エルフとナマズと
見知らぬ土地で見知らぬ人達に囲まれて、何故私の両手は今縄で縛られているのだろう。
私を連行したこのスレンダーな人は自分をエルフだと言った。
エルフってアレでしょう、ゲームとかに出てくる弓とか使うアレ。
絹糸の様なサラサラの金髪を三つ編みにして、背中に木製の弓を背負い腰に短剣と巾着袋そして尖った耳で確かにアニメとかゲームに出てくるようなザ・エルフと言ったような風貌をしている、何かの撮影だろうか。
確か私は……。
「では改めて汝の口から長老に説明を」
私を連れて来たエルフさんに背中を押されて皺だらけのお婆さんの前に出る、この人も耳が尖っているしエルフなんだろう。
「えーっと」
睨まれる、見られる、注目の的になる。
足の先から頭の天辺まで観察されている。
「私の名前はエナっていいます」
自己紹介から始める。
お婆さんは何も言わない。
「気付いたら川辺で倒れてて、手元に釣り道具があったのでえーその滝壺の見える辺りで釣りをしてました」
周りにいるエルフの人達がざわざわし始めた、何か問題でもあったかな。
「あ、あの……」
「続けなさい」
嗄れた声でお婆さんが言うので言う通りにしよう。
「それで、何尾か釣れてる時に急に背後から野犬?狼?に襲われて、食い殺される寸前でこのお姉さんに助けられまして、気付いたらここに連れて来られてました」
その時についた背中の傷が少しズキズキする。
見知らぬ地で目を覚ましてすぐに釣りしてるってのも能天気な話かもしれないが他にする事もなかったし、それ以前の記憶がなんだか曖昧だったから仕方なかった、どこかで釣りしてた気がする。
話終わったのを確認してか、再びお婆さんが口を開いた。
「そなたの居た川辺には魔物がいるでな、王都の者なら皆承知の事だがどうやら異邦の者らしい、稀にあるのだよ、そなたのような異邦の者が流れ着く事が」
国が違うとかそういうレベルじゃないと思うが、私の知ってる限り私が暮らしていた世界にエルフとかさっきまで釣りあげてた角の生えた鮎とかいなかったよ。
「しかし故あってこの集落の者は人間を嫌っておる、ここに置いてやることは出来なんだ、タリアよ、王都の手前まで送って上げなさい」
タリア、そう呼ばれて私を連れて来た例のお姉さんが透き通った声ではっ!と返事をして私の腕を掴む。
「あ、あの、この辺で放り出されても土地勘とか無いんですけど……」
「言い分も解らぬでもないが我々もそこまでしてやる道理はない」
冷たくそういい放つと私の腕を掴んだままツカツカと建物の外まで引っ張られ真っ直ぐ村の外まで最短で一直線に誘導された。
村を出ると同時に縄も解かれ私の荷物もポンポンと全部放り出された。
「安心しろ、長老の言い付け通り王都の前までは送ってやる」
王都ってどこだよ……。
というか異邦人の私と言語が同じということはここも一応日本なのだろうか、それにしては金髪だなぁ。
「なんか村を出るまですごい見られたような」
ジロジロと視線が随分気になった。
もしかしてTシャツとジーンズだけのスタイルが薄着過ぎたかな。
最近また胸大きくなってきたし。
「私はそうでもないがここの者達は王都の騎士達を嫌っているからな、その延長で人間に対してあまり良いイメージがないのだ、いくぞ」
相変わらず冷たい表情ではあるものの軽々と私の荷物も持ってくれる。
「タリアさん……でしたっけ?案外優しいんですね」
「案外は余計だ」
ツンデレなのかな。
私より細身で身軽だ、だけど体幹が強いんだろうか歩き方が綺麗。
留まってても仕方がないしタリアさんも歩き始めたのでテクテクと付いていく。
暫く歩いた、さっき釣りした場所とはまた違う場所をずんずんと歩いていく。
山道はこれでも慣れたもんだ。
登山靴だし。
「その細長い鞄はなんだ?」
「これはロッドケースです、釣竿が入ってます」
「そっちの四角いのは?」
「こっちはタックルボックスです、釣具が入ってます、こっちの大きい方がクーラーボックスです、釣った魚が入ってます」
釣ったと同時に締めといたけどこの魚食べられるのかな、そういえば魚について聞こうと思っていたんだった。
「そういえば見たことない魚ばっかりだったんですけどこの土地特有の種類なんでしょうか」
見た目は鮎やヤマメに似てる魚が何匹か釣れたが三から五センチの角が生えてるのなんて聞いたことない、独自の進化?
