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プラトニクス  作者: coach
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第9話:秘密会議と白雪姫

 円卓を囲む五つの小柄な影。

 その影の一つが口火を切った。

「よく集まってくれました、皆さん。まだ、全員揃っていないようですが、始めましょう」

 厳かな声で会議の開始を告げる。

 秘密会議……

 と言えば、夜分に人目につかない所でと相場は決まっている。メンバーの顔も見えないような暗闇の中、声だけがやたらと大きく響き、出入り口は屈強な男たちががっちりと守り、誰も入ることは許されない、そんな場所。

「いらっしゃいませ〜」

 テーブルから離れた所から明るい声が聞こえてきた。

 議長役の少女はそれを聞き流すと、

「では、リコ捜査官から。一組の状況を」

 影の一つに声をかけた。呼ばれた少女が答える。

「は、とりあえず、リストにある男子に動きはありません」

「別れたカップルは?」

「ひと組、しかし、問題にするカップルではありませんが」

「それはあなたが決めることではありません」

「失礼しました。今橋・杉本カップルです」

「問題になりませんね。そんなカップルのことはいちいち報告する必要はありません」

 捜査官は釈然としない顔をしたが、反論はしなかった。

「よし。では、カスミ捜査官、二組の状況を報告してください」

「は、田中くんが別れました」

「なに? 原因は?」

「性格の不一致らしいです。しかし、その筋の情報によると田中くんが二股をかけていたようですね」

「相手は?」

「三組の原田美優」

「く、またしても、カップル・ブレイカーですか……人のカレシを横取りし、そして横取りしたあとは捨てる。田中くんが二股をかけたというよりは、あの女にしてやられましたね。田中くんもこれまでの男子と同じように、そのうち飽きられ捨てられるでしょう」

「狙い目ですか?」

「いくらブレイカーにたぶらかされたとはいえ、二股をかけるような男に興味はありません」

「失礼しました」

「他には?」

「いえ、これと言って」

「よし。では――」

 言いかけた所に、テーブルの横から声がかけられた。

「お客様、ご注文、お決まりでしょうか?」

 テーブルからそれぞれに声が上がる。

「チョコレート・パフェ」

「プリン・ア・ラ・モード」

「ミルフィーユ」

「木の実のエクレア」

「ういろう」

 一緒に飲み物も頼む捜査員と議長。

 甘いものは脳にエネルギーを与えてくれる。会議に必須のアイテムである。

「よし。では、三組は……アンコ捜査官が来ていませんね。誰か理由が分かる人は?」

「そう言えば、調べたいことがあるとかで、図書館に行くと言っておりました」

 そう答えた少女に、議長は疑わしげな視線を向けた。

「男……じゃないでしょうね」

「いえ。彼女はまだ学校で眼鏡を外していないようです。その線は薄いかと」

「彼女にはずっと眼鏡をかけておいてもらうほかないですね。眼鏡をコンタクトに換えたときが、残念ながら我々の別れのときです。……では、ナナミ捜査官」

「は、ういろうが待ち遠しいであります」

「よし。では、四組の情報は……シオリ捜査官も遅れているようですね。先に、六組の情報をユイ捜査官」

「目だった動きはありませんが、学年一位の小谷舞と例の加藤怜が、付き合っているというウワサがでました」

「信頼度は?」

「本人同士は否定しています」

「ふ、それはそうでしょう。肯定してどうします。しかし、加藤怜は、わたしのクラスの川名環と付き合っているから、信頼度は低いでしょう。どちらにしろ、加藤は問題外です。わたしの好みではありません……どうしました、ナナミ捜査官?」

