第95話:女の子にまつわるアレコレ
前回の続きになります。
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グループにはアイドルが要る。ただモサモサしたものたちが徒党を組んで数だけ集まったとしても、グループの評価は上がらない。「この人がいるからこのグループに入っている」と言わしめる、グループの核になる人間。そういう人間が必要なのである。
「そうなれるのが、女の子だったら二瓶さん、男の子だったら富永くんってわけ。『アイドル』がいれば、グループ全体の数が少なくても一目置かれるようになる」
男子の人気などに全く興味が無かった宏人は知らなかったが、志保によると、富永はクラスの女子に人気があるらしい。
「ちょっと悪そうに見えるところがいいのかもね。でも、外見に反して、性格良いみたいでよかったわ」
「イイ性格してるのはお前だろ」
瑛子の勧誘を宏人に任せる裏でこそこそと別の人間を勧誘していたというのだから恐れ入る。もう少しその経緯を詳しく説明するように促すと、
「別に大したことはしてないけどね。先週の水曜日から今日までずっとお家にお邪魔してただけよ。それで、ホクトくんとかミズホちゃんと遊んだり、富永くんを説得したり、お夕飯をご馳走になったりしただけ」
簡単な答えを返したのち、遊園地で無駄金を使わされた日曜日は、本当は朝から行く予定だったと嫌味っぽく付け加えた。
「誰かさんが誘ったりするから、あの日は結局午後からになっちゃったけどね。ま、いいわ、結果オーライってことで」
たそがれの中で満足げな声を出す志保のその横顔を見ながら、宏人は呆れていた。
「お前さ、富永と話したことなかったんだよな?」
「皆無よ。全くのゼロ。朝のあいさつをしたことも無い」
にもかかわらず、ひとりで会いに行って依頼を伝え、その依頼を果たしてもらうために即時行動できるとは常人の業ではない。それはそれとして、志保がただ人に命令するだけで自分の手を汚さないような悪の黒幕然とした人間ではなかったことは分かり、その点についてはホッとした宏人だったが、
「でも、富永を誘うことについて、一言あっても良かったんじゃないのか?」
釘を刺しておきたいこともあった。
志保は不思議そうな声を出した。
「何が?」
「いや、何がって……新しくオレたちのグループに入れる人間について、前もって相談してくれたりとか、そーいうのあってもいいだろ」
志保はやれやれと首を横に振った。
「仲良しグループを作るわけじゃないのよ。わたしが必要だと判断した人間を入れる、それだけよ。相談なんか時間の無駄でしょ」
「……お前、ひょっとしてオレを苛立たせることが趣味なんじゃないだろうな?」
「まさか。趣味は編み物よ。今度マフラーでも編んであげようか? わたし、カレシとおそろいのマフラーをするのが夢なの。セーターでもいいけど。どっちがいい?」
宏人は大きく深呼吸した。まがりなりにも彼女は女の子である。女の子に対して、男にするのと同様の振る舞いをしていいのは、せいぜいが小学校の低学年までだろう。
「女の子はコワレモノなのよ。ガラス細工のように繊細なの。女の子には優しく接すること。取り扱い注意!」
小さい頃から、家族、特に姉からしつこくそう言われて育ってきた宏人には、他の同年代の男子よりは女の子に対して寛容であるという自負があった。そして、仮に本当に繊細な女の子などいたとしたら、それはもうあらゆる困難から彼女を守ってやろうという確固とした意志もある。ほんの数日前までは、「守ってあげたい女の子候補」がいて、それが二瓶瑛子だった。ところが、彼女は繊細どころではなかった。強靭な意志を秘めた、ガラスはガラスでも特殊強化ガラスである。隣を歩く少女は、なおその上を行く鋼の魂の持ち主。
「なあ、藤沢。どっかに可憐な女の子、転がってない?」
「今度紹介するわ」
「マジで!」
「わたしが知ってる子で凄いカワイイ子がいるからさ」
「へえ、でも、女が言う『カワイイ』ってあんまり信用できない――」
ふう、という重い息が聞こえたときには、宏人は志保からニ、三歩離れていた。振り向いた宏人の目に、しゃがみ込んだ志保の姿が目に入った。驚いた宏人が近寄ると、志保はうつむかせていた顔を上げて、何でもないと言うと、どうにか立ち上がった。しかし、明らかに「何でもある」様子で、ふらふらとして頼りなげである。思わず倒れそうになったところ、とっさに伸ばした手で宏人は志保の腰を支えた。
「おい、大丈夫か?」
間近で見た志保の目は、濃い疲労の色を映した半眼だった。
「ちょっと疲れちゃったみたい」
まだ団地街を出ていない。近くにあったベンチに志保を座らせると、宏人は目に付いた自販機からペットボトルの水を買った。
「ありがとう」
志保はごくごくと喉を鳴らして水を飲んだ。
宏人は、志保の前髪を掻きあげてその額に手を当てた。
「熱は無いみたいだな」
「……セクハラ」
「可愛げも無いし」
志保は座ったまま頭を俯かせた。