クーラーボックスを開けてタリアさんに見せると歩を止めて覗き込んだ。
「特有もなにもこれは魔力角だ、魔法生物が自然界の魔力を集めるのに使うんだ」
マリョクカク?
知らない単語が飛び出して来たぞ。
「もしかして君の居た土地では魔法生物はいないのか?」
「見たことも聞いたこともありませんけど」
後で捌いてみよう。
自然界の魔力ってなに。
まあエルフがいるぐらいだから魔法の一つや二つあってもおかしくはないか。
だんだん慣れて来たぞ。
麻痺とも言う。
「まあ簡単に言うと生命エネルギーだよ、何もこの魚達が魔法を使う訳ではない」
生命エネルギーねぇ。
「そういえばさっき長老さんが私の釣りしてた辺りに魔物がいるって言ってましたがこう……二本角が生えて悪魔みたいな羽がバザーッみたいな感じですか?」
思い出したように話を振るが一瞬、タリアさんが口をつぐむ。
地雷踏んじゃったかな。
「あ、あの……」
「いや、その魔物というのは魚だよ」
私の言葉を遮ってタリアさんが言葉を発した。
「小型のドラゴン程もある体躯に鞭のような髭、矢を弾く鎧のような外殻、そして周りの生物を手当たり次第に襲う獰猛性、そういう化物がさっき君が釣りをしていた場所の近くに何百年も前から確認されてるんだ、実際に我々エルフも他の生物も何度も被害に合ってる」
もしかしてタリアさんの大切な人とかも………。
「だがあの辺りに近付かなければ平気だ、地上に上がってくることもない」
魔物……魚なら、もしかしたら。
「あ、あの!その魚私に釣らせてください!」
タリアさんが一瞬ポカンとした。
「魚釣りには自信あります!エルフの皆さんの行動範囲内でそんな危ない魚いるのは流石に危険ですし!」
あの、その、と続けるがタリアさんがふふっと小さく笑う。
「退治すると言って散っていったエルフや冒険者が山ほどいる、やめておいた方がいい、それにもう二百年以上その化け物はいるんだ、今更」
突然、キャー!という悲鳴が聞こえてきてその声の方向に数人の子供達が見えた。
見ると川辺だ、水の音は聞こえていたがもしかして水に落ちた!?
「タリアさん!」
目を合わせて二人で子供達の方へ向かった。
割りと浅瀬に見えるがエルフの子供達は巨大な影に襲われていた。
「あいつ!なんでこんな所に!」
タリアさんが木々の間を抜けると同時にその巨大な影に向かっていつの間にか背中から下ろして構えていた弓を放つ、物凄い勢いで風を切り裂く矢は巨影に当たる前に鞭の様なものに弾かれた。
髭だ。
「ちぃっ!」
砂利道を疾風の如き素早さで駆け抜けたタリアさんが子供達を二人脇に抱えて木々の間に戻る。
しかしこの影は……。
「ナマズ……?」
のっぺりした顔、巨大な口、長い二本の髭、ぬらぬらてかてかした胴体、しかし鯰というにはあまりにも。
「大きい……」
そして私の知る鯰と違って胴体は滑り気があるように見えて岩石のようにゴツゴツしてる様に見えなくも無い。
こいつがさっき聞いた化け物?
