秩序型犯罪者
「また来ちゃったね。事件の捜査は終わっているのに、そんなに僕に興味があるんだ」
牧瀬哲也は天使のように屈託ない笑みを浮かべた。
「ええ、そうよ。私は貴方に興味があるの」
「へー。珍しい。面白い。自分の感情的恥部を暴露されても尚、その事実を受け入れて、僕の前に現れたって訳だ。その眼差しを見る限り、フロイトのいうところの反動形成によって、自暴自棄に肯定しているって訳でもなさそうだ。瞳は嘘を吐けないからね」
「ええそうよ。今回、私は貴方に対して犯罪心理分析官としてではなく、井之上静香という一人の人間として対話しに来たの。だから、貴方には連続食人事件の凶悪犯ではなく、牧瀬哲也という一人の人間として対話して欲しいの」
牧瀬は顔を下に向けた。そして、くっくっくという堪え笑いが面会室に響いたと思ったら、次の瞬間にはその笑い声は爆笑へと代わっていた。
「あははははっは。静香さん、面白い、実に君って人間は面白いよ。つまりこういうことだ。犯罪心理分析官として、手の上は僕に読まれている。だから、苦肉の策として、全て包み隠さず話してしまうという戦略か。確かに、人は鏡だ。素直に自己開示してくれた人間に対して、人は素直に自己開示したくなる。しかし、それは返報性の原理に則った性善説への信仰が可能にする稚拙な考え方だ。だってそうだろ?一般人にならまだしも、僕は人を4人も食べ殺した凶悪犯罪者だよ?」
「ええそうよ。けれど、貴方は秩序型の犯罪者。犯罪者は2分類される。無秩序型と秩序型の犯罪者。無秩序型は衝動的で無計画。一方で、秩序型は理性的で計画的。貴方は後者の人間だから、誰かに何かを与えられたら、理性的に考えて、その恩を返してしまいたくなる。それは丁度、貴方が殺害した4人の女性被害者が貴方に命を捧げてくれたお礼に、貴方が彼女らを食人したようにね」
「なるほど。僕をプロファイリングした結果、誰かに尽くされたら、それに対して必ず恩を返す人間と見込んだ上での賢明な判断という訳だ。けれど、もしかしたら、違うかもしれないよ?君の自己開示というものが僕にとってどうでもいいものの場合、それは僕にとって恩恵でも何でもない。ならば、僕が君に自己開示するための恩義を感じる必要はないじゃないか」
「いいえ、貴方は私に興味があるからそれはないわ。なぜなら、貴方は私以外の人間との面会は拒絶している。しかも、貴方は前回の面会の最後の会話で、私が「あなたと築く友好関係なんてありません」といったことに対して、貴方は「僕はあると思ったのにな、またね」と返した。これらの事実から推測するに、貴方は私に対して他の人間以上に何回も交流する価値を覚えている。それに」
「それに?」
私は少し間を開ける。牧瀬は次にどんな言葉が私の口から飛び出るのかワクワクした目線をこちらに向けている。
「貴方は前回、私が面会室を出る時に、哀しそうな瞳をしていたのよ。貴方もさっき言ったでしょ?瞳は嘘を吐けないって」
牧瀬は再び顔を下に向けて、沈黙した。彼の表情は透き通るような白髪な前髪によって知る由もない。
私の牧瀬哲也という男に対するプロファイリングを一言で言い表すとするなら、ピュアに尽きる。彼の捜査ファイルを見る限り、彼は取り調べに対して全て嘘偽りなく話していた。実際に、彼の証言を実証するかのように、彼の犯行を裏付ける証拠がどんどん出てきた。そして、彼が食人した4人の女性被害者との関係も純粋な好意に基づいていた。こちらも実際に、彼と彼女らの交遊録を調べた結果、そこにはロマン主義的な愛のやり取りがなされていた。一般的に、秩序型の連続殺人者は一方的に強姦や死姦を行うものだが、彼の場合は相手に食人の許可を取っている。ここから導き出される結論は一つ。牧瀬哲也という男は連続食人事件の凶悪犯でありながら、純粋無垢な性格をしているということだ。ならば、そこにまどろっこしい心理誘導の駆け引きや嘘は不要だろう。
牧瀬は急に顔を上げると、興奮した面持ちで満面の笑みを浮かべた。そして、彼はこう言い放ったのだ。
「結婚しよう」