Vol.5 What Time is Love?
イリア大陸・ラテール高山地域・・・。
ここでもまた、謎の組織の魔手が忍び寄る・・・。
クロノジカルは少し遡って、【Badfinger】ギルドが
タルティーン防御戦【Frühlingserwachen -春の目覚め-】を実行していた同じ頃、
イリア大陸においても激戦が繰り広げられていた。
こちらは敵方から奇襲攻撃を受け、
ミレシアンとアルバン騎士団が重囲され、苦戦を強いられていた。
「九十九さん、お怪我は大丈夫ですか!?」
ケルティックドルイドスタッフをかざし、ヘイルストームで押し寄せてくる
蘇った死体を蹴散らしながら、後方で倒れこむギルドメンバーに声をかける葉暗。
「だ、大丈夫…これしきの事で…くうっ」
九十九さんと呼ばれた男…九十九八十一は
ケルティックロイヤルナイトソードを杖に立ち上がるが、
激痛が走り苦痛に顔を歪め崩れるように座り込む。
「ミレシアン、しっかりしてください!」
アルバン騎士団エイレル組の隊員が八十一に駆け寄って、
ヒーリングと応急治療を行う。
「なんて数なの…これじゃキリがないわ!」
アルバン騎士団エイレル組隊長ピーネも苦虫を潰した表情で
ライトニングロードを放つ。
それは突然だった。ラテール高山地域からスイトゥー川下りの為に、
イカダに乗る八十一と葉暗だったのだが、
それを遮るかのように、突然蘇った死体たちが周囲を取り囲んできたのだ。
偶然、ラテール高山地域で調査をしていたエイレル組がそれに気づき、
2人の応援へと向かったのだが…
今までの蘇った死体達の行動とは一味違っていた。
包囲されていた2人に気づいたエイレル組の騎士たちは包囲網に突入、
解囲を目論んでいたのだが…蘇った死体達は意図的にエイレル組を
包囲網の中に取り込み封鎖、アルバン騎士団達をも包囲してしまった。
当初は蘇った死体如きと高を括る八十一達とピーネだったが、
次第に事の深刻さに気付き始めた。襲い掛かる蘇った死体の数が減るどころか、
益々増えているのだ。ボコッ、ボコッと地中から続々と蘇った死体達が
包囲網に加わる。そしてじわじわと包囲網を縮めてきたのだ。
この状況に、九十九八十一が一点突破を狙い突貫を敢行したが…
いつもなら雑魚な蘇った死体が何者かに操られているが如く、
組織的な行動と戦闘を行い全く付け入る隙を与えず、
それどころか八十一の右足に大怪我を負わせたのだった。
「一体何者が、こいつらを操っているの…
今までの戦闘とは全く違う!!」
ピーネからも焦りの色が濃く滲みだす。精強と名高いアルバン騎士団達も
次から次に襲い掛かる蘇った死体達の餌食にされ、数を減らしていく。
「先覚者でしょうか…?」
葉暗が苦悶の表情で呟く。
「いや、違いますね。この戦い方は兵法に叶った戦い方です。
明らかに俺達がこの地に来るのを待ち構え、この地に踏み入ったと同時に
四周から【天然の炉で鉄を溶かす】ように、
包囲殲滅するという戦略…天炉戦法そのものです。
そして外部から増援が来れば逆らわず炉の中へ取り込み、
共に溶かす…恐るべき戦術です」
エイレル組騎士から治療を受けながら、
正体不明の敵の狙いを読み解く八十一。
その言葉を聞いて呆然とするエイレル組の騎士たち。
しかし、ピーネと葉暗の魔法使いコンビは諦めるどころか絶対に突破をすると、
益々中級魔法を放って迫りくる包囲網を食い止めていた。
「くっ…マナエリがカンバンか…
もっとマナエリがあったら…完滅出来るというのに!!」
無限に迫りくる敵に中級魔法を連発する葉暗とピーネだったが、
自らのマナが底をつくのを感じ始め、
苦虫を噛み潰したような顔を同時に見せる。
「ふふ、読み通り炉の中に入り込んだようだな。
よしよし、じわじわ溶かしてくれる」
黒いローブを身につけ、更に魔符と同様の文様をあしらった布で
