サキュバスとアンコウと(2)
寄せて上げて寄せて上げて。
「こーら、ふざけて無いでいくよ」
メガネを外し教壇まで歩いて行って置いていく。
「しょうがない、帰るか」
餅クッションめ。
夕暮れにエナの背中が映える。
真っ直ぐ歩いてるだけでモデルの様だ。
ゆっくりに見える。
あたしの動体視力がどうとかの話じゃない。
時間すら遅らせる美しさだ。
「蜜さぁ」
こちらを振り向きもせずに声だけ掛けて来た。
「なんだ」
「……」
「……」
「呼んだだけ」
「……ふぅん、なぁ」
「なに?」
「これも現実だよな」
「そうだよ、当たり前じゃん、タピオカ飲みいこ」
鞄の中の財布を確認する。
そういえば今月ピンチだった。
「奢らないけどそれでもいいならいいぞ」
「ケチ」
バイト代が入るの来週だしな。
間違いなく現実だ。
あたしが金欠なのも。
バイトしてるのも。
この空気感も匂いも。
数日後。
「らっしゃーせーってエナか」
「やっほー、来ちゃった」
土曜の昼時、弁当屋でバイトをしていたら釣り竿とクーラーボックスを抱えてベストを着たいつものエナが来た。
来ちゃったって彼女かよ。
実質彼女だった。
まだ昼下がりだが。
「釣れたのか?」
クーラーボックスの中身を開けて見せてくる。
「釣りの才能ないんじゃないか?」
「ひど、好きでやってるからいいんです」
「弁当買ってけ」
「一番安いやつ」
「のり弁な」
二百五十円だけカウンターに置いてあたしから弁当の入ったビニールを受けとる。
「昼時に空いてる弁当屋やばくない?」
「うるせーな地域密着型の店なんだよ、夜のが売れるんだからいいんだよ」
奥から店のおばちゃんが出て来た。
「蜜ちゃん、もういいよ~、エナちゃんとデートしてきな~」
「いやー悪いっておばちゃん、流石にあと一時間あるし」
「いいって~どうせ暇だし」
割烹着姿の五十代のマダムだ。
このおばちゃんが作る弁当が安いし美味い。
田舎ならではのアレだ。
そのマダムが弁当を一つビニールに入れてお茶と一緒にあたしに渡して来る。
「おばちゃんのおごりだよ、いいから行きなって」
「ええ~?そ~お?じゃあお言葉に甘えて」
エプロンと三角巾を取って荷物を持って外に出る。
「バイト代から引いといていいからね」
「いいんだよぉ~ババアの親切心だと思いなって」
いいおばちゃんだわ。
じゃないとあたしみたいなひねくれ者雇ってくれないか。




