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プラトニクス  作者: coach
81/280

第81話:会場は遊園地

前回の続きです。

 目的の駅までは三十分ほどの旅である。蒼を隣にして車両に乗った宏人だったが、彼女の近くに席は取らなかった。いくら何でもそれは気恥ずかしい、というのが一つ。蒼が向かっているのが瑛子の側で、そして瑛子の近くには過剰装飾のピカピカした一団がいて目がイタイというのが一つ。

 最後の一つは――

「お前、誰とも交流を温める気は無いのか?」

 囁き声で言いながら宏人が腰を下ろしたその隣には、伏し目がちな志保が身を縮ませるようにして座っていた。他のメンバーから少し離れた所に、まるでのけ者にでもされているような位置に席を取っている志保に要らぬ同情を寄せてしまった。それが最後の理由である。

「そういう倉木くんは、美人さんにモテモテですね。彼女と交流温めてどうすんのよ?」

 音量を絞ったその声にはうっとうしそうな色が混ざっていたが、宏人は気にしなかった。公共交通機関の中で、かつクラスメートがそう離れていない所にいるこの状況では、宏人の方に分がある。

「まあまあ、()かない、妬かない」

「妬く? 誰が? 誰に?」

「お前がオレにだよ。カノジョのシホちゃん」

「寝言は寝てから言えば?」

「じゃあ、膝を貸してくれ」

 志保はふうと息をつくと、目を宏人から離した。車窓から見えるホームの景色がゆっくりと後ろに流れ始めた。しばらく、電車の心地よい揺れに身を任せていたが、志保が車外に目を向けるのみで何も話さないので、宏人は自分から話し始めた。休みの日にどんなことをやっているのか訊いてみて、

「電車に乗ってる」

 すげない答えが返って来たが、宏人はめげなかった。

「今のことじゃなくて、いつもはどうなんだよ?」

「お茶にお花、お料理にお裁縫」

 このくらいの応答にはもう慣れたものである。宏人は気にせず話を続けた。

「友だちと遊びに行ったりしないのか?」

「友だちいないから」

「じゃあ、オレがキミの友だちになるよ」

「こっち見ないでね。嬉しくて涙が出そうだから」

 今日の青空のように乾いた瞳で志保が言った。言葉の端に苛立ちのようなものが見えて、それが宏人に対してのものでないとしたら、

「お前、もしかして、どっか具合でも悪いのか?」

 と思った宏人だったが、志保は、ほっといてくれ、と言わんばかりにどうでもいいような調子で首を横に振っただけだった。再び車窓を楽しみ出した志保の横で、宏人はシートに身を預けた。

 『恥』という概念を教えてくれる教科は中学校にはない。少し離れた座席から、他の乗客の迷惑も省みず、かまびすしい笑声が上がって来た。その声に押されるようにして、小柄な影が現れる。

「いけないんだ。グループで遊びに行ってるのに、始めから二人きりになるなんて」

 向かい合わせになった席に瑛子が冗談めかした声で滑り込んできた。

「いやあ、藤沢がさ、オレにどうしても隣にいてくれって言うから」

 宏人も冗談を返した。志保はいかにも恥ずかしそうに顔を俯かせた。おそらく伏せた瞳には妖しい光が宿っていることだろう。あとが怖い気もするが、とはいえ、言われっぱなしでいられるほど忍耐力が無いことは実証済みであった。ちょこちょこと仕返ししてストレスを発散させておくことは、ひとり宏人のためのみならず、二人の関係を円滑に保つためでもある。

