Vol.0 Echoes ~ 啓示
この小説は作者が大昔に書きかけて放置していたものに、大胆かつ大幅に改変を書き加えた小説であります。
戦史や心理学的な話、はたまたロジックな話など、突拍子もない事柄をちりばめたとりとめのない物に仕上がるかと思いますがご一読いただければ幸いです。
昭和20年3月22日、日本本土の南に浮かぶ小笠原諸島・硫黄島。
日本軍硫黄島守備隊は最後の決戦の時を迎えようとしていた…。
3月22日払暁(夜明け頃)、鹵獲M4シャーマン戦車に搭乗した『俺』は
戦車26連隊連隊長・バロン西こと西竹一中佐、
そして副官と共に最後の攻撃を敢行していた。
突如現れた友軍の戦車に襲われ混乱するアメリカ軍だったが、
それが日本兵の鹵獲戦車と気付き、
素早く体勢を立て直し集中砲火を浴びせ始める。
砲火は鹵獲シャーマン戦車に集中、炎上し始める鹵獲シャーマン。
『俺』は中佐と副官を逃がすために天蓋を素早く開け、
燃え盛る戦車から蹴飛ばすように追い出した。
「少佐!何をする、貴様も戦車から出てくるのだ!!このままでは貴様は…」
「少佐殿!私の肩に捕まって…」
西中佐と副官は火に包まれ始めた車内にまだとどまって
『俺』を引っ張り出そうと躍起になっている。
敵味方の砲火が飛び交う中、日本兵がバンザイ突撃を行い
アメリカ兵の気を引いてくれているからだ、
というのが日本兵の喚声でわかった。
「中佐殿、私はもう動けません。中佐殿から頂いたこの銘刀【八丁念仏団子刺し】
と共にここで散らせて頂きます。中佐殿は一人でも敵兵を!!」
血まみれの『俺』は激しい痛みで動けない体をなんとか動かし、苦痛を隠して西
中佐へ敬礼をする。西中佐と副官は『俺』の顔をまじまじと見ると、
二人は目で『俺』への別れの挨拶をし敬礼を行うと、
燃え始める戦車から脱兎のごとく脱出すると、
バンザイ突撃をする日本兵の後を追うように、
喊声を上げつつ戦車内にあった鹵獲軽機関銃を乱射しながら
物陰から自動小銃を乱射するアメリカ軍へと突撃していった。
その直後、鹵獲シャーマン戦車は激しい爆発と共に激しい紅蓮の炎に包まれた。
一瞬にして消えゆく意識…しかし、『俺』が次に見た光景は
信じられないものだった。
俺は大日本帝国陸軍将校で立派な大人だったはずだった。
それが、子供に戻っていた。
だが容姿は子供の頃の『俺』ではない、全くの別人になっていた。
それも少女の姿だ。
「?????」
そして何だこの風景は。白いフクロウが飛び交い、周囲には全く何もない。
ただ広場があるだけだ。
周囲を見渡し怪訝な顔をする少女の姿の『俺』の前に黒い服の女性は降り立った。
『私の名前はナオ。ナオ=マリオッタ=ブラデイリ。
ソウルストリームの引導者です』
ナオ?ソウルストリーム?一体何だ?
困惑を深める【俺】にナオという女性は優しく微笑みながらこういった。
『あなたはミレシアン。
ソウルストリームに漂う魂がエリンに転生して現れたのがあなたなのです』
ミレシアン?この俺がか?俺は…俺は…誰なのか思い出せない。
ただ、覚えているのは間違いなく死んだハズだ。
そしてエリンだと?いったいどこなんだ?俺は硫黄島にいたはずだ。
『ここはあなた方ミレシアンがおっしゃる【現世】と、エリンの狭間の世界です。
あなたは【現世】から転生してミレシアンとなられたのです。
そして私は、そんな ミレシアンをエリンに導く役目を担っています、
真里谷ぴあのさん。あなたをエリンにお送りましょう。
そして、あなたが思うように生きてみてください』
「お、【おいら】は真里谷ぴあの…」
【俺】は自分の事を【俺】といわず【【おいら】】と言っていた。
無意識の内にだ。何故だ、何故なんだ…。
【俺】は一体どうなったんだ。真里谷ぴあの?
