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プラトニクス  作者: coach
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第92話:やらなくても分かることもある

 草取りに情熱を燃やせる中学生がどのくらいいるだろうか。いや、これは中学生に限った話ではない。「草を取ってるだけで幸せ」という人がいたら、まあ、趣味は人それぞれであるとしても、生温かい目で遠巻きに見守っていた方が良い。けして近づくこと(なか)れ。

 草の小山を脇に作りどんどんその頂きを高くしている更紗(サラサ)にしても、別に草取りが好きだというわけではない。単に好きな人と話しながらの作業だから、楽しく行えているだけである。彼と話しながらできるのであれば、作業は何だって良い。草取りよりもロマンチックな共同作業は世にいくらでもあるだろうし。

 雑草取りは現在の仕事であり、仕事は行わなければいけないというだけのことであり、しかし、今日はそれが思いがけず楽しい作業になったという話であった。更紗にとってはそれだけ。

 更紗の近くにいる、同じ部活の少年、美化委員長、そして将来の恋人候補は、それぞれ委員会活動というものを真面目に捉えているようで、時に話しながらもダレることなく集中して取り組んでいた。

 しかし、である。当然、「草取りなんかヤッテランナイ」と考える同級生もいるわけで、実に十二人いる美化委員の中の半分に当たる六名は、まったく手を動かしていなかった。動かすのはもっぱら口ばかりで、草を取っている振りをして、いやロクにその振りもしないで、ぺちゃくちゃとしゃべりまくっている。それに気づいてはいたものの、更紗は特に気にしなかった。(ヒカル)の近くにいられるということが更紗にとっては重要なのであって、その他のことはどーでもいい。こっちに近寄って来て、輝との団欒(だんらん)を壊しさえしなければ、何でもしていてくれ、という気持ちである。

「ちょっと注意した方がいいよね」

 そんなことを、委員長ならば別だが、輝が言いだしたので、更紗は内心慌てふためいた。この至福の時間が台無しになるではないか! まさか輝に直接訴えるわけにもいかない更紗としては、彼がじいっと遊んでいる集団を見ているのを、おろおろしながら見つめるしかなかった。

「無駄だからやめた方がいいよ」

 草を取る手を休めもせず、輝を穏やかに制したのは委員長である。彼は続けて、今清掃活動に勤しんでいない六人は以前の委員会活動のときも今回同様遊んでいたのであり、そのときに注意しても効果は無かった、と告げたのち、

「疲れるだけだよ」

 と結論づけた。

「やってみないと分からない」

「やってみないと分からないことはあるけど、裏返し、やらなくても分かることもある。やらなくても分かることに力を注ぐのはエネルギーの無駄。そんなことするより、君には黙々と草を取ってもらった方が、君自身の精神衛生上もいいし、この中庭の為にもいい」

「責任感が無いんだな。委員長のくせに」

 輝はムッとした顔を作った。彼のそんな顔を見るのは初めてだったので、更紗は驚いた。一方、委員長の方は特に感情を乱さず、挑発を受け流した。

「この立場に未練は無いよ。責任を取れっていうならいつだって辞めてやるけど」

「そういうことじゃない。委員を監督するのがキミの役割だろ。なんで役割を果たさない?」

「分からないことを言う人だな。できないことをやろうとしても無駄だって、さっき言っただろ。二度同じことを言わせるなよ」

 内容は険のあるものだったが、声や表情は全く平静な委員長。しゃべりながらも彼は、せっせと草を抜いていた。とりつくしまもない。輝は苦い顔をした。外で話を聞いていた更紗は、不本意ながら、委員長の意見に賛成だった。輝の味方をしたい所であるが、委員長の意見の方が現実的である。仮に輝が注意したとしよう。しかし、注意されて素直にそれに従う中学生がいるだろうか。そんな純真な中学生がいたとして、それなら初めから草をむしっているはずである。

「レイ、君の意見は?」

 委員長にそれ以上話すことを諦めたのか、輝は矛先を変えた。我関せず、といった風で一心に草を取り続けていた加藤少年がふと顔を上げた。

「意見て、何について?」

「オレたちだけ掃除して、やらない人がいるのは公平じゃないだろ、そう思わないか?」

「世の中、公平にはできてない」

「そんな大きな話はしてない」

「小さいことならなおさらだろ。人より多く草を取ったからってそれが何なんだよ。他人の分まで掃除してやったからって、それで自分が安くなるわけでもないだろ」

 からからと笑う声が委員長から上がって、「君はそういうヤツだよ、レイ」とさも楽しそうに言った。更紗には、いまいち加藤少年が言ったことが分からなかったが、ただ彼がこの件に興味がないということだけは分かった。