「知らなかった。二人がそういう仲だったなんて」

 瑛子が宏人のフリに乗ると、

「ち、ちがいます。倉木くんの冗談ですからっ!」

 慌てて志保は冗談なれしてないような真剣な声音で答えた。

「でも、二人が一緒に帰ってるのを見た人がいるんだけどなあ」

 瑛子がにんまりとした顔を作った。

「あ、あれは、たまたまで……」

「藤沢がオレの想いに応えてくれないからしつこく付きまとってるんだ」

 志保と宏人が同時に答えた。こういうことは否定すると本当らしく聞こえるということに、志保は気がつかないのか、それとも気がつかない風を装っているのか。

「何かアヤシイなあ」

 宏人と志保の顔を交互にためつすがめつする瑛子。付き合ってるかどうか気になるということは、

――もしかして、二瓶はオレのこと……。

 好きなのかも、という幸せな空想に宏人はしばし浸ってみた。そのくらいの夢想をした所で誰からも責められまい。今週もよく魔の教室に耐えた自分へのご褒美である。ふと向いた視線の先にペチコートから覗く綺麗な素足が見えて、宏人は慌てて目を逸らした。

「あんまり藤沢さんとは話したことないから、今日はよろしくね」

 浮ついている宏人の前で、瑛子が明るい声を出すと、

「は、はい。こちらこそ」

 と浮ついた振りをした志保が答えた。

「二瓶、オレには?」

「え、何が?」

「いや、『倉木くんもよろしくね、ニッコリ』的な」

「倉木くんには藤沢さんがいるし、それにアオイちゃんもいるから。わたしが出る幕なんかないでしょ?」

 瑛子が真面目ぶった顔で答えた。宏人はがっくりと肩を落として、瑛子の笑いを誘った。それを打ち消すようなひときわ大きなキャハハハ笑いが近くから起こって、宏人は思わず身をすくめた。もし想い人があんな笑い方をしたら、百年の恋も醒めるに違いないなどと考えていると、徐々に電車はスピードを緩め、車内アナウンスが目的の駅の名を告げてきた。

 駅から園への直行バスに乗り換えて、ガタゴトと揺られること三十分。他の客とともに、園前のバス停に吐き出された宏人の周囲から歓声が上がった。仲間の喚声を聞きながら、宏人のテンションも少なからず上がる。なにせ、遊園地など来るのは小学生以来絶えて無かったことである。しかも、可愛い女の子つきなのだから、気分が高揚しない方がウソだろう。

 喜び勇んで、一日フリーパスを買いに入場カウンターへと向かおうとすると、わき腹の辺りを軽く小突かれた。

「あんまりはしゃがないでよ。目的を忘れないで」

 冷たい声を出す志保に、宏人は、分かってるよ、とぞんざいに答えた。小うるさいこと、この上ない。

「こっちだっていちいち言いたくない」

「じゃあ、黙っててくれればいいだろ」

「言わされてるんでしょうが」

「オレのこと信頼してるんだろ?」

「注意を素直に受けてもらえれば更に信頼が深まる」

「分かったよ、姉さん」

 先にパスを買った雅紀が少し離れた所から、早くしろ、と手を振ってきた。それに答えるために志保から目を離したが、彼女の瞳がどういう色を映したかは見ずとも想像がついた。

 入場手続きを済ませて、大きなアーチをくぐると、そこはもう異空間である。まっすぐに延びる広いメインストリート。その先にくねくねしたローラーコースターの艶かしい姿、目を転じれば、大観覧車の堂々とした威容、間近には童話に出てきそうな可愛らしい家の形のフードコート。

 休日の園内は非常な賑わいを見せていた。家族連れや恋人同士、若い中高生の姿もかなり見えて、一様にハイテンションである。おそらく、園内の気温は彼らの浮かれ熱によって、園の外より二、三度高いに違いない。

「よーし、何から乗る?」

 一団のリーダー格の雅紀が声をかけると、

「やっぱり、まずは絶叫系でしょ」

 と、その化粧にこそ絶叫したくなる女子の一声で、皆でローラーコースターやフリーフォール、地上十メートルでぐるぐるぐると宙をひたすら回るよく分からないもの、などに乗ることになった。

「苦手な人は無理しなくていいよ」

 という雅紀の心遣いに、あまり絶叫系が得意でない宏人は、よっぽど、

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 と待っていたかったが、鋭く自分を見る視線に射すくめられ、それは叶わなかった。志保の目がゴーサインを出している。瑛子が乗るようなので乗れ、ということなのだろう。仕方なく列に並ぼうとした宏人は、後ろから志保がついてきていないことに気がついた。視線を向けると、近くのベンチからそっと目立たないように小さく手を振ってよこした。

「何てヤツだ……」

「え? 何か言った?」

 宏人の前に、蒼と一緒に並んでいた瑛子が振り向いた。宏人が慌てて何でもない旨伝えると、驚いたことに蒼が不意に列を離れ、

「やっぱりやめるわ、わたし」

 起伏のない声でそう言うと、すたすたと志保のいるベンチの方に歩き出した。そうすると、宏人が前に詰めることになって、

――ええっ!

