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プラトニクス  作者: coach
93/280

第93話:土を捲き重ねて来る

今回は宏人の話です。

第85話の続きになります。

お楽しみください。

 遊園地という名の戦場で大敗を喫してから、二日が経っていた。ひどい戦だった。宏人(ヒロト)の感慨は深い。敵軍の(かなめ)であり心のヒロインであった二瓶瑛子の獲得には失敗し、のみならず、部活をサボってまで援軍に来てくれた友人、大村雅紀の信頼を失った。さらに、這々(ほうほう)(てい)で逃げ出したところを、味方であるはずの藤沢志保に追撃される。

 もうなんというか、メチャメチャである。再起を図る気力も無い。

 現在の状況は、おおよそ先週までのものと変わりはなかった。つまり絶望的な状況ということである。宏人は相変わらずクラス内で孤立しているし、仲間であるはずの志保は相変わらず可愛げがない。瑛子とは話さなくなった。彼女の方は、遊園地での一件を大して気にしていないのか、普通に話しかけてくるのだが、宏人の方が話したい気持ちがなくなったのである。せっかく瑛子が話しかけてきても、二言三言形だけ言葉を返すと、それで終了の笛が鳴る。およそ男らしい態度とは言えないが、彼女に対するわだかまりを消すには二日では足りないということだろう。

 特筆すべきことでもないが、宏人と志保が付き合っているという噂が、どこからともなく流れてきた。出所は調べる気にもならないが、ちょっと考えれば分かる。時折、聞えよがしにささやかれるからかいの声を聞くたびに、今さらながら、

「あのアホらしい帽子をぺしゃんこに潰してやれば良かった」

 後悔の念が胸をよぎる宏人。

 二組支配の為にいったんは燃え上がった気持ちは、今はもう鎮まってきていた。瑛子の志保・宏人グループへの加入が絶望的になった今、これ以上あがいても無駄ではないだろうか。現実問題として、状況は全く変わっていないのである。この上は、潔く負けを認めて、一年間ひっそりと生きていくしかないような、そんな気もする宏人だった。

――オレは頑張った。

 誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めてやる他ない。友人の力を借りたとはいえ、自らグループデートをセッティングし、好きな女の子を誘って親交を深めようと努めた。結果は芳しくなかったとはいえ、やる気になれば結構できるもんだ、と自信がついた。この自信を糧にして、二年を乗り切り、三年生になったときに素晴らしい学生生活をエンジョイできれば良いではないか。

――よし! 来年は明るいぞ!

 宏人は自身を鼓舞しつつ、教室に戻った。これから帰りのホームルームを行って、そのあとは、楽しい部活動が待っている。宏人の入っている陸上部は気の置けない仲間で構成されていてクラス内のように陰険な雰囲気はない上、なにより走っていると無心になれる。この世のうっとうしいしがらみ、つまりクラス内トラブルのことを考えずに済む貴重な時間だった。

「オレは風になる」

 帰りのホームルームを終えて、意気揚々と教室を出たそんな時のことである。倉木くん、と小声のくせにやけに鋭く響く声に背中を打たれて、宏人は立ち止まった。宏人は小学生のときのことを懐かしく思い出した。あの頃は、帰りの会が終わるやいなや脱兎のごとく、教室を抜けて廊下を駆け抜けたものだった。今もそうすれば良かった!

「ちょっと今日付き合ってくれる?」

 隣に立つモジャ頭の少女が、形ばかりの疑問形で言ってきた。

「よく聞けよ、藤沢。家では姉貴、学校ではクラスから虐げられてるオレが唯一自由になれる時間がこの部活の時間なんだ。それをお前は……」

「以下のウンタラカンタラを話す時間は省略して。今日部活休むこと、部長さんに報告してきてよ」

「聞けって言ってるだろ」

「校門で待ってるから、早くね」 

 きびきびとした口調でそれだけ言うと、志保はさっさとその場から離れた。生徒用玄関に向かっているのである。宏人はため息をつくと、彼女の小柄な背をゆっくりと追った。陸上部の部室は校舎外にある。生徒用玄関から外に出なければ辿りつけない。部活に出られないということで落ち込んだ顔で部室に行った宏人は、その消沈した様子から体調不良を疑われ、こちらから言いだす前から、

「今日は休んだ方が良さそうだな、ヒロト」

 と部長に優しく(さと)される始末だった。

 宏人はアットホームな部室に未練を残しつつ、じめっとした梅雨空の下、校門まで歩いていった。

――二日前に「バカ」呼ばわりしたくせに、よく気軽に話しかけられるよな。

 外から見ている分には、路傍に咲くタンポポのように慎ましやかな様子で立っている志保に近づきながら、宏人は不思議に思った。瑛子にしてもそうだが、こちらが気まずいと思って作った心の壁を、彼女たちはやすやすと飛び越えてくる。宏人としては、その差は単純に男女の差だと思いたかった。

――精神年齢の差じゃないだろうな。

 大人の志保・瑛子に対して、子どもの自分という図式を考えてしまった宏人は、何だかそれもありそうな気がして怖くなってきた。宏人の行動はすべからく子どものそれで、志保・瑛子の二人は宏人の行為に手を焼きつつも、「かわいいネ」と目を細めるのだ。宏人はぶんぶんと頭を振って正気を保とうとした。

