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プラトニクス  作者: coach
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第91話:陰謀倶楽部

今回は更紗ちゃんのお話です。

 目標や計画性とは無縁の人生。

 例えば、もらった小遣いは貯めもせず使い尽くすが(ごと)き。

 例えば、冷蔵庫に入っていたお菓子は肌荒れを気にせず食べ尽くすが如き。

 例えば、夏休みは宿題を忘れ八月末日まで遊び尽くすが如き。

 そういうどうしようもない生き方を更紗(サラサ)はしてきた。どうしようもない、ということを認めつつどうにもしようとしないところが、更にどうしようもない。

「それでも生きていけるんだもんっ!」

 そんなカワイコぶった言い方で己の無計画の全てを肯定できていたのも、もはや過去の話である。 

 更紗は生まれ変わった。

 なにゆえ? 

 無論、恋ゆえにである。

「花も恥じらう乙女を変えるものがその他にありましょうか、いや無い!」

 更紗ははっきりと断言する。

 その場にいた友人たちは、勝手にしろ、と言わんばかりの様子で、思い思いに少女コミックを読んだり、テーブルで勉強したりなどしていた。更紗の部屋である。一人っ子の彼女は、中学生にしては豪勢な十畳の部屋をあてがわれているが、さすがに更紗含め七人の女の子が集まると、ちょっとうっとうしい密度になっている。ひとりふたり出てってくれればいいのに、と言葉には出さないが皆心の中では思っていた。

「このわたし水野更紗の目標とは何か? それはこの会の目標でもある所、ずばり、更紗に恋人を作る。その目標達成のためには綿密な計画が必要なのであります」

 更紗は、ベッドの上に立ち上がって熱弁をふるったが、あいにく誰も仰ぎ見てくれる者はいなかった。

「綿密な計画!」

 なかなか良いフレーズである。気に入った更紗は連呼してみた。集いし六人の勇者たちの一人、眼鏡とお団子ヘアーに至上の美を隠す、田辺杏子が皆を代表した。

「いったいどんな計画なの?」

 更紗の体が宙を舞った。ベッドのスプリングがきしんだ音を立てる。一瞬後、華麗にフローリングに着地した彼女は、不敵に胸を反らした。

「よくぞ聞いてくれました。名づけて、『ヒカルくんには好きな人が既にいるらしいよ』作戦。ヒカルくんに気があるようなことを言う女子に、『ヒカルくんには心に決めた子がいるらしい』と言って、速やかに諦めさせる作戦よ」

 杏子はびっくりした顔を作った。

「でもサラサ、それ嘘じゃない。いくら何でも嘘つくのは良くないでしょ」

 たしなめるようなことを言う友人に、更紗は、やれやれと首を横に振った。

「あのねえ、アンコ。ちゃんと聞いてた? わたしは、『心に決めた子がいるらしい(・・・)』って言うようにって、そう言ったのよ。らしいっていうのは推測で事実じゃないわ。推測なんだから間違ってることもある。ウソとまでは言えないでしょ」

 友人たちはちょっとひいたようだったが、その距離を埋めるかのごとく更紗は力強く一歩前へ踏み出た。

「いい? これは戦いなのよ。一学年に女子は百人いる。それだけの人数が、ヒカルくんのことを好きになる可能性があるわけだから、なりふり構っていられないのよ。一対百なんだからね。策を用いても卑怯とまでは言えないでしょ」

 いやむしろ当然の行為である、と更紗は力説した。絶対に負けられない戦いなのだ。

「絶対に負けられない戦い!」

 更紗の手前勝手な戦いに巻き込まれる格好となった友人たちの中から、さっさと告白すればいいんじゃないか、という誠にもっともな意見が上がったが、更紗はもっともな意見というのが嫌いだった。

「告白すれば早いじゃない。案外うまくいくかもよ」

 じろりとねめつける更紗の方を見ていない友人は、あろうことか自分の体験談を語り出した。断られるかもしれないと恐怖しつつ勇気を出して告白した結果、OKをもらえた時の甘い、いささか甘ったるい経験談が話された。自分が恋をしているときに聞く他人の恋の話ほど聞くに値しないものはない。更紗は、後日談、すなわち現在のラブラブ状況まで話し続けようとしている友人を遮った。

「悪いけど、シオリのカレシとヒカルくんじゃ違いすぎて、参考にならない」

 かなり直接的にカレシを馬鹿にされた少女の目がきつくなった。

 ひととき、二人の少女の間に険悪な雰囲気が漂った。

「ま、まあまあ、応援してあげましょうよ。なんて言っても永遠に眠り続けるかもしれなかったサラサ姫の初恋なんだからさ」

 別の友人が間に入ったが、

「ずっと夢の中にいれば良かったのよ」

 ぼそりという声が漏れて、

「なにおうっ」

 じゃれあいと言うにはちょっと激しい取っ組み合いが始まった。くんずほぐれつしながら、互いのほっぺたを引っ張り合う二人。その二人から離れる他のメンバーたち。あいだに入ってくれた友人も離れた。もう止めるのが面倒くさくなったのである。

「とにかく!」

 ひりひりする頬に友情を刻んだあと、更紗は改めて六人の友人の協力を取りつけた。

「わたしたちの恩師は言いました、『友だちは助け合うためにいるんだよ』と。師とはまことに有り難いものです。ともすれば方向を見失いがちな私たちを常に導いてくれる。さあ、師の導きに従って、わたしたちも助け合いましょう」

