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第十一話 再会(3)

 シェントロッドは、人間族レイゼルの作った薬湯をすべて、飲み干した。

 そして、カップを置くと立ち上がった。座っていたレイゼルが、ぎょっとしたように見上げる。


 彼は薬湯屋の中を見回した。

(小さい)

 長身の彼は、手を伸ばせば届いてしまう天井、ほとんど目の高さにある梁とそこに干された薬草を見ながら思う。

(しかし、落ち着くのが不思議だな。この小さな店の中に、緑と火、土と水と風がある。そして、これだ)

 店主を見下ろす。


 三角巾から覗く黒髪、大きな灰色の瞳は、シェントロッドがかつて王都で仕事で使っていた少年と同じ色だ。

 逆に言えば、似ているのはそういった身体的な特徴だけで、つい先日――二年前に別れたばかりのレイと比べると、雰囲気はまるで異なる。ずいぶん細いが、首から肩にかけての線など、柔和で女性らしい。


(そうか。孤児、と言っていたな)

 はた、と彼は思い当たった。

(ひょっとして、レイとレイゼルは血縁関係にあるのではないだろうか。レイはそれを知っていて、このレイゼルは知らない。レイの言っていた身の上が、まるでこの店主のもののようだったのは、レイが本当の身の上を隠すために、彼女の身の上を騙った……?)


 しかし、彼はそう考えたことを、レイゼルには言わなかった。他種族のことには口出ししないのが、彼の流儀だ。

 ましてや、ここは人間族の村である。守護隊の仕事と関わりないことにまで口を出しては、仕事に差し障る。


「この薬湯屋はなかなか居心地がいい。人間のお前も含めてだ。……いくらだ」

 彼が聞くと、店主は料金を言った。彼は懐から財布を出して、払う。通貨はナファイ王国では統一されていた。

「お前の薬湯は、私に効くらしい。よく知らない土地で、ありがたいことだ。……それは、私のものか」

 シェントロッドが顎をしゃくると、レイゼルはハッとして作業台を見た。紙包みがいくつか置かれている。彼女は急いで布袋を手に取り、入れようとしながら言った。

「はい、ええと、一日に一度、煎じて飲んでください。とりあえず三日ぶ」

「ここに毎日、飲みにくる。それでいいだろう」

 遮るようにシェントロッドが言うと、レイゼルは目を見張った。

「毎日!? あの、毎日ここにいらっしゃるんですか!?」


(何を驚いているのか)

 シェントロッドは不思議に思った。

 食事をあまりとらないリーファン族である。飲食は保存食か、もしくは外で、が基本だった。自分で火を熾して薬湯を煎じることなど滅多にない。人間族しかいない守護隊隊舎の食堂で、薬湯を煎じることを頼もうとも思わない。


 店主は、大きな目で彼を見上げて言い募る。

「だって、守護隊の隊舎からここまで、歩いたら半刻(一時間)近くはかかります!」

「あ? 何だ、知らないのか」

 シェントロッドは笑い、そして頭を軽く外へ向けて振った。ついてこい、という合図だ。


 小屋の外は、日が高く昇っていた。シェントロッドは水車の方へ回り込み、小川のほとりで足を止めて振り向いた。

 ちょこまかとついてきていたレイゼルが、数歩離れたところで足を止める。


 人間族はリーファン族から見ると実に頼りないが、この店主は輪をかけて頼りない。服からのぞく首、そして手首や足首の細さを、レース飾りが強調しているような気さえする。

 シェントロッドは思わず尋ねた。

「お前は、一人で薬湯屋をやっているのか?」

「はい、そうです」

「畑の世話は……」

「やっています。村の人が手伝ってくれますが」

「小屋の中に薬草があったが、森にも入っているのか」

「? ええ、それはもちろん」

 不思議そうなレイゼルの様子に、シェントロッドはゆるゆると首を振ってしまった。

(どこかで行き倒れてもおかしくないような娘だ。もし行方不明になったら探してやらねばな)


「……まあいい。隊舎への移動の話だったな。お前はリーファンの薬を作るくらいだから、界脈についてはそれなりの知識はあるのだろう」

 聞いてみると、レイゼルは答える。

「は、はい……薬に関係することぐらいですが」

「私はリーファン族であり、界脈士だ。界脈に乗ることができる」

 シェントロッドは説明する。

「特に、川は表出しているから乗りやすい」

乗る(・・)?」

 レイゼルは首を傾げた。 


 シェントロッドは水車の近く、小川の縁に立つと、もう一度彼女を振り向いて言った。

「乗ってしまえば、移動はすぐだ。ではな。明日、また来る」


 そして、小川に向かって跳んだ。


「あっ!」

 驚いたような声が聞こえたが――


 そのときには、シェントロッドはつま先から、すうっ、と川の中に沈んでいた。

 身体の輪郭が溶けるようになくなり、彼は一粒の光球になって、水の中を上流へと駆け上っていった。川岸の草花が照らされて、一瞬浮かび上がっては日陰に沈む様子が視界を駆け抜けていく。


 ふいっ、と川から上がったときには、シェントロッドは再びリーファン族としての姿をとっていた。

 目の前には川から土手を上る道があり、守護隊の隊舎が見えている。


 彼は自分の肩に手をやり、関節を動かしてみながらつぶやいた。

「順調に、回復はしているようなんだがな。まあ、まだしばらくは川だけの移動にしておくか……」

 彼はゆっくりと坂道を上りながら、思う。

 レイゼルの薬湯屋に通えば、彼の体調も良くなっていくかもしれない。そう思うせいなのか、それ以外に何かあるせいなのかはわからないが、彼は少し明日が楽しみだった。

リーファン族にとって2年前は「ついこの間」です。

人間の女の子の17歳→19歳の変化なんて知らない。

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