! そうして王様から報奨金をもらって、二人で田舎に引きこもってふふふふふ。ちがうちがう、そうじゃない。これは演技、これは演技。
「ふぇえ〜カイルぅ、お母さん貴方を立派に育ててあげるからねぇ」
「すげえ。バブみを感じねえ」
一応まだ聖女だけど、カイルといっしょになってから、こうして昼間からお酒を飲むようになっている。私はおさけにつよい。
「魔王をたおすためにぃ、すやすや」
「……」
「多くの民を、解放するんだぁ〜」
「くそ、なんでこんなことに……」
こうして、私はカイルと一緒に、のんびりライフを送っていた。
魚釣りしたり、依頼をこなしたり。服を溶かすスライムを即死させたり。
とっとと私に堕ちてくれればいいのに、同じ宿の部屋に泊まっていても、カイルはちっとも手を出してくれない。
私は泣き寝入りしながら、今も過酷な旅を続けているであろうノア様たち勇者パーティーに、心の中でエールを送る。
待っててね、みんな。カイルがいれば、きっと魔王なんてすぐに倒せるから!
精霊とも契約させたし、ドラゴンも飼い慣らしてるし。私たちに怖いものなんて、何もない。
勇者パーティーが、四天王の一人にやられて帰ってきたと噂があったのは、旅を続けて、半年くらいのことだった。
「ノア達は魔王城にたどり着いたんだな」
私たちは、魔王城があるところから、街三つ分離れたところに逗留していた。
新聞を読みながらそんなことを言うカイル。私は、かつての仲間たちがやられたカイルが、いつ奮起するのかとワクワクしていた。
半年の間に、カイルは真人間に成長した。私の愛情のたまものだ。なんやかんやで、引退フリーライフとやらをさせつつも、勇者の真似事をさせてきた。助けた人たちにお礼を言われているカイルは、居心地悪そうだったけど、嬉しそうだったし。
魔族に殺された人の遺族を見た時は、すっごく悲しそうだった。人の痛みがわかる子に育ってくれて、お母さんは鼻が高い。
今だって、なんやかんやで勇者パーティーの後を追うように、ゆっくりだけど、魔王城への道のりを辿っているし。
「さあ、カイル。貴方の出番よ!」
私にはわかっていた。カイルは、ノア達を放って置けるほど極悪人じゃないって。
「傷ついた仲間を、救いに行くのよ!」
「いや、それは無理」
「カイルの馬鹿! あほ! お馬鹿!」
ほんっと、ありえない。見損なった。
「ねえ!? そう思わない!?」
「それ、今言う?」
「あはは、カイルと一緒に旅してきた成果かな?」
「笑い事じゃねえぞ、ノア」
半眼になった魔法使いキャシアと、穏やかに笑ってる勇者ノア様、それと、剣士ドーズ。みんな血まみれで、私はそれが苦しかった。
「うええ、結局カイルは連れて来られなかったよぉ……ごめんね、こんな聖女でぇ」
泣きながら、四天王たちに同時即死呪文を仕掛ける。これは、服を溶かすスライムたちが分裂して、邪魔だったから開発した技だ。
四天王達が灰になって消えるのを確認して、私はみんなの方に顔を向ける。
「四天王を倒すことしかできなくてごめんねぇ」
「いや、もうそれで十分だと思う」
「ありがとう、メイ」
「俺が不甲斐ないばかりに」
「ふぇえ」
みんな優しい。よかった、ドラゴンのポチと一緒に魔王城急襲して。みんなだったら絶対に諦めずに、もう一回立ち向かうと思ってたよ。
「魔王を倒して帰ったらぁ、カイルを皆でしばきに行こうねぇ。それが結婚式だからぁ」
「それなんだけどね、メイ。僕が思うにーー」
「面白い。我を倒したら、とな?」
気付いたら、私は床に膝をついていた。みんなは床に這いつくばっている。
こつ、こつ。靴音が聞こえた。背中まで伸びる黒髪に、闇を封じ込めたような瞳。独特の白いラインが入った服はやっぱり黒。
少女の形をした死は、口の端を釣り上げた。
「ふふ、貴様らは我に勝てまいよ」
魔王アカネは、そこに立っていた。
「貴様、人の身にしてはなかなかやるのう」
「私の即死呪文があぁ!」
指先一つで攻撃を止められて、私は崩れ落ちた。
「なにこのチート! 魔王ってこんな強いの?」
すでに体は悲鳴をあげてる。正直言って、立ち上がれる自信がない。
そんな私を見て、キャシアが言う。
「メイ、逃げよ? 私が囮になるから」
ノア様が首を振る。
「いや、僕が殿になるよ。だから」
ドーズが、剣を構え直して笑う。
「いや、お前は勇者だ。ここは俺が」
「私が囮になるから黙ってて!!」
じゃなきゃ、ここに何しにきたかわからない。
「私はあんたたちを救いにきたの! 黙って救われてなさい!」
そうよ、生きて帰って、カイルに私の武勇伝を話して、アイツの心をーー。
私は、きっ、と魔王を睨んだ。そんな睨みなんて意にも介さず、魔王はことりと、首を傾げる。
「ところで、ウミドメはどうした?」
「ウミドメ?」
なにか、嫌な気がする。魔王は手のひらに悍ましい魔力を集めはじめた。あれを食らったら終わりだ。即死呪文よりも、もっとヤバいやつ。
「ああ、そうか。ここでは」
カイルと設定したんだっけ。
私の視界が、真っ黒に染まっていく。意識が薄れてーー
ばちん!
