Vol.1 In The Fresh?
おいらは遠い昔を思い出しているようだった・・・。そう、
エリンに転生してミレシアンとして生きていく自分をまるで俯瞰するように。
しとしとと霧雨が降りしきる夜の帳が下りた、エイリフ王国首都・タラ。
アスキン・ランウェーの外れにある古びたバー『マーレ・ノストラ』
古代イリア語で【我らの海】をいう意味を持つこのバーで、
【俺】は自ら作ったカクテルを初老のマスターに試飲してもらっていた。
寡黙だが口調は辛口、だが情に熱いマスターに惚れ込んだ【俺】が、
このマスターにカクテル作りの弟子入りをして数か月。
王城からの命令でタラを空ける事も多かったが、
暇を見付けてはこのバーに入り浸り、カクテルの話は勿論、
世間話や人生の体験談など時を経つのも忘れて語り合い、
客とマスターという枠を超えて親子のような関係に
本人たちも全く意識しないうちに先に周囲が気づくという有様で、
遂には【俺】が弟子入り志願を申し入れるに至ったのだ。
前世で耳にしたことわざの一つ
【好きこそ物の上手なれ】
この言葉に従ったのかもしれない。
『お酒を客に出す時は真剣勝負!!人生の全てを賭けてお出ししろ!!』
マスターの口癖そのままに、
【俺】は全精力を注ぎこんでカクテルのシェーカーを振り、
出来上がったカクテルをグラスに注ぎこみ、静かにマスターの前へ差し出した。
表情一つ変えず出来上がったカクテルグラスを一瞥し、
グラスを掴むと同時に香りを確認すると一口、口に含んだマスター。
心臓が口から飛び出そうになるほどの緊張を押し殺し、
【俺】はマスターの試飲の動作一つ一つに息を呑んだ。
自分がかつて王政錬金術師の試験を受けている時か、
いやいやそれ以上の緊張で口がやたら渇く。
無意識のうちにやたら舌舐めずりして唇を湿らせる。
一口、また一口含んでは物思いに耽るような仕草を見せながら、
マスターは黙ってカクテルを飲み干すと、
しばらく黙っていたが、徐に
『不味くはないな』
ぽそっと、呟くように言葉を発した。
その一言を聞いて【俺】は思わずほくそ笑む。
マスターの『不味くはない』は、
美味しいという意味と同義語でもある。
『よし、パーフェクト!!マスター、
後は俺の決意カクテルを飲んでみてくれ!!』
思わずガッツポーズをしてしまう【俺】を、
珍しく少し体を揺すりながら薄く微笑うマスター。
そこに、黒いエイリフ王国軍の軍服をまとった人物が店に入ってきた。
『待たせたな、ちょっとギルドで作戦会議があって…』
『なーに、気にする事ないさ』
二人は顔を見合わせると握手して再会を喜び合った。
片方はタラに本拠を構えるエイリフ王国直属ミレシアンギルド
『Schwarz Svastika Ritterorden』通称黒十字騎士団メンバー、
もう一人は王政錬金術師スーツを身にまとったミレシアンの王政錬金術師である。
だが二人はそんな肩書など全く意に介せず、
【俺】は【奴】にカウンターへ誘い
腰をかけさせて労をねぎらった。
『おい、この前までお前はこんな小さな女の子だったじゃないか。
また転生で容姿を変えたのか?』
『まぁな。あのガキっぽい娘っ子よっか…やっぱ俺はこっちが
似合うと思うんだがな!』
そう言って、青年姿の【俺】は胸を張ってみせる。
『そう言いながらお前、
【おいおい、10歳幼女も捨てたもんじゃねぇな!!こいつぁ面白れぇ!!】
って大はしゃぎしてたろうが』
『バカ…マスターの前でそれ言うなって…』
【奴】にそう言ってマスターをちらりと横目で見ると、
グラスを磨いているマスターは表情は変えていないものの
体が小刻みに震えていた。
如何にも笑いを堪えている様がありありとわかる。
『ガッデム!相変わらず口さがないな、オメーはよぉ!』
『ははっ!ま、いつものことだ…。』
【奴】はにやにやしながら【俺】を宥めにかかる。
『なるほどな。客は誰も居ないから、その隙を狙ってお前さん
この店で修行してたのか…。なら、駆けつけの一杯を俺に作ってくれよ!』
【奴】はしたり顔で、【俺】の修行の成果を見せろと言い始めた。
図々しい奴だが、何故か憎めない。
確かに【俺】と【奴】はコンビで影世界でポウォール殲滅戦を
幾度となく繰り広げてきたし、ツー・カーの仲だと言っても過言じゃない。