誰だそれは?それが【俺】の新たな名前なのか。
そしてこの少女の体が【俺】の新しい身体なのか…。
そして【俺】とは言わず、【【おいら】】と言っている…。
自問自答が尽きない内に、ナオが優しく声をかけてきた。
『さぁ、目を閉じて…』
【俺】は何故か言われるままに目を閉じた…。
【おいら】はモエ海の船上にいた。カブ港からベルファストへ出る定期船の上だ。
だが【おいら】の心は荒んで沈んでいた。
エリンに転生してから幾年月が過ぎただろうか。
【おいら】はミレシアンギルドのギルドマスターとして、
エリン中を駆け巡っていた。
だが、【おいら】はミレシアンであることを捨てる事を心に秘め、
この船に乗り込んだ。
既にミレシアンギルドも解散し、【おいら】は流浪のミレシアンになっていた。
もはや、【おいら】がエリンに存在することなど
【おいら】自身が許せなくなっていた。
召喚されたミレシアンは【転生】を繰り返す事で
『老いる』事が無い、若々しい身体を
維持できるのはわかっている。
だが、そこまでしてエリンに何を求めるのか?
何をやるべきなのか?
自問自答を繰り返しているうちに、
【おいら】はミレシアンを放棄する結論に
至った。
だが、並大抵の事ではミレシアンを
捨て去ることは出来ない。
またナオに召喚されないとも限らない。
そうはさせてたまるか…。
そう決意してこの船に乗り込んだのだ。
「【おいら】にはもうここには居場所はない…」
一瞬寂しそうに離れゆくカブ港も見つめると、
【おいら】はおもむろに船から薄暗いモエ海に身を躍らせた。
バシャーンと水飛沫の音が響き渡る。
「おい!!誰かが飛び込んだぞ!!」
「すぐ助けるんだ!!」
船長のカラジェックが船員たちを指揮して、
落下したと思われる人物の救助を懸命にあたったが、
その甲斐もなく落下した人物の姿は既に無かった…。
真里谷ぴあのは【現世】という世界に戻っていた。歳は20歳になりたてだが、
仕事もようやく慣れてきてバリバリこなしていた。
一般事務という仕事をメインにしながらも、
フォークリフトにも乗り込んで荷物の荷降ろし積み込みもこなす
今どきの子にしては珍しい女子力がハイレベルな女の子と、
会社のみならず顧客からも評判になっていた。
「ぴあちゃん、パレット積みしたあの荷物、積んでくれないか?
