昔とフナと(1)
まだあたしが小学生の頃、親の仕事の都合で都会の方から少し田舎に越してきた。
最初は空気がうまいだろとか景色がいいだろとか親も言っていたが前にいた学校でも馴染めずに孤立していたのにまた新しい環境で暮らしていけるか、あたしにはそれが不安だった。
引っ越し初日、隣の家に同い年の髪の長い女がいるのを確認した。
一瞬だけ目を合わせたが興味なさそうに一瞥くれるとすぐに何処かに出掛けて行った。
思えばこれが運命の出会いだったんだろう。
「蜜、学校はどうだ?友達出来たか?」
夕飯時、仕事から帰ってきた父親にそんな事を聞かれたがどうと言われても困る。
「別に」
そう答えるしかないからだ。
まだ越してきて数日。
友達もいない。
勉強するしかない。
打ち込める事もない。
ビールを煽る父親の望みそうな事など言える筈がない。
突然のチャイムに母親が対応した。
「はーい、あらぁお隣のはい、ちょっと待って下さいね、蜜ー」
呼ばれるがままに玄関に行くと母親の言うように隣の家の母親とその娘が立っていた。
なんだろう。
母親の影に隠れる様にその少女を見つめる。
あたしより少し高い背、長く黒いポニーテールに纏めた髪、混じりっ気ない全ての色を飲み込む様な真っ黒な瞳。
それでいて少しヤンチャそう、そんな印象を受けた。
親同士の会話は今一わからなかったがPTAがなんとかとか言ってる。
それにしてもこの黒髪の少女はなんでわざわざ人の家に来てこんなつまらなそうな顔をしているんだろう。
そう思っているとあたしと目が合っていたその子があたしに向かって遂に口を開いた。
「地味」
それこそが、運命の第一声だった。
隣に立ってた親もその意味を理解したのか軽く少女の頭を叩いてそそくさと出ていった。
「お母さん、私、やっていけるかな」
不安しかない。
「うーん、どうかな、案外ああいうのが親友になったりするものよ」
不安が倍になった。
昔から我が弱くて自分の意見を言えないあたしが、ああいうのと仲良く出来るイメージがない。