「抹茶をお代わりしたら、はしたないかどうか考えておりました」

「恥を知りなさい。抹茶のお代わりなど聞いたことがありません」

「でも、ういろうを楽しむには、抹茶はおそらく一杯では足りないであります。ういろうは、たっぷりの抹茶と一緒に食べたいであります。そこで、サラサ議長にお願いが」

「何です?」

「議長も抹茶を頼んで欲しいであります。それをわたしにいただきたいであります」

「わたしは、アッサム・ティを頼みました」

「ティを飲んだあとに、もう一杯ということで」

「……紅茶を飲んだあとに抹茶ってどんな人ですか?」

「紅茶を飲んでいたら友だちの抹茶が美味しそうに見えてつい頼んでしまった、食いしん坊のお茶目な中学生であります」

「……まあいいでしょう。それでは、皆さん、結論をお願いします」

 テーブルにつく捜査官からいくつかの男子の名前が挙がると、議長はじっと下を向き考え込んだ。深い沈黙が訪れる。

 メールの着信音が彼女の沈思を破った。

「議長」

 メールを見た少女が声をかける。

「何です?」

「た、大変なことが……」 

「落ち着いて」

「シ、シオリ捜査官が……」

「シオリに何か?」

「今日は会議に参加できないそうです。その理由が……」

 サラサは、はっとした顔を作った。捜査官が言いよどむ理由とは一つしかない。

「そうですか。残念です。シオリはデートですね。友情よりも恋を選んだと言うわけですか……」

 その視線を遠いところに向け、

「彼女はいい友人でした。こんな形で別れなければならないとは残念です」

 感慨深げなため息をつく。

「非常に残念です」

「……議長」

「何です、ナナミ捜査官」

「ういろうが遅いので、ちょっと催促しに行ってもよろしいでしょうか?」

「よし……って、ちょっと、七海。あんた、さっきから、ういろう、ういろうってお菓子の話ばっかじゃない」

「しかし、議長。お言葉を返すようですが、ここはれっきとした和菓子屋さんであります。お菓子の話をするのは至極当然であります」

 彼女たちがいるのは人目のない地下などではなく、こぢんまりとした明るく綺麗な和菓子店だった―洋菓子も扱っている。およそ密談にはふさわしくないが、中学生が気の置けない友人同士でおしゃべりするには格好の場所である。和風の店内には、販売用のカウンターと、店内お召し上がり用のテーブルがあり、彼女たちがついているのがそのテーブルの一つだった。

「それはそうだけどさ……それ、言わないでよ。雰囲気が壊れるでしょ、捜査官」

「捜査官ごっこは終わりよ。さ、報告をまとめましょう。学年の目だった男子に動きはない、と。今日の会議はこんなもんだね。じゃあ、あたし、ちょっとカウンターに」

「わたしが議長なんだから勝手にまとめないでよね、七海。それに来たわよ、注文したもの」

 着物姿の店員が、トレイに洋菓子と和菓子を載せてきた。

「お待たせしました」

 テーブルから歓声が上がる。

「それで? どうするの、更紗(サラサ)。誰かに告白する?」

 細長いスプーンでパフェを掬いながら、少女の一人が言う。

「ま、まあ、ちょっと待ってよ。そう結論を急がずにさ」

 更紗は自分が頼んだエクレアに向かった。

 『更紗にカレシを作ろう』会議。この会議の内容は、学年の主だった男子の動向を把握し、その男子の中から気になる人を選び告白し、見事カレシを手に入れるというものだった。メンバーは七人。もともとは『みんなでカレシを作ろう』会議だったのだが、現在切実にカレシが欲しいと思っているのは、更紗だけであった。他の子は、適当に作っていたり、あるいは興味がなかったりなのである。

「もう誰でもいいから告白してさ、付き合えばいいでしょ、とりあえず」

 友情とはありがたい。投げやりに言うパフェの少女に、

「そんな簡単に言うかな。小学校からの付き合いの友だちにさ」

 と軽くむっとした表情を彼女に向ける更紗。

「友だちだから、ゴールデンウィークに付き合ってあげてるんでしょ」

李子(リコ)だってカレシ今はいないんだから、ヒマでしょ?」

「カレシじゃなくたって、遊べるような子はいるの」

「そういうのありなの?」

「ありでしょ。カレシじゃなくてもさ、そういう友だちでもいいんじゃないの? 紹介するよ、いつでも」

「あたし、そういうのはちょっと……やっぱり、こう、いい人じゃないと」

「いい人、いい人って、王子様でも待ってるんですか?」

「そういうわけじゃ……」

 と言って押し黙ってしまう更紗。しかし、しばらくしてぼそりと続けた。

「……あるかも」

 李子はショックを受けた顔で、隣の友人に向かった。

「今の、聞いた?」

「ええ……な……なんということ。まさか友だちが、白雪姫(スノーホワイト)症候群(シンドローム)にかかってるなんて……」

「スノー……なに?」と更紗(サラサ)