私を襲おうとしていた魔力の塊は、目の前で途切れた。
「……カウンター。この技を設定したのは、お前の落ち度だよ茜音」
「カイル!!」
そこには、私の王子様が立っていた。
「カイル、君、いいのかい?」
「ああ、もういいよ」
ノア様が不思議なことを聞いて、カイルが力強く頷く。手に持っているのは。
「ま、魔導書!?」
「と言う名の、設定資料集だ」
「せってい、しりょうしゅう?」
「ああ。さ、終わらせようぜ茜音。その中二くせえ喋り方から解放してやるよ」
カイルは、もう私の方なんて見ていなかった。苦しくて辛いような目で、魔王であるアカネを……ううん、茜音を見ていた。
当然のようにカイルのカウンターを弾いた茜音は、とっても嬉しそうに笑った。
「うん、りょうちゃん。悪い魔王の、私を倒して?」
魔導書を持ったウミドメとか、りょうちゃんとかいう男は、魔導書を捲っていたかと思うと、ようやく私の方を向いてくれた。
「さあ、出番だぞメイ。お前の即死呪文と、俺の精霊術。四属性全てを乗せた即死呪文で、アイツは倒せるんだ」
りょうちゃんは笑っていた。どこか、苦しそうに。
そうして、私も苦しかった。
「……私、馬鹿みたい」
「へ?」
拳を握った。すごく涙が出た。
「なんで、あんたの好きな人を殺す手伝いをしてるのよ、私はぁ!!」
立ち上がる力すらなかったのに、今は力が湧いてきた。私はつかつか歩いていって、りょうちゃん、じゃなくて、ウミドメ、じゃなくて、カイルの唇に、唇を押しつけた。
「お前、やっぱり痴女だろ?」
「ちがう!! これは、お別れのキス!!」
呆けたりょうちゃんの両手を包む。これは聖女の祝福だ。
「あんたがやらなきゃいけないことは、もう、わかってるでしょ!?」
私が育てた子だ。優しくて正しい道を、選べるはずだもん!!
結果として、この物語はハッピーエンドだった。
「はじめて魔王の名前を聞いた時、アイツ、泣いたんだ」
ノア様が、ぽつりぽつりと話してくれる。アイツが五歳の時だったらしい。
「どうして泣いてるか聞いても、わからないの一点張りでさ。はじまりの村が魔族に襲われても、なんかこう、夢の中にいるような感じで」
そんな幼馴染を放っておけなくて、旅に誘ったらしい。
「で、だんだんアイツのことがわかってきたんだ。アイツがわざと実力を隠してお荷物演技をするのは、先に進みたくないとか、パーティーを抜けたいって思いがあるからじゃないかって」
だから、ノア様はカイルにパーティーを抜けさせた。
「アイツを自由にしてやりたかった。けど、結果として、メイが泣くことになっちゃったな」
魔王を倒して、平和になった世界。もうすぐこの物語は、終わりを迎える。
「アイツを追放したこと、後悔してる?」
そう聞いたら、ノア様は首を横に振った。私は笑った。
「じゃあ、私も。後悔なんて、しでない、んだがらぁっ……」
泣き虫の声が、終わる世界に響いた。
ーー三周忌だ。
「今日、変な夢を見たんだ」
線香の煙を目で追いながら、青年は、物言わぬ石に話しかけた。
「お前が話してくれた物語が舞台でさ。できるなら、ずーっといたかったよ」
胸に抱いた大学ノート。もう捨てようと思っていたそれを、きつく抱きしめる。
「すっごく楽しい世界でさ、すっごくおもしれー女に出会ったんだ。いや、違うな」
青年は笑った。ぽたぽたと、雫が地面に落ちた。
「すっごく優しい女が、俺の背中を、押してくれたんだ」