「一人呑み込まれた!」
子供の叫びでハッとするが鯰は私達に一瞥くれるとくるっと胴を翻して川の中に潜って消えていった。
「なんて事だ……」
タリアさんの力無い呟きと子供達の泣き声だけがこの場に残った。
「私にやらせて下さい!」
「ダメだ!見ただろうあの化け物を!」
「わからず屋!」
「どっちが!」
急いで村に帰ると子供達を連れて最初に通された村長さんの家に行った。
騒ぎを聞き付けて大人のエルフ達も沢山集まって来た。
長老さんに釣る許可を取ろうとしたらタリアさんが頑なに私に釣りをさせたくないみたいで一向に話が進まない。
「最早一刻の猶予もない、君の遊びに付き合ってられないんだ」
「だから私がアレを釣り上げて捌いて子供を助けるって言ってるんです!」
「だから!」
「なに!」
ダンッ!!と杖を強く突いた長老さんが咳払いをする。
「……出来るのかね?」
「長老!」
私をじっと強い眼光で見つめて来る。
「どんな化け物でも相手が魚ならやってみせます!」
今まで様々な魚を釣ってきた、様々な魚を捌いて来た。
流石にあんな子供を丸呑みするような小型の鯨とか鯱みたいなサイズの鯰はないけど。
七、八メートルぐらいだろうか。
それでも鯰の捌き方自体は知ってる。
頭叩いて気絶させて背中にスーッと切れ込みを入れるだけだ。
しかしタリアさんはどうしても反対みたいだ。
「私は賛成しかねます!そもそも何百年もエルフが束になっても勝てない奴をただの人間一人でどうにか出来る訳がない!」
まあそれもわからなくもないけども。
「お主の主張もわかる、だがエルフが束になっても勝てないのもお主が知っている通り」
言われて苦虫を噛み潰した顔になる。
「しかし……」
「しかし奴がお前の両親の仇なのも事実、どうだろう、二人で協力してみては、もちろん村の者も皆力を貸す」
「長老……」
確かに私一人でアレを上げるのは流石に至難の技だ、それは間違いない。
「期限は今日一日、村の総力を上げてあの魔物を倒す、それで手を打たぬかね」
「長老……私は……」
「まず必要な物を揃えるぞ」
切り替えたタリアさんと並んで村の中で物資調達。
しかしやっぱりタリアさんの大事な人が犠牲になってたって読みは合ってたか……。
「すみません私……」
「……気にするな、今日で因縁にケリをつければいいだけだ」
強いな。
「今日は行商が来てるはずだ」
「行商?」
「そうアル、私が行商アル」
突然並んで歩く私とタリアさんの間にニュっとタリアさんより背の低い女の子が現れてビックリしてちょっと跳んだ。
頭にお団子を二つ作って赤いチャイナドレスに身を包んでいる。
胡散臭い。
「活きのいい女アル、こういう女は高値で売れるアル」
目が細い。
そして片言エセ中国鈍りで胡散臭い。
巨大なリュックを背負っているがモゾモゾ動いてる様にも見える。
非常に胡散臭い。
「嘘アル、話は村の奴に聞いてるヨ」
そういうと道端であるにも拘わらずリュックを下ろしてサッとシートを広げてジャラジャラと商品の数々を出した。
「高価な物も色々あるけどネ、今日は特別サービスあの化け物を退治出来たらソイツの体から色々勝手に持ってくヨ、それでチャラにしてやるネ」
怪しさしかない。
「この行商は各地に出向いて商売をしてる奴でね、何度かこの村にも寄ってる、観察眼は確かだよ」
「ワテクシの事は行商ちゃんと呼ぶネ、以後ヨロシク、さてさて本日は何をお求めアルカ?」
「随分と気前がいいじゃないか」
普段は気前良くないのかな。
「さっきここの近くを通ってたらワテクシも商売道具をいくつかアイツに喰われたネ、安全ルートを通って来たつもりだったけどアイツも住処が変わってるかもしれないネ」
そういえばさっきタリアさんもこんな所にって言ってたし、最初の滝の見える辺りであんなデッカイ魚の気配は感じなかった。
