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第二話 王都ティルゴットの薬の学校に行きたい

 レイゼル・ミルは、幼い頃から、この小さな村アザネの教会孤児院で暮らしていた。

 ナファイ王国東部、ロンフィルダ領にあるアザネは、西の山脈から流れてくる川や湧き水に恵まれた、内陸の村である。自給自足に不自由はないものの、近年の悩みは若者の都市部への流出。十五歳で孤児院を卒業する子どもたちの半分も、やはり都会へ出ることを夢見ている。


 しかし、まさか。

 三日に一度は熱を出す虚弱体質のレイゼルが、都市の中の都市、王都ティルゴットに行くと言い出すとは、誰も思っていなかった。


「王都で、薬のことを学びたいの。だって毎日、自分が飲むから」

 くせっ毛を長いお下げにした彼女は、院長のシスター・サラに当たり前のように言ったものだ。

 シスターは困り果てた。

「でもレイゼル、あそこはあまりにもアザネと違うわ。リーファン族がたくさん暮らしているんですもの」


 ティルゴットは『王都』であるが、実は王が住んでいるから王都なのではない。

「王たちがつくった都」だから、王都と呼ばれる。


 種々雑多な髪の色に丸みのある耳を持つ人間族と、緑の髪にとがった耳のリーファン族は、ナファイ王国内でそれぞれ別に集落をいくつも作って住み分けている。それぞれの王も、別々の都に住んでいる。


 しかし、近しく暮らしていれば大小様々なもめ事も起こるものだ。決定的に決裂するようなことは幸いなかったものの、隣人としてよく知り合っておかねば、今後も決裂しないとも限らない。


 そこで、王同士の話し合いが持たれ、交流のための都市を建設しよう、という話になった。

 リーファン族は、世界中に張り巡らされた界脈を読むことに長けているので、ふさわしい土地の選定はリーファンが。そして、秀でた建築の技を持っている人間族が、建物の設計を行った。


 こうして作られたのが、またの名を『真白き都』とも呼ばれるティルゴットである。


 レイゼルが、人間族しかいない田舎の村からそんな都市に行く、と言うのは、よほどのことだった。色々な意味で、遠すぎる。

「どうして、王都なの?」

 初老のシスター・サラに聞かれ、レイゼルは答えた。

「王都のリーファン族の学校に、他の種族が入れる枠があるの。リーファンの薬、よく効くんだって。どうせなら、みんなで薬を飲もうよ」

「は?」

 微妙に物騒なレイゼルの提案に、シスター・サラは若干引いたものの、よくよく聞くとこういうことだった。


 身体の弱い自分は、毎日薬を飲む。孤児院を出て働くにしても、きっとちょくちょく寝込んで仕事にならない。

 それなら、薬を作ることを仕事にすれば、自分のためにもなるしアザネの人々の役にも立てる。


「この町に恩返しがしたいから、毎日飲むような薬のお店をやろうと思って。そう、薬湯屋さん」


 リーファン族の薬湯は、この世界のエネルギーの流れである界脈に身体を合わせて調子を整える、そんな効果があるという。

 病気の時に飲む、というよりも、日々の身体の調子を保つ薬湯の店をやりたい。アザネの人々にも飲ませるなら、ちゃんと勉強してからにしたい。

 それが、レイゼルの主張だった。


 確かに、医者が一人しかいないこの村に、人々の健康を守るような店ができるなら、人々にとってありがたいことではある。

 しかし……


 実は、『薬』は彼女の生い立ちに、深く関わるものだった。

 レイゼルと同じ年頃から下の子供たちは、詳しいことを知らない。大人たちは、知っている。シスターももちろん知っている。


 普段は誰も口にしない、レイゼルの過去。そしてそれが故に──


 アザネの大人たちはレイゼルに対して、超がつくほどの、過保護であった。


「絶対ダメ!」

「レイゼル、あなた身体が弱いのよ!?」

「寝込んだときどうする!」

「何も王都まで行かなくても」

「近くの都市で薬の基本くらい学べるから!」


 農家、金物屋、揚げ物屋、雑貨屋、医者。レイゼルは、町じゅうの大人たちにまんべんなく猛反対にあった。

 彼女は、

「薬の学校なんだから専門家だらけよ、倒れたときは逆に安心でしょ」

 とか、

「リーファンの知恵が学べる学校は、王都にしかないの」

 とか、

「三年で卒業したら、戻ってくるから」

 などと説得を試みたが、大人たちは聞く耳を持たない。


「じゃあ、ロンフィルダ領で一番大きな町の薬の学校を見に行きたい」

 レイゼルはそうねだった。

 王都に行くのをあきらめてくれるなら、と、シスター・サラは商人に頼んで、レイゼルを町の学校見学に連れて行ってもらった。


 ところが、それはレイゼルの策略であった。

 実はその日、その町でリーファンの薬学校の地方試験が行われることになっており、レイゼルの目的は試験を受けることだったのである。

 彼女は町で姿をくらまし、試験会場へ行き、さくっと試験を受けて合格した。


「他種族枠の首席で受かったよ。奨学金も出るって。私、行きたい」

 少々無理をしたためか、寝込んでしまった寝台の中から、合格通知をぴらりと見せるレイゼル。

 アザネの大人たちは絶句した。彼女は奨学金のことまで考えて、受験勉強をしていたのである。


 決意の固い彼女に、年寄りの村長ヨモックが最後の悪足掻きをする。

「お、王都は混沌とした場所だ。悪い男に狙われたらどうする! たぶらかされてレイゼルが帰ってこなかったら、わしらは、わしらは……」


 レイゼルは少しの間、考えていた。

 そして、ふと起き上がってフラフラとどこかへ行ったかと思うと、ハサミを持って戻ってきて──


 じょっきん。じょきん。

 黒いお下げ髪を、根元から切り落としてしまった。


「レイゼルうううう!?」

 大人たちの方が、レイゼルより先に倒れるかと思うほど驚き、真っ青になった。

 しかし、レイゼルは短い髪であっけらかんと、こう言ったものだ。

「王都には、男の子のフリをしていく。それなら皆さん、少しは安心できますか?」


 自分たちを安心させるために髪まで切ったとあっては、大人たちはレイゼルの決心を認めないわけにはいかなかった。


 こうして、レイゼルは王都へと向かうことになった。

 今度は村長から商人に頼み込み、レイゼルを王都まで送ってくれるよう話をつけた。ついでにその伝手(つて)で、レイゼルの下宿先まで決める。

 人々の心尽くしの見送りに、レイゼルは笑顔を見せた。

「私はアザネの一部だもん、絶対に戻ってくるね。行ってきます!」


 そうして、王都に向かうまでの間に早速三回ほど寝込みつつ、レイゼルはついに薬の学校にたどり着いて入学し──


 三年が経った十七歳の春、予告通り、アザネの町に戻ってきたのだ。


 短い黒髪、薬の学校の制服である前合わせのゆったりした上着、ズボンにブーツ。

 まるで少年のような格好の彼女は、母代わりのシスターに再会すると、えへ、と笑った。

「ただいま! 帰りはね、一回しか寝込まなかったよ!」


 ……虚弱っぷりが軽くなったと言いたいようだが、まだまだのようだ。

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