 プリン・ア・ラ・モードのプリンを最後に残すようにして、周りの果物や生クリームから慎重に食べていた少女は、真剣な顔で答えた。

「スノーホワイト・シンドローム。この病気はね、いつまでも理想の男性を待っているうちについに老い衰えてしまうという恐ろしい病気なのよ」

「ど……どうすればいいの」

 青い顔で訊く更紗に、

「適当な男と付き合うこと」

 と事もなげに友人は答えた。顔色を直した更紗が、

「適当って言われてもさ……仮にできたとしても、その男の子に失礼じゃない」

 言うが、

「全然失礼なんかじゃないって。男の子の方だって、カノジョが欲しいって思ってるんだから、とりあえず練習みたいに考えて付き合ってみればいいんじゃない?」

 気軽な声が返る。

 更紗は、ア・ラ・モードの少女を見た。彼女は、小学校の時にすでに一人、中学に入ってからは二人の男の子と付き合っていた。そのどれもが好きな人というわけではなく、友人感覚で付き合っていたようである。

「でも、そんなさ、好きでもない人と付き合ったってさ……」

「付き合うこと自体が面白いと思うけどな、好きかどうかなんて二の次よ」

 プリンに取り掛かりながら、少女が言う。

 そういうもんだろうか。自分がおかしいのか。

「どう思う、七海?」

 問われた少女は、ういろうを食べる手を止め、

「おいしいよ」

 と一言。

「いい加減、その羊羹(ようかん)もどきから離れようよ!」

「失礼ね。ういろうは羊羹とは似ても似つかないものよ。ちょっと食べてみ」

 竹でできたフォークの先にういろうの一切れを刺して、更紗に向ける。彼女は首を横に振った。

「おいしいのに」

 そう言って自分で食べると、何の話だっけ、と訊きかえした。

「庶民を捕まえるか、王子を待つかよ」

 更紗が答える前に、ア・ラ・モードの少女が答える。

 七海は、少し考える振りを見せると、

「わたしならね、王子を捕まえる」

 と力強くいった。

 更紗は彼女をつくづくと見た。ボーイッシュなショートカットによって、頬から顎にかけてのシャープなフェイスラインがあらわになっている。きりとした瞳に意志の光が輝いている。彼女なら言葉通りのことができるだろう。傍にいると、彼女の細身の全身からエネルギーが溢れているのを感じることができた。

「確かに七海ならやりそうね」

 更紗の言葉にうんうんとうなずく同級生たち。

「でも、わたしは王子には興味ないわ。兵士でも農民でもいいんだ。ただ、カッコいい人じゃないとダメ」

 一言付け加える七海。

 どれほどのルックスでないといけないと言うのだろうか。

「見た目じゃないよ。ここ」

 と言って彼女は膨らみの分かる二つの胸の中央をとんとんと指差した。

「佐竹くんはそうじゃなかったってこと?」

 パフェのスプーンから口を離した李子が訊く。佐竹くんとは、バスケットボール部で背も高く女子の間で人気のある男子であり、ゴールデンウィーク前に七海に告白し、見事に撃沈した男子だった。七海は首を横に振った。

「全然ダメ。クールぶってるんだか何だか知らないけど『付き合ってやってもいい』みたいな態度だったから、いらいらした」

「もったいない。わたしだったら付き合うけどな」と李子。

 七海はういろうの残りに向かった。

「じゃあ、瀬良くんとはどうなってるの?」

 更紗の質問に、和菓子がまずかったかのような顔になる七海。

「どうして太一が出てくるの?」

「だって、仲良さそうだから」

「太一とは……」

 七海は改めて可能性を考えてみるような顔をしたが、

「多分、ないわね」

 と首を横に振った。

「なんで?」

「太一にはカッコよさを感じないから。魅力ゼロ」

 信じられないような吐息が周囲から漏れる。更紗も同じだった。確かに女ぐせは悪いが、それでもそのルックスと軽妙な会話能力、女の子に優しいところなどから、瀬良太一と付き合いたいと思う女子はいくらでもいる。例え、それが二、三ヶ月のことだとしても、太一と付き合ったことがあるというのは校内ではそれなりのステータスとなっていた。