「だからアイツを倒してくれるなら多少の融通は利かせるネ、これ信頼関係&お互いウィンウィンのギブアンドテイク、ワテクシギブアンドテイクって言葉大好きアル」
胡散臭さしかない……。
「さあ、求める物を言うネ」
「え、えーっと、じゃあ」
とりあえず竿と糸と針だ。
さっきは私に釣らせろって言ったけど私が持ってる道具では多分無理だろう。
「強靭な糸、紐のような物を長めに」
行商ちゃんがガサガサとリュックを漁る。
うーんうーんと悩んでいるが数秒で何か取り出した。
透明な糸の様にも見える。
「この世界で一番強い紐と言えばこれネ、ドラゴン族の髭、これは遥か昔エンペラーと呼ばれたドラゴンの髭ネ、超高級品の中の高級品ダヨ」
そんな物貰っていいのか。
長さにして五メートルぐらい。
「え、えーっと次は折れない竿?」
「竿……うーん……あ!あるネ」
再びリュックをガサガサする。
「あ、あったネ、トロール族が三日三晩切り続けて漸く取れたと言われる世界樹の枝ね」
これも見た目四から五メートル程あるだろうか、というかその丸々としたリュックのどこに入っていたんだ。
「これも超高級品ヨ」
でしょうね。
トロール族ってなんだ。
しかしそれを受け取って振ると確かに素晴らしいしなりを感じる、これは凄い。
「あとは……針?なんかこうフックになってるやつ」
「うーんフックネェ、フックフック」
流石にそれは無いか……。
「強固な金属って意味ならミスリルは持ち合わせてるけど針の形はしてないネ」
そんな不思議金属の加工なんて出来ないよ流石に。
「いや、それでいい」
タリアさんが行商ちゃんの取り出したミスリルを受け取る。
「この村には金属の加工に特化した奴がいる、声をかけてこよう」
「決まりネ」
ニィっと不敵な笑みを溢した。
本当に大丈夫かな……。
「……私はこれを貰おう」
タリアさんがシートに並ぶ小瓶を二つ拾う。
「そんなもんどうするネ?」
「もしもの時の保険だ」
なんだろうあの瓶、紫の液体が入ってる。
怪しい……。
タリアさんがさっきの金属を持って加工に特化してるという人の所に向かって言った。
行商ちゃんは荷物を片付ける。
「オネエサン人間デショ?なんでエルフの為に命張るネ」
「え、なんでって……」
「そんな義理があるアルか?」
「ま、困ってる人がいたら助けるのは普通ではあるけど、さっきタリアさんに助けられてるしね」
「ふーん……あの鯰は恐らく魔力に反応してるネ、私の荷物も魔力の高い魔石が喰われたネ、エルフの子供も高純度の魔力保有してるヨ、まあ、生きてたらまたどっかで会おうネ」
適当に話を切り上げて行商ちゃんは村からガチャガチャと音を立てながら出ていってしまった。
まあ成功報酬をまだ渡せてないから近くにはいるんだろうけど。
「あ!釣り上げたとしてどうやって捌こう……」
この村にそんなデカイ包丁あるかなぁ。
日が暮れようとしていた。
行商ちゃんはあの鯰が魔力に反応すると言った、そしてミスリルはかなり強い魔力を帯びているらしい(タリアさん談)
餌いらないかな、というかこの針が餌になるだろう。
針の加工も早かった、ドラゴンの髭も竿にちゃんと結べた、世界樹の枝も万全、見た目野釣りみたいだけど。
後は釣って捌くだけだ。
「暗くなる前に片をつけるぞ」
木々の上にエルフの人達が待機している、タリアさんだけ私の後ろ側に待機だ。
自前のゴム管で海用のウキを付けた糸をスッと川に投げ込む。
さっき子供達が襲われていた場所の付近だ。
川のせせらぎと自分の鼓動だけが聞こえる。
手に汗を握る。
全員が川に浮いたウキをジッと見つめていた。
来い……。
水が静かに流れる。
来い…………。
子供の命が掛かってるんだ。
来い………………。
足元の砂利がほんの少し音を立てる。
来い……………………。
ウキが動いた。
ピクン、ピクンと確かに動いている。
来い…………………………!
グンッ!と確かに沈んだ!
