勇者一行とピラニアと(5)
【勇者サイド】
「これは……マスかな、流石山の中」
釣り上げた角の生えた魚をエナさんが持ち上げる。
三十センチを越えるそれがビチビチと暴れて水滴が散る。
糸を持ってその魚を見てニンマリと満足そうな、純粋無垢な少年の様な顔をした彼女が、月で逆光となりとても美しかった。
本当に好きだ。
でも彼女の眼には俺は映ってないだろう。
蜜姐さんに聞いたことがある。
(私達の隊長やってる女はな、なんにも出来ないくせに、なんでもやるし、なんでも好きだし、なんでも嫌いになるんだ、人を、人間を愛しているがな、特定の個人を好きになったりはしない、そういう女だ、例外があるとしたら釣りだけだな、他に趣味無いだろうし)
確か、魔法を悪用しているヤンキー達の制圧をした後、夜のビルの屋上で蜜姐さんと一緒になった時に隊長に会ってみたいと言った時に聞いた言葉だ。
(確かに人当たりはいい、顔もいい、スタイルもいい、お前みたいな童貞は話しかけられただけで好きになっちゃうかもしれないがな、余計な事はやめとけ、あれは人間やめてる、アレを愛せるのはな、永遠の命を持ったり死なない化け物か、もしくは私だけだ)
一言余計だった気もするけど。
確かに、本当に美人だ、顔がいい、スタイルもいい、優しい対応もしてくれるし人当たりも確かにいい。
きっとモテるんだろうなぁ。
「ねえ、勇者くん」
「え、あ、はい、なんでしょう」
いつの間にか出してたボックスにいつの間にか針を外した魚を入れて、腰に手を当てて俺の顔を真っ直ぐ見る。
魔界の夜の暗さ故か、それともこの人の持ち前のものか、真の闇の様に、ブラックホールの様に、全てを吸い込みそうな真っ黒な交じりっ気のない瞳が俺を捉える。
「戦いに勝ってさ、魔王倒してさ、地球に帰ったら、何がしたい?」
「え?えーっと、親に会って……友達に会って……お気に入りの飯屋いって……まあ、そんな感じですかね」
「多分、というかほぼ確実だけどね、魔王を倒したら地球の魔法は消える、だから部隊も消える、普通の人間に戻る事になるよ、それでもいい?」
魔法が消える。
つまりエナさんの言うとおり普通の人間に戻ると言うことだ。
俺の取り柄なんて、ちょっと人より無茶したりするぐらいで、特別イケメンでもないし勉強も並み、文字通り普通の生活に戻る。
でも。
「当たり前じゃないですか」
「ん?」
「俺のワガママで、地球を護れなかったら、それこそ後悔します、元々俺は普通に生きて、普通の会社に就職して、普通の女の子と結婚して、普通に家庭を持って、普通に死ぬ、そういう運命だったんです、それ以上の冒険や、出会いを経験出来た、それ自体が俺の宝物なんです」
本当は嫌だ。
特別でありたい。
ヒーローでありたい。
魔法を使って、勇者でいたい。
それはそうだ。
みんなそうだ。
男子高校生なら誰だって授業中にテロリストが教室に入って来て、自分だけ特別に強くて、無双してテロリストを撃退するなんて妄想するだろう。
俺だって例外じゃない。
この世界で、この能力を持ち続けていれる限り俺は特別な勇者でいれるだろう。
でも。
それじゃダメだ。
「この世界も勿論俺にとっては宝物ですけどね、生まれ故郷を護りたいのは普通でしょう?」
「なるほど」
そういうと彼女は一歩俺の方に近付いてくる。
「だから君は勇者なんだね」
「え?」
「勇ましい者、だね」
そう言うと再び川の方に向き直りまた釣りを再開した。
勇ましい。
本当にそうなんだろうか。
自分ではわからない。