「この一週間、ちょっと人にあたりすぎたわ。あんまり人と話さないからさ、少し話すと疲れるのよ。先週の木曜日に電話できなかったことあったでしょ。あなたが怒り狂った件。あのときもね、ずっと富永くんのとこいて疲れちゃって、家に帰ったら電話する気持ちだけはあったんだけど、できなかったの。ごめんね」
立ったままの宏人の目に志保の背が映っていた。やけに華奢な背だった。
「オレにも声かければ良かったんだよ。富永のところには交代交代とかで行けばよかっただろ」
志保の口元から、ふふふ、という弱い笑い声が立ち昇ってきた。
「やっぱり倉木くんはアレだね、将来の夢は騎士なんでしょ」
皮肉めいた言葉には、志保の矜持が秘められていた。自分は助けられなければ生きていけないような人間ではない、と彼女は言っているのだった。
しばらく経ち、志保が落ち着いた状態になって立ち上がったところで、宏人は彼女の前に手を差し出した。志保は怪訝な様子で宏人を見ていた。
「家まで送ってく」
「まあ、ありがとうございます。騎士さま」
宏人は冗談を聞き流すと、何かを要求するようにさらに手を突き出した。
「なに?」
「鞄をよこせ」
「自分で持てるわ」
「お前ホント可愛くないな。『ありがとう、倉木くん、ポッ』って感じで素直に渡せないのか?」
「最後の擬音を、『ペッ』に変えてくれない」
「おい、何でツバ吐く感じになってんだよ!」
「じゃあ、『チッ』」
「舌打ち!? 頼むからオレの女の子に対するイメージを下げないでくれ、もうこれ以上」
「分かったわよ。それじゃ、ご馳走してくれたミネラルウォーターの分くらいは、『女の子』してあげるわ」
虚空を掴んでいた宏人の手が滑らかな感触をとらえた。
仲良し中学生カップルの出来上がりである。
「おーい、シホさん。何で手つないでんの? カバンをよこせって言ったんだけど」
「わたしぃ、また気分悪くなってぇ、倒れちゃうかもしれないからぁ、倉木くんが手をつないでてくれると嬉しいんだけどぉ」
志保はもじもじしながら上目づかいで宏人をちらちら見た。
「……それが、お前の考える『女の子』か?」
「なんかこんな感じでしょ、男子受けする女の子って。いかにも守られないと生きてけないみたいな感じでさ。そんな女の子、漫画の中にしか生息してないのに。男子っておめでたいよね。女の子っていうのはね、めちゃめちゃズル賢くてタフなのよ」
「おい! 『女の子』するんじゃなかったのか? お前、今、確実にオレの女の子に対するイメージを下げてるぞ。このまま下げてくと、男子の評価よりも下になるだろ。オレが女の子に幻滅して、その勢いで男に走ったらどうしてくれんだ! オレのノーマルライフを返せよ」
志保は、鼻をすするような音を出した。目を伏せ気味にして、ごめんなさい、とうるんだ声を出す。
宏人は背筋にぞわぞわするものを感じた。
「分かったよ。普通にしてくれ。オレの方が倒れそうになるだろ」
宏人は志保の手を引くと薄闇の中を歩きだした。団地街を出て、車道沿いの歩道に入る。しばらく歩いたが、やはりあまり具合が良くないのか志保は何も話さなかった。こちらから話すのも気が引けた宏人は、そう言えば女の子と手をつないで歩くのはいつ以来だったろうか、などとふと自分の暗い青春を振り返って、どんよりしてしまった。
宏人の手にすっぽりと収まっている志保の手は小さくて儚げ。そのたよりなさに、
――藤沢もやっぱり女の子なんだなあ……。
そんなことを考えてしまった宏人は、何だか急にこの状態が恥ずかしくなってきた。傍から見る分には、男女手と手を取り合っていれば、これはもう恋人同士にしか映らないだろう。宏人の足取りが緊張にぎこちなくなった。
「どうかしたの?」
二人の歩が合わなくなってきたことを怪しんだ志保が訊いてきたが、まさか照れくさくなったなどということは死んでも口にできない。そんなことを知られたら最後、死ぬまでからかわれるに違いない。
「ベツニドウモシテナイサ」
「なにそのうさんくさい片言? またイメチェン?」
「そ、そんなことより、お前さ、アレだよ、アレ!」
宏人は慌てて話題を探した。
「はい? 何、アレって?」
「いや、だからさ、アレ的なアレだよ。ほら、その……アレ、アレ! そうだ! 次のターゲットは誰なんだよ、オレたちのグループに入れる」
「目星はつけてるんだけど準備が整ってない。整えてから話すわ。今度はあなたにやってもらうから」
「ホントに秘密主義だよな、お前」
「そういうわけじゃない。自分でできることは自分でやりたいだけよ。わたしたちパートナーでしょ。互いを信頼しましょうよ。わたしを信じて、ヒロト。わたしもあなたを信じるから」
擬似カップル状態に心揺らしているときだっただけに、宏人は迂闊にも胸を鳴らしてしまった。
志保はにんまりとした笑みを作った。
「今の『女の子』っぽかったでしょ?」
この小説をお気に入り登録してくれている20名、並びに毎日読んでくださっている100名前後のかたがたに告ぐ! キミタチは完全に包囲されている。大人しく感想を書きなさい。郷里のお母さんは泣いているよ。
「感想を書かない読み手に育てた覚えはないわよ。早く感想を書いてあげなさい。coachさんが可哀想じゃないの」
ほら! お母さんの声が聞こえて来たでしょう。改心しなくてはいかんよ、キミタチ。まだ間に合う。さあ、一言。