海釣り用のかなり浮力を持ったウキが確かに確実に強く沈んだ。
「は!?」
一瞬で持ってかれる。
全部持ってかれる。
当然だ、何メートルもある巨大魚だ。
いくら鯰という魚の動きが鈍かったとしてもただの人間一人でどうにかなる力じゃないだろう。
しかし間違いなくあの鯰だ。
砂利の上でギリギリ踏ん張る私の腰をタリアさんががっちり掴んだ。
「絶対に離すなよ!」
「言われなくても!」
それは正に海釣りの如く、否、海釣り以上だ、動画で観たカジキ釣りは電動リールだった気がする、そんな便利な物はない。
不謹慎かもしれないけど間違いなく今まで釣ってきた魚達より遥かに強い強敵に心が踊っていた。
木々の上に居たエルフの人達が次々に降りて来て私とタリアさんを掴んで押さえてくれた。
「よし!イケるイケる!」
既に私の四肢は悲鳴を上げている。
強がりの空元気にも程がある。
でも間違いなく引いてる。
ちょっとずつ陸に近付いて来てる。
「ぐぎぎっきっつい」
特に指がヤバい。
腕もヤバい。
竿を無理矢理体に引き寄せるもすぐに持っていかれそうになる。
タリアさんが私の体を離して一緒に竿を持ってくれる。
「こっちはお前に全部掛けてるんだ、絶対に諦めてくれるなよ!」
「上等!!」
ぐぐっと綱引きを続けて漸く鯰の口がチラリと見えた。
「よし!」
あと一息で声が出る。
腹から声を出せば力も出る。
あと本当に一息だ。
タモが欲しい。
このままエルフの皆が引っ張ってくれればそのまま上がる、はずだった。
水面から突然、黒い紐の様な物が飛び出して来てヒュンヒュンと音を立てて後ろにいるエルフの人達を薙ぎ倒していった。
「髭だ……」
まるで鋼鉄の鞭だろうか、人が飛ぶ。
悲鳴と共に飛ぶ。
当然だ、こいつの武器は髭なのだ。
なら口が出れば飛んでくるのは必然。
「耐えろ!もう少しで上がるんだ!」
タリアさんはそう叫ぶが後ろにいた何十ものエルフ達は次々と弾け飛んでいく。
希望が絶望に変わる瞬間だった。
勿論私達の足はどんどん水に向かって行った。
「ヤバい!」
「わかっている!」
まだ綱引きを始めて五分と経ってないが既に負けが見え始めていた。
後ろに着くエルフの数が十を切った辺りでタリアさんが私に叫ぶ。
「っ!おい!体は丈夫か!?」
「は!?」
「体の頑丈さに自信はあるかと聞いている!!」
何かヤバいやつを考えているのかもしれない。
でも形振り構っていられる状態じゃない。
「大丈夫!」
「信じるぞ!」
タリアさんが片手を離して自分のポケットに手を突っ込んで小瓶を出した。
さっき行商さんから貰ってた奴だ。
飲むのか?
「口開けろ!」
「え!?」
突如、私の口の中にドロっとした苦い液体が流れて来た。
「まっず」
「飲み込め!」
大分キツかったけど無理矢理飲み込む。
いやほんとに不味い。
やだ最悪。
ドクンと、突然脈打った。
全身が、燃える様に熱い。
「あっぐっなにこれ……」
もう一つの瓶を片手で開けてタリアさん自身もそれを飲み干す。
竿が軽くなった。
まだ引いてる。
バレた訳じゃない。
当然、本当に当然だがエルフがあと二人という所で竿のしなりが強くなりまるで綿菓子でも振るう様に水中から魚が上がって来た。
「特殊な強化剤だ、本当は使いたくなかったがな」
使いたくない物を人に飲ませるか普通?
バチャバチャと水面を跳ねる様に化け物鯰が陸に上がった。
竿を置く。
「ここからが本当の勝負だよ!」
「ああ、いくぞ、薬が切れる前に」
吹き飛ばされたエルフの人達も何人か復活していて前に出てきてくれる。
「指示しろ!」
私は鯰の正面に飛び出した。
普通は包丁で頭を叩いて気絶させるんだけど。
「今の力なら素手でイケる!」
鯰の口が突然ばっくり開いた。
「あ、やば」
バクンと口呑み込まれる前にタリアさんが私の襟を掴んで引っ張ってくれた。
「そのまま頭上に……あっ……」
突然全身から力が抜けた、その場にガックリと崩れ落ちる。
それでもタリアさんだけ鯰の頭上に跳んだ。
ヒュンヒュンと再び髭が唸りを上げるがいろんな角度から矢が飛んで来てその髭を撃ち落としていく。
エルフの人達だ。
「脳天を!」
口だけ動く、まだ頭も働く、なら私の仕事は鯰の下処理の指示だ。
無言のままタリアさんが鯰の脳天に踵を落とす。
轟音と共に鯰の頭を覆っていた岩石の様な鱗が砕けてタリアさんの脚が埋まる。
鯰の全身が跳ねた。
「次は!」
鯰の頭から跳んで私の前に着地したタリアさんに言われてハッとする。
「頭かっ捌いて背中!」
「風の刃!」
脇差しの様なナイフを腰から外し縦に一振り、真空で空間が歪み頭が真っ二つになる。
そしてもう一振り、正面に飛ばす様に、よく漫画で見るように斬撃を飛ばす。
鯰の背中がゆっくりスーーッと割れた。
おいおい子供大丈夫?
