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第五話 界脈調査部のシェントロッド・ソロン、異動する

 王都ティルゴット、界脈調査部。


 シェントロッドが扉を開けると、すぐに声をかけられた。

「あっ、ソロン副部長」

「ああ」

 シェントロッドは足を止める。

「手続きに来た。頼む」


「本当なんですか? 調査部、辞めるって」

 受付の事務員は、やや呆然と言葉をこぼす。シェントロッドはうなずいた。

「辞めるというか、異動なんだからそんなに深刻にならないでくれ。調査部の仕事ができないだけで、他では働ける」

「こんなことで異動なんて……」

「まあ、仕方ない」

 首をこきっと鳴らし、シェントロッドは答える。

「あえて言えば、運が悪かったのだろう。たまたま俺が自分で調査に出た時に限って、あんな天災が起こるんだからな」


 世界中に血管のように張り巡らされている界脈は、様々な要因で乱れることがある。シェントロッドの調査中に天災が起こり、界脈の“嵐”に巻き込まれたのは、確かに不運だった。


「副部長、具合、悪いんですか?」

「いや……一応身体は壊してるんだろうが、普通にしていると自覚症状がないから、たちが悪い。まあ、治るのをゆっくり待つさ」

「そうですか……。あ、こちらに記入をお願いします」

 ソロンは事務員の指示通りに書類に記入すると、ペンを置いた。

「部長に挨拶してくる」

「はい。お待ちですよ」


 ベルラエルは、自室で待っていた。シェントロッドが部屋に入ってくると、椅子から立って迎える。

「お疲れさま。優秀な副部長が異動なんて、残念だわ」

「心にもないことを。こき使えるのがいなくなるのが残念なんだろう」

 シェントロッドは軽く答える。


 リーファン族の軍には役職はあるが、階級らしいものはない。寿命の長い彼らは年齢の差もあまり気にしない。

 あえて何かしらの上下をつけるとすれば、経験の差だろうか。そういう意味で、シェントロッドとベルラエルは対等だった。


 ベルラエルは、唇の片方の端を上げるようにして笑う。

「聞いたわよ。異動先に、ロンフィルダ領を選んだんですってね」

「そこの警備隊の隊長職が、たまたま空いてたんだ。人間族の男が隊長をやってたんだが、定年すぎても後任が来なくて、しかたなく延長延長で──」

 言いかけたシェントロッドの言葉に、ベルラエルはかぶせるように言う。

「そこだけしか行けなかったわけじゃないでしょ。何よ、レイがいるから行くんだって言えばいいじゃない。あなた、気に入ってたものね、あの少年。ああ、人間族だし、もう少年って年でもないか」

「まあ……レイが褒めていたからな、自分の故郷を。それなら行ってもいいかと思った」

「それだけ?」


「正直、便利なんだ、あいつがいると」

 シェントロッドはしれっとした態度で言う。

「薬学校の他種族枠に首席で合格して、卒業するまで首席を譲らなかった。色々と話をしてみたが、ここに来る前から千もの薬草の知識が頭に入っていたようだったな。それに時々、彼の下宿にロンフィルダ領アザネ村の村長から使いが来ていたらしい。故郷の期待を背負って王都に来たんだろう。そんな彼が、故郷でリーファンの薬湯を作っているなら」

「ああ……薬湯を作ってもらえば、あなたの身体にもいい、ってわけか。なるほど」

 ベルラエルはうなずき、そして当たり前のように言った。

「でも、それならレイをあなた個人で雇っちゃえばよかったじゃない。そうしたら、どこでもあなたの赴任先につれていって、レイが死ぬまで毎日薬湯を作らせられたのに」


 シェントロッドは目をすがめる。

「……彼は故郷の期待を背負っていると言っただろう」

「そんなの、レイにうんと言わせればこっちのものでしょ?」

 不思議そうに目を見開いたベルラエルだったが、微笑んで続けた。

「まあ、養生してらっしゃい。次に会うまで、そうね、百年くらいは覚えててあげるわ。レイによろしく」

「ああ、言っておく。世話になったな、ひとまず」

「ええ、ひとまずね」

 二人は握手を交わした。


 私物をまとめて受付に戻ったシェントロッドは、最後の手続きを済ませると、軽く身を乗り出して受付の事務員に耳打ちした。

「もし、また人間族が働きに来ることがあったら、注意してやってくれ。ベルラエルはどうも、人間族を……何というか、便利に使いすぎる」

「まあ、僕にできる限りのことはします」

 事務員は肩をすくめた。

「ロンフィルダ領に行かれるんですよね。王都に来ることがあったら調査部に寄って、ってレイに伝えてください」

「わかった。じゃあ、また」

 シェントロッドは軽く手を挙げて、二十年ほど勤めた界脈調査部を出た。


 螺旋階段を下り、外に出る。すぐそばにリーファンの軍の寮があり、シェントロッドは自分の部屋に戻ると、すでにまとめてあった荷物を手に取った。


 寮のそばにも、川が流れている。ティルゴットにはあちらこちらに川があるのだが、実はこれは、リーファン族にとっては移動手段になるものだった。

 といっても、船ではない。


「界脈が水脈として表出しているところだけは、とりあえず進んでおくか」

 シェントロッドはつぶやくと──

 無造作に、川に踏み込んだ。


 しぶきを上げることもなく、シェントロッドは足先から光に姿を変える。ほんの一瞬で頭まで光に変化した彼は、その光の玉の姿で、水脈を猛スピードで辿っていった。 

 

 目指すは、ロンフィルダ領だ。

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