「どうしたの?」

 怪しむような目を向けてくる志保に、宏人は笑みを浮かべてみせた。

「何でもないよ、藤沢さん。さあ、今日は一体、何の用なんだい?」

「熱でもあるの?」

「いや、全然元気さ。どこにだって付き合うよ」

「その無駄に爽やかな口調、やめてくんない? なんかムカツク」

「ハハ、女の子が『ムカツク』なんて、はしたないぞ。気にしないでくれ。ちょっとイメチェンしようと思ってるだけだからさ」

「イメチェンは失敗よ。今すぐやめて」

 志保はぴしゃりと言い放つと、曇り空のため昼なお暗き中、すたすたと歩きだした。宏人は、口調を大人びたものにすることによって精神年齢を高く見せようとすることは潔く諦めて、彼女の横に並んだ。いったいこれからどこで何をする気なのか当然の疑問を投げつけてみたが、志保は答えようとしない。代わりに、

「日曜日の件、説明してくれたら教えてあげる」

 しつこいことを言ってきた。

「それだけ二瓶さんの存在は大きい。二組を牛耳るためには彼女の力がどうしても要る」

 宏人は口をつぐんだ。瑛子の獲得失敗の件を詳しく話せば、瑛子の志保に対する評価も同時に話すことになる。それは志保に聞かせたいことではなかった。仮に志保がそれを聞いてショックを受けたりしないとしても、それは宏人には関係ない。これは、子どもの我がままだと思われても構わない。

「頑固だなあ、まあ、いいわ。じゃあ、黙ってついてきて」

 仏頂面の宏人に、志保は呆れたように言った。

 団地棟の並ぶ住宅街につくまで、およそ四十分ほど歩いた。五階建てくらいの白色の団地が灰色の空を背景に十数棟林立していた。団地の間を縫ってすいすいと歩いて行く志保についていくと、少し広めの公園に出た。棟と棟の間の、主に子どもを遊ばせるためにあるような広場である。今にも降り出しそうな暗い空もなんのその、子どもたちは元気な歓声を上げていた。遊具で遊んでいる者、縄跳びをしている者、ボールを蹴って遊んでいる者、さまざまである。

 志保はきょろきょろとあたりを見回すと、少し離れたところにあるブランコに近づいていった。四つあるブランコの一つで五歳くらいの男の子が勢いよく立ちこぎしていた。

北斗(ホクト)くん」

 志保が親しげに声をかけると、男の子は、完全に動きを止めていないブランコから華麗に舞い降りて、地面に着地し、駆け寄ってきた。乱暴な振る舞いをされたブランコがギコギコと抗議するような音を立てる。

「シホ(ねえ)。今日も来てくれたの?」

「昨日、約束したでしょ。女に二言は無い」

「じゃあ、今日も遊んでくれんの?」

「もちろん」

 やったあ、と顔を輝かせて喜びの声を上げた少年は、志保の後ろに所在なげに佇んでいる宏人に目を向けた。

「シホ姉。あれ、誰?」

「誰だと思う?」

「カレシか?」

「のようなものよ。あと、ホクトくんの新しい友だちでもある」

 五歳児からじろじろと値踏みされるように見られた宏人は、そろそろ事情を話してくれても良いだろう、という目を志保に向けたが、志保は、

「ホクトくん、お兄さんは?」

 と知らぬ風でいった。

瑞穂(ミズホ)と砂場でおままごとしてる。女って何であんなバカみたいな遊びが好きなんだよ?」

「そのバカに付き合える男の子がモテる」

「妹にモテたってしょうがないじゃん」

「いいこと教えてあげる、ホクトくん。女の子にモテたかったらね、まずは一番身近にいる女の子にモテるように努力することよ。身近にいる子にモテないのに、他の子にモテるわけないからね」

 その理屈でいくと、宏人の場合は、姉にということになる。女の子にモテることは潔く諦めたほうが良いようである。

 さっぱり要領を得ない宏人が、二人の後について公園を横切って、砂場がある所まで行くと、下ろしていた腰を上げた男がいた。どこかで見たことがあるような顔であると思っていると、そのはずだった。クラスメートである。宏人より少し背が高い彼は、ベリーショートの髪にまっすぐに引かれた眉、少し浅黒い精悍な顔立ちをしていた。

――富永じゃないか……。

 なにやら親しげな雰囲気の二人を見て、どういう知り合いなのか、宏人が疑問を持っていると、

「よお、倉木」

 と富永が声をかけてきた。あまり親しく話したことがない宏人としては、どう答えてよいものか分からず、あいまいに手を挙げるに止めた。

一哉(カズヤ)兄ちゃんっ!」

 近くの砂場から少女が肩を怒らせて、富永を見ていた。四、五歳くらいの年である。

「ちゃんとやってよ!」

 富永は、分かったよ、と少女をなだめたあとに、こちらをにやりとした顔で見て、

「ところで、ミズホ。お前のおままごとに参加したいって言ってるやつらが三人いるけど、どうする?」

 いった。

 少女の顔からビームが発せられて、その光が志保と北斗、そして宏人を打った。

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