他のリフトマン忙しくてさ!!」
運転手がぴあのに声を掛ける。
「オッケー、【おいら】に任せてよ!!」
この【現世】の世界でも自分の事を【おいら】と呼んでいる。
一体どうして… とは思ったが考えるのは止めて、
それを受け入れることがこの世界で生きていく為には大事だ、
それを半ば直観的に肌で感じ取った。
だから、自分に正直に生きよう…
ぴあのはそう考えて日々過ごしていた。
ぴあのは事務所の壁に掛けてあったヘルメットをかぶると、
空いているフォークリフトに颯爽と飛び乗って
女の子らしからぬ手慣れた操作で荷物の積み込みを行う。
「やっぱり手慣れてるなぁ。女にしておくのがもったいないぜ」
「なにそれー!セクハラじゃん!!」
運転手と一緒に笑うぴあのに、
「真里谷さん、お客さんだよ!」
と、事務所の女子事務員が声をかけてきた。
「あーい、今行くよ。それじゃ、伝票は出しておいてね!」
「おう、ありがとな!!」
ぴあのは運転手に出荷伝票を渡すとフォークリフトを
所定の位置に戻してヘルメットを脱ぎながら事務所へ戻っていく。
「で、お客さんはー?」
「応接室で待っているわよ」
自分を呼び止めた事務員に声をながらヘルメットを壁にかけつつ、
自分の仕事状況を表示させているパソコンのモニターを一瞥してから、
何故【おいら】に来客なんだろう?と訝りながらも、
給湯室で手早く手を洗いながら手慣れた手つきでお茶を準備し、
お盆に乗せて応接室に向かった。
「お待たせしました!どちらさまでしょ…」
応接室に入ったぴあのは、来客の顔を見て愕然とした。
手にしたお茶を落としそうになったが、
なんとか落とすことなくテーブルに置き、そして向かい合わせに座った。
だが、その顔は女性事務員の真里谷ぴあのの顔ではなかった。
「…なんで、なんでおみさんがここにいるんだよ!!」
そこにあったのはかつてエリンで活動していた
ミレシアンギルドのギルドマスターの表情であった。
「マスター、あなたをようやく見つける事ができました」
来客の女性は微動だにせずじっとぴあのの目を見つめている。
スーツ姿で如何にも女性の営業という出で立ちだが、
ぴあのは明らかに違う一面を見抜いていた。
「おみさんまで、ミレシアンを…【マジッククリスチャン】よぉ」
「ギルドを解散された時のマスターのあの悲痛な表情は、
私は一生忘れることは出来ませんでした。
マスターはあの時、ミレシアンを捨て去るという決断を瞬時に行い、
この【現世】に戻るという選択をするであろうと、私は判断しました。
そして今、それが正解だであることに安堵しています」
お互いの視線を逸らすことなく、
【マジッククリスチャン】と呼ばれた女性は視線を逸らすことなく、
まっすぐぴあのの目を射抜くように見つめながら言葉を一つ一つ選ぶように語る。
「おみさんも…ミレシアンを捨てたのか?」
「真里谷ぴあの、いえ、マスター。あなたは逃げて居られます。
私はあなたを探すためにミレシアンを捨て、現世に戻って参りました。
またエリンに戻れるのかは女神モリアンにしか分からないでしょうが、
私は私の心のままの行動しています。
かつて、マスターがギルドメンバーに仰っていた言葉のままに。
マスター、何に背を向けておられるのですか?
あなたはこう仰っていました。
【何もせず後悔するよりは、何かやって後悔しろ!】
【成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである】
と。
マスターはこうも仰っていました。
【地獄を歩いているなら…突き進め】
今でも鮮明に覚えています。
ペッカダンジョンで苦戦するギルメン達に言った言葉でしたね。
返り血を全身に浴びてなおも不敵に笑う少女…真里谷ぴあの。
でも、今眼の前にいる女性は…
困難に背を向けて何かに隠れて生きている
過去を隠した臆病な元ミレシアンにしか見えません。
マスター、このままお逃げになるおつもりですか?」
マジッククリスチャンの長広舌が、
もう一人の声を重なって聞こえる感覚がした。
聞き覚えのある、【おいら】が…いや、
【俺】が信頼していた上官…西竹一中佐だ。
「ちゅ、中佐!!」
ぴあのが思わず裏返った声を発すると
不思議そうな顔をするマジッククリスチャン。
「マスター、大丈夫ですか…」
マジッククリスチャンが不思議そうな顔をする中、
急に猛烈な目眩と耳鳴りが起こった。
まるでメニエール症候群の発作のような症状だ。
「うう…」
ぴあのはあまりの目眩と耳鳴りに倒れ込んだ。
「マスター!!しっかり、マスター!!」
薄れゆく意識の中、
マジッククリスチャンが【おいら】を懸命に介抱しているようだ。
だが、意識は遠のき、やがて…完全に消え去った。
「!!!!!」
【おいら】が気がついたその場所は見覚えのある場所だった…
そう、ソウルストリーム。再び、呼び戻されたのか…。
【おいら】は運命が自分を再びエリンに引き戻した事に対する苛立ちと、
自分の心を見透かされ、わずかに芽生えた願望が叶った嬉しさという、
複雑な感情を抑えきれずにいた。
改めて自分の姿を確認してみると容姿は再び10歳の少女の姿だ。
だが今回は少し違った。
【おいら】の腰には刀が挿してあった。
「!!!!!」
見覚えがあるぞ、この刀…。なんだ、なんだっけ…。
記憶の糸を懸命に手繰っている【おいら】の目の前に、ナオが現れた。
「ナオ!何故【おいら】をまたここに連れ戻した!?