顔を隠している人物は包囲網の後方で満足そうに頷くと、
更に輪を縮めるべく新手の蘇った死体と変異したクマ、
変異したオオカミ、変異したイノシシの投入を始める。
「アルバン騎士団やミレシアンとて、この天炉からは逃げる術はないのだ…」
その人物…ブラックウィザードは徐々に数を減らしていくエイレル組と
疲弊していくミレシアンをじっと見つめている。
「大総長、細工は流々仕上げを御覧じろでございますな。
あと一歩で、あと一歩で邪魔なアルバン騎士団の一角が
このラテールで消え去りまするぞ」
ブラックウィザードは勝利の確信を疑わないでいる。
十中八九、包囲殲滅は時間の問題である。だが…微かに一抹の不安がよぎった。
「まさか…まさかな。真里谷ぴあのはティアマトが始末に向かっているはず…。
アルバン騎士団が嗅ぎ付けて援兵を寄越したか…?」
ブラックウィザードが包囲網を見ながら思案に耽ったその時だった。
イカダ乗り場の方角から、何者かが突進を仕掛けてきたのだ。
それもたった1名で…。
「何者だ、あの命知らずめ…」
ブラックウィザードは特に気にする様子もなく、その人影を見ていたが…
猛烈な勢いで蘇った死体に激しい斬撃を加えて包囲網を突っ切ろうとしている。
それはまるでラッセル車が線路上の積雪を掻きだすように、
編み笠を被った人物が目にも止まらに早さで日本刀で斬撃を加えつつ、
孤立した八十一や葉暗、ピーネ率いるエイレル組に向かって
何の迷いもなく突き進んでくる。
そのいで立ちはまた独特なものである。編み笠姿に和服、袴、
そして熊の毛皮で作られた陣羽織を羽織っているその姿は、
はるか東方に実在するとされている|【侍】《もののふ》という姿そっくりである。
その|【侍】《もののふ》が目にも止まらぬ斬撃で、自らの進路を創り出している。
「あ、あれは…」
ピーネが目を丸くしてその光景を見ていると、
その【侍】はピーネ達の姿を確認するや否や大きく跳躍して
彼女たちの目の前に着地して、一斉に迫りくる蘇った死体に対し
刀を横に払い一閃させた。
その直後、迫りくる蘇った死体は全て上半身下半身を分断され、消滅していった。
「す、凄い…」
葉暗もヘイルストームを放つ事すら忘れて、【侍】の斬撃に見とれてしまう。
「我が名はスローニン!義によって、お手前方へ助太刀いたす!」
編み笠の侍ことスローニンは手短に挨拶すると、
葉暗とピーネに背負っていた風呂敷からマナエリを差し出した。
「こちらがご入用でござろう…。存分に魔法をお放ちめされよ」
スローニンは2人にマナエリを渡しながら猛攻撃を促す。
思い出したように、スローニンから受け取ったマナエリを飲み干す2人。
そして固定砲台よろしく、再び中級魔法を放ち始めた。
「あ、あなたは…」
応急治療が終わった八十一がスローニンにおぼつかない足取りで近づく。
「貴殿は足を痛めておいでか…」
「いえ、なんとかなります。しかし、スローニン…さんですか?
この包囲網をどのように突破を?あ、失礼。紹介遅れました…
私は九十九八十一と申します」
八十一の目は目の前の緊迫した状況を見ているのではなく、
この包囲網を打ち破るという為の算段を見出す思案をしている
目つきでスローニンに問うている。
それを即座に感じ取ったスローニンは、
編み笠の中でうっすら微笑むと、
「九十九どの、と申されましたな。さて、この包囲網をどうご覧になられる?」
スローニンは不思議な問いかけをしてきた。
魔法を放ちながらも2人の会話を聞いているピーネと葉暗は、気が気でない。
『この切迫した状況下で何を言っているのか?』
自分達は悲壮感すら漂わせているのに…。
しかし八十一は何かに気が付いたようで、ハッとした表情を見せる。
「お気付きになられたようですな」
「これは…まさか奇門遁甲の八陣…
まさかエリンで相まみえるとは…」
「左様。ならば、自ずと答えは導き出されますな?