「勝っ……」
タリアさんも私の様に、糸の切れた人形の様にガクリと膝から落ちた。
「タリアさん!」
「お父さん……お母さん……やりました……異国の者のおかげで……仇を取れました……」
それは違うよ、私だけでもダメだった。
おっと、意識が飛びそうだ……。
薬の副作用かな?
使い物にならな……。
…………
………………
私は夢を見ている。
何故夢かと解るかと言うと。
なんだか意識がふわふわしてて周りが真っ白の空間だからだ。
夢じゃなければ天国かな?
即死するんじゃマジであの薬役にたたないじゃん。
ぽけぽけと全く知らない場所を歩く。
「おや?あの後ろ姿は」
見覚えのある猫耳パーカー。
身長は百五十。
どう見ても幼馴染みだ。
「おやおや?その猫耳は可愛い可愛い蜜ちゃんかな?」
私の方を振り向かないで声だけ投げ掛けて来る。
「おいバカ、また私以外の女泣かせたなこの女たらし」
「いやいや、泣かせてないよ言い掛かり」
「お前が泣かせていい女は私だけだっていつも言ってるだろスケコマシ」
「わかってるよぉ、酷いなぁ」
「ふんっわかったらさっさと戻れよ」
「冷たいなぁ蜜は」
「最大限優しくしてやってるだろ」
愛情表現が下手。
仕方ない、そう言われたらさっさと戻るか。
「蜜もこのファンタジーな世界に来てるの?」
「さあな、まあその内会えるんじゃないか?」
まあ、そういうことならいいか。
「じゃあね」
「にやにやするな」
相変わらずこちらを見てないけどどうやらこちらの表情が分かるらしい。
意識が薄らいでいった。
…………
………………
「……あれ、ここって」
目を覚ますとエルフの村のどこかの一室だった。
「ここisどこ」
「ようやく起きたか寝坊助」
「ひゃえ?」
私の寝る藁の布団の隣、枕元の近くにタリアさんが座っていた。
「あ、おはようございます」
「死んだかと思ったぞ」
薬飲ませた張本人がそれを言う?
「集落の薬草医が見てくれた、あとは筋肉痛ぐらいだろうってさ」
確かに全身筋肉痛の満身創痍な気がするがその割りには楽だ。
「薬の副作用?」
「ああ、まあ思ったより症状が軽くてよかったな」
良くないよ人体実験すんな。
「あれ、でもタリアさんも飲んでましたよね」
「エルフと人間を一緒にするな」
「うっす」
そういえば。
「子供達は!?」
「全員無事だ、皆子供と言ってもエルフだからな、延命術を使えたそうだ、ちゃんと救出された」
よかった。
これでこの村でやることは全部終わったかな。
「行商はあの化け物の表皮を剥いで満足して持っていったぞ」
壁にはあの竿が立てかかっていた。
もうこれは私の物だろう。
やったぜ。
「起きたら来るようにと長老に言われている、起きれるか?」
「あ、はい、起きま……」
起き上がろうとして全身がギシギシ軋んでる事に気付く。
筋肉痛の度合いがヤバい。
「無理か?」
「い、行きましゅ……」
ぐぎぎと錆びた機械みたいな音を立てながらもタリアさんに肩を借りて立ち上がる。
建物の外に出るとどうやらここは長老さんの家の二つほど隣だったらしい。
よちよち歩きに近いペースで支えられながら長老さんの家に向かった。
中にいると包帯を巻いたり怪我をしてるエルフの人達が沢山いた。
やはりあの鯰の髭に結構やられてたか。
「此度の戦い、誠に見事であった、異邦の者よ」
「た、戦いって、私は釣り上げただけです、一人じゃ無理でした」
「それでも我が集落の脅威を一つ取り除いてくれた事に変わりはない、先日の無礼を許してほしい」
なにか無礼されたっけ。
というか
「先日って……私どれぐらい寝てました?」
「日が三度昇るほど」
三日!?