マジッククリスチャンが何か言ったのか!!
それとも女神モリアンの思し召しとやらか!!」
顔を真赤にしてナオを激しく詰る少女。
「マジッククリスチャンさん…ですか?私は存じ上げませんが、
私は何もしておりません。ここに戻られたのはあなたの心の奥底にある、
何かやり残したことをやり遂げなくてはいけない…そんな使命感が、
あなた自身が御身をこのソウルストリームに導いたのです」
「【おいら】自身が…」
そう言うと、マジッククリスチャンに言われた言葉を思い出した。
マジッククリスチャンの声が西竹一中佐の声とダブって聞こえたあの言葉。
エリンでやり残した事…。
そうだ、自ら作ったギルドを自らの手で潰してしまった自責の念、
それに伴う虚脱感。困難に立ち向かう事なく逃げた自分への怒り、悲しみ。
【現世】で忘れていたと思っていた事が実は心の奥底にずっと残っていた事。
そして、元ギルドメンバーのマジッククリスチャンと【現世】での出会い。
この出会いを契機に何かが動き出した。
止まっていた鐘の音が再び高らかに鳴り響き始めた。
そう、それが【Divisionbell 運命の鐘】が鐘を鳴らし始めたという事を。
「そうか…そういう事だったのか…。そしてこの刀は…
鈴木重秀、またの名を雑賀孫一が愛刀【八丁念仏団子刺し】。
鈴木重秀がこの刀で敵を斬りつけたが、
敵はそのまま八丁ほど念仏を唱えながら歩き、
その上で真っ二つに倒れたという刀。
孫市自身がその敵を追い駆ける際、切っ先を下に刀を杖代わりにして歩くと、
道の石が団子のようにいくつも突き刺さったという刀…
西中佐から頂いた刀だ!!」
無意識のうちに沸々を湧き上がる記憶を思わず口に出し、
最後は感情を爆発させて絶叫すると、
また一人、ミレシアンがソウルストリームに現れた。
「マジッククリスチャン!」
「私も、過去に真っ向から立ち向かうことを決意してここに呼ばれたようです」
マジッククリスチャンは微笑を浮かべる。
「マジッククリスチャン…」
「マスター…」
言葉少なに会話する二人だが、
【現世】において常に何か後ろ髪を引かれる感覚は完全に消え去っていた。
「【おいら】は…過去のことは思い出せない…
断片的に覚えているだけだ。だが、この刀を腰に挿しているとな、
【おいら】は誰かに背中を押してもらっている感じがするんだよ。
鈴木重秀愛刀【八丁念仏団子刺し】、
この刀の持ち主と名刀の名に恥じないようにあの時の失敗を繰り返さない!
そして、もつれにもつれた糸を解く。この手でな!
そして過去に背を向けず、真っ向勝負してやる!」
少女は居合抜きの様に刀を抜くと正眼に構えた。
(相手の目に向けて構える、ということ)
「マジッククリスチャンよ、同じ方向を見ていろよ!
余所見はするな!!そして、エリンで活きることに狂奔するべし!」
「ええ!」
ナオは静かに2人を見つめていた…。
To be continued…
一読頂きありがとうございます。この小説のタイトルは全て【曲名orアルバム名】を
タイトルに据えております。
今回のタイトル【Echoes ~ 啓示】はピンクフロイドのベストアルバムの名前から
拝借しました。次回もお楽しみに!