 瑛子の隣に並んだ。まさに望んでいた通りの状況ではあったが、まさかしょっぱなからこの展開が待っているとは思ってもみなかった。

「苦手なの? ジェットコースター?」

 ひどい顔をしていたのか、瑛子がからかうような顔で覗き込んできた。もう、それどころの話ではない。肩と肩が触れ合うくらいの至近距離に彼女がいて、髪の匂いなのか甘い香りがふわりと漂ってくる。じかに心臓を触って押さえつけてやりたいほど、動悸がしていた。

「大丈夫、大丈夫。手を握っててあげるから」 

 はい、とすっと差し出された手を、思わず握ってしまいそうになるところで宏人は正気に戻った。

「いや、平気だから。前、進んでるぞ」

 そう言って、瑛子のほっそりとした手をそのままに、数歩前に出る宏人。自分の前にいるハデハデな少年少女の背を見ながら、冗談に乗じて本当に手を握れば良かったか、と後悔の念が胸をかすめた。いやいやいや。宏人は小さく頭を振った。好きな子と手をつなぐのであれば、正々堂々とそうしてくれるよう申し込むべきであって、何かに乗じてなどという卑怯な考えは彼女を辱めるに等しい。

「ホントに大丈夫? 倉木くん?」

 男の道を半泣きで歩く宏人に、今度は心配そうな声がかけられた。

 絶叫ものに二つ乗ってくたくたになったあと、今度は穏やかな乗り物に乗った。

 瑛子の印象は教室のときとそこまで変わっているわけではなかった。少し活動的になって、しっとりとした美しさにからっとした明るさが加わったくらいのものである。軽口は多くなったが、それによって魅力は些かも減じなかった。志保の変身に比べれば可愛いものである。

「さらなる変身があるかもしれないわ」

「ゲームの往生際の悪いラスボスみたいなこと言うなよ」

「倉木くんが勇者だったら戦う前に負けそう。顔、ゆるみっぱなし」

「もとからこんな顔だ」

「じゃあ、もう少し引き締めて」

 宏人は真面目な顔を作って見せたが、それに対する答えは、どうしようもないヤツだという意が含められた志保のため息のみだった。

「そんなことより、藤沢。お前、さっきから何も乗ってないだろ。何か乗らないの?」

「酔うのよ」

「聞いたことないぞ。遊園地の乗り物酔いなんて」

「今聞いたでしょ」

「……じゃあ、何か乗り物じゃないアトラクションに入ろうぜ」

「もしわたしとデートしたかったらいつでも相手したげるから、今日はいい子にしてね」

「お前、ほんっとに可愛くないな」

「どうも。ほら、可愛いあの子が来たわよ」

 固まりになって先を歩いている集団から瑛子が抜けてきて、お昼にしようということになったことを告げてきた。

「怪しい、怪しいよ。倉木くんと藤沢さん。さっきから二人で何ひそひそ話してるの? やっぱり二人はそういう仲なんでしょう?」

 悪徳政治家のスキャンダルを暴いたジャーナリストのような満足げな笑みを浮かべた瑛子が、他の女子の声に答えて歩み去ると、志保がキツイ視線を向けてきた。口は開かなかったが、

「あんたがいちいち寄ってくるから、二瓶さんが本気で疑い出したでしょ。しっかりしてよ、このヘタレ」

 目で内心は十分に伝わってきた。

 宏人は、園内から出るまで、もう志保には話しかけないようにすることを決めた。

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