「曇りのない心の目で見るのです。そうすれば分かります」

 七海が、冒険漫画の主人公の師匠のようなことを言った。

「でもさ、太一くんは七海のこと好きだと思うけど」

 更紗は食い下がってみた。自分のことではないが、それゆえに興味がある。

「そう見える?」

「見えるわよ。だって、いつも七海にカラんできてるでしょ」

「そうかな?」

「そうだよ。川名さんとか、伊田さんとかもいるのに、七海ばっかかまってくるじゃない」

「あれはね、そういうんじゃないのよ。タマキには、加藤くんがいるでしょ。アヤには相手にされないことが分かってるから、だからわたしにカラむしかないわけ。消去法ね」

「そういうの?」

「さあ、それ以上だとしても、わたしにはどうしようもない話よ」

 涼しい顔で軽やかに言う七海。人気のある男子から好意を向けられているかもしれないのにどうしてこうも平静でいられるのか。彼女といるとたまに自分がひどく子どものように思えるときがある。男子との交際経験の差なのであろうか、とも思ってみるが、他のメンバーはともかく七海にはそちらの方面の話はなかった。この中で一番モテそうなのに、小学生のときから、彼女が誰かと付き合ったという話は聞いたことがない。

「川名さんってやっぱり可愛いよね。わたし、同じ委員会でこの前間近で見たんだけど、肌なんか凄いんだって、肌理(きめ)細かくてさ、思わず触りたくなっちゃった。あの宮田くんがカノジョ作らないのも、川名さんのことが好きだかららしいよ。川名さん、何で加藤くんと付き合ってるんだろ」

 ミルフィーユのパイ生地と死闘を繰り広げている少女が横から言う。他のメンバーからも同意の声が漏れる。もはや「更紗にカレシを作ろう」会議とは全然関係のない方向に話が進んでいるが、更紗も興味があるところだった。どうして学年でも一、二を誇る美少女が、こう言っては失礼だが、とりたてて目立ったところもない男子と付き合っているのか。

「分かる、七海?」

 訊くと、問われた七海は首を横に振った。

「さあ。タマキがどうして加藤くんと付き合ってるのかなんて、興味ないし。でも、わたしが知っている範囲で、タマキの性格を考えると、もしかしたら試してるのかもね」

「試す?」

「そう。自分に相応しい男かどうか」

「どういうこと?」

「加藤くんがどういう人なのか、タマキは探ってるんじゃないかな。ま、勝手な想像だけど」

「良く分からないな。どういう人か分かったから付き合ってるんじゃないの?」

「人は人のことを理解したから好きになるんじゃないと思う。そうじゃなくて、理解したい(・・・)と思うから好きになるんじゃないかな」

 更紗は首をひねった。よく分からない。他の皆も同様だった。七海はひとり、満足した顔で、抹茶を啜っている。

 一行は和菓子と洋菓子とおしゃべりを十分に堪能したあと、店を出た。

 すがすがしい空気に初夏の光が融けている。爽やかな日だった。

「それで、どうするの、姫?」

 横からの友人の言葉に、更紗は厳かに答えた。

「姫はもう少し王子を待つことにします」

 周りから嘆息が漏れる。更紗はそれに負けずに、

「みんなみたいに割り切ることができそうにないからね。こうなったらこの純粋な気持ちを持ち続けることにするわ」

 夢見るように言うが、

「純粋はいいけどさあ。王女でいられるのも長くないからね」

 と厳しい言葉。更紗は妥協した。

「じゃあ、あと一年だけ。一年だけ王女でいることにするから」

「しかし、この時点では彼女は気がつかなかった。この一年が十年になるということに……」

「ちょっと! 勝手なナレーションつけないでよね。友だちでしょ。そうならないように、わたしを助けてよ」

 こうして、『更紗にカレシを作ろう』会議は解散され、新たに、『白雪姫がおばさんになる前に、もしキスしてくれる王子様が現れなかったら、頬をひっぱたいて無理矢理に目覚めさせよう』会議が発足したのだった。

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