それは寝過ぎだなぁ。
確かに寝坊助だわ。
「勝手な申し出だが、もしそなたさえ良ければこの集落に留まってはもらえないだろうか」
おやおや寝てる間に随分と信頼を得たなぁ。
「……いえ、あくまで私はこの世界の人間じゃありませんし、とりあえず王都って所に行って元の世界に戻る算段を見付けてみます」
「何故?この村には生活に困らないだけの物は揃っている、何か不満でも」
「いえ……」
確かに山の生活もいいだろう。
仲良くなれればいい人達なのは間違いない。
でも。
「まだ釣ってない魚がいるんです」
そう、まだ私は地球の魚を満足するまで釣ってない。
「この世界にも色々魚がいるのは判ります、でも私の世界にもまだ釣り上げてない魚がゴマンといる、我慢出来ないんですよ、そういうの」
クスクスと私の斜め後ろから笑われた。
「お前は本当に釣りの事しか考えてないんだな」
「勿論!」
一に釣り二に釣り三、四が無くて五に釣りとは良く言われるもんだ。
「……ふむ、ではこの集落より一つ何か一つ差し上げよう」
長老さんの提案に首を傾げる。
何か一つ、一つか……うーん、じゃあ。
「それでしたら、タリアさんを私に下さい」
言い方ミスった。
「あ、あの、いや、知らない世界の旅なので案内人が欲しいなーって」
後ろからコホンと咳払い。
そして服を捕まれる。
「私はしつこいぞ」
なにがよ。
顔赤らめないで。
「ではタリアよ、これより異邦人エナの旅の先導をしなさい」
「はっ!」
始めてここに来た時の様に元気よく透き通った声だった。
村の入り口で全ての荷物を担いで、タリアさんと共にエルフの人達に見送られる。
「鯰は美味しい魚なのでちゃんと料理すれば食べられますよ、私の世界と同じならですけど」
エルフの女性に調理方法だけ教えて来たが、数日経っても鯰は劣化していなかった、エルフ特有の保存方法か、はたまた日持ちする種類とかだったのかは知らない。
岩石の様な表皮は魔力を多く含む石を大量に呑み込んで出来た物だと後から教わった。
もしかしたらその魔力が残ってて鮮度が保たれていたのかもしれない。
「じゃあ、またいつか会う日まで」
「皆、また会おう」
タリアさんと一緒に手を振って森の道を進む。
「なぁ、どういうつもりなんだ?私と共になんて」
「や、いやぁ私としては釣り仲間ゲットー、みたいな?」
まだちょっと筋肉痛が残ってるがエルフの薬凄い、まだ飲んで数分しか経ってない割りにはもう大分楽だ。
「……どうせ元の世界に帰るなら、この世界の魚も全部釣ってからにしろよ」
「まあ、そうですね、釣る度に生死の境をさ迷う鯰はあんまり釣りたくないですけど」
釣りたいけど釣りたくない。
ジレンマだ。
釣りは恋の様に。
まさしく鯉。
なんちゃって。
「私が見届けてやる、お前の釣り」
最初に会った時よりも随分と柔らかい笑顔だった。
「ところで王都って結構距離あります?」
「ん、ああ、言ってなかったか、海の向こうだ」
……お?
「海?」
「そうだ、この道を真っ直ぐ行って、山を抜け、茨を潜り、村を三っつ程越えた先の海を渡り、そうしてようやく王都だ」
なにそれ遠いーー。
そして初日にそんな険しい道を行かせようとしてたの。
エルフやば。
というかかなり内陸地じゃんここ。
でも。
「海!是非!いきたい!」
「だと思ったよ」
俄然やる気出た。
「待ってろよー!海!」
私の異世界フィッシングライフはまだまだ始まったばかりだ。