魔界とマダイと(7)
「狼かぁ、そう言えばこの世界の狼には苦い思い出があったなぁ」
流れるウキを見ていたタリアさんが宙を仰ぐ。
「懐かしいな、私達の運命の出会いじゃないか」
あまり運命とか言わない方がいい。
怖い女がいるから。
怖い女今なにしてるかな。
「あんた程の力を持った奴がそんじょそこらの狼になにかされたのか?」
「ええまあ、つい最近まで昔の記憶が無くてねぇ……おっと」
クンックンッとウキが浮き沈みする。
当たりだ。
でも数回繰り返した後動きが無くなってしまった。
仕方なく竿を上げると餌が無くなっていた。
「ぷえー、食われた」
「あんたの能力ならわざわざそんな事しなくても食料には困らないだろ」
まあ胃袋に直接食べ物を作り出してもいいし目の前で料理の完成品を出すことも可能だ。
「私が釣りをするのは趣味ですから、人間の意思の介入しない自然との駆け引きを楽しんでるんですよ」
「駆け引き、ねえ」
ジロはつまらなそうにその辺に落ちてる石を拾い上げて川に投げる。
アンダースローで三、四、五、六、七、八回と水面を跳ねて向こう岸に届いた。
「お、凄いですね」
「薄い石を使うのがポイントでな、昔からこればっかりやってたんだ、何も無い村で育ったからな」
それにしてもその鋭い爪でよくもまあ、と思って手元を見ると毛深いが人とさほど変わらない爪をしていた。
鋭さはあるけど。
さっきのアレは戦闘用か。
車にからドアを開けて足だけ投げ出している無関心そうなヴィヴィが急に川の上流の方を見る。
「なんか来る」
「なんかって?気配は変わらないけど」
私の感知の外側だろうか。
だとしたら結構な距離だぞ。
でも濁った川の上流でそんな強い水しぶきとかそんなのは見えない。
車から降りて私の横に来た。
視線を遥か上流に向けた。
釣られて私達三人も上流を見直した。
「なんだろう、わかんないけど、なんかデカい」
ヴィヴィの話も聞かずに餌を付け直して三投目。
着水とほぼ同時にヴィヴィの気配を追う視線が私の針を見る、いや、真っ直ぐ下って来てるんだ。
一瞬にしてグンッとウキが沈んで全部持ってかれた。
竿がしなる。
いや、最早折れそう。
「は!?こいつ!私とやりあおうとはいい度胸だな!」
のべ竿を瞬時に世界樹の竿に作り替えた。
当然ドラゴンの髭にミスリルの針だ。
といってもこれ使うの久々だな。
相変わらず持ってかれるが私もハイドラの力(正確には違ったが今回は割愛)により踏み留まる。
「あんた、凄い力だな」
ジロは関心してるが。
「そこ危ないよ!」
結構、いや、かなり強い、かつてのカマスと同等か?
でも力を使いこなしてる私の敵じゃない。
両手で竿を持ち右足で踏ん張り左足で踏み込んだ。
「逝きさらせ!」
「言葉遣いが汚いぞ」
タリアさんだって女性の言葉かというとそうでもないでしょ。
思いっきり竿を上げると淡いピンク色っぽい平べったい顔面が水面から出て来る。
「鯛!いや、それにしてのこのサイズどこから」
川の深さは軽く見積もっても四~五メートル。
今見えてる魚は頭だけで二~三メートルある。
そんな底スレスレを泳いでたのかな。
それにしても感知出来ない訳はないんだけど。