「あんた、わたしのこと何か助けてくれたっけ?」と頬をさすりながら言う少女。

「わたしたちの関係はまだまだ続くでしょ。未来のわたしがきっと未来の皆さんを助けます。だから、現在の皆さんは現在のわたしを助けてください」

 そう強引にまとめたのが、二日前のことだった。

 その一週間前に、更紗は文化研究部に滑り込んでいた。いっこ前の作戦である、『同じ部に入ってヒカルくんと話すチャンスを増やそう作戦』を決行した結果だった。友だちづくりのために文化系の部活動に入りたがっている恋のターゲットを、文化研究部に誘導するのである。工作員の一人であり部長でもある杏子がこれはうまくやってくれた。しかも、更紗は、気があることを悟られないようにするために、彼よりも先に部に入っておいたのである。

「グウゼンだね、ヒカルくん。わたしも杏子に誘われたんだ」

 そう声をかけたとき、微塵もこちらを疑っていない笑顔を返してくれた輝が可愛くてならない。人間、純心なのが一番である。

 それからの一週間は天国であったと言えよう。放課後の一時間半の間、好きな人と一緒の空間にいられるのである。ちゃっかり近くに陣取って話す機会を多くしたりしてみた。何だか、やたら美人が多い部活でその点初めは冷や冷やしたが、ぼおっと誰かを見つめるような風も見せない輝に、更紗は勇気づけられた。

「人間は中身だわ」

 そんな都合の良いことも言えるほどだった。

 そうして週が明けて二日目の火曜日、現在、お昼休み時間。邪魔くさい二時限分を終えれば、また幸せな時間がやってくる。今日は何の話をしよう。輝が話すのを聞くのでも良い。とにかく近くにいて顔が見られればそれだけで満たされるのである。もちろん、恋を成就させるためにはそんなことでお腹一杯になっていたらいけない。しかし、告白云々はとりあえず先のことにしておいて、今はまだそれだけで良い。

 そろそろお昼休み時間が終わる頃になって、更紗はジャージに着替えると中庭へと足を向けた。至福の時間までの残り二時間は、委員会活動なのである。更紗は美化委員であって、美化委員の委員会活動とは校内の美化活動に他ならず、簡単に言えば、掃除である。中庭の青々としているところが今回のターゲットだった。

 梅雨の空はこういう時には有り難い。灰色の雲が空を覆い中庭は涼しげである。そこにジャージ姿で三々五々に集まる我らが美化委員たち。無論やる気はかけらも無い。草取りが好きな中学生などいたら見てみたい。無論、遠目にである。

「や、サラサちゃん」

 横から気安い声がかかって、何奴(なにやつ)、と思った更紗は、ムッと固めた顔をすぐに柔らかくした。いかなる運命の神の悪戯か、いやむしろ祝福か、あとニ時間は会えないはずの恋人――恋しい人の意である――がまさに更紗の眼前に立っていた。あんまり輝のことを考えすぎて幻でも見ているのかと思ったが、どうやら現実のようであった。

「どうしたの、ヒカルくん?」

 美化委員になったのだと輝は答えた。

 更紗は、天上にいます愛の女神に祈りを捧げた。

――サラサは今日からいい子になります。勉強します。家のお手伝いもします。給食はあんまり残さないようにします。お父さんとできるだけ話すようにします。

 しょぼい善行を約束して女神を呆れさせている更紗のすぐ傍で、美化委員長が点呼を始めた。彼は総勢十一人の名を読みあげてチェックした後で、

「こういう話があります。ある日、ナポレオンが靴を磨いていない兵士に、どうして磨かないのか聞いたところ、兵士はこう答えました、『今日のような雨の日に靴を磨いてもどうせ汚れるじゃないですか』と。ナポレオンは烈火のごとく怒り、『ならば、お前はもう食事をするな。人間はどうせ死ぬんだから食事を取っても同じことだろう』と答えたそうです。ボクが言いたいのはそれだけです。では、作業にかかりましょう」

 更紗の読解力ではいまいちよく分からない、でも何となく有り難い感じの訓話を施した。美化委員長には見覚えがある。中背より少し小柄で、まるで女の子のように整った顔立ちの少年。五十嵐俊。人気の男子の一人である。その横にも見覚えのある男子がいて、

「あれ? 加藤くん?」

 先ごろ更紗が入った同じ文化研究部の少年だった。

「加藤くんって美化委員だったの?」

「この前の委員会活動でも会っただろ」

 平静に返す加藤少年。申し訳ないが、彼にはそもそも興味がない上に、しかも前回の活動時に既にカノジョ持ちだったので、よっぽど眼中に無かったのである。

「レイ、こっちでやろう」

 委員長の声に応じて、加藤少年は雑草の生い茂るところへと向かった。どうやら二人は仲が良いらしい。こちらも負けていられない。仲良く輝と草をむしりまくりたいと思っていたら、意に反して、輝まで二人についていった。更紗は躊躇しなかった。危険を冒すことには人一倍敏感な更紗であったが、これは何と言っても神がくれたチャンスなのである。この機会を無駄にすれば、返って天罰が下るであろう。

 更紗は何気ない風を装って、委員長のグループに混ざった。用心して、輝の傍ではなく、加藤少年の傍に腰をおろすことにする。彼の傍であれば、輝に気があることを悟られる危険を多少減らすことができる。

 クールである。更紗は自分に満足した。

 草を取ることがこんなに楽しい作業だとは思わなかった。仕事は一緒にやる人間が大切なのである。二人きりならなお良いが、そこまで贅沢は言えない。

 一時間があっと言う間に過ぎた。

 あと一時間も草を取れる幸せに更紗が朦朧としていると、そこで一つの事件が持ち上がったのだった。

もう一話続きます。

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