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プラトニクス  作者: coach
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第80話:カップリングパーティ

いつも読んでくださってる方、ありがとうございます。今回は、宏人と志保の話です。第75話の続きになります。お楽しみください。

 ヘアワックスで少し立たせた黒髪、赤と黄を基調とした明るめのブロックチェックの半そでシャツ、ネイビーのデニムパンツ、というのが、グループデートという戦場に向かう宏人の装備だった。大した装備ではないが、別にお見合いに行くわけではない。一対一の初デートというわけでもない。問題ないだろうと思っていたが――

 集合場所の駅前広場に集まったときに、宏人は、げ、と軽く身をのけぞらせた。

 デニムパンツ一つにしても、ウォッシュ加工にダメージ加工、すねの見えるショート。その上には、ネクタイ付きの半そでシャツ、一面に大きなロゴが入ったプリントTシャツ、長袖のシャツにベストの重ね着など。アクセサリーに、クロストップのチェーンネックレス、中折れのハット、革のブレスレットなどなどなど。恐ろしく気合が入ったハデな装いの一団がたむろしていたのである。

――ウソだろ……。

 と思いたいが、どうやら今日のツアーの同行者のようである。親しくはないが、見たことがある顔がある。視線をちょっと横にずらすと、女子のグループがあり、こちらもこちらで、もうすぐ下着が見えそうなギリギリの丈のシフォンのチュニックとか、肩と腕、背の半分が見えるホルターのワンピースとか、白いシャツに黒のミニフリルスカートとか。化粧もばっちりとしているようである。

 宏人は朝の明るい日を仰いだ。明らかに場違いなところに来たことを感じていた。何だか、切羽詰った妙齢の男女が市主催のイベントでカップリングを目的に集まってでもいるかのような風情である。

「よお、ヒロト」

 後ろからかけられた馴染みの声に、宏人はぎくりとした。おそるおそる振り返ってみると、友人の顔があって、そのにこやかな顔の下に目を向けて、ほっとしたものを覚えた。雅紀は、普通のTシャツとジーンズのパンツという格好だった。とはいえ、それで洒落っ気を目いっぱい出している男子以上に魅力があるのだから、少し彼らがかわいそうにもなる。

 雅紀は、先に到着していた集団を驚きもせず受け入れると、談笑し始めた。雅紀が選んだメンバーには馴染みの顔がいないので、所在無く佇んでいると、

「おっはよー、倉木くん」

 弾んだ声がかけられた。宏人が眩しげに見た先に、二人の少女の姿がある。グレーのパーカーワンピースとギンガムチェックのペチコートを身につけているのが瑛子だった。宏人の胸で綺麗な音が響いた。

「どうスか? 惚れた?」

 近づいていたずらっぽく歯を見せる瑛子に、半ば以上本気でうなずいてしまう宏人。その所作を冗談だと思ったのか、笑みを深くした彼女は、そのあと、

「紹介するね。坂木(アオイ)ちゃん」

 と言って隣の少女に手の平を向けた。膝丈の裾がふわりと揺れる水玉のワンピースを細身にまとい、髪を一本の太い三つ編みにしている。はっきりとした目元に少し冷えたものを感じさせる少女だった。

「はじめまして」

 声にはそこまでの固さはない。宏人が挨拶を返すと、

「この倉木くんはね、アオイちゃんのこと好きらしーよ」

 瑛子が凄まじいことを言った。

「に、二瓶、何言ってんだよ!」

「だって、そう言ってたじゃない。二年の美少女ランキングの上位だから、お付き合いしたいなあって」

 後半部はデタラメである。慌てた宏人だったが、蒼は眉一つ動かさず、

「カレシいないのでいつでも告白してください」

 と冗談なのか本気なのか分からないような声を出した。変わった子だな、と思っていると、雅紀が点呼を取る声が聞こえてきた。

「待ってくれ、まだ藤沢が来てない」

 宏人が、出発を促そうとしていた雅紀を止めた。遊園地メンバーのラストに宏人は、志保を指定しておいたのである。

――あいつ、まさか来ない気じゃないだろうな。

 二日前に電話で今日の件を伝えて参加を促した時の会話を宏人は思い出した。

「悪いけど、わたし、そーいうの苦手。他を当たって」

「ふざけろ。オレが得意だとでも思ってるのか?」

「倉木くんなら大丈夫。信じてるわ」

「テキトーなこと言うな」

「実はその日、忙しいの」

「何するんだよ? 部屋の掃除か? それとも、全五十巻くらいある少女マンガを一巻から読み直していくっていう壮大な計画をとうとう実行する気になったのか?」

「……時間は?」

「十時。駅前広場に」

 既に十時を五分回っていた。さらに五分過ぎて十分になる。志保に対して、

「あいつは必ず来る」

 と宣言してでんと構えることができるほどの信頼を持てない宏人としては、本当にドタキャンする気なのではないかと心配になってきた。皆からぶつぶつと不満が出てきて、

――あいつの携帯に電話してみるか。

 と宏人が自分の携帯を取り出したところで、ようやく志保が到着した。ロングスカートとTシャツ、その上にショートジャケットという格好で、アクセントになるところのない地味な服装だった。