 嫌な汗が背を伝った。一生懸命作業に向かっているがゆえの汗だと思いたかった。が、輝がこちらを見ているのに気がついて、希望は、根を切られた雑草のようにどこかに飛んでいった。輝は明らかに更紗に意見を求めていた。

 輝の意見に賛同するのは簡単な話だった。「わたしもそう思う、一緒に注意しにいこう」と言えば済む話。しかし、そんなことをすればどうなるか。不毛な説得、不愉快な罵声。それに輝と一緒に耐えるというシチュエーションもそれはそれで良い。問題なのは、輝にのこのこついていって一緒に注意した一事を以って、更紗が輝のことが好きなのだという邪推をされること。また、こちらの方がより問題なのだが、輝が注意された少年少女とトラブることである。楽しい学園生活を希望しているのに、つまらないトラブルを起こしては仕方ない。

――そういうことを阻止するのは未来の恋人であるわたしの役目だわ!

 更紗は母性愛に目覚めた。純心ではあるが世知に疎い少年を助けなければならぬ。更紗には、輝の為になるのであれば、どんな愛にも目覚める覚悟がある。お兄ちゃん、と呼んで妹になることも辞さない。いや、むしろなりたい。

「サラサちゃんはどう思う?」

 軽く咳払いした更紗は滔々(とうとう)と説き伏せた。曰く、そもそも委員を監督するのは委員長の役割で、委員長が黙認しているのだから仕方ない、と。曰く、別に彼らが掃除をしなくても我々に何らかのペナルティーがあるわけではない、と。曰く、掃除なんかのことでいちいち目くじらを立てることなどない、と。

 更紗はできるだけ論理的にかつゆるやかに話をした。男性は論理的な話が好きだということを何かの雑誌で読んだのである。女性に上から話されるのを嫌うということも読んでいたので、おそるおそるといった調子で話しもした。自分的には完璧だった。

「サラサちゃんがそう言うなら」

 という納得の吐息が落ちて、草取りという単純作業に戻り、とりとめないことを話し続ける幸せな一時間が待っているはずだった。

「それ、本気で言ってるの、サラサちゃん?」

 待っていたのは、血も凍るような冷たい声だった。

「え……」

「本気なのかって訊いてるんだけど」

 輝の目に軽蔑の色が浮かんでいるのが見えて、にわかに更紗の鼓動が速くなる。何をしくじったのかは分からないにせよ、失敗したという事実だけは理解できた。とはいえ、うそでーす、などと笑って前言を撤回する勇気も無いし、撤回した所で正しい回答など分からないのだ。石化した更紗の耳に、

「ペナルティがどうとかじゃなくて、やるべきことをやるかどうかだろ。サラサちゃんならオレの味方をしてくれると思ったのに」

 低調な輝の声がうつろに響いた。

「そんな大した話でも無いだろ」

 という委員長の突っ込みを無視するかたちで、輝は決然と立ち上がると、楽しげな声を上げて無駄話を続ける一団へと向かって行った。そのあとに起こったのは、聞くも無惨な罵り声だった。

「草取り? やりたいやつだけやればいいんだよ」

「オレの分まで取ってくれていいよ」

「なんであんたに注意されなくちゃいけないの?」

 あげくの果てに、

「顔がいいと思って調子に乗ってんじゃないの?」

 ということまで言われる始末。少し離れたところからそれを窺う格好になっていた更紗は気が気でない。愛しい人がひとりで、実に六人のゴロツキを相手にしているのである。よっぽど助けに行きたかったが、輝に冷たくされたショックで足が動かない。

 輝が彼らの説得を諦めて、こちらに帰ってくるのにかかる時間は長くはなかった。せいぜい五分くらいのものだろう。しかし、更紗にはほとんど永遠のように感じられた。六人のロクデナシどもは、再び内輪の話に花を咲かせ始めた。その中にたまに輝への悪口が混ざる。戻って来た輝は、腰を下ろすと、黙々と草を取り始めた。一応ほっとした更紗だったが、先の一時間と一転して、雰囲気は気まずくなった。誰も一言も話さない。なにせ前の時間に話題を提供していたのは輝だったのである。委員長と加藤少年はもくもくと草を取り続けるし、更紗は更紗で、輝に嫌われたかもしれない、という恐れに押しつぶされて口を開くことができない。結局のところ、沈黙は、委員会活動終了時まで続いた。

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