某、九十九殿の支援に回り申そう」
「ふふ、ふふ…ハハハハハ!!」
その言葉を聞いて八十一は不意に哄笑を上げる。
突然の高笑いにギョッとするエイレル組の騎士たちと葉暗、ピーネ。
「スローニンさん、煙草はありますか?」
ひとしきり笑い終えるとおもむろに尋ねる八十一。
「ケナイの刻み(煙草の葉を刻んだもの)でよろしいか?」
「大いに結構!」
スローニンから煙管を受け取ると、ここが戦場であるかを忘れたかのように、
心ゆくまで手早く一服を楽しんでいる。
スローニンもスローニンで八十一から煙管を受け取り、煙草を燻らせている。
しかし、八十一と編み笠から見え隠れするスローニン2人の眼光は
脂ぎった目つきに変わっている。戦場に赴くいくさ人の目そのものである。
「某は景門より突入致す所存。
九十九殿は生門より突貫されるがよろしいと存ずる」
「同感です、行きましょう!私にも秘策がありますので…」
今度は不敵に微笑む八十一。
そしてヘイルストームを高速連射中の葉暗を呼び寄せた。
「九十九さん、どうされました?」
「葉暗さん、私をフルチャージのファイアボルトで
吹っ飛ばしていただけませんか?」
「えっ!?」
八十一の理解できない申し出に目を白黒させる葉暗。
「葉暗さん、一刻の猶予もないのです。
【死中に活を求める】これ以外に手立てはありません。
俺は足を怪我して全速力では突き抜けることは出来ません…しかし、
半神化と高魔力の持ち主のフルチャージファイアボルトの加速で
敵の防衛線を一気に突破、そして死体どもを操っている主人を
捕捉できるのです…さぁ、お願いします!!」
八十一は間髪入れず半神化を始める。
まじまじと八十一の目を見ていた葉暗だったが…、
俺を信じてほしい…そのいくさ人の眼に自分達の運命を託すべきだと
感じ取った葉暗から迷いは一瞬で消えた。
「わ、わかりました!!それでは…いきますよっ」
「望むところです。俺が向いている方向に向けて背中へ
魔力フルパワーのファイアボルトをお願いします!」
「了解しました」
ケルティックドルイドスタッフに魔力を注ぎ込み、
ファイアボルトを詠唱する葉暗。
そして生門に身体を向けて発射の時を待つ八十一。
「では…いざ、征かん!!」
八十一とスローニンの絶叫を合図に二方向から包囲網の突破が始まった。
スローニンは刀を再びラッセル車の如く振り回して
蘇った死体を消し去って景門から突入を始める。
それを同時に、葉暗はファイアボルトを八十一の背中に放った。
「いっけぇぇぇぇぇおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
高魔力フルチャージファイアボルトの速度は予想以上で、
半神化した八十一が生門の防御網を次から次へと突破する。
半神化を利用してヒューリーオブライトも同時に放って、遮る蘇った死体や
変異したイノシシ、変異したオオカミも次から次に駆逐していく。
しかしそこに、一際巨大な変異したクマが立ち塞がった。
「私の邪魔をするなぁ!!」
八十一はケルティックロイヤルナイトソードを両手に持ち、
ファイナルヒットを発動させた。
「どけぇぇぇぇ!!」
八十一は脂ぎった目つきのまま、喜色満面で立ち塞がる巨大な変異したクマを
数撃で切り刻み、更に包囲網の奥へ奥へと進んでいく。
立ち塞がる蘇った死体を次から次に切り刻み、
遂に生門の防御陣を突破した八十一は自らが倒すべき相手を、
激しい戦闘状態から来る研ぎ澄まされた感覚をもって即座に見つけた。
漸く勢いも弱まり推進力も止まったが、八十一はしっかり標的を捉えていた。
「見つけた…見つけた…フハハハハハ」
狂気とも思える笑みがこぼれる八十一だが、それはあくまでも表面上の事であり、
八十一自身は驚くほどに冷静であった。
一方、八十一の出現に驚愕したブラックウィザードは予想外の闖入者に対し、
ライトニングロードを発射する動きを放とうとするが、
八十一がそれを見逃すわけがなかった。
「撃たせるものかっ!!いけっ!!」
八十一は両手のケルティックロイヤルナイトソードに向けて、
自らの気を一気に自らの双剣へ集中させ、間髪入れずに
身体ごとブラックウィザードにぶつかっていった。
まさにラグビーのタックルそのものである。
その直後、ブラックウィザードの頭上に【討】の文字が浮かび上がる。
「桜花雷爆斬!!」
八十一の叫びと同時に、自らの気が満ち満ちた二つの
ケルティックロイヤルナイトソードがファイナルヒット以上の速度で
左の剣で袈裟懸け、右の剣で逆袈裟斬りを瞬時に放ち、
そして双剣で左右からの胴斬りを間髪入れずに放つ。
その直後、ドーンという爆発音と共に桜の花びらが
ブラックウィザードの身体から吹き上がり、はらはらと舞い散ってゆく。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
立ったまま絶叫するブラックウィザード。手にしたスタッフを落とし、
桜花雷爆斬で斬られた傷から当初は桜の花びらだったが…
すぐに噴水の如く大量の出血が始まり、あたりが瞬く間に血の海と化すが、
倒れられない…倒れたくても倒れられないのだ。
「春花秋月・九十九八十一、魚歌水心を誅滅せり!!」
双剣を構えたまま、快哉を叫ぶ八十一。
「な、何という技よ…こ…ここは…退くしか…」
息も絶え絶えのブラックウィザードは気力を振り絞ってテレポートを行い、
何処かへ消え去った。
一方の八十一も精も根も使い果たし、その場でへたり込んでしまった。
ブラックウィザードが消えたことで、
蘇った死体や変異した動物たちも只の木偶と化し、
スローニン、葉暗やピーネ、エイレル組の騎士たちによって
殲滅させられていった。
「お見事でござった。祝着至極に存ずる」
編み笠の端をつまみ、軽く会釈をするスローニン。
「はぁ…はぁ…」
エイレル組の騎士たちは肩で息をする傍ら、
葉暗とピーネは包囲網突破を成し遂げた、八十一とスローニンの許へ駆け寄る。
「九十九さん、大丈夫ですか?」
葉暗が不安そうに八十一の背中を見つめるが、
親指を立ててニヤリと笑う事でそれに応える八十一。
「ミレシアン…流石だわ…
我々だけだったら全滅していたでしょう…」
ピーネも今回の苦戦は心胆を寒からしめられたらしく、表情は暗い。
「今回の連中は先覚者に操られていた訳ではなさそうですね…
あの奇妙な包囲の陣形といい、今までとは異質だと思います」
葉暗の言葉に全員が頷く。
「左様、奇門遁甲の八陣などを用いてくるなど…
エリンでは考えられぬ事。お手前方、油断召されますな」
スローニンはそういうとやおら、
背中に括り付けていた鞘袋に入った刀の紐を解き始める。
「お手前方にお願いしたき儀がござる。
不躾ではござるがこの刀を【真里谷ぴあの】と申す少女に、
お渡し願えぬだろうか…」
スローニンは八十一に鞘袋に入った刀を預ける。
「【真里谷ぴあの】さん…ですか?」
「左様。拙者は征くべき所がござる故、お手間を取らせるがお頼み申す」
「なんのなんの!あなたが居なければこの窮地を脱することは
出来ませんでしたから。【真里谷ぴあの】さんですね…分かりました。
ギルドメンバーに当たって探してみましょう」
八十一の言葉に葉暗も頷く。
「かたじけない…それでは拙者はこれにて」
軽く会釈をすると、スローニンはピシス方面へと歩みを進めていく。
「スローニン…何者なんでしょう?」
葉暗が後姿を見送りながら呟くと、
「少なくとも…私たちの敵ではなさそうね。ただ、
今回の件は私たちもアルバン騎士団に戻って団長や各組のリーダーと共に
緊急会議を開かねば…被害が甚大だし…」
暗い顔のピーネに、八十一と葉暗が優しく肩に手をかける。
「ピーネさん。春花秋月ギルドもアルバン騎士団への協力は惜しみません。
前団長との戦いをお忘れですか?」
2人の優しい笑みに、ピーネの硬かった表情も緩んだのだった…。
To Be Continued …
奇門遁甲八陣は、三国志演義にて魏の曹仁が敷いた陣形を参考にしています。
八門は驚・休・生・死・杜・景・傷・開からなっている。
生門・開門・景門から攻めれば攻め込む軍に利があり
傷門・休門・驚門から攻めれば攻め込む軍が傷つき
杜門・死門からはいれば二度と生きて帰って来れなくなる陣構えです。
曹仁が劉備と新野で対峙したときに用いた陣形です。
この時は徐庶が軍師としていたのであっという間に見破りました。
今回はスローニンと九十九八十一が看破し、内側から撃破したという形になっています。
また、【桜花雷爆斬】でニヤリとされた方もいらっしゃるかと思います。
そのまま( ̄ー ̄)ニヤリとされてください、ハイw
日本刀愛好家、かつ歴史マニアが紡ぎだす新境地のマビノギ小説。
これからも奇想天外な展開が続きますので乞うご期待あれ!
タイトルは一部で詐欺師ユニット()の名でも呼ばれている
ハウスユニット・KLFのナンバーからです。