【奴】は【俺】が言って欲しい言葉を的確なタイミングで、
どストライクに投げつけてくる。
お蔭で俺のモチベーションをグイグイ上がるし、テンションも上がる。
そんな【奴】も【俺】のカクテルを早く飲ませろ!と目力で言い含んでくる。
横目でチラとみやった先のマスターも黙って頷いた。
作ってみせろとの合図だ。
『よし、見てろよ!』
【俺】は小さいカクテル・グラスを2つ準備してカクテル・グラスの縁を
レモンの切れ端で湿らせ、平らに敷いたグラニュー糖にふせて付けて
スノースタイルにした。
『おー、なんだなんだ。ソルティ・ドッグみたいだがグラニュー糖か。
流石タラ、砂糖もいろいろ種類を用意できるわけだわ』
【奴】が砂糖一つで妙な関心をするのを横目に、カクテルを着々と
仕上げていく。シェーカーにウォッカ40ml、ホワイト・キュラソー10ml、
ライム・ジュース10mlを入れシェイクする。
『王政錬金術師がバーテンダーか…。様になるぜ』
【奴】の言葉に苦笑しながら、【俺】はシェーカーのカクテルを
スノースタイルにしたカクテル・グラスに注ぎ、
グラスの底にミント・チェリーの代わりに木の実を沈めた。
『さぁ、完成だ。【雪国・エリンVer.】飲んでみてくれ!』
【俺】はマスターと【奴】にスッとカクテル・グラスを滑らせ、
固唾をのんで味の評価を見守った。黙って口を付け飲む2人。
『不味くはないな』
『やるな…この味。ウォッカとライムジュースが気に入った!』
2人の称賛の声にニヤリと笑みが溢れる。
『お前、やはり王政錬金術師を辞退してギルドを立ち上げるのか…』
『ああ、タラの城の中はコップの中の嵐に明け暮れているような状況だ。
息苦しくてかなわんし、そもそもそういう派閥抗争なんぞに全く興味がない』
『シネイドやレノックスが離さんだろう?』
『俺の代わりは誰でもいる。だが、俺のやりたい事を出来る代わりは
誰も居ない…。そうだろ?それに門閥貴族どもがしゃしゃり出て、
【多少の手柄を立てた程度でミレシアン如きが意気がるでない!!】
なんて憎まれ口を国王陛下の御前で言われるとな…』
【俺】の決意を秘めた目に、【奴】も瞑目して黙り込んでしまった。
『漢が一度決意したら突き進め。後悔するような生き様だけはするな』
マスターはそうポツリと言うと、店の奥に消えていった。
『マスター…俺はやるぜ!必ず事を成し遂げて、この店に帰ってくる!!』
『マスターの言葉、重いな。だが、俺も決めた。俺もギルドに全力を尽くす!
お前が帰ってきて、この店で一杯やる為にな!』
【俺】と【奴】は互いの拳を合わせ、互いの目を見抜くように見つめ合った。
「ぴあのさん、店じまいだよ…お疲れさまだね」
不意に若い女性の声がして、驚いたように目が覚めた真里谷ぴあの。
バーカウンターの中で眠りこけていたらしい。
「マスター…、おいら寝ていたんですね…テヘペロ」
マスターと呼ばれた女性…店のオーナー・マリー=ルイスは
にっこりと笑いながらティーカップをぴあのに差し出した。
「今日は沢山お客さん来てくれたもんね。
ぴあのさん目が回るほどシェイカー振り回していたし。
はい、これ飲んで店じまいしましょう。
クルクレ産ローグロウンの茶葉で淹れた紅茶に…
ルーカスの店で手に入れた取って置きのブランデーを淹れておいたよ」
片目をウインクしてみせるマリー=ルイス。
「やったぜ!!」
目をキラキラ輝かせてると、ぴあのは有難そうにティーカップを受け取り
美味しそうに紅茶を啜る。
「マスター、出来たら全部ブランデーでも…」
思わず口を滑らせそうになる所をぐっと堪え、
さっきまで見ていた自分の【夢】を振り返るぴあの。
「エリンに来て間もない頃のおいらだったよな…」
自分の見た夢を改めて思い出しながら、ひとりごちるぴあのを他所に、
店内が騒がしくなってきた。
「♪に~げた~ちじこに~未練が~あ~るよぉ~」
ジャイアントの男がビールを片手にカウンターテーブルの端で機嫌よく
自作の歌を歌っていると、その刹那店の奥からバケツが高速回転しながら
その男の顔面へクリーンヒット。
声にならない絶叫をあげつつもんどりうって倒れこむジャイアントの男に、
「えもめん、また勝手にお店のビール飲んだの?