「ごめんなさい、遅れてしまって……」

 皆に向かってぶつぶつと志保は謝った。多分ほとんど聞こえなかっただろう。数人から冷ややかな視線が送られた。

 全員揃ったということで、雅紀が先導して駅の構内へと向かった。

 一団から少し離れて後ろを歩く志保に、宏人は近づくと、

「来ない気かと思ったぞ」

 とささやき声で言った。

「よっぽどそうしたかったんだけど、もう男のヒステリーは聞きたくないからね」

 素知らぬ顔で嫌味を言った志保は、前方の集団に向かってあごをしゃくった。

「それであのケバイ連中はなに? 仮装パーティをするなんて聞いてないわよ」

「知らないのか? あれが今どきの標準装備だ」

「じゃあ、倉木くんは?」

「オレは別に誰かを倒しにいくわけじゃない。これで十分だろ」

「何言ってるの。目的を忘れたの?」

「よくよく考えれば別にオレじゃなくてもいいだろ。二瓶とは女同士、お前が仲良くなれよ」

 志保は首を横に振った。

「あなたのほうが可能性がある」

 やけに確信ありげな口調は、自分でやりたくないからだろう。そう断じた宏人が視線を前に向けると、歩きながら他の男子と楽しそうに話をしている瑛子の姿が目に入った。瑛子は、中折れのハットを被った小粋な彼に気取った身振りで話しかけられていた。

「あんな帽子被ってる人に負けないでよね」

「やってはみるけど、期待はするなよ」 

「結果には期待してない。でも、行動には期待してる」

 まことにありがたい励ましの言葉を受けた宏人が、券売機で切符を買っていると、隣に人の気配がした。構内には休日に行楽へ出掛ける人々の姿がちらほらと見えていた。

「倉木くん。さっきのお話の続きをしてくれます?」

 唐突に蒼が話しかけてきたのでびっくりした。二重まぶたが彩る綺麗な瞳でじっと見つめられどぎまぎした宏人は、切符と小銭を取りながら、彼女と何か話をしたか思い出そうとした。

「エーコが、倉木くんがわたしのこと好きだって」

 平然とした声で蒼が言うので、一層心臓の鼓動が速くなった。さっさと券を買った瑛子は、一団とともに先にプラットホームに向かっている。宏人は横の券売機にいる志保が切符を買ってそそくさと離れて行くのを視界の端にとらえながら、

「い、いや、あれは違うんだよ」

 慌てて弁解した。

「何が違うの?」

 間近からじいっと瞳を覗き込まれて、宏人は内心悲鳴を上げた。近い。近すぎる。

「に、二瓶の冗談で」

 顔をそらせながらそれだけ言うのがやっとだった。

「冗談……そーですか……」

 しゅんとした振りを作った蒼と一緒にホームまで向かう宏人。一瞬、今日の目的を忘れ、蒼とちょっと言葉を交わし彼女の隣を歩けるだけで満足してしまった。今日はいい日だった。

「せっかくカレシができると思って今日は来たのに残念ですね」

 いくら何でも蒼の言動を全て鵜呑みにするほど子どもではない宏人は、おどけた振りで答えた。

「坂木さんならできると思うけど」 

「でも、大村くんは倍率が高そーですよ」

「え? マサキ狙いなの?」

「というか、他の男子は怖くて。あれは何なんですか? カッコいいと思ってるの?」

 前を歩く一団は改札に到達していた。宏人は男子に同情の念を覚えたが、公平を期すために、逆に女子の格好について訊いてみた。

「あれは女の子の常套手段です。容姿や性格に自信の無い場合、そこから男の子の目を離すために服を煌びやかにし、化粧を厚くするわけ」

「それを男子はやっちゃいけないの?」

「もちろん」

「何で?」

「わたしが女子だからです」

 なかなかの毒舌と都合のいい論理を振りかざす少女であったが、抱いていたイメージと違って、見た目ほど人を遠ざけるような風でもないようである。

「倉木くんは、今、誰かと付き合ってるんですか?」

 宏人は首を横に振った。似非(えせ)カノジョはいるが、それは数に入れなくてもいいだろう。

「じゃあ、わたしにもチャンスはありますか?」

 真実味のあるような声を出されて、宏人は戸惑った。瑛子と仲良くなることが第一目的であるのでその線からすれば「無し」と答えなければならないが、瑛子と付き合いたいという大それた願いまでは持っていないのである。とすると、仮に蒼が本気であれば、NOと答えることは非常に勿体無いことになってしまう。

「いつまで葛藤してるんですか?」

 改札をくぐりぬけたところで蒼がつれない声を出した。考えすぎてしまった宏人は、答えを出す前に呆れられたことに気がついた。

「優柔不断ですね、倉木くんは」

 初対面であるにも関わらず全く容赦の無い蒼。とはいえ、からかうでも責めるでもない、むしろ親しみのわくような温かな声で言われたので、腹も立たない。プラットフォームに入ると、遠出をするのか、大きなリュックサックを背負った家族連れが近くに見えた。

「倉木先輩とは性格のタイプが違うみたいですね。顔は結構似てますけど」

 続けた蒼の言葉に、宏人の胸が沈んだ。まさか、休日まで姉の話が出されるとは。

「……姉貴とはどういう?」

「ウチの部にたまに遊びにいらっしゃるんです」

「ええっと、坂木さんの部って?」

「文化研究部」

 そう言えば思い当たることがあった。どうもその部には姉の仇敵がいるらしいのである。姉から親友と幼馴染みを奪った憎んでも憎み足りない男子。宏人は誰だか知らないが、彼に同情した。姉にからまれては、とても心穏やかではいられまい。

「大丈夫なのか、その先輩? 発狂寸前なんじゃないの?」

「ところが、もともとが変な人でして。倉木先輩の猛攻をひらひらとかわしてます」

 賢以外に姉のマタドールになれる人間がいるとは、世界は広い。蒼はその先輩の他に、眼鏡美人の部長や、眼鏡なし美少女二人、また先ごろ入部してきた三年生についても話をした。しばらく、文化研究部がいかにお気楽な部であるかというテーマで講義がなされるのを聞いていると、やがてホームに電車が到着したようだった。

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