おまけに酔っ払って変な歌まで…」
店の奥から少女が三白眼で姿を見せた。
「姐さん!!」
えもめんの言葉に少女の三白眼に妖しい光が宿る。
「えもめん、字が違うでしょうに!」
周囲ではスタッフたちの爆笑が巻き起こる。
「譁紗祢さん、いつもの事だし許してあげなよ…アッハッハッハ」
エロディが笑いながら、やんわりと二人の間に割って入る。
譁紗祢と呼ばれた少女は憮然としながらも、
マネージャーのエロディの言葉に渋々矛を収める。
「ちじこも月に帰ったり、ダンバートンに戻ったりで大変よね。
最近ぐったりしているから、栄養が付くお料理用意して待っておかなくちゃね!」
マリー=ルイスはそう言いながら、バーカウンターの拭き掃除を始めた。
「マリーさん、酔いつぶれた客をクリステル司祭の所へ連れていってきましたよ」
「ありがとう、やそっち」
にっこり微笑むマリー=ルイスに、【やそっち】と呼ばれた男性…
九十九八十一は親指を立てて二ッと笑って見せる。
「アルバン訓練所をクリアできないととぐろを巻く客でしたけど…
しっかりお店にもお金落としてくれましたし、いいお客様ですよ」
八十一の言葉にマリー=ルイスもうなづく。
「そうだね、BAR【春花秋月】の売り上げに貢献してくれた大事なお客様だもん。
リピートもしてもらわなくちゃ!あ、エリィ。わたし一服してくるから、
お店の片づけよろしくね」
「あ、私も一緒に…」
「任せておいて、マリー。早く行かないともう片付け終わるよ」
エロディに急かされるように、
マリー=ルイスと八十一は店の外へ煙草を吸いに出ていく。
「えもめん、エルロックさん、文遠さん。さっさと掃除終わらせよう!
譁紗祢さんは売上の計上お願いね。
ぴあのさんは…お酒のストック確認お願いします」
「yeah!」
エロディの号令一下、慌ただしく掃除モードに入るBAR【春花秋月】。
「マッキーや他のメンバーは
イリアやベルファスト、ウルラへ仕入れで帰ってこられないって
フクロウで連絡寄こしたし…うん、大丈夫だね」
ダンバートン西門すぐにある趣のあるBAR【春花秋月】、その真新しい看板を
文遠こと、諸葛文遠が綺麗に拭いて大事そうに店内へしまい込む。
春花秋月メンバー達が、そして真里谷ぴあのがエリンの歴史の中で
静かに時を刻み始めた…。
蝋燭の火が各所に灯る、大聖堂らしき場所…。
広々とした大聖堂の内部にある祭壇には黒いローブに身を包んだ人物が鎮座し、
その傍には腰の曲がった老人が控えている。
「入れ!」
老人の声に大聖堂の戸が重々しく開き、3つの影が規律よく一列に前進してくる。
3つの影は祭壇の前で止まると一斉に跪いた。
「グラン・メール(大総長)、これより戦況報告を行います」
影の一つが頭を上げた。その姿は…エイリフ軍服を着たミレシアンである。
「報告致します。我が方、フィアードダンジョンを攻略。
アーマーベアを捕獲し現在こちら側への【解放】作業中でございます」
「よし、ご苦労。次、影世界の戦況を報告せよ」
老人は報告に軽く頷き、次の報告を促す。
2つ目の影が頭を上げる。その姿は…シャドウウォーリアだ。
「ご報告申し上げる。我が方は影世界のイメンマハ、
影世界のブラゴ平原方面より奇襲攻撃により陥落せしめたり。
敗走したポウォールは影世界のオスナサイル・センマイ平原へ退却し
イメンマハ奪還企図を計画中のようです。
現在、我が方が牽制攻撃を仕掛け、
防御的先制攻撃により反攻の企図を潰しております」
「作戦は計画通りだな、ご苦労。このまま作戦を続行せよ。そして…」
老人は3人目に報告を促す。
3つ目の影が頭を上げる。その姿は…クェーサルだ。
「ご報告致します。予想以上の抵抗がありましたが、
先覚者のブリルエンを捕獲。
現在【解放】作業を行っております。
ただブラックウィザードですが…一部を取り逃がし、
逃げ延びた残党が使徒のゼバフ・ハシディムを引き連れた為に
取り逃がしました。
しかし、ギルガシは完全に我らの支配下へ収めることが出来ました。
先覚者共からの攻撃も想定し、早急に先の3名を我が方へ付けるべく
【解放】を急がせます」
「先覚者の反撃にもかかわらず見事な戦果だ。先覚者だけではなく、
ポウォール、エイリフ王国、アルバン騎士団、
そしてミレシアン共の動きにも傾注せよ!!」
「ははっ!」
3名は黒いローブの人物に対し、
(注:頭を地面にすりつけるように拝礼すること)
頓首すると、一瞬のうちに大聖堂からその姿を消していた。
「グラン・メール…いや、マダムQ。出だしは順調ですな」
「いえ、これからですよ…サマエル5世。我々のなし得なかった世界を、
この時代に必ず…。前世の復讐を必ずや…」
老人…サマエル5世の言葉に、
ローブの中から冷淡な口調だが荒い語気で吐き出すように言い放つ
マダムQと呼ばれる女性。彼らは一体何者なのだ?
To Be Continued …
今回のタイトルも、ピンク・フロイドのアルバム【ザ・ウォール】の
ナンバーより拝借しました。
小説のイメージと、曲のイメージが何気にリンクしているかな・・・
と思いつつ付けております